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人形師と、チャリティイベント。

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人形師と、チャリティイベント。
人形師と、チャリティイベント。 人形師と、チャリティイベント。

リアクション



8.休憩時間。


 ケーキ屋、『Sweet Illusion』の店主、フィルと神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は親友である。
「珍しいねー」
 だからだろうか。ケーキを買いに行ったらそう言われてしまったのは。
「翡翠ちゃんなら自分で作った方が早いんじゃないのー?」
「そうしたかったんですけどね」
 苦笑しながらミルフィーユとパンプキンチーズケーキを注文した。
 目を覚まして、時計を見たら起床時刻より数時間遅かった。平たく言えば、寝坊だ。
「それもまた珍しー。持ち歩き時間は?」
「一時間くらいで平気だと思います」
「はいはーい。ではお待たせしました。フォークも入れといたからねー」
 ケーキを持って、翡翠が向かうは養護施設。


 一方養護施設では。
「丁度良いところに」
 柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)は紺侍を見つけて声をかけた。と言っても、紺侍と知り合いだったわけではない。養護施設の職員が着用しているエプロンを着ていたから声を掛けただけである。
「ハイ、なんでしょ?」
「お菓子を売っているのですが、人手が足りないのです。手伝っていただけますか?」
「そりゃ喜んで」
 にっこり笑って言った紺侍に、少し安堵。手伝うのが嫌だと言われたらどうしようかと思った。職員のようなので、あまり心配はしていなかったけれど、それでも。
「みなさん、喜んでくれると良いのですが」
 美鈴が売っているのは、苺のムースとチョコサンドクッキーだ。ムースは鮮やかなピンク色で、てっぺんに真っ赤な苺が飾ってある。クッキーは花の形に切り抜いてあって、どちらの見た目も良い。
「これ、お姉さんが作ったんスか?」
「いえ、私は包装担当なので。あとですね、手伝ってもらいたいのは売り子だけではなくて調理の方も」
「調理っスか。いいっスよ、作るの好きだし」
「あちらで彼が作っています」
 すい、と扇でお菓子を作る山南 桂(やまなみ・けい)を指した。桂が紺侍を睨んでいるように見えるが、知り合いなのだろうか。
「……はは。なんつゥ偶然」
「知り合いなのですか?」
「知り合いではないですよ、美鈴様。
 貴方は、暇で手伝うと言うならさっさと手伝ってください」
 つっけんどんな桂の態度に、いつもはこんな風じゃないのに、と疑問符を浮かべた。
 浮かべたところに、
「紺侍君? エプロン姿とは、また珍しく真面目な恰好ですね」
 翡翠の声が聞こえた。
「ちょこっとパンキッシュなだけでいつも真面目っスよ」
 紺侍の発言を聞くに、
「マスターとこの方はお知り合いなんですか?」
 そうなのだろうと思いつつも、問う。
「ええ。友人……というには奇妙な関係ですね。何でしょうね?
 紺侍君、この着物の彼女は自分のパートナーです。偶然とは、恐ろしいですね」
 問いには、くすくすと含みのある笑み。昼間だというのにこういう笑いをするなんて珍しい。
「桂、このケーキは陣中見舞いです。美鈴と休憩してくださいね」
 翡翠からケーキを渡された桂が軽く頷いて調理スペースから出てきた。
「私たちが休憩ということは、マスターも手伝ってくださるのですか?」
「ええ。ですので、いってらっしゃい」
 ということは、ここには翡翠と紺侍の二人しか居なくなるというわけで。
 美鈴はピンときた。女の勘だ。
「マスターを狙うなら、二人きりの時はご注意ですわ」
「へ? どーゆー、」
「それでは休憩、行ってきます」
 きょとんとしている紺侍に笑んで、持ち場を離れた。


*...***...*


 チャリティイベントがあると聞いて、面白そうだなと柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)は思った。
 そうして来てみたら、運営側も客として来た側も、なんだかんだで楽しんでいるようで。
 ふっと自然に笑みが浮かんだ。
「やっぱりこういうイベントは自分もみんなも楽しくが一番だよね?」
 ね、と一緒に来た柚木 瀬伊(ゆのき・せい)柚木 郁(ゆのき・いく)に微笑みかける。
「だから、めいっぱい楽しもうね」
 郁がこくこく、首を大きく縦に振った。
 ――紺侍はどこかで手伝ってるのかな?
 チャリティの運営するんスよ、と楽しそうな声で言っていた彼はきっと今頃手伝いで大わらわなのだろう。
 手作りのお菓子を売っているお店や、服や小物を売っている店。
 三人で見て回りながら紺侍を探すと、
「……ふっ」
 エプロンを着て、想像通り忙しそうに動き回っている紺侍を見て、なんだか笑えた。しっくりきている。それが妙に、可笑しい。紺侍の傍でクロエが同じく忙しそうにぱたぱた走り回っていた。
 作業が一段落するまで眺めてから、
「紺侍、クロエちゃん」
 微笑んで声をかけた。
「貴瀬さん」
「たかせおにぃちゃん!」
 二人が同時に貴瀬に気付き、寄ってくる。
「お疲れ様、二人とも。差し入れ持ってきたけれど……少し、休憩しない?」
「してもいい?」
「ってーか、しましょ。オレでも疲れてるんスからクロエさんもっとお疲れなんじゃないっスか?」
「じゃあ、おことばにあまえるわ!」
 そういうわけで、人の輪を離れて休憩できるスペースに移動した。
 貴瀬が今日持ってきたのは、瀬伊の作ったお菓子と紅茶、それから軽食用にと作ったサンドウィッチ。甘党の誰かさんのために、スティックシュガーも忘れてない。
「このお菓子貴瀬さんの手作り?」
 サンドウィッチを食べて、続いてお菓子に手を伸ばした紺侍に問われた。残念、と薄く笑う。
「そのお菓子は瀬伊の手作り」
「ちぇ」
「こら。ちぇ、とはなんだ」
「あ、すんません。つーか瀬伊さん料理上手っスね超美味ェ」
 瀬伊に睨まれた紺侍があははと大袈裟に笑った。その顔を覗き込み、
「それじゃあ、期待に答えて次はオレが作ってこようかな?」
 悪戯っぽく言ってやる。
 きょとんとしたと思ったら、それはまた嬉しそうに笑うから。
「瀬伊、協力してね」
「お前は本当に……、はあ、なんでもない。
 クロエ嬢。食べているか? それと郁、挨拶は? できているか?」
 呆れたような息を吐いてから、瀬伊がクロエと郁に話を振る。言われて、郁がはっとした表情になった。ぴょこんと立ち上がり、
「はじめましてっ、柚木いくですっ!」
 元気に自己紹介した。うっかり忘れていたらしい。
「ちみっこー。かっわいいっスね、弟?」
「うんっ。貴瀬おにいちゃんと、瀬伊おにいちゃんの弟だよっ!
 おにいちゃんは紺侍おにいちゃんだよね。いく知ってるよ。でも、」
 クロエのことはわからない、とでも言うように、郁がちらりとクロエを見る。クロエはにっこり笑顔で「クロエ!」と郁に負けず劣らずの元気良さで名前を名乗った。
「クロエ・レイスよ。よろしくね、いくおにぃちゃん」
「クロエちゃん……うん、いく、覚えたよっ!」
 よろしくね、と笑顔で差し伸べられた手を、クロエが掴む。
「みんなが笑顔で、しあわせだね」
「そうね! それに、とってもたのしいわ。えがおってすてきだもの」
「ねえねえ、クロエちゃん。いくにもお手伝いできることある?」
「じゃあ、あとでいっしょにおみせばんしましょ?」
「うん! お手伝いするっ」
 そして微笑ましい会話が繰り広げられた。
「そういうわけで……空いてる手は三つもあるからさ。存分に使ってね?」
 くすり、微笑むと紺侍も微笑んだ。
「ありがとうございます」
「あと……これ。前に撮ったツーショット写真。現像したから、紺侍にもあげようと思って持ってきたんだ。はい、これ」
 鞄の中から写真を取り出して、渡す。
 よく撮れていると自分では思うのだけど、紺侍からはどう見えるのだろう。
「オレ、すっげアホ面!」
「そうかな?」
「そうかなってことはいつもこうなんスかね? ヤベー気ィつけよっ」
 笑ってもらえたから、まあいいか。
「ありがとうございます。撮られる側っつーのも、面白いモンだ。また撮りましょうね」
「うん。そうだね」
「……っと。そろそろオレ、またいろいろ見て回ってきます。オレの方は手ェいっぱいいっぱいってこともないンで、クロエさんと遊んだり見て回ったり楽しんで行ってください」
 紺侍が立ち上がった。
 いってらっしゃい、と手を振ろうとして思い至る。
 まだお礼が言えてない。
「紺侍」
「ハイ?」
「バレンタインのお返し……ありがとう」
 貰えるなんて、思ってなかった。
 というか、チョコをあげることが恥ずかしくて、喫茶店でパフェを一緒につついたくらいなのだから。
「楽しい時間をありがとうございました、ってことで。オレの方こそありがとうっスよ」
「楽しい時間なら、オレももらってるんだけどね。
 ……本当に、ありがとう」
 ふわり、心からの微笑みを浮かべると。
 照れくさそうに、紺侍が笑った。