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人形師と、チャリティイベント。

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5.ミッション:ケーキ屋さんからケーキを得よ!


 美味しいケーキ屋さんがあると聞いて、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)はヴァイシャリーをぶらついていた。
 どこが目的の店だろうと探していると、
「……ん?」
 知り合いの姿があったような気をして、足を止めた。
 テラスのある店。その窓際の席に私服姿のリンスが居て。
「……んん?」
 目を疑った。
 街に、リンスが一人で居る。
 しかも店でゆったりしている。
 おまけに私服だ。
 もしかしたらただのそっくりさんかもしれない。
 そう思い、気になって窓に近づいて人物確認。
「…………」
「………………」
「……………………」
 見つめること数十秒から数分。
「……騎沙良、何やってるの」
 窓越しに声をかけられて、
「ぎゃー! 喋ったぁリンスくんだー!?」
 跳び退って驚いて、店内に乱入して対面の席に座った。
「なんで居るの!?」
「人に会いに来たから」
「違う違うー! 詩穂が病院で身体を拭いて隅々まで知っているリンスくんはそんな積極的じゃぁないッ!!」
「落ち着いて、騎沙良。俺がここに居る理由はね」
 騒ぎたてた後、リンスから話を聞いてわかった。
 スランプで困っていて、相談に来たらしい。
「ああ、そういう事情なんだねー。安心したよ、人形のこと以外では外に出てこないあたりで☆」
「騎沙良は? 用事があったんじゃないの?」
「そうだ! 詩穂、美味しいケーキ屋さんを探してたんだよ! お店の名前は『Sweet Illusion』って言って……」
「それ、ここのこと」
 え、と思って店内を見回す。人から伝え聞いた通り、見た目から性別を判断できない人がレジに立っていた。にこにこ笑顔で「いらっしゃいませ」と言っている。好感を持てる接客態度だ。
 続いて詩穂はケーキが並ぶショーケースを見た。ショートケーキ、チーズケーキ、シフォンケーキにフルーツタルト。マドレーヌやクッキーといった焼き菓子も置いてある。
「……そうだ。せっかくだからケーキを持ってみんなのことろへ行こうよ! チャリティイベントがあるんだよね?」
 思いつきを口にした。口にしたら、自分でもそれは良い考えじゃないかと思えて。
 けれども、買うのではチャリティと違った気がする。
 寄付……というか、無料で頂けないだろうか。そうして、それを養護施設に届けるんだ。
「ねえフィルさん。今日の気分はどういう気分?」
「うん? 久し振りに友人が訪ねてきてくれて嬉しい、かなー?」
「じゃあじゃあ! みんなの笑顔が見たくならない?」
「ならないね☆」
 が、一蹴された。
「……ええー」
「だって俺、俺が大切な人が笑顔ならそれでいいもん」
「利己的なんだね」
「うん。良い人じゃないから」
 にこにこ笑顔は変わらないのだけれど、発言内容が内容なので黒く感じる。
「けちー」
「俺だって慈善事業主じゃないからねー。チャリティに届けたいんなら買って行って♪」
 それだと、詩穂の思うチャリティとは違うのだ、と反論する前に。
「なら! レシピを教えてくださいっ!」
 東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)が元気よく、言った。


「久し振りだね秋ちゃん。レシピを教わってどうするつもりー?」
「養護施設で作って食べる! だって美味しい物をみんなで食べたら幸せな気持ちになれるでしょ?」
 フィルの店のケーキが美味なことは、秋日子自身が良く知っている。だから最初は、フィルにケーキを提供してもらおうと思っていたのだけど、それは詩穂が断られていた。お店としては当然の判断かもしれない。
 ならば、どこまでなら許してもらえるか。そう思って、レシピを教えてほしいと訊いてみたのだ。
 ――レシピだけでも分かれば、料理が得意な人に作ってもらえるしね。
 自分では上手に作れないのが悔しいけれど。
「どうかな、店長さん!」
「レシピか。なるほどなるほど。ちょっと待ってね、パティシエが許すようなら教えてあげるー」
 ひょい、と店の奥に引っ込むフィルの背に手を合わせた。教えてもらえますように!
 待つ間に店内を見回す。店に入る前から、居るのは知ってた。だから気になっていた。
「……リンスくん?」
「うん」
「リンスくんだった!」
「?」
 工房から出ているところを見るなんて、なんてレアな。
 少し面白くて、近くの席に座った。
「今日は私服なんだね」
「サロン取ってコート着てマフラー巻いただけだけどね」
 まだ寒いから、と。
 確かに、三月半ばとはいえ、風はまだ冷たい。太陽の光は暖かいのだけど。
「リンス君は、チャリティに行かないんですか……?」
 ここに居ることに疑問を持ったらしく、キルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)が問い掛けた。
 そういえばどうなのだろう。チャリティイベント、とあらば人の出入りも多そうで、人酔いしそうなものだけど。
「誘われてるし、クロエが行ってるから行くよ。用事が終わってからだけど」
「用事?」
「ヴィンスレットに相談事」
「店長さんと知り合いなんだ?」
「昔馴染みだよ」
 それは知らなかった。秋日子が百合園女学院の生徒だった時に通っていたこの店の店長とリンスが、昔馴染みの関係だとは。
「世間って狭いものだね」
 深く頷いてしまう。
 そして同時に、あれ? と思った。
「もしかして、その相談事の邪魔しちゃってる?」
 レシピを教わりたいとか、フィルの手を煩わせて……とまでは行かないかもしれないが、借りていて。
「ケーキかレシピ、手に入れられっといいですけんど……」
 ふっと奈月 真尋(なつき・まひろ)が呟いた。キルティスも頷いている。
「ケーキは無理そうですけどね」
「本当ならケーキもらえた方が良かったんですけど、こればっかりはどうにもねぇ。養護施設に料理上手なお方が居ることを願うしかねえですね」
 マイペースな二人の会話を苦笑いで聞いた。
 なんとなく申し訳ない気持ちが募ってきたところで、
「おまたせー♪」
 フィルの明るい声が聞こえた。
 手には、
「その紙レシピですか?」
 四つ折りされた一枚の紙。
「そ♪」
「ありがとうございます、店長さん!」
「珍しく優しいんですね」
「こらキルティスっ」
「そう、珍しーの。でもさー二人の可愛いお嬢さんに頼まれたら、これくらいはしなきゃって思うじゃん。
 だから、ケーキはあげられなくてごめんだけど、これで我慢してやって♪」
 レシピを受け取ると、真尋が握り拳を作った。
「これで女ん子達のために、ケーキを作れまさぁね……! フィルさん、本当にありがとうございます。やー女ん人はやっぱええ人が多いですね。三次元は女性に限るってもんです」
 その言葉を聞いたキルティスが、
「フィルさんって女性でしたっけ……?」
 問い掛ける。
「性別迷子中だから俺にもわかんないなー」
 飄々とした答えだ。
「……っと。こんな会話をしてないで。
 リンス君の悩み、解決してあげてくださいね」
 レシピを手に入れた嬉しさで忘れてしまっていた。
「そうだよ! 店長さん、リンスくんが困ってるんだって!」
「あはは。大丈夫大丈夫、なんとかなーるなんとかなーる。ねーリンちゃん」
「だといいよね」
 当の本人たちが、なんとも計りがたい態度なのだけれど。
「私達は、養護施設に行くね。もし向こうで会ったら声かけて!」
「うん、頑張って」
「フィルさんも、良ければ来てくだせぇね。女ん人が増えるだけで、ウチ嬉しいですから」
「気が向いたらね♪」
「リンス君も。早く来てあげてくださいね」
「了解」
 短く挨拶を交わして、じゃあ行ってきます、と手を振って。
 ケーキ屋さんを後にした。