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人形師と、チャリティイベント。

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人形師と、チャリティイベント。
人形師と、チャリティイベント。 人形師と、チャリティイベント。

リアクション



2.よくわからないけど、すごい。


 本日は晴天なり。
 ぽかぽか暖かい、春のような陽気の中、
「いらっしゃいませ〜♪」
 魔法少女に変身した秋月 葵(あきづき・あおい)は笑顔を振りまいていた。
 バザーに参加した葵が出していたのは、クッキーやマカロンといった自作のお菓子。小さな袋に入れて、リボンで結んでラッピングもばっちりだから、見た目にも可愛い。
 養護施設の子供が興味ありそうに見つめているのに気付いて、葵はにっこり笑った。が、子供は壁の陰に隠れてしまう。それでも視線を送ってくるから、興味は失っていないのだろうけれど。
 その警戒心を解くために、葵はサイコキネシスを使った。
 お菓子を浮かす。続いて、ぬいぐるみを浮かす。ぬいぐるみがお菓子を取ろうとして、お菓子に逃げられる。何度かそれを繰り返して後、ぬいぐるみはお菓子を得て。
 葵はそこで、幸せの歌を口ずさむ。
 パフォーマンスに惹かれたらしく、陰から出てきた子供が、
「お菓子、くださいっ」
 緊張して上ずった声で、そう言った。
「ありがとうございます♪」
 笑顔でお礼を言って、小袋を渡す。子供も笑顔になった。嬉しい。
 ばいばい、と手を振っていると、前方に見慣れた子の姿。
「クロエちゃん、ごきげんよう♪」
「あおいおねぇちゃん! ごきげんよう」
 同じ挨拶を返すクロエを微笑ましく思いつつ、
「今日はリンスちゃんと一緒じゃないんだね〜」
「リンスはいそがしいんだって。でも、あとからチャリティくるっていってたから、いっしょになるわ!」
「そっかぁ。それで今日はお手伝いなんだね〜」
 見慣れぬ、背の高いお兄さんに視線を向けた。
「一緒に居る人、彼氏さん?」
「かれし?」
「えっと。恋人さん……ううん、好きな人?」
「こんじおにぃちゃん? すきよ! でも、たぶん、そういうかんけいじゃないの」
「何の話っスか」
 二人の会話に、『紺侍お兄ちゃん』が呟いていた。苦笑いだ。
「こんじおにぃちゃんはかれしじゃないわってはなしよ」
「どっちかってェと保護者っスよね」
「わたし、ほごしゃいなくてもへいきだもん!」
 クロエと紺侍のやり取りは、むしろ兄妹のようだ。微笑ましい。
「そうだ! クロエちゃん、これあげる〜。紺侍ちゃんにもあげるね」
 不意に思いついて、作ったお菓子を二人にも渡した。リンスも後から来るというなら、リンスの分も渡してもらおう。
 手提げつきのビニール袋にお菓子の小袋を二つ入れて、クロエに渡した。紺侍にも同じくだ。
「あたしはここでお菓子を売ってるから、何かあったらまた来てね♪」
 そう言って、手を振って。
「いらっしゃいませ〜♪」
 また、笑顔を向けた。


*...***...*


 葵と別れてすぐに、
「キツネ。遅刻」
 声をかけられて紺侍が足止めた。クロエも一緒に立ち止まる。
 振り返り見上げると、蜂蜜色の髪の毛で、目付きの悪いお兄さんが立っていた。
「マルさん」
 聞き慣れない名前だ。クロエは首を傾げる。
「だぁれ?」
「この養護施設の年長さんで、子供たちをまとめてる人代表っスね」
「えらいひとなのね! こんにちは、わたし、クロエ!」
「これはご丁寧にどうも。こんにちは、可愛いお嬢さん。俺の名前はマリアンです。チビ達はマルさんとか呼んでるからそんな感じでどーぞ。間違ってもマリアって呼ばないように。
 んでいきなりで申し訳ないけどキツネ連れてってもいいか? 人手足りねーんだわ」
 マリアンが言うには、予想以上に人が来ていて案内やら子供たちの様子を見るやらの手が足りないらしい。
「楽しそうだから、チビ達は大丈夫そうだけどな」
 ふい、と視線を逸らしながら言った時、一瞬見えた瞳の色は優しかった。チャリティの出足が好調で、子供たちが楽しそうにしているのを喜んでいるようだ。
 良い人。そう思って、クロエは笑う。
「いってらっしゃい、こんじおにぃちゃん! がんばってね!」
 とす、と紺侍の背中を軽く押して、言った。
「うぃっス。クロエさんも迷子にならないように気をつけてくださいね」
「はいっ」
 元気よく返事をして、紺侍とマリアンを見送ったら。
 自分にできることは何か、考える。
 ――うりこさんとかなら、おてつだいできるわ!
 迷惑じゃない範囲で、手伝わせてもらおう。
 そう思って、店を見て歩くことにした。


*...***...*


「何あの子。お前、ロリコンだったっけ?」
「ゲイっスけど?」
「真顔で返すなアホ。で、どういう繋がりよ? お前と幼女とか異色の組み合わせすぎて蕁麻疹出そう」
「オレどういう認識されてるんスかね? あの子はただの友達っスよ」
「随分な歳の差で」
「そっスか? オレとマルさんくらいっスよ、差」
「あれ? お前そんな若かったっけ」
「その発言なんかオレがものすっげェ老けてるみたいだからやめてくれません?」
「男に二言はねーよ」
「かっけェけど使いどころ間違ってるっスよ……」


 そんなやり取りを、シーラ・カンス(しーら・かんす)はじっと見ていた。
「まさかの内部掛け算ですわ……!」
 紺侍にチャリティイベントを盛り上げる件で手伝ってほしいと協力要請を受けて養護施設に来たら、その紺侍が見知らぬ男の人と仲良くしているのを見て少しテンションが上がった。
 ――どちらが右で、どちらが左なのでしょうか?
 ――外見からの印象ですと、紺侍さんが左……?
 ――右だったら……。
 迷った末にふたりをちらりと見たら、お兄さんが意地悪そうな顔で紺侍の頭をぐしゃぐしゃと撫でていた。その時の紺侍の顔が、迷惑そうで嬉しそうで愛しそうだったので、
「右ですわ……!」
 シーラは力強く断言した。
 思わずデジカメに手が伸びて、一枚二枚ぱしゃりぱしゃり。それに気付いたらしい紺侍が「あ」と声をかけるが、妄想世界にトリップしはじめたシーラには関係のないことで。
 また、手伝えることがあるかも、と付いてきてくれた志位 大地(しい・だいち)がやれやれといった様子で苦笑を投げてきても、やはり関係のないことで。
「右なのですね!」
「へ? オレ左利きっスけど?」
「いけませんわ〜!」
「えっ? 左利きが?」
 妄想極まって、その場から離脱。
 ああ早く料理で発散しなくっちゃ!


*...***...*


 シーラがそんな状況に置かれている一方で、紺侍と別れてひとりきりになったクロエはというと。
「クレープには大まかに分けて三通りの焼き方がある」
 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)の出したクレープと紅茶の屋台で、クレープの作り方を教わっていた。
「弱火で焼いて鉄板の上でトッピングから包むまで済ます方法。
 中火で時間をかけて焼く方法。
 それから、強火で一気に焼き上げる方法」
「たくさんあるのね! どれがいちばんおいしくできるの?」
「それは人それぞれだな。俺は一気に焼き上げたクレープの美味しさやふんわりとした食感が好きで、一番だと思ってる」
 だから、今日はこの作り方でやる。
 そう言って、紫音がクレープの材料を指差した。材料は綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)が調達したと言っていた。結構な量である。
「これがデザートタイプに使うトップング。苺、ピーチ、パイナップル、バナナ、ブルーベリー、それからチョコなんかだな。
 こっちがサラダタイプに使うもので、ベーコンエッグとツナサラダ、ハムエッグ、チーズ、チーズ&ハムがある」
「ふわ……たくさんね?」
「たくさんだ。いろいろあったほうが見た目にも楽しいだろ?」
「いろもきれいだし」
「そうだな。あと、紅茶はアイスとホットの二種類用意してあるから、その都度お客様に訊いてくれ」
 はいっと返事をして、いざ焼き方を教わらん。持ち込まれた業務用ガスコンロの前に立つ。
「コンロにクレープ用の鉄板を乗せて、しばらく熱するんだ。鉄板の温度があがったら、薄くサラダ油を塗って」
「こう?」
「多いかな。ティッシュで拭き取ろう」
「あつくない?」
「ティッシュ越しならそれほどでもない」
 ほら、とティッシュを渡されたので、少しどきどきしながら拭いてみた。もっとも、クロエは人形だからそこまで熱さに敏感ではないけれど。
 油を塗ってから少し待ち、鉄板から煙が出るくらいまで熱したところで紫音がクレープの生地を掬った。生地を鉄板に落とす。
「生地を中央に落として、あらかじめ水を張ったバットに浸けて湿らせておいたトンボを生地の中央に置く。ああクロエ、置くと言っても停止したら駄目だ。焼き上がるまで動かさないと」
「どう? どうやって?」
「トンボの角度を変えないで回すんだ。鉄板と手の高さを一定のまま回して」
 言われるがままに、トンボの重さに任せて力を入れずにくるりと回した。生地が外側に押し出すように、くるくるくるり。
「そうそう。一定の速度で、二回な。回しきって。トンボは止めない」
「むつかしいわ」
「むつかしいな。でも上手だ」
「ほんとう?」
「嘘を言っても仕方がないだろ? 二周で回し終わったら、余った生地を薄い所に広げるんだ。トンボは浮かせた感じで。無理に広げようとするなよ、トンボにくっつくからな」
 生地が破れないように気をつけて、トンボを外して。
「できた!」
「パレットナイフで鉄板から剥がして、裏返して一、二秒でまた鉄板から剥がして。
 よし、これで出来上がりだ」
 多少焼きむらがあるものの、綺麗な円で作れた。
「あとは好きにトッピングして、完成」
「トッピング、してもいいの?」
「どうぞ。生クリームはこっちに。カスタードもあるぜ」
 してもいいと言われたので、苺と生クリームとチョコでデコレーションして、くるくると巻きあげる。ちょっと生クリームがはみ出した。が、満足の出来だ。
「たのしいのね、クレープづくり!」
「ふむ、やりおるのぅ」
「うむ。一度目でこれくらい焼けるなら、即戦力じゃな」
 紫音の手伝いをしていたアルス・ノトリア(あるす・のとりあ)アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)にも褒められて、少し得意げに笑う。
「たべたら、おみせばんもやる!」
「頼む。一緒に頑張ろうな」
「うん!」
 クレープを食べ始めた時、シーラが走ってきた。
「? シーラおねぇちゃん」
「ああっ丁度良いところに調理可能な場所が! すみません紫音さん、トンボを貸していただけます……!?」
 何やら切羽詰まった様子で頼み、トンボを受け取ると。
 見るも鮮やかな手つきでクレープを焼いていく。一枚二枚なんて量でなく、十枚二十枚と……。
「シーラおねぇちゃん、やきすぎだわ!?」
「そんなに焼いてどないしはるん?」
「……まさか、」
 各々の反応を気にすることなく、シーラは「右側、右側。紺侍さんは右側で、あのハニーブロンドの方が左側……いえ、やはり逆でも……!」となにやら意味不明の呟きを零しながらひたすらに生地を焼いている。
 かなりの量を焼いたら唐突に生地の焼成を終了。生クリームを塗って生地を重ね、次はカスタードクリーム……という具合に交互に重ねた。果物も挟む。
 それもまた何段と重ねて、最後の生地を乗せた後に生クリームでデコレーションし、果物をナイフで切り、もはや芸術的なまでの技術で飾り付けしていった。
 この手際と真剣さ、それから意味不明の呟き。クロエには覚えがあった。クリスマスの日の朝ごはんを作っていた時のシーラがこんな感じだったのだ。
「あいかわらず、よくわからないけどすごいのね……!」
「ああ、よくわからないけどすごい……」
 紫音と二人で頷き合って、完成したミルクレープの凄さに感嘆のため息を漏らすのだった。