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リアクション
新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は奥へ進む理子たちから離れ、枝分かれした道を進むことにした。子供達がどの道で遊んでいるのかわからない。廃坑全てを秘密基地として遊んでいるのなら、行き止まりだろうが子供達の遊び場になっている可能性もある。
“秘密基地”というものが子供達にとってどんな世界なのか燕馬は掴みかねた。それでも大切なものだろうという予想は難くない。
「だって、泣いてたもんなあ……」
少女の泣き顔を思い返す。きっと人形も探し出して持ち帰ってやらなくては。
それにしても、と燕馬は記憶の焦点を少女から別の人物へと移動させた。レオンと親しげに話していた『理子っち』という少女。同じ蒼空学園の生徒らしいが――もっと別のどこかで見たような気がする。そして誰かに似ている、ような。同様に彼女へ探るような目を向けている者が他にも居た事も気に掛かる。
「サツキ、ザーフィアはどう思う?」
「何がですか?」
燕馬を守るように隣を歩くサツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)と少し後を付いてくるザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)へ訊ねる。ダークビジョンでの警戒は緩めないまま、サツキが燕馬へと顔を向けた。
燕馬のやりたい事が自分のやりたい事。
そう胸に刻んでいるサツキと同じく、ザーフィアも燕馬の行動に口を挟むつもりは無かった。
「理子っちと呼ばれていた子だよ。今気付いたんだけど、代王様に似ていないか? 西シャンバラの」
「似てる、と言えば似ていますが――ぶっちゃけどうでも良いです」
「そうだな――少なくとも、隙あらば情報を貪ろうとする燕馬君とはまったく似ていないね」
サツキは憮然と応え、晴れやかな笑みをザーフィアは浮かべる。
「それとも、ああいうのが好みですか?」
「え、いや……」
2人の回答に、燕馬は目を丸くした。特にサツキは心臓が凍るのではないかと思うほどの冷たい視線を突き刺してくる。何か誤解というか、勘違いをしているようだ。
思わぬ反応に戸惑っていると、突然コボルトが飛び出してきた。咄嗟に村雨丸を構える。本道より道幅は狭いが刀を振るうには十分の広さだ。1匹1匹確実に仕留めていくのが良いだろう。ハンドアクスを振り下ろそうとする所へ踏み込み、腹へ一刀を食い込ませた。甲高い呻きが坑道内をふるわせる。仲間の悲鳴を聞きつけたのか隠れていたのか、続けざま2つの陰が飛び出してきた。ショートソードの切っ先が突き出される。間合いが近すぎる。交わすか受身を取ろうと後じさりをした所へ、コボルトが潰れたような悲鳴を上げ、壁にたたきつけられた。
サツキがサイコキネシスで石つぶてを食らわせたのだ。
「サツキ。ありが――」
「あれが本人だろうがそっくりさんだろうが、私の人生には関係の無いことですので」
サツキはぴしゃりと言い据える。
まだ彼女の中で先ほどの話題と怒りは終わっていなかったらしい。
「まあまあ、落ち着きたまえよ、サツキ君。燕馬君はおっぱい星人予備群なのだから、気にすることは無いさ」
「……待って、ちょっと待って」
ザーフィアはフォローしているのかどうか微妙な台詞と共に、サツキと燕馬の肩をぽんと叩いた。
「レオン、オレも手伝う」
天海 北斗(あまみ・ほくと)は灯り持ち担当にされているレオンへと駆け寄った。
「レオンの為だったら何でもするぜ!」。そう宣言した北斗を天海 護(あまみ・まもる)はこっそりと応援していた。今回も依頼主の名前を見て“思い人の役に立ちたい!”と飛び出していった北斗だ。一緒に居られる時間が嬉しくてたまらないと、体全部で訴えている。
「ああ、北斗。助かる」
「お、おう……」
向けられた笑みに、北斗は思わず視線をそらしてしまった。
「レオン! こっちにも灯りくれー!」
少し後ろから声が掛かる。気がかりな事があったのだろう。全員が暗闇を対処できるわけではないから、灯りを持っているレオンは引っ張りダコだ。
「分かった分かった! 理子っち、ちょっとここで……」
「他にも灯りになるものはある? 僕が持っていくよ。キミばっかりじゃ大変だろ」
足を止めたレオンへ護は声を掛ける。一々引き返して居たのでは時間が掛かってしまう。片手が開かないレオンの代わりに北斗は前線でコボルト退治に精を出してくれるだろう。体が弱い自分は前線に居てもそれほど力にはなれないが、出来ることはあるはずだ。回復や照明持ちなど、できる限りの力になりたい。
「だったら、これ。頼んで良いか」
「了解」
渡されたランタンを手に、護はその場を離れる。
「他にも何かオレに出来ることがあったら、言ってくれよな。レオンのためだったら何でもするぜ!」
僅か。ほんの僅かだ。目を丸くしたレオンに、ハッとして北斗は口をつぐんだ。
押し付けがましかっただろうか。
レオンは何も言わず、ただ見定めるような視線を向けてくる。
「――ありがとな」
優しげな声音が護の耳へも届いた。
肩越しに振り返る。残念なことに、北斗の表情まで見ることは出来なかった。
これで何匹目だろうか。
志方 綾乃(しかた・あやの)は動かなくなったコボルトを見遣った。行く先行く先、まるで見計らったようにコボルトが現れ襲い掛かってくる。この中で子供が遊んでいたと思うと――本当に、よく無事で居られたものだ。怪我をせずに炭坑を出てこられたのは奇跡か、偶然か、それとも。
「誰かが操っている――とか」
「何か言った?」
「いいえ。こんな所を子供の遊び場にするのは危険だ、と思っただけです」
きびすを返し、理子たちの元へ戻る。厳しい表情で綾乃はそのまま言葉を続けた。
「コボルトが住み着いた原因を究明できたら、教導団預かりにでもして子供たちが近寄れないようにするべきですね」
「そんな事したら、ここ使えなくなっちゃうじゃない。不法に採掘してる人間がいたら確かに突き出さないと駄目だけど。せっかくあの子たちが見つけた場所なのに」
「機晶石の有無はまだ分かりませんが、きちんと報告をして、閉山するように掛け合うのが適当しょう。ここは公園でもなんでもないんですよ」
「自分も彼女と同意見だ。出来ることなら全ての出入り口をふさいで、子供が入れないようにするべきだ。それが一番良い解決策だろう」
マーゼンは渋る理子へ言葉をつぐ。
「例えコボルトが居なくなっても、炭坑は暗くて危険なことに変わりはない。子供を安心して遊ばせられる場所だとは到底思えない。今回は幸いに子供達も怪我をせずに済んでいるが、次は分からないだろう。何かが起こってからでは遅いんだ」
「……それは……そう、だけど」
「何か間違ったことを言っているだろうか」
口を閉ざした理子へ綾乃は表情を崩すことは無かった。綾乃自身も、正直なところ、こんな事は言いたくないのだ。子供のちょっとした遊びに対し法で挑むなど、卑怯極まりないと言われるかも知れない。
「実際にこの鉱山にまだ機晶石が眠っているのなら、尚更です。みなさん、依頼に賛同してここに居るんでしょうけど、それに、機晶石がどれだけ国にとって大切な資源かは、もちろんあなたも分かっているはずです。同情するのは勝手ですけど、子供の我侭に付き合って何でも許していたらキリがありません。子供だからって何をして良いというわけでは無いんですよ」
「そんな――そんな良い方しなくっても良いじゃない……」
「まあまあ、その話は後にして、とりあえず炭坑を調査してみない?」
フィオナ・ベアトリーチェ(ふぃおな・べあとりーちぇ)がひょいと身を乗り出してきた。
「一本道とは行っても、これだけ枝分かれしてるし。他にも道はたくさんありそうだから、手分けをしたほうが良いと思うんだけど」
理子は綾乃とマーゼンと目を見合わせてからため息をついた。そこに安堵が含まれていることに気付き顔を顰める。レオンはそんな理子を見て気付かれぬよう、口元だけで笑った。
「そうね――とにかく、調べないことには始まらないわね」
「だったら――」
あれこれと話しを始めた一行を、持ちかけた当人のフィオナは見つめ、耳を済ませている。
「また世直しか……何で出しゃばるンだかなあ」
自警組織に任しておけば良いものを。天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)はフィオナを通して理子たちの動きを逐一監視していた。情報を筒抜けにするため、フィオナを送り込んだのだった。精神感応を使っていることはバレていないようだ。
悪だか何だか知らないが、調子に乗っているようだし、ここらで釘の1つでも刺してやろう。そう考え、ヒロユキは理子率いる“世直し一行”を分断してやろうと踏んだのだった。名づけて『世直し一行返り討ち』。
「あいつら、本格的にここの調査に乗り出すらしいぜ」
ヒロユキは声をかけた。そうですか、と特に驚いた風も無く相手は、再び視線をそらした。顔を見て話をするという気は無いようだ。
「何組かに分断させるから、とりあえず扱えるだけのコボルト、待機させておいてくれよ」
「――あなたは」
「あ?」
「あなたは私を雇った人間では、ない……です、よ」
「だったら何だよ。目的は違っても、やる事は一緒だろうが」
視線だけ向けられ、何かと思えば苦言だった。ほとんど動かない表情が、それでも嫌そうに顔を顰められた。長い髪で隠れがちの眼にも相容れない存在への拒絶が浮かんで見える。
「面倒くせえのがここにも居やがったか」
「クライヴァルさんは、私を……使いやすい、と、いってました」
「お前、それ馬鹿にされてんだぞ」
あーもう、さっさとずらかろうぜ。
ヒロユキは天を仰ぎ、フィオナへ向けて胸中でぼやいた。
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