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リアクション
「理子っち様、私はアリスと一緒にここで子供達を見ています」
「男の子の相手なら私に任せてねー。一緒に狩りにでも行こうかな」
葉月 可憐(はづき・かれん)とアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)の耳打ちを理子は喜んだ。怯えた様子の少女は別にしろ、少年たちは一緒に行きたいと言い兼ねない。コボルトだけならまだしも、坑道内に何があるか、何が起こるか分からない状態で子供たちを連れて行くのは危険だし、正直なところ足枷でもある。大人しく家に帰ってくれる気配もない。誰か付き添いが必要だった。
「一緒に連れて行くわけにも行かないしね。お願いしても良いかしら」
「お任せ下さい♪ 遊び道具も色々あるんですよ。何が良いと思います?」
ボールに縄とび、お手玉、コマにヨーヨー。まるで手品のようにおもちゃがぽろぽろと出てくる。
「それ、どこから出したの」
「いつも持ち歩いてるのか?」
驚いた理子とレオンが口々に尋ねるのを、可憐は極上の笑みで持って返した。
「それは乙女の秘密ですよ♪」
慣れた手つきで剣玉を操ると見事に赤い玉が弧を描き棒へと収まった。少し離れたところに居たリベリアが目を丸くしたのが視界に移る。その様子を子供好きのアリスは微笑ましく見守りながら、何をして遊ぼうかとわくわくしていた。
「リーコ! やっぱりね、依頼はレオンの名前だったけど、リコが居るような気がしたんだよね!」
飛びついてきたのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。レオンの名で出された依頼を一目見て、ピンと来たのだった。理子のことだ、“世直し”が1回で終わるとも思えなかった。
「今日は私も“遊び人・美羽ちゃん”ってことで行くからね。そうだ、ねえねえリコ、これ着ようよ」
確かに、美羽もロイヤルガードの制服ではなく、蒼空学園の制服を身につけている。それも理子が着ているものとはデザインが違うものだ。
前回は思いもかけぬ再開となったが、今回は色々と用意して来たのだ。出かける前に散々パートナーには「置いていったほうが良いんじゃ……理子さんが本当に居るか分からないし……」と止められたのだが、永遠のライバルとしてのカンと言おうか。理子が居るだろうという確信に近い思いが美羽の胸で燃えていた。見事に美羽の予想は的中したと言うわけだ。
差し出された制服を受け取ったもののしぶる理子の背中を押して、ちょうど良い木陰につれていく。「男子! こっち来ないでよ!」としっかり釘を刺すのも忘れなかった。
「美羽……これ、スカート、短すぎない?」
「その方が動きやすいよ! それにかわいいし。ね、コハク!レオン! かわいいでしょ」
「良く似合ってるぜ、理子っち」
「う、うん……」
茂みから出てきた理子はスカートの裾を気にしているようだった。美羽の思いつきでスカートを超ミニにしたのだ。確かに動きやすいかも知れないが、絶対領域というレベルを超えそうだ。
意見を求められ、軽い調子で手を叩くレオンと反面、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は曖昧に視線をそらした。じろじろと見るわけにも行かない。煮え切らない返事に美羽はコハクを軽く睨む。そしてある事に気付き首をかしげた。
「ところでリコ、コボルト退治は分かったけど、装備は大丈夫なの?」
「そうなのよ」
理子は腕を組み、行く手を阻む大きな岩をどうやってどかそうかと悩む旅人のような面持ちで、大仰に頷いて見せた。
「情けないことに、あたし、完っ全に観光のつもりでヒラニプラに来ていたから。レオン、何か持ってたりする?」
「理子っちが使えそうなものは、生憎」
レオンが持っているのはパワードレーザーだ。理子はほとんど触った事がない。
「あの、理子さん、良かったらこれを。美羽も」
するとコハクが2振りのブレード・オブ・リコを差し出した。自分の名が刻まれた剣だ。斬姫刀スレイブオブフォーチュンとはまた違う重みを感じる。上から下まで同じ格好、それも同じ剣を手に美羽は「コンビ見たい!」と喜んでいる。
「相手が魔物とか、悪党でも……なるべく怪我をさせないように、戦って欲しいなって思うんだ……だから、峯討ちで――」
「コハクはちょっと甘いんだってば。もし炭坑にモンスターを放った奴が居るなら、ボコボコにしてやるんだから。子供のもの取るなんて酷いじゃない」
美羽はそう言うが、その心優しさからコハクは例え相手が悪人でも、できれば命を落としてほしくないと、そう思ってしまう。
「理子様! 俺からも、これを……コボルトが鉱物毒を使ってくるかも知れません」
コハクを押しのけるように酒杜 陽一(さかもり・よういち)がポータラカマスクを差し出した。
「それと、今日から俺は理子っちの双子の妹の瑠子っちです☆」
ますます変装に磨きが掛かっている。ご丁寧に効果音で”キラッ☆”と聞こえて来そうなアイドルポーズまで決めてくれた。微妙な沈黙に気付き、陽一はハッとして慌てて付け加えた。
「あ、大丈夫ですよ!? 俺もそのマスク、使ったことありますけど、きちんと洗いましたので! そんな、間接キスじゃないですよ!? 狙ったりなんかしてませんから!」
和むどころか、シーンと辺りが静まり返った。特に美羽の目が冷たい。ギンギンに冷たい。しかもアイスピックの先端を更に削ったぐらいに鋭い。
「あ、ありがとう陽一……そこまで聞いてないけど」
「お兄ちゃん!? なに自分のマスクをリコに渡してるのよー!!? しかもリコってば、お兄ちゃんと間接キスを喜ぶどころかスルーなんて何様のつもりなのよおおおおおお!!」酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が地団駄を踏んでいると、理子は笑いかけた。
「美由子も来てくれたのね」
「は、はあ!? 何カン違いしてんのよ、お兄ちゃんが来るって言うからよ! 1人じゃ心配だし、何されるか分からないから!」
「それでもさ、やっぱり心強いじゃない。とにかく、ありがとね。それだけ言いたかったの」
「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」
身を翻した理子に呼びかけるも、虚しく山々に響き渡るだけだった。
「な……なによあいつ! 勝手に勘違いして行っちゃうなんて! た、戦ってないのに何か疲れたわ。もう分かったわよ、疲れたついでに護ってやるわよ〜!」
ムキーッ! と空を目掛けて、美由子はこぶしを振り上げた。
「理子、遅くなった」
「またお手伝いさせていただきますね、理子さん」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の後で紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が愛らしく微笑んでいた。エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)とプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)も多くは語らないが、理子と目が合うと力強く頷いてくれる。
「ありがとう。見てくれたとは思うけど、依頼の通りよ。コボルト退治が目先の最優先事項。でも、気になる所があったら調査して行こう思うの」
「突然コボルトが現れたと言ったかのう」
「子供達が言うにはね」
エクスの問いに理子は首を縦に振る。嘘をついているとは思えない。
「教導団の手が近くにある場所に、易々と住み着くというのも考えがたいであろうな」
「そうですよねえ……」
「何か裏がありそうだな」
「コボルト以外の形跡を探してみるのが、良いかもしれませんね」
唯斗の呟きを受け、プラチナは唯斗の耳だけに届くよう、ひっそりと口を開く。確かに、理子やレオンの言ってる事も一理あるかも知れない。
これは――ちょっと裏を当たってみるか。
プラチナへ視線を絡ませ、小さく唯斗は頷いた。
「頑張ってくださいね。理子っち様♪」
「うん。あの子たちの事、よろしくね」
軽く手を振って理子たちが炭坑内へ向かった背中を子供達が不安げに見詰めている。姿は闇へ溶け込み、しばらくすると足音や話し声も聞こえなくなった。炭坑は緑に囲まれた中でぽっかりと間が抜けたように口を空けている。今までの騒がしさが嘘の様に静まり返ってしまった。
「そんな顔しなくっても大丈夫ですよ。お姉ちゃんもおにいちゃんも強い人たちばっかりですから」
「うん……」
「でもさー」
「なあ……」
顔を見合わせる子供たちの前へ可憐は握った掌を差し出した。指をひらくと小さな包が現われる。目を丸くする様子にくすりと笑いながら、ピンク色のリボンを解く。中には円いクッキーが4枚――ちょうど子供の人数分つつまれていた。
「お腹がすいてると、暗い気持ちになっちゃいますよ。みんなで遊んでいれば、お姉ちゃんたちもすぐ帰ってきますから♪」
可憐の笑顔からは微塵の不安も見つけることが出来ない。少しホッとしたのか、子供たちを取り巻く空気が少し柔らかくなった。じっと手の平を女の子見つめている。どうぞ、と差し出せばそろそろと手を伸ばした。クッキーをつまみ、ぱくんと口へ放り込む。
「おいしい!」
秘密基地から出てきた少女が、初めて見せた笑顔だった。
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