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リアクション
「よりによってヒラニプラですからねえ」
壁や地面、天井など細かく調べながら御凪 真人(みなぎ・まこと)は呟いた。光精の指輪で呼び出した人工精霊が飛び回っている。光源がある、という事で真人は理子たちとは離れて調査をすることにした。レオンの肩の荷を少しは降ろしてやることができただろうか。
「モンスターを住み着かせて何か得が有るのでしょうか」
この鉱山は廃坑だ。それが正しければ鉱脈は枯れはて機晶石は採れないはずである。もし、まだ枯れてなければそれを誰かが掘っている可能性もある。レオンの依頼の通りだ。コボルト発生の直接的原因を探らなければ、退治しただけでは解決とは呼べないだろう。
万が一黒幕が居るのなら、この灯りは格好の的だろう。いや、逆に襲撃を誘うのも手だろうか。廃坑になったはずのこの場所に何か有ることの裏づけにもなる。
「って、聞いてます?」
一方でセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は秘密基地を奪われたことが気がかりだった。悔しい思いをしているのだ。取り返してあげたい。ここまでの道程、コボルトしか見かけては居ないが、いつ何が出てくるのか分かりやしない。神経を尖らせつつ先へ進む。
「しかし、ここが廃鉱で無ければ、秘密基地はどうなるのでしょうね」
「ちゃんと取り返すわよ。このままじゃ悔しいじゃない」
ぽつりと真人がつぶやく。しかし気になる点はそこではないらしく、セルファの応えにも曖昧に唸るだけだ。
真人の心配はコボルト退治と炭坑調査後のことだ。依頼には教導団の生徒も参加している。危険だからと関係者以外が立ち入れないよう取り計らう事だろう。2、3度頭をかくと吹っ切れたように顔を上げた。
「ま、そこは理子さんが何とかしてくれますよね?」
この事件どうやら裏がありそうだと本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が考えるのに別段時間は掛からなかった。炭坑にモンスターが住み着くこと事態は珍しくないけれど、ここは教導団のお膝元である。
「誰かがモンスターを放ったと考えるほうが、現実味もあるよ」
それも普通じゃない誰かが、だ。
本来なら許可なり何なりを取り付けるはず。それをすっ飛ばしてやるのだから、やっぱり普通ではない。間違いなく悪人だ。後ろめたいことがあるからだろう。
ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)は落ちている石を拾ったり壁に触れたりしながら歩いていた。その幼い手の周囲を精霊が飛び回っている。『光精の指輪』を使い人工で呼び寄せたものだ。
不思議に思った理子はしばらくアリアを観察していたけれど、さっぱり分からない。
「うーん無いなあ。これはただの石。こっちも違う」
「さっきから何やってるの?」
「兄ぃの推理が正しいなら、機晶石につながるものが見つかるかなあって。それに、ボク、早く原因を究明してあの子達に秘密基地を返してあげたいんだ」
「レオンさんの予想通り、ここにはまだ機晶石が眠っていると俺も思ってるんだ。アリアは機晶技術について勉強しているから、何かヒントが見つかるかも知れない」
「その辺の事はボクに任せてよね!」
涼介の台詞に、アリアは得意げに胸をそらした。その為にも理子たちに付いてきたのだ。アリアの知識は役に立つはずだ。機晶技術のスキルも身に着けているし、『機晶技術マニュアル』も持っている。
「鉱山によって機晶石の質はやっぱり違うものなのか?」
「それはもちろんだよ。どこの炭坑の物かも見抜けるもん」
レオンの問いにあっけらかんとアリアは答えたが、かなりの知識量がなければ出来ない事のはずだ。
アリアは徐に拾った石を睨み、がっかりしたように放り投げた。
どうやらこの辺りはハズレのようだ。
「レオン君にも春が近いんだね〜」
琳 鳳明(りん・ほうめい)は女の子と仲良さそうに話しているレオンの姿に、うんうんと一人頷く。可愛い後輩の依頼ということで廃坑まで駆けつけた鳳明だったが、まさかその後輩に春の気配が訪れていたとは!
――ここは先輩として、一肌脱いで上げなくっちゃ!
よし、と意気込みレオンの背中に書けよっていく。
「レ・オ・ン・君! もう、隅に置けないなあ。そんなかわいい子といつ知り合ったのよ〜」
目を丸くしたレオンを肘でつっつくと照れているのか「いや、その……」と言葉を濁している。
「あ、私、琳 鳳明っていうの! よろしくね理子さんって……あれ……」
どこかで見た様な。ぐるぐると記憶を辿る。そういえば「理子」という名前も聞き覚えがあるような。
「……」
「あ、あの?」
「ハッ! あ、私ひとっ走り先の方を見てくるね! じゃ! がんばってね、レオン君!」
「はあ……」
訝しむような理子の視線で、ある答えがひらめいた。我に返った鳳明は、それこそ神速でその場を離れた。コボルトの襲撃を素通りしながら、鳳明は内心興奮状態だった。
「ちょっとちょっと、あれって代王様じゃないの!? 代王様だよね!!」
先端恐怖症など何のその。飛び出してきたコボルトの攻撃をあっさり交わし、胸倉を掴みがくがくと揺さぶる。目を回しているが気付いていない。ハタ、と新たな事実に気付き、驚愕の事実に熱くなる頬を両手で押さえる。とっくに気を失っていたコボルとは地面にたたきつけられた。
「ってことは、つまり、レオン君ってば逆玉の輿!?」
きゃーきゃーすごーい!とこれまた飛び出してきたコボルトの腕をつかみ、ジャイアントスイングよろしく振り回した。そして新たな使命に気付く。こうしちゃいられない。
突然腕を離されたコボルトは壁にぶつかり潰れたような悲鳴を上げた。
「これは責任重大だね! 待っててレオン君、ぜったいに君の恋を実せてあげるから! そのためには、代王様にレオンくんのスマートでかっこいい所を見せないとね!」
「よーしがんばるぞー!」との掛け声は、理子とレオンの元にまで届いていた。
戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)はダークビジョンで炭坑の隅々まで見回した。どこに何がいるか分からない。敵の正体もハッキリしない現状で、こちらの位置を教えるような行動は慎むべきだと考えたからだ。
小次郎は以前にもこういう事態に遭遇した事がある。廃鉱にモンスターが住み着いて根城にしていたのだ。しかし今回は直ぐに追い出されかねない人里、それも教導団の管轄下だ。それなりのリターンが期待できなければ、わざわざそんなリスクなど犯さないだろう。となると――例えば。
「交通の要所の近くで隊商を定期的に襲える。近くに餌場となる物が沢山ある」
思いついた予測を口に出してみるが、どれも好条件では無さそうである。鉱山までの道のりも、坑道にも餌となりそうな物は見当たらない。そうなると背後に黒幕が居て、モンスターを操って住まわせていると考えるべきだ。
では何故、この廃鉱という場所を選んだのか。
鉱石がまだ眠っていて、それを隠れて採掘していると考えるのが妥当だろう。炭坑内の調査に当たるつもりだが、該当する人間と出くわしたら自分が物的証拠とともに国軍にでも引き渡してしまっても問題は無いはずだ。
不意に視界をかすめた物に、小次郎はぴたりと足を止め膝を付く。
「――詰めが甘いな」
喜色もない冷静な視線の先にあるものは――真新しい煙草の吸殻だった。
水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は理子の肩をつつき振り向いたところで握りこぶしを突き出した。
「理子っち、コレ、落としたわよ」
「え? ありがとう――」
何か落とすようなものを持っていただろうか。あまりに緋雨は平然の態度をとるので、理子は思わず受け取ろうと手をだした。ぽろっと現われたのは、三角形の布だった。
そう、掌に乗せられたのは、胸パッドだったのだ。
目を剥く理子に構わず緋雨は大袈裟に驚いた芝居をした。
「ああっ! 理子っち! その胸パッド! それ、あの西シャンバラ代王・高根沢理子様も愛用していると言われてる胸パットと全く同じものじゃないの! それを愛用するなんて、さすが理子っち! お目が高いわね!」
もちろんそんなの話は嘘である。思いついたことをべらべらと並べ立てただけだ。
胸パッド愛好家として、緋雨は理子も同じ様に胸パットキャラに陥れようと思ったのだ。
「緋雨……」
「さ〜麻羅、調査に行くわよ〜! 子供たちの秘密基地を取り返さないと!」
胸パッドを握り締める理子から立ち上るメラメラとみなぎる黒い炎に気付き、これはやばいと天津 麻羅(あまつ・まら)の手を引っ張って駆け出した。
「ふっ……これで今頃、理子っちも胸パッドキャラ確定ね」
「お前はさっきから何を言っているのじゃ、緋雨」
「調査、調査するわよ! 今回はコボルト退治だから、特に危険な事もなさそうね!」
第1目標を完遂した緋雨は改めて坑道を見渡した。
コボルト退治はもちろんだが、どちらかと言うと、理子とレオンが言ってた事の方が気になる。どこかきな臭い。
「それにしても廃鉱だった割には、つい最近まで採掘してた感じよね〜。この道具なんてまだ使えるじゃない」
落ちていたスコップは錆ひとつない。拾い上げ、何気なくサイコメトリーをかけてみた。
「どうしたんじゃ?」
それまでぺらぺらと喋っていた緋雨が口を閉ざした。何か見つけたのだろうか。握ったスコップを片手に、口元が微笑み、右目には挑戦的な光がきらめいている。何かが見えたようだ。
「――読み通り、裏があったみたいよ、理子っち!」
さすが胸パッド同志! 緋雨は他に散らばっているものへと手を翳した。
走り去った緋雨の背中へ溜息をつき、振り返った先、理子は隣を歩いていたその姿を見るなり、とある人物を思い出した。ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)は理子の視線に気付き、横目で見返した。
「……なんだよ」
「残念なお知らせだけど、今日はランディ、居ないわよ」
「知ってんだよそんなの!!」
ゲドーの声が坑道に響き渡った。思わず目をつぶり耳をふさぐ。
「あのなあ、なーんかカン違いしてるみてえだからもう1回いっておくけどなあ、俺様は、子犬ちゃんが、大ッッッッ嫌いなんだよ! だから、居なくって、むしろ、せいせいしてんだよ!」
「あ、ああ、そうだったそうだった。ごめんごめん」
「それに……好きでここに来たんじゃねーよ。シメオンの奴が引っ張りやがって」
恨みがましそうにシメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)を睨みつける。そんな視線はなんのその。シメオンは涼しげに頬で受け流した。ゲドーが光術を使っているのもシメオンの助言によるものだ。ゲドー自身はダークビジョンの心得もあり、本来ならば光源など無くても困らない。
「ゲドーの予測とおり、人的要因でしょう。しかし、毒を使うコボルトを用意しているところをみると他に何が出てもおかしくありませんね。」
「予測?」
ゲドーを見上げると「これだから救世主様」はとぼやいた。
「レオンちゃんの言うとおり、こんなところにコボルトが住み着くのは不自然だろ。不自然なものは、大体、人間が絡んでんだよ。つーか、綾乃ちゃんも言ってたけどよ、廃鉱なんて危ないんだから子供が近づかなくなってちょうどいいじゃん。はい、めでたしめでたし」
口調はダルそうに放り投げるものだったが、きちんと子供たちのことまで考えている。思わず理子は目を瞬いた。本当に嫌々やってきたのかと思えば――。
「だから、何だよ! さっきから!」
「ランディにも聞かせてあげたかったわー……残念、残念」
「だから! なンでそうなるんだよ!! 俺様は――」
「はいはいはいはい。分かってるってば」
何をだよ! 絶対分かってねーだろ! と坑内でゲドーの叫びが響き渡った。
「またお姉さまとご一緒できて嬉しいですわ」
「まだそのキャラで行くんだ……」
「キャラだなんて酷いですわ、お姉さま!」
イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は「わたくしこの生き別れの姉とそっくりなお姉さまと一緒にいたいですわ!」と誰に頼まれるでもなく熱弁し、炭坑口からずっと理子に付いてきている。
「ところで、今日は鉄心と一緒じゃないの?」
「鉄心は別のところでお仕事してますわ。こっちに向かうまでは私たちが理子さんの護衛をするように、と」
その隣には見慣れた姿がない。ティー・ティー(てぃー・てぃー)もベルフラマントで姿を隠し、後方支援やわき道の調査をしているためイコナは一人きりだ。人見知りの気があるイコナは正直少し挫けそうだった。せっかく留守番じゃないと喜んだものの、これでは大した違いも無い。
それでも鉄心の頼みだ。
「がんばってお姉さまをお守りしますわ!」
「す、すごい気合ね」
「もちろんです! あ、お姉さま、よもぎ餅ってお好きですか?」
事情は良くは分からないが、『理子っち』は鉄心たちにとって大事な人のようなのだ。それならば、ここは自分が頑張って、点数を稼いでおくべきだと思ったのだ。それが何に対しての点数なのかは、イコナ以外知る由も無かった。
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