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リアクション
●切り開かれた運命がこれ? なのかな?
塔の中頃、そろそろ疲れてくるだろうな、という場所に、なぜか折り畳みテーブルが設置され、スポーツドリンクがずらっと並んでいた。
「おお、これはだれだか知らないが気がきくな。ゴクゴクゴク――ってあるかーい!」
観客もいないのに、つい、ノリツッコミをしてしまう変熊ルドルフ。
案の定、次の瞬間のどを押さえてつんのめった。
「ううッ……こ、これはまさか…!」
「ふふっ。ひっかかったわね、ルドルフ王子! そう! あなたが今思っているとおり! その中にはしびれ粉が入っていたのですっ!」
つい、これは自分の策略だと知らせたくなった志方 綾乃(しかた・あやの)が物陰から飛び出す。そんなことしなきゃよかったとのちに後悔するのだが。
「き、きみは…………だれ、だ…?」
「ええ、そうでしょうとも。覚えているはずがありませんわね、あなたの元には毎日毎日いろいろな国からさまざまな王女の絵姿が届いていたでしょうから!」
綾乃は胸の前で両腕を組み、フンッと背をのけぞらせる。
「けれども私の方は、あれから1日たりと忘れたことはありません! 私との結婚の申込みをすげなく断った、そのむくいを受けるときがついに来たのです!
さあ、黒き魔女によって呼び出された魔界の住人、インキュバスいちごちゃん、あそこに王子がいますよ! やっておしまいなさい!!」
ドカドカと、体に触れる物全てを破壊しながら走ってくるいちご。
しかしいちごには、運命の王子・ルドルフしか見えていなかった。
どかーんと背中を押されるかたちで、綾乃は前方の窓から外へ跳ね飛ばされてしまった。
「そんなああああぁぁっ!!」
下に待ち受けるは――――やっぱり、おいでませいばらの森へ。
志方ないね。
「お゛う゛し゛さ゛ま゛〜、た゛・い゛・す゛・き゛(はぁと)」
窓の下、がっくりしりもちをついた姿ですっかり動けなくなっている変熊ルドルフに、いちごがよだれのたまった口でグフグフ言いながら近寄った。
どう見ても喰う気満々だ。
動けない変熊ルドルフにこれを避ける術はない。
もはや打つ手なしと思えたこのとき!
いちごの脇からわずかに見えている空間――部屋の入り口――を、だれかが横切った。
クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)だ。自称、上に「ぺ」がつく天使だ。
限定お茶の間のヒーローらしい。
だがこの際だれでもいい。
「ク、クロセル……助けて…。マジで、死ぬ…」
必死に声を出そうとするが、しびれた喉では蚊の鳴くような声しか出ない。
その声が聞こえたかどうかは知らないが、通りすぎていったクロセルが、ひょい、と一歩下がって奇跡的に部屋の中を覗き込んだ。
「ほー。塔のてっぺんまであとひと息だというのにそんな所で居眠りとは、ずいぶんとまた余裕綽々じゃないですか。
――フッ。ウサギとカメの寓話ではありませんが、最後に勝つのはコツコツと努力を重ねてきた者なのです。そう、この俺のような!」
ビシッ!! 自分を指して、ニカッと笑う。
そのとき効果的に西日が当たって、白い歯がきらりんと光をはじいた。
「さあ、ライバルに向かって言うことも言ったし。行きましょうかねー」
クロセルは、今度こそ素通りした。
塔の部屋にあったはずのダンボールが、階下に移動してきていた。
ダンボールはどれも似たりよったりなので、似ているだけの別物にも思えたが、しかしやっぱりそれは同じダンボールだった。
綾乃が置いたスポーツドリンクが、ぐらぐら揺れながらも奇跡的にまだ上に乗っかっている。
「――ねぇ、ベア」
「なんですか? 美羽さん」
「男の人同士のちゅーちゅーって、こんな激しいのかな?」
「さぁ…。私も生で見るのは今日が初めてですから。でもあれ、そもそもキスでしょうか?」
ベアトリーチェが答えに窮するのも無理はない。
変熊ルドルフの首から上、頭まるごといちごの口の中に消えてしまっていたのだから。
しびれがまだ抜けていないのか、それとも気を失ってしまっているのか、変熊の体はぴくりとも動かない。いちごが動くたびに、ぶらーんぶらーんとてるてるぼうずのように揺れている。
――これって、ゴリっとかいっちゃったらアウトだよねー。
「――あのさ、ベア」
「なんですか? 美羽さん」
「もうだれも見てないし。なんか、2人とも上半身裸だし。
やっと巡り会えた運命の2人なんだから、このままだったらキスだけじゃなくて、もっと……何かあるかもしれないよねっ」
例えば……………………………………………………………………アレとか。
「やだもう、美羽さんのえっちっ」
どきどき、どきどき。
ダンボールの中で2人は、不埒な期待に顔を赤くほてらせながら、その瞬間の訪れをいまかいまかと待っていた。
もちろん、しっかり移動してきたテントの中の2人もだ。生つばごっくんもので食い入るように、ファスナーを下ろしてつくった隙間から覗いている。
デバガメーズの2人、和葉とメープルも、しっかり隠れ身を使って柱の影から見守っている。(スケッチのアスカとアーヴィン、それにメシエは、さすがにもういなかった。「美しくない」ということで)
どきどき、わくわく、そわそわ……いやん。
その瞬間がついに訪れたかどうかは定かではない。
ただ、断末魔らしきくぐもった悲鳴が上がった塔のてっぺんでは、クロセルが、感動の涙を流しながら登頂達成の旗をばっさばっさと振っていた。
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