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南よりいずる緑

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第1章 たとえばこんな、領主さま 2

「そうそう! こんな感じでアターってね! ほい、やってみてごらん」
「あたー!」
「うまいうまい! その調子!」
 大通りを先に向かった突きあたり。そこに広がる広場で、子供たちを相手に快活な声を発していたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。
 広場の地面には立て札が立てられている。
 『ルカルカの剣術教室』と書かれたその立て札を見れば、何をしているかは一目瞭然と言ったところだった。広場で散らばる子供たちが、それぞれにルカたちの持ってきてくれた厚紙や古新聞を丸めた棒を持って、互いに打ち合いをしている。
 当然というべきか、そこにはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)夏侯 淵(かこう・えん)の姿もあった。
「がお〜、ドラゴンだぞー!」
「うわあああぁぁ、現れたぞー! みんな、やっつけるんだ!」
「えいえいえいえいえいえい!」
「え、ちょ、待て! 待て待てっって! お前ら本気で叩くな〜!」
 冗談めかしに翼を広げて脅かしたはいいが、反撃に出てきたちびっ子たちの怒涛の攻撃を受けるカルキノス。そんな彼を、夏侯淵は呆れた。
「なにやってんだよ、カルキノス。こういうのは、ちょちょいっと大人の手ほどきをだな……」
「淵っ! そんなとこでぼけっとしてないで勝負勝負! 負けねぇからなぁっ!」
「いや、だからな……あくまで俺は子供に見えるだけって……」
「うりゃあああぁぁっ!」
 そもそも夏侯淵がどう見ても同世代ぐらいのちみっ子にしか見えないせいだろうが――まるで聞く耳を持っていないちびっ子は容赦のない攻撃を仕掛けてくる。ため息をつきながらも、夏侯淵はそれを受け流した。もちろん、時々は「ぎゃあー、やられるー」とかの演技を忘れない。激重のリストバンドをつけているとはいえ、歴史に名を残す猛将の英霊である。本気を出せばそれは当然のごとくボコスカにしてしまう。
 手伝いを請け負ったからには、ちゃんと仕事をこなすつもりだった。
「あくまで“子どものフリ”だからな」
 と、渋々ではあったが。
 そんな剣術教室に、何やらざわめきを伴った一団がやって来た。ルカはそちらを見やり、すぐにその正体に気づいて顔をぱぁっと明るくした。
「シャムス、エンヘドゥ! ……それに、アムドじゃないっ!」
「久しぶりだな」
 ガラガラと車輪を転がした馬車から降りてきたシャムスとエンヘドゥ。それに、それをエスコートするアムドがルカたちのもとへと近づいてきた。
「ほんと、久しぶりねー! ……って、なに、このさわがしいのは?」
「……気にするな」
 アムドたちの後ろでは、まるでアイドルが町にやって来たとでもいうようにキャーキャーワーワーと町の住民がさわがしくはやし立てていた。領主自ら町に訪問してきたのだ。確かに慌ただしくはなりそうだが、それにしてもなかなか異常である。
 しかし、ルカはシャムスの格好を見て、一瞬でその原因に合点がいったようだった。
「なるほどね」
「…………」
「ふんふん、へー。これは、また……」
「……頼むから、じろじろ見るのはやめてくれ」
 『黒騎士』と呼ばれていた普段の彼女からは想像できない、いかにも女の子っぽいワンピース姿。本人はモジモジとしてぎこちなく、落ち着かなさげだが……なかなかどうして。帯剣を含む軽装は清純かつ清楚の雰囲気を半減しているが、その分、凛々しさを演出しているため、そのミスマッチ感が不思議な魅力を誘っていた。
 アルツールや菫のにやにや顔を見れば、きっとそれだけが原因ではないのだろうが――少なくともこの住民の騒ぎようの一端は、彼女の魅力にやられたということで間違いなさそうだった。
(なんていうか……罪作りってもんよねぇ)
 ははは、と渇いた声で苦笑するルカに、シャムスはきょとんと目を丸くした。
「ま、とにかく来てくれて嬉しいわ。せっかくだから、一緒に遊んでいってちょうだい」
 そんなルカの誘いを受けて、シャムスたちはしばし子供たちの相手をすることにした。
 もちろん、武器は古新聞や厚紙を丸めたものだ。広場を駆け回ってはしゃぎ回る子供たちと、その相手をするエンヘドゥやシャムス。アムドはダリルとともに広場の隅で、そんな楽しげな彼女たちを見守っていた。
 そんな和やかな空気に不穏な影――鈴木 周(すずき・しゅう)シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)がそこにいた。
「ふっふっふ……準備はできてるか? シャウラ」
「当然。このデジタルビデオカメラでシャムスたちの痴態を録画……もとい、旅の記録を収めてみせる」
「君たち……」
 何やら無駄な情熱を捧げようとしている二人を、呆れかえった目でユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)が見ていた。
「ヘタうつと殺されますよ? 見なさい、周囲の警護の面々を」
「ユーシス……男には……男には……! やらねばならないことがあるんだ!」
「その通りだシャウラッ! 女の子のおパンツ……ああ、いやいや、おっちゃんたちと領主さまとの距離を縮めるべく、男、鈴木周! 推して参る!」
 本能に突き動かされるまま、二人は茂みを飛び出してシャムスたちへと迫った。
「うおりゃああぁぁ!」
「おっぱいダーイブ!」
 周は下半身、シャウラは上半身と、無駄に綺麗な連係プレーでシャムスたちへと飛びかかった彼ら。だが、次の瞬間に彼らの目の前は真っ暗になった。
「げばあぁっ!」
「おぶへっ!」
 シャムスを守ろうと飛び出した『漆黒の翼』騎士団の強面どもが、二人を掴んで地面に叩きつけたからだ。それでも諦めずに、シャウラのビデオカメラは太ももから花園へとズームアップしていくが、今度はユーシスが彼の後頭部をズバコーンと引っぱたいた。
「だからあれほど言ったというのに……」
「いやー、はははは、魅惑的な足に呼ばれてさ。ユーシスだって、そう思うだろ?」
「姉妹は肉感的で美しいと思いますが、花は眺め愛でるだけで十分です。すぐに枯れる種族に、そんな気持ちには……」
 底冷えする何かが、ユーシスの心を掴んだ。
 いずれは……シャウラも死ぬ。
 心の中で浮かんだ考えに、ユーシスは頭を振った。気づけば、じっとりと汗をかいている。突然動きが止まったユーシスに、きょとんとしているシャウラ。
「ユーシス……? どうしたんだ?」
「いえ……なんでも、ありませんよ」
 努めて冷静を装って、ユーシスは応じた。怪訝になりながらも、シャウラはそれ以上彼に追求することはなかった。
 そんな二人を余所に――周は領主さまたちに詰め寄られていたわけだが。
「ちょ、ちょっと待てって! いーじゃねーかよー、現場の皆に少しくらいサービスしたって!
視察だー、なんて堅苦しいこと言わねーでさ!」
「領主さまにそのような民衆への痴態を要求するなど……死罪に値するぞ!」
 スパーン! とギロチンで首が跳ねる自分の姿。ぞっとして、周はあわててバタバタと手を振った。
「わ、わった、わぁーった! で、でも、ちょっと魅力的な格好して皆と近いとこで仲良くしてやってくれよ。一緒に飯食うとかさ、それくらいいいだろ? な?」
「その辺で勘弁してやれ。悪気があってやったわけではない? そうだろ?」
「さ、さすが領主さま! 話が分かるぜ!」
 シャムスが間に割って入ったことで、周はなんとか、殺意を孕んで睨み据えてくる騎士の視線から逃れることができた。
 無論、シャムスとてわざわざ自分のスカートをめくりにきた者を「えへ、いいわよ、見せてあげるわ」と許すわけではない(むしろそれは別の何かである)。とはいえ、彼を心配そうに見ている住民から考えてみても、彼自身が悪人でないことは確かだった。
「二人とも、すげー可愛いんだぜ? 戦う力も必要だけど、可愛くて皆を元気に出来るのだって領主としてすごいことだと思うんだよなー」
 シャムスは目を丸くする。
 なるほど、考えたことがなかった。そういった役目もまた、領主としては一つの力かもしれない。
 周に連れられて、広場に広がった住民たちとシャムスは距離を縮めてゆく。そんな様子を遠くから見やりながら、アムドが微笑した。
「面白いことをするな、あの青年は」
「スカートをめくろうとしたことか? それとも元気にする力という言葉か?」
「おい、からかうな」
 くすくすと笑うダリル。アムドは再び子どもたちへと目をやった。なにやら、トーナメント方式で遊んでいるらしく、一対一で戦っている。
「ところで……これはルカが提案したものなのか?」
「ああ……そうだな。幼少時に剣に親しませ自衛法を習得させる事は地味に重要だ。平和時の備えこそ富国強兵に繋がる。弱体化したカナンが侵略を受ける可能性は低くないし、一過性のイベントでも、何かの切欠となればとな。まあ……ルカはそれを意図してやっているわけではないだろうが」
「と言うと?」
「あいつはその辺を無意識にやる」
「二人してなーに話してるの?」
 いつの間に近づいていたのか、ひょいっと背後から顔をのぞかせたのはルカだった。ダリルは大して驚きもせず、微笑する。
「ルカは子供だって話してたんだ」
「なによそれぇ」
 ぶー、と頬を膨らませるルカ。
 まったく、と二人の前に全身を乗り出した。その手に抱えているのは巨大な箱だ。どうやら、それを取りにどこかに行っていたらしい。彼女が子どもたちを呼ぶと、一斉に彼らは群がってくる。なんでも、トーナメントを勝ち抜いた上位入賞者への景品や参加賞とのことだ。
 一通り賞品を配り終えたところで、くるっとルカは振り向いた。
「ところで……アムド?」
「どうした?」
「あなたとは一度も戦ったことなかったわよね?」
 悪戯っぽい笑みを浮かべて、練習用の木剣を回すルカ。それだけで、アムドは全てを理解した。不敵に笑みを返す。
「手合わせなんて、どう?」
「俺も……一度はやっておきたかったところだ」
 それだけで、お互いの了解は交わった。
 ダリルから手渡された木剣を手にして、アムドは軽く手回しをする。剣の重量や扱い方を覚えるためだ。その間に、ルカは腕と足の重量級リストバンドを外した。ボスッと音を立てて地面に落ちるリストバンド。それが、彼女のこれまでのハンディを窺わせる。
 互いに木剣を構え、相対する。ルカは片手で正眼に剣を掲げた、実に綺麗な構えだ。対し、アムドは普段から大剣を扱っているせいだろうか。剣を握る手ではない、もう一方の手を、まるで剣先を支えるようにして添えていた。そして、身体を斜に構えている。
 いつの間にか、周りのギャラリーは静かになっていた。
 瞬間――互いの剣がぶつかり合った。
 正確には、ルカのほうが先手を取っている。まるで鞭のように俊敏に動く腕が、次々に形を変えてアムドを襲う。迫る、弾く。アムドは、剣を盾のようにして、ルカのそれに見事に対応していた。後ろへと下がるアムドに対して、徐々に距離を詰めて幾度も手を打つルカ。
 優勢はルカか……?
 だが、次の瞬間、アムドの体躯が消えた。
「……ッ!?」
 いや、違う。彼は地面に沈むように身体を低く構えただけだ。それに気づかないルカではなかった。下方からの瞬撃。当然、それを防ぐことに成功するルカ。
 しかし――アムドの口元が不敵に歪んだ。
「え……」
 次の瞬間、アムドの体そのものが後方へ回転したと思った時、それに引っ張られるままにルカは宙へと放り投げられていた。
「しまっ……」
 剣ごと、ルカの身体を引っ張りあげたのだ。それに気づいたときには、回転したアムドの木剣が目前へと迫り――ルカは、身体をぐんとひねった。
「あの、馬鹿……」
 どこかから聞こえたのは、ダリルの声だった。
 ルカの木剣はなんとかアムドの攻撃を受け止めていた。もはや、人間ではなく軟体生物と言わんばかりに、無茶な体勢へ身体をひねって。
 そして、大地に降り立った二人の木剣は、互いの眼前に突きつけられていた。
 しばし、民衆はボー然。だがやがて、溢れんばかりの喝采が二人を包みこんだ。
「……あとで説教の一つぐらいは言わんとな」
 腰を壊すかもしれない無茶な戦い方をしたルカを見て、ダリルだけは憮然とした表情を浮かべていた。