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契約者の幻影 ~暗躍する者達~

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契約者の幻影 ~暗躍する者達~
契約者の幻影 ~暗躍する者達~ 契約者の幻影 ~暗躍する者達~

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第5章(2)

「敵が現れたようですね。急ぎましょう」
 部屋の中央から右寄りを探索している沢渡 真言(さわたり・まこと)が戦闘を開始した葉月 エリィ(はづき・えりぃ)達に気付き、周囲に呼びかける。
 真言は主にこの部屋の仕掛け、落雷を何とか出来ないかと考えていた。同じ考えを持つフゥ・バイェン(ふぅ・ばいぇん)が地面を、ナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)が天井を調べている。
「う〜ん、地面には何もねぇな。避雷針みたいなのがあればそれをいじって落雷の場所を弄れるんだろうけど……そっちはどうだ?」
「何となくだけど、魔力が天井裏を伝わってるように感じるね〜」
「魔力? って事は発電機みたいにどっかに大元の魔力があるのか……」
「かな〜? とりあえずここからだと、あたしの知識で雷を少し弱くするのが精一杯だね〜」
「弱められるだけでも十分か。魔力を辿って大元を探せないか、やってみてくれ」
「分かったよ〜」
 時折発生する雷からは退避しつつ、なおも天井の調査を続けて行く。戦闘が始まっている事を考慮し、パートナーのリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)はウィキチェリカの真下で奇襲を警戒していた。
「それにしても無茶をしますね、チーシャは。天井を調べて、あわよくば雷を制御しようだなんて」
「ん〜、出来ない事も無いかな〜って思ったんだよね〜。まぁ味方に落ちないように少しズラせるだけでも違うと思うよ〜」
「まぁそうなんでしょうけどね」
 リリィの懸念は、天井の調査を行っているウィキチェリカが無防備となってしまっている点だった。これだけ見通しが良いのであれば、遠距離攻撃による奇襲は十分考えられる。そうなった場合に最初に狙われるのは上空にいるウィキチェリカだろう。
(その為にもこうして真下についている訳ですけど)
 杖を握り締める。もし弓や銃といった飛び道具での攻撃が来たら、自分が相手と距離を詰める事でそれ以上の攻撃を防ぐつもりだった。
「ん……? あ、あれ? あれあれ〜〜!?」
 だが、相手の行動自体がその予測からは外れていた。右の扉から出て来た相手、帆村 緑郎(ほむら・ろくろう)が使ってきたのは奈落の鉄鎖だった。突如見えない手に掴まれたように重力が増したウィキチェリカは、羽ばたき空しく地面へと真っ逆さまに落ちて行く。
「チーシャ!」
「わふ、ナイスキャッチ〜」
 幸い真下にいたリリィが受け止める。だが油断は禁物だ。一行は緑郎と、一緒に出て来た者達を警戒する。対する組織の協力者、ハンス・ベルンハルト(はんす・べるんはると)も対峙した相手を見回し、ある者に目が留まった。
(あの制服……教導団大尉のクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)か)
(ん……? あの男、こちらを見ているようだが……)
(まぁ気にする事は無いだろう。情報では向こうもあくまで個人が研究者の依頼に応える形だったはず)
 ハンスもシャンバラ教導団に所属している為、戦場によってはこの対立は自身に不利な物となっただろう。だが、今回は各学校経由で依頼が出されたとはいえ、それに応じるかどうかは個々の判断による。であれば階級などのしがらみは無く、あくまで異なる依頼を受けた者同士の戦いという簡単な図式で表すのが正しい姿だった。
「さて、報酬分の働きはするとして、使える物は有効に使わせて貰おうか」
 緑郎の合図で複製体のヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)が飛び出す。本物のヒルデガルドも結構な戦闘狂なのだが、戦いに躊躇いの無い樹月 刀真(きづき・とうま)虚神 波旬(うろがみ・はじゅん)、加えて斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)。更にキレると怖い一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)の性質が融合された事により非常に不安定な精神状態を持った複製体となっていた。
「良いッスネェ、広々としてて暴れ易そうッスヨ。さぁ……早くアタシとヤろうゼェ!!」
 拳を打ち鳴らし、一気に走り出す。最初にヒルデガルドが目をつけたのは、たまたま近くにいたフゥだ。
「おっと、やらせる訳には参りません」
 基本的には調査要員であるフゥを沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)が護る。繰り出される拳の連撃を、これまでに培った豊富な経験を活かして防御し続けるその姿は、執事としての役割が多かったとはいえ、円卓の騎士というかつての名に相応しいものだった。
「こちらの方は以前シンク付近の森で賊を相手にした時、私達同様、透矢殿に協力されていた方ですね。見知った顔という事で心苦しくはありますが……あくまでご本人とは別の方。遠慮なく応対させて頂きます」
「悪いね沢渡父、助かるよ」
「お気になさらず、フゥ殿……ちなみに、父ではございません」
 
「まぁ出だしはこんなもんか。それじゃ、俺も少しはやってやるかね」
 ヒルデガルドの戦いを様子見していた緑郎がプージを取り出す。そんな彼がやろうとしている事を、パートナーであるザッハーク・アエーシュマ(ざっはーく・あえーしゅま)がすぐに理解した。
「ロック、そなた『アレ』を使うつもりか」
「せっかく雷っていうスポットライトがあるんだ。あいつらには精々楽しく踊って貰わないとな」
「ふ……我もいささか退屈してきた所だ。出でよ、アジ・ダハーカ」
 ニヤリと微笑を浮かべ、大鎌を取り出すザッハーク。次第に鎌の部分が三つ首の大蛇へと変貌し、相手側を威嚇する仕草を見せた。続いて落雷ではっきりと浮かび上がった緑郎の影から狼が生まれ、戦斧に宿る。緑郎はそれにアルティマ・トゥーレによる冷気を篭めると、ヒルデガルドと戦っている者達に向け、振り払った。
「さぁ、狼と遊べ。こいつを満足させてみな!」
 
 ――その頃、天津 麻羅(あまつ・まら)水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は丁度この白き虎の間を探索していた。心なしか、ちょっと疲れてるようにも見える。
「あ、危ない所じゃった……このわしでなければやられていたのぅ」
「さっきも同じ事言ってたわよね。またここでも同じ事を繰り返すの?」
「そんなはずは無かろう! 三度目の正直、わしの手にかかれば調査など容易い物じゃ!」
「二度ある事は三度あるとも言うけどね……」
 小声でぼそっとつぶやく緋雨。次の瞬間、先を歩く麻羅に向かって氷を纏った狼と三つ首の大蛇が迫って来るのが見えた。
「あ」
 
 運の悪い事に、天井から降ってきた雷が麻羅に命中して彼女の動きが止まる。
 
「な」
 
 狼の突撃。
 
「なにをする」
 
 大蛇の喰らい付き。
 
「きさまらー!」
 
 おまけにハンスの銃弾までが飛んで来た。
 
「麻羅ー!?」
 緋雨の声が響く。ヒロイックアサルトを使用した攻撃二連発と銃弾を受けた麻羅は倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
 
 【天津 麻羅】残機:2/5

「む、今何か当たったように思えたが……気のせいか」
 鎌を振るっていたザッハークが違和感を覚える。だが、取るに足らない事だと判断し、そのまま攻撃へと戻って行った。
「しかし厄介だな、こいつは色々と。本物はどうだか知らないが、妙な動きをしやがるし」
 隆寛をサポートしながらマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)が舌打ちする。ヒルデガルドは本来の戦い方である格闘の他、刀真の光条兵器『黒の剣』も使って器用に立ち回っていた。
「どうせなら真言の偽者がいたら超楽しいんだけどな〜、いないかな〜、いたら持って帰――ごめんなさい真言さんそんなに睨まないで下さいコワイデス」
 真言が天然のアルティマ・トゥーレを発動する。無論実際に使える訳では無いが。そんなやり取りを無視し、クレアが冷静に戦況を見る。
「たとえどのような手を使って強化していたとしても、数の利はこちらにある。対等に戦うのが難しければ、その分数を増やすのみだ」
「後は地の利だ。利用出来る物は何でも使わないとな」
「フゥ姉、何か見つけたの?」
 クレアの発言に続いたフゥに、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が尋ねる。
「あぁ、さっきのウィキチェリカの調査、無駄じゃなかったみたいだな。巽、てめぇにも手伝って貰うぞ」
「我が? 構わないが……何をする気だ?」
 フゥが素早く周囲に作戦を伝える。一同は軽く頷くと、すぐに動き出した。
 
「成果はさっきの一人だけか……ん?」
 遠距離から狙撃を行っているハンスの射線に、氷術で壁を作るティアと、こちらに向かってくるリリィの姿が見えた。
「防御と攻撃か。普通なら攻撃を潰すんだろうけどな」
 手始めに銃弾を撃ち込み、作り立ての氷壁を散らす。当然その間にリリィが接近して来るが、ハンスは慌てずに得物を構えた。
「行きます、えいっ!」
「おっと」
 リリィが光術を放ち、回避する間に更に距離を詰めて来る。ここまで来たら接近戦の間合い。遠距離攻撃を仕掛けてくる相手には不利となるだろう。そうリリィは考えていたのだが――
「あ、あら?」
 振り下ろしたメイスが『銃剣銃』によって受け止められる。残念ながらハンスは敵が接近して来た時の対策もきちんと取っていたのだった。
「わざわざご苦労だな。これは駄賃だ。受け取れ」
 反撃と共に炎が襲う。リリィは式神の札を一枚犠牲にする事でそれを回避した。
(少し予測を外してしまいましたね。でもあくまで本命は皆さんの方。わたくしは出来るだけ時間を稼ぐだけですわ。強力なお相手ですけど、まぁさすがに死にはしないでしょう……多分)
 
「タ、タツミ! もう氷の壁が壊されちゃったよ!」
「大丈夫! あとは我に任せて下がってるんだ!」
 地を、壁を、自在に駆け回って緑郎達のヒロイックアサルトを牽制している風森 巽(かぜもり・たつみ)にティアが叫ぶ。ティアはフゥの作戦で氷術による壁を作ったのだが、水の無いこの場所で大きな壁を作るのは魔力の消費が大きかったらしく、既にその表情には疲れが見えている。
(向こうの銃使いはリリィさんが抑えてくれている。今のうちにウィキチェリカさんとフゥさんが『アレ』を見つけてくれれば……!)
 願いが通じたのか、ウィキチェリカが動き出した。彼女は再び飛び上がると素早く天井を調べ、ある一点を指差す。
「あった〜! ここだよ〜!」
「よし……行きますよ、隆寛さん、マーリン」
「いつでもどうぞ、マスター」
「おっし、ここで決めるか!」
 ウィキチェリカの声を受けて真言達が動き出す。ヒルデガルドの攻撃を防ぎ続けていた隆寛が素早く下がると、真言が憂うフィルフィオーナと呼ばれる蜘蛛糸を投げて相手を拘束した。
「ちっ、邪魔ッスネェ。こんな物ヘルファイアで焼き切って――」
「そうはさせねぇよ!」
 今度はマーリンが蒼き水晶の杖でヒルデガルドの技を封じて見せた。その僅かな隙を逃さぬように、フゥが叫ぶ。
「よし、行け! 巽!」
「了解だ!」
 高速移動を続けていた巽が転進し、ヒルデガルドの懐に潜り込む。そのまま彼女の真横を通るようにワイヤークローを飛ばすと、先端が天井――先ほどウィキチェリカが指差した箇所――に当たる寸前にワイヤーの根元を分離させて、その場から脱出した。
「電気を通し易いのは、水の他に金属ってのもあるんだぜ」
 巽の言葉と同時に天井、ウィキチェリカが見つけたこの部屋の大元となる魔力が宿っている場所から雷が発生し、各所に分散するはずだったその電気はワイヤーを伝わってヒルデガルドへと襲い掛かった。
「あ、ああ゛ぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛!!」
 ヒルデガルドが拘束された場所、そこはティアが氷の壁を作った場所でもあった。あの壁はハンスの狙撃を防ぐだけで無く、複製体であるヒルデガルドに確実なダメージを与える為に用意された物だったのだ。
「まだ耐えるか……! なら!」
 放電が収まり、その場に立ち尽くすヒルデガルド。なおも身体を維持している彼女に向け、巽が轟雷閃を乗せた閻魔の拳を放った。
「青心蒼空拳! 青天霹靂掌!」
 更なる雷を受けたヒルデガルドは遂に力尽き、これまでの複製体と同じように魔力の粒子へと変わって行った。
「おや、あの紛い物は消え去ったか。しかし……向こうの者達は破天荒な事をするな」
 ザッハークが呆れ半分、興味半分で言う。電気の流れを無理やり変えた為か、部屋の仕掛けはその機能を停止していた。
「さて、どうするのかね? ロック。時間稼ぎという趣旨であればこれで十分だとは思うが」
「まぁそうだな。報酬分は働いてやっただろうし、せっかくだ……後はあの組織とやらの動向でも探ってみるとするかな。あんたはどうする?」
 緑郎が今もリリィと対峙しているハンスに尋ねる。ハンスはリリィから視線を逸らさぬまま、左手をポケットの中に入れた。
「これ以上いてもあの人数を相手にする事になるだけだからな。依頼内容を考えたらここが退き際だろう」
「あら、帰られますの?」
「お前達も主目的は『調査』なんだろう? 雇われた者同士、無理に戦う必要も無いってだけだ。まぁ……最低限の用心はさせて貰うがな」
 言うが早いか、ハンスが発煙手榴弾を投げた。たちまち周囲が煙幕に包まれ、リリィはすぐ先にいたはずのハンスの影すら見失う。煙幕が晴れた頃にはハンスは当然の事、緑郎とザッハークの姿もこの場から消え去っていた。
「随分手際が良いですわね……わたくし達に攻撃を仕掛けて来た割には、という感じもしますけども」
 どうも一枚岩では無いような気がする、と考え込むリリィ。だが、十秒も経たずに考えを放棄すると、そのまま皆の所に戻って行った。
「わたくしが考えるよりも、他の優秀な方にお任せした方が良いですわね。あちらがどういう考えであったとしても……まぁ、何とかなるでしょう。多分