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契約者の幻影 ~暗躍する者達~

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契約者の幻影 ~暗躍する者達~
契約者の幻影 ~暗躍する者達~ 契約者の幻影 ~暗躍する者達~

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第3章(4)

「……」
「…………」
 青き龍の間の最後の一角。そこをエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)はどこか不機嫌そうに歩いていた。
 この部屋に入り、他の者達と分かれて行動を開始してからずっとこんな状態なので、後ろを歩くラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)が堪りかねて口を開く。
「あの〜お二人共、これは調査のお手伝いでは無かったのですか?」
「そうですねぇ。教授のお手伝いであって、触手の塊の世話では無かったと思います」
「うむ。決して化け物のお守りでは無いはずなのじゃがな」
「……」
「…………」
 何となく、二人の間にピリピリした何かが走った気がする。軽くため息をつくラムズの肩を同行している緋王 輝夜(ひおう・かぐや)が労わるように撫でた。
「二人共何か仲良くしようとしないよねぇ……似たもの同士なのに」
 小声で言う。仮に二人に聞こえていたら『そんな訳があるか』と返って来る事だろう、同時に。
 
「ふむ、そろそろ仕掛けてきますかね」
 木々を避けてある程度進んだ頃、突然ラムズがつぶやいた。隣で殺気を探りながら歩いていた輝夜が不思議そうな顔をして見ている。
「何で分かるの? 気配でもあった?」
「いえ、私は分かりませんが……前の二人がね」
 見ると、エッツェルと『手記』が先ほどまでと違い、互いに背中を庇うような位置取りで歩いている。微かに聞こえる声は相手の悪口ばかりなのだが、何だかんだで息のあったコンビという訳だ。
「じゃあこっちも気をつけた方がいいね。あの二人に近づいたら邪魔になるだろうから、あたしはラムズを護るよ」
「ありがとうございます。助かりますよ」
 
「あ、いましたねぇ侵入者。好きに壊して良いんですよね……クスッ、楽しみだなぁ」
 四人の予想に反して、最初の相手は堂々と正面から現れた。その相手、天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)は優しくも狂気的な笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいてくる。
「ハツネちゃんには悪いけど……最初の一人、僕が貰っちゃおうっと」
 手をかざし、奈落の鉄鎖で相手を重力で縛る。更にそこからエッツェルの身を妄執で蝕み、精神的なダメージから入り始めた。
「クスクス……辛いですよね、苦しいですよね。じゃあ……もっと壊れちゃえ……!」
 続けて銃の乱射。放たれた弾丸はエッツェルの四肢に容赦なく降り注ぐ。殺しはしないが極限までの苦痛を与える、ある意味より残酷な戦い方だった。
「なるほど、良い攻撃です。フフ……私でなければ効果はあったかも知れませんね」
 だが、相手が悪かった。エッツェルの身は痛みを知る事が無く、また、少々の傷なら自力で治せるほどだった。そんな彼にとって、肉体のダメージによる苦痛などは縁の無いものだった。例外としては光輝属性や回復ではあるのだが、残念ながら葛葉にはそれを突くような戦い方は出来ない。
「な……何で、何で苦しまないんですか? 僕がこんなに壊そうとしてるのに」
「壊す、ですか。良い『闇』の片鱗をお持ちですね。ですが……その程度ではまだまだ。私が出会った方にはもっと素晴らしい『闇』をお持ちの方がいらっしゃいましたよ」
「訳の分からない事を……! 壊れろ、壊れろ! 壊れろよぉぉぉ!!」
 葛葉から丁寧な言葉遣いが消え去り、叫びと共に銃弾が次々と放たれる。だが、それを受けてもなおエッツェルは涼しげな顔をするのみだ。
「全く……弾丸が飛び交っては邪魔で敵わん。とっとと大人しくさせぬか」
「はいはい、仕方無いですね……っと」
 『手記』の不満を受けて、エッツェルが奇剣『オールドワン』を取り出す。小さなナイフが幾重にも繋がれているこの剣は、鞭のように伸ばして使う事も可能だった。呪術によって逆に葛葉の精神を侵食しながら、オールドワンを器用に操ってその身を斬りつけた。
「グッ……! くそっ、ふざけやがって!」
 なおも怒って銃を使う葛葉を黙らせるべく、エッツェルが近づく。『手記』との位置取りが崩れた瞬間を狙い、今度は斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)が頭上から現れた。そのままエッツェルの背後に回りこむと、抜いた刀で背中に真っ直ぐな傷をつける。
「……凄いの。本当に壊れないの。丈夫なお人形さん……クスクス……沢山遊べるの」
 相手の苦しむ様子が見られなかったにも関わらず笑顔を浮かべるハツネ。エッツエルの背後を狙った以上、その場所は『手記』にとって狙い易い位置となる。
「愚か者め。背中ががら空き――」
 だが、『手記』は追撃を行う事が出来なかった。突然木の向こうから飛んで来た弾丸によって黄のスタンプが弾かれる。
「狙撃か……全く、面倒じゃな」
 『手記』が視線を向けた木々の奥、そこには気配を消して潜伏していた東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)がいた。新兵衛はどこぞのスナイパーのような鋭い目でスコープを覗き込み、ハツネへの脅威を取り除くべくただただ見守り続けている。
「例えどんな過去を持っていようと、お嬢はただ一人この俺に子供のように懐いてくれたお方だ。誰も近寄って来る事の無かったこの俺にな……だから、お嬢を傷つけようとする者が誰であろうと許さん……!」
 その瞳は、その腕はハツネの為に。それこそが自身の生きがいとばかりにひたすら援護の狙撃に徹する。ちなみに、新兵衛が外道と呼ぶ他のパートナー二人の援護は完全無視だ。
 
「ラムズ、気をつけて。スナイパーがいるみたい」
 前衛の受けた狙撃を見て、後衛の輝夜が射線に入らないように移動する。するとそんな輝夜を狙うように大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)が襲い掛かってきた。その攻撃をギリギリの所で察知し、自身のフラワシを爪状に物質化させた上で振り払う。
「! そこっ!」
「おっと、中々勘の良いガキだな。それに変わった爪を使いやがる」
「ガ、ガキって言うなぁ! それにこれはあたしのフラワシ、『ツェアライセン』! どんな相手でもズッタズタにしてやんよ!」
「ほぅ、わざわざ説明有り難うよ。しかしフラワシねぇ……見えない事の利点の方が多そうな気がするんだがな」
 鍬次郎の言う通り、フラワシの利点にはまず『コンジュラーにしか見えない』という点がある。物質化した以上、その利点は失われ、殺気以外にも視覚での回避が可能となっていた。
「まだまだ! オーバードライブを舐めるなぁ!」
 フラワシの爪から突如真空の刃が放たれる。その攻撃は回避による僅かな距離を詰め、鍬次郎の服に切れ目を入れた。
「ちっ、口だけじゃねぇって事か。だがな……てめぇのその攻撃、弱点を教えてやるぜ」
「弱点?」
 言うが早いか鍬次郎の姿が消える。再び奇襲を行うつもりだろう。
「そんなもの、また防いで見せる……! そこっ!」
 先ほどのように察知した輝夜の爪による迎撃。だが、鍬次郎はあえてそこに集中して力を篭めた攻撃を繰り出した。
「ハァッ!」
「えっ――!?」
 爪と刀が交錯した瞬間、輝夜の力が抜ける。膝をつくその姿はまるで自身がダメージを受けたかのようだ。いや――
「忘れたのか? フラワシが受けたダメージはてめぇに影響する。纏う事で威力を底上げしてるんだろうが……わざわざ姿まで見せてんじゃ、てめぇの身体を晒してるのと同じ意味って事だ」
「くっ……」
 真っ向から衝撃を受けた事で気絶しかけているのか、ツェアライセンの姿が消えかける。そのまま追い討ちをかけようとする鍬次郎に対し、ラムズが抵抗を試みた。もっとも、スリングによる石つぶてやイカ墨による目潰しなど、やろうとしている事はただのちょっかいに等しい。
「おい、何だ? その攻撃はよ。やる気あんのか?」
「やはり効きませんかねぇ」
「ったりめぇだ。このガキより先にてめぇが死にてぇか?」
「そういう訳にも行きませんからねぇ。アレでなんとかして頂けませんか?」
「あん?」
 ラムズが指差した方、それは『手記』達が戦っている場所だった。そちらでは今、ハツネが粘体のフラワシ『ギルティクラウン』と新兵衛の狙撃を援護にしながら二人を狙い続けている。
「クスクス……イカのお人形さんとの鬼ごっこ、楽しいの……」
「誰がイカじゃ」
 触手を駆使してハツネの攻撃を防ぎながら『手記』が不満げに言う。それに対し、エッツェルはどこか楽しそうだ。
「フフ……お似合いですよ、イカさん」
「黙れ、この異形が」
「人の事を言えた姿では無いでしょうに」
 散々悪口を叩きながらもやはり息のあった動きでフラワシと狙撃を回避する二人。そんな二人を一気に片付けようと、ハツネはギルティクラウンをエッツェルへと絡ませた。
「む、これは……」
「クス、動けないの。ハツネのお人形さん、イイ子さんなの。だからお兄ちゃん……壊れて♪」
 動きを封じられたエッツェルに対し、ハツネが斬り込む。『手記』はエッツェルを挟んで反対にいる為、攻撃は行えない。
「これで組織に褒めて貰うの……クスク――!」 
 ――その時、意外な所から攻撃が来た。奥にいる『手記』が『エッツェルを』貫いてギルティクラウンへと黄のスタイラスを突き刺したのだ。先ほどの輝夜同様、フラワシがダメージを負った事によりハツネ自身にも影響が及ぶ。
「お嬢! ちぃっ!」
 ハツネが体勢を崩す姿がスコープ越しに見える。新兵衛は何としても撤退をサポートする為、事前に破壊工作を行っていた場所にクロスファイアを撃ち込み、一気に火の手を上げる。
「あいつら、ハツネのギルティクラウンを狙う為に捕まえられたのを利用しやがったのか? ったく、自分を棚に上げるつもりはねぇが、狂ってやがるぜ」
 味方を貫いているその姿を横目に鍬次郎が素早くハツネを抱え上げる。
「……偶然か必然か、同じ手で返されるとはな。異形の男に触手か……」
 そのまま新兵衛の方へと下がり、消えて行く。それを見送りながら、『手記』とエッツェルは相変わらずのやり取りを繰り広げていた。
「ちっ、やはり貫いた程度では死なんか。この化け物め」
「イカに言われたくはありませんね。貴方も貫かれた程度ではビクともしないでしょうに」
「だからイカと言うなと。その身体にスタイラスで落書きしてくれようか?」
「遠慮しますよ。貴方のセンスでは恥ずかしくて街を歩けなくなりますからね」
 
「あの〜二人共、そろそろ火を消し止めませんか?」
 ラムズの言葉は『手記』達に届きはせず、結局他の者達が炎に気付いて集まって来るまで、二人の口喧嘩は続けられるのだった――