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契約者の幻影 ~暗躍する者達~

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契約者の幻影 ~暗躍する者達~
契約者の幻影 ~暗躍する者達~ 契約者の幻影 ~暗躍する者達~

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第4章(3)

「よっと。全く、炎がちょろちょろと邪魔だねぇ」
 キルティ・アサッド(きるてぃ・あさっど)が飛び交う炎を軽くかわし、先に進む。彼女達はいかにも研究目的だった和泉 猛(いずみ・たける)との戦いを回避し、恐らくいるであろう本命の敵を探して歩き回っている所だった。
「ところで真司、本命ってやっぱりあの人ですか?」
「あぁ、火に関する仕掛けがある以上、あいつらがいるとしたらここが一番可能性が高いだろう……面倒事は嫌いなんだがな」
 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)の質問に柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が軽くため息をつきながら答える。
 前回遭ったのは古代の遺跡。そしてその前、最初に遭ったのは――この神殿。冷静ながらも心に炎を燃やし、熱き闘いを望むその者との三度目の邂逅が訪れようとしていた。
 
「貴様か……前口上は必要か?」
「不要だ」
 大方の予想通り、この赤き鳥の間で立ちはだかる最後の一人はイェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)だった。既に二度拳を交えている真司との間に最早余計な言葉は必要無く、互いに戦闘態勢を取る。だが――
「ちょ〜っと待った! ここはあたしに戦わせてよ」
 真司の前に寿 司(ことぶき・つかさ)が立ち、イェガーと対峙する。間に入られた二人はやや意外そうな顔をするが、それ以上に驚いたのがキルティとレイバセラノフ著 月砕きの書(れいばせらのふちょ・つきくだきのしょ)の二人だ。
「ちょ、ちょっと待ちな寿! まさか一人で戦う気じゃないだろうね?」
「無茶ですよ司ちゃん。私達はあくまで教授からの依頼で神殿の調査に来てるんですよ。そこの所、分かってるんですか?」
「分かってる。でもあの人の噂を聞いた時から一度戦ってみたいと思ったんだ。あたしはパラミタに来て初めて自由に剣を振るう事が出来た。キティ達と契約して、色んな事があって、少しずつ強くなれてると思う」
「勘違いするんじゃないよ寿。お前が努力してるのは認めるけど、それでもお前の言う通り、一足飛びに強くなれてる訳じゃないんだ。あいつは強い。実力の差も分からずに突っ込むのは愚か者のする事だよ」
「それも分かってる。あたしはまだ未熟だって。だからこそ全力でぶつかって、あたしがどこまでやれるのか、何が足りないのか……それを知りたいんだ」
 真っ直ぐな目でイェガーを見る司。キルティ達が止めるよりも早く、相手の方が反応した。その表情はいつも通りの冷静な感じでありながらも、どこか喜びが見え隠れしている。
「いいだろう。己の信じる道を切り開こうとするその信念……私が戦うに相応しい相手だ。ならば来い。今の貴様の力がその信念を抱くに足るかどうか、確かめてくれよう」
「力だけじゃ足りないかも知れないけど……あたしが賭けられるのは、己の魂のみ! いざ、勝負!」
 
「あぁもう、あの剣術バカは! レイ、私達で寿を助けるよ!」
「分かってます! 司ちゃんを怒らせちゃうかも知れませんけど、失うよりはマシですから」
 キルティと月砕きの書が司を追う。するとそこに那迦柱悪火 紅煉道(なかちゅうあっか・ぐれんどう)が立ちはだかった。目を閉じ、ただ無言で立つ少女の姿にキルティが立ち止まる。
「こいつ、街道にいた……!」
 以前、神殿に巣食っていた盗賊を誘き出す為に街道で囮になった時、二人の炎使いが相手側についていた事を思い出す。一人は紅煉道、そしてもう一人が――
「おっと、ここから先に行かせる訳にはいかねぇなぁ。せっかく整ったあいつらの舞台、台無しにするような野暮な真似は……しねぇよなぁ?」
 火天 アグニ(かてん・あぐに)。軽薄な感じを思わせる姿のまま、不思議な威圧感を漂わせて進路を塞いでいる。
「この前の再戦ね。真司、どうするの?」
 魔鎧として真司に纏われているリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が尋ねる。
「あの戦いを好きにやらせておく訳にも行かないだろう……アレーティア」
「うむ、あやつらの足止めはわらわに任せておけ。アークが増えた事だしの」
 アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が自信満々に頷く。彼女の周囲には四体の戦闘用イコプラが。全て自身で作り上げた自信作だ。その中の一体、青きイーグリットアサルト『アーク』が二振りのビームサーベルを逆手に構えた。
「アークよ、コード麒――はまんまじゃの……コード『黄竜』!」
 強襲担当の機体が道を切り開こうとする。そこを真司が突破し、司達の戦いに乱入するつもりだ。
 
「行け……ファントム」
 
 その突撃を黒きシュバルツ・フリーゲのイコプラ『ファントム』の機関銃が襲った。突然の事に製作者のアレーティアは衝撃を隠せない。
「な、ファントムじゃと!? 馬鹿な、ファントムは真司が――」
 神殿に来る前、五体あるイコプラのうち、ファントムを真司のサポート用として彼に預けたはずだ。そう思って真司の方を見ると、そこには立ちはだかっているファントムとは別に、もう一機同じ姿が存在していた。
「そうそう、ここまでにお前さん達の偽者は見ただろ? イェガーが嫌がるんでこっちに連れてくるつもりは無かったんだけどな……面白そうな奴が一人いたから、俺の判断で来て貰ったぜ」
 そう言うアグニの横に一人の男が立っていた。天御柱学院の制服に身を包んだ黒髪の男、真司の複製体だ。本物である真司と複製体である真司が相対し、同時にため息をつく。
「色々と嫌な予感があったが、この事か」
「わざわざこんな戦いをお膳立てされるとはな」
「全く――」
「俺は――」
『――面倒事は嫌いなんだがな』
 更に同時に仕掛け、匕首同士がぶつかる。双方共に武器に帯電していたのか、激突と同時にスパークが発生した。
「真司!」
 ヴェルリアのカタクリズムで二人の距離が離れる。武器をしっかりと握り締めていた真司に対し、真司は電撃で匕首を取り落としてしまっていた。
「互角……いや、向こうの方が電撃に強い?」
 真司は本物が持つサンダークラップの力だけでなく、更に二人分の轟雷閃を宿している為、電撃の扱いに関しては真司を越える力を持っていた。近距離だけでは無い。その気になればサンダーブラストを放つ事も出来る。
「あぁそうそう、お前さんが来ても良いように耐電フィールドを張らせて貰ってるぜ」
 戦闘を観察しながらアグニが言う。いわゆる『こんな事もあろうかと』だ。
「ナハト、アーベント、真司の援護じゃ!」
 二機のイコプラが真司へと向かう。遠近合わさった同時攻撃とヴェルリアの銃撃がファントムへと襲い掛かり、その機能を止めて見せた。
「偽者なんかに……真司の邪魔はさせません」
 その言葉に応えるように真司が再度真司へと向かう。今度は両者とも魔導銃アレーティアを抜き、相手の隙を突いて撃ち込む算段だ。
「本物とか偽者とかはどうでもいい……俺は、お前を倒す」
「所詮お前は偽者だ……切り札を切らせて貰う」
 真司がシュトゥルムヴィントを起動させ、高速で飛び回る。サイコキネシスの力を受け継がなかった真司には出来ない芸当だ。更に――
「より速くなるだと……!?」
 真司には魔鎧であるリーラの力も加わっている。神速へと達した彼は真司の懐へと瞬時に飛び込み、銃の照準を目標に合わせた。
「この距離なら外さないわね。やっちゃいましょ、真司」
「あぁ……消え去れ」
 魔力の篭った銃弾が真司を貫く。複製体である彼は本物に敗れ去り、跡形も無く消えて行った。
 
「ちっ、厄介だね、こいつは!」
 一方、キルティ達と紅煉道の戦いは互角に進んでいた。月砕きの書が氷術を放ち、キルティが出来るだけ死角を突いて攻撃しようと動き回る。だが、炎に強い耐性を持つ紅煉道は飛び交う炎のそばで戦い、それを盾代わりに利用していた。ようやくそれをかわせると思った時には高みの見物をしているアグニが火術で牽制して来るので、結果的に紅煉道を抜けて司を直接助けに行く事は不可能となっていた。
 その間も司とイェガーの戦いは続く。普段は爆炎波を得意とする司はそれを封印し、轟雷閃で挑んでいる。だが、アグニが耐電フィールドを張った事は司にとって予想外だったと言えよう。イェガーが自身の幻影を周囲に出現させた事もあり、今の所有功打は一つも入っていない。
「炎はまず通用しないだろうからこっちを使うつもりで来たけど……これも通じないなんて」
「あいにく雷使いとは以前にやり合っているのでな。では、そろそろ反撃と行かせて貰おうか」
 イェガーの拳から炎を纏った一撃が放たれ、その攻撃を司はとっさに身を引いて回避する。侵蝕蟲によって筋力が増している為、空振りでもその強さは見るだけで分かった。
「わっ!? ただのパンチじゃない……力が強化されてる?」
「魂を燃やす戦いをしたければ自らも強くあらねばならんからな。さて……次は私の炎だ。受けきれるか?」
「馬鹿にしないでよね! あたしだって考え無しに戦いを挑んだ訳じゃ無いんだから!」
 司の指には紅色の宝石がついた指輪がある。炎を軽減するファイアーリングだ。余談だが、イェガーはこれを四個も着けている為に多少の炎や暑さは苦ともしない耐性を身につけている。
「その心意気は良し。だが……私の炎を見くびって貰っては困るな」
「え?」
 イェガーが緑竜の体液を飲み、魔力を一時的に強化する。同時に発生する侵食は清浄化で対処だ。更に溢れるほどの魔力を紅蓮の炎として周囲に展開。火天の焔として強力な炎を見せ付けた。
「司ちゃん!」
 遠くから月砕きの書の声が聞こえる。だが、目の前の猛威から視線を外す事は出来ない。
「さぁ、魂を燃やして道を切り開くか、炎に呑まれてその身を燃やすか……見せてみろ」
 次の瞬間、炎が輪となり司に襲い掛かってきた。強力なファイアストーム。とてもじゃないが逃げる事など出来ない。
「う……うわぁぁぁあああ!!」
「寿!」
 炎が駆け抜け、司の姿が消える。それを目の当たりにしたキルティの叫びも、轟音にかき消されて行った。
 
「ほぅ……魂を燃やし尽くしたか。見事だ」
 炎が駆け抜けた後、その場には剣を構えた司が立っていた。だが、次の瞬間にはその場に崩れ落ちてしまう。
「寿! くそっ、邪魔をするな!」
 苛立ちながらキルティが紅煉道を抜きにかかる。そこに、アレーティアとヴェルリアが援護に入った。二人は糸とフラワシ、シュッツガイストによって紅煉道の動きを制限する。
「ここはわらわ達に任せて行くが良い!」
「早く寿さんを!」
「すまない、助かる!」
 キルティと月砕きの書が司の下に辿り着く。司は幸い酷い怪我は負っていないようだったが、強烈な炎に中てられたのか疲労感が激しそうだった。
「司ちゃん、大丈夫ですか!? 本当に無茶ばかりして……」
「レイの言う通りだよ。でもあれだけの炎に巻かれたのによく無事だったね」
 キルティ達の目には完全に炎に包まれたようにしか見えなかった。その謎はイェガーの言葉によって解かれる。
「炎を音速の剣で切り裂いたか……中々面白い事をする。もっとも、耐え切れたのは貴様の助けがあってこそだろうがな」
 イェガーが月砕きの書を見る。実は彼は戦闘の合間、紅煉道に回避されたと見せかけて頻繁に氷術を司の周囲に放っていた。そうして司が暑さで鈍らないようにしていたのだが、同時にそうして作られた冷気がファイアストームを上手い具合に誘導し、司がソニックブレードで切り裂いた炎を彼女に襲い掛かる事無く後方へと逃していたという訳だ。
「まだ未熟ではあるが、常に前へと進もうとするその心……私を満足させるにふさわしい素材だ。寿 司か……」
 目の前で崩れ落ちている少女を見る。今はまだ萌芽ではあるが、それをこの場で摘み取ってしまうには余りにも惜しい。そんなイェガーの気持ちに反応したのか、ルネ・トワイライト(るね・とわいらいと)が現れた。
「あ、あの……猛さんからの伝言です。『依頼は完了した、自分達は帰る』と。イェガーさん達も無理はしないで下さいね」
「あらら、時間切れか。どうする? イェガー……つっても、その顔見る限りは決まってるか」
 司の素質を惜しむイェガーの気持ちはアグニにも分かったようだ。火術で紅煉道を拘束している糸を焼き切ると、二人でイェガーの下へと戻る。
「そんな訳で俺らもここで帰らせて貰うぜ。また機会がありゃ会う事もあるだろうさ」
「また逃げるのね。今度は逃がさな――」
 前回アグニに妨害されてイェガー達を捕り逃したリーラが魔鎧形態を解除する。
「おっと、捕まる訳にゃ行かねぇなぁ。リヒトちゃん、やっちゃおうぜ!」
「うん、アグニさん。えっと……敵対する皆さん、ごめんなさい」
 対するイェガーからも魔鎧であるリヒト・フランメルデ(りひと・ふらんめるで)が分離する。同時にアグニが火天の焔を放ち、味方と敵を分断するように炎を展開した。
「やらせないわ、真司」
「あぁ」
 リーラと真司が如意棒と銃で炎越しに攻撃する。それらは命中したと同時に相手の姿をかき消すのみだった。
「幻影か、味な真似をするのぅ……フェイク!」
 アレーティアの指示で最後のイコプラ『フェイク』がシールドを展開し、炎を突破する。だが、既にイェガー達の姿は無く、他の調査メンバーが仕掛けを解除したのか、飛び交う炎も既に発生しなくなっていた。
 
「うわぁぁぁん!」
 戦闘後、疲労感から立ち直った司を待っていたのは、敗れた事による悔しさだった。相当悔しいのか、周囲に憚る事無く大泣きしている。そばにいるキルティは司らしいと思いながらも、表面上は呆れた風で釘を刺しておく。
「はぁ……泣くくらいなら最初から一人で挑むんじゃないよ」
「うぅ……分かってるもん。でも絶対、絶対強くなって、あの人に勝って見せるんだから!」
 心の中でリベンジを誓う司。それを成し遂げる為の成長の道を、彼女は今、歩み始めたばかりだった――