波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

【なななにおまかせ☆】スパ施設を救う法

リアクション公開中!

【なななにおまかせ☆】スパ施設を救う法

リアクション


第一章

 ヒラニプラ市街地――から、かなり離れた郊外地に、そのスパ施設は存在した。
 ヒラニプラに存在する他のスパ施設と比べると小さく、古く、目立たない。
 その施設が、金元 ななな(かねもと・ななな)の目的地であった。
「……ふう、やっと着いたぁ」
 施設を目にしたなななは、疲労と安堵の溜息を吐く。
「ほんとやっと、って感じだな」
 ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)も溜息混じりに呟いた。
「うーん……交通の便が悪いとは聞いていたけど……確かに悪いね、これ」
 溜息を吐きつつ、なななが呟く。
 ヒラニプラ市街地からは移動する為の乗合馬車が出ている。しかしここまで郊外地となると、馬車のルートから外れてしまい、後は徒歩しか手段が無い。
「ここまで来ると不便なんてもんじゃねーな……」
「そうだねー……これはちょっと問題だよ」
「……あのー、そろそろ離してくれるとありがたいんですがね……」
 レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)が、遠慮がちに呟く。彼の腕は、なななにしっかりと掴まれていた。
「わ、ごめんなさい!」
「いえ、離してくれればいいんです」
 慌ててなななが手を離すと、レリウスが苦笑する。
「それよりも、何故俺がここに居るのか教えてくれませんか?」
 レリウスが言った。彼は理由も知らずにここまで来ていた。突然なななに腕を掴まれたかと思うと、引き摺ってここまで連れて来られたのだ。引き摺って、と言うのは比喩ではなく本当に。
「え? なななが連れて来たからだよ?」
「いえ、そうではなくて理由の方を」
「一緒に行く人が欲しかったから。なななが依頼出したの知っているでしょ?」
「依頼……確かにスパ施設の話は聞いていましたが……」
「今日非番だって聞いたよ?」
「……ハイラル?」
 じとっとした目をレリウスが向けると、ハイラルはさっと眼を逸らした。
「随分遅くなっちゃった。もうみんな来てるだろうし早く入ろうよ」
「そーそー、細かい事は気にすんなって」
「細かくないと思うんですが……」
 溜息交じりのレリウスの言葉は無視され、ななな達はスパ施設の入り口をくぐった。

 なななが更衣室に入ると、ターラ・ラプティス(たーら・らぷてぃす)シンディ・ガネス(しんでぃ・がねす)リィナ・ヴァレン(りぃな・う゛ぁれん)の三人が着替えようとしていた所であった。
「それにしてもこんな所にスパ施設なんてあったのね。ちょっと古いけど、まぁそれも味よね」
 ターラが笑いながら言う。
「けど結構広くていい場所よ。他の人にも教えてあげようかしら」
「そうしてもらえると助かるよ」
 シンディの言葉になななが頷く。
「さて、それじゃ着替えますか」
 そう言ってターラが淡い紫色のビキニを手に取る。
「随分とまた布地が少ないわね」
「可愛いでしょ?」
「これが似合うから羨ましい……」
 シンディが呟く。
「――ぬ」
 リィナが、何かに気づいた。
「あら、どうしたのリィナ?」
「うん、ちょっと忘れ物したからターラお姉ちゃん達は先に着替えてて」
 そう言って、リィナが入り口へと向かう。
「忘れ物……何かしらね?」
「さあ? それより早く着替えちゃいましょう」
 首を傾げるシンディに、ターラが言った。

――で、入り口では。
「やっぱり引っかかったね」
「にゃ! にゃにゃにゃ! やっぱりこれはリィナの仕業だったにゃ!?」
 敷かれたフカフカマットにルーニィ・ウィステリア(るーにぃ・うぃすてりあ)が沈んでいた。
「ルーニィの事だから絶対覗くと踏んでて正解だったよ」
「うにゅにゅ……ターラの生着替えを拝む絶好の機会を邪魔するだにゃんて……! 何て卑劣な小娘にゃ!」
「覗きなんて考えてる奴に卑劣だなんて言われたくないよ! とりあえず着替えが終わるまでは大人しくしていてもらうよ」
「鬼にゃ! こやつ小娘の外見した鬼にゃ! 鬼のくせにお子様体型なんだにゃ!」
「永久に大人しくさせることに決定」
「にゃ!? 何でそうなるにゃ……にょおおおおおおお!!!!

「さーて、今日は泳ごうかな」
「そうね、今日は楽しみましょう……けどリィナはどうしたのかしら?」
 ターラとシンディが着替え終わった時、リィナが入り口から何かを持って戻ってきた。
「遅くなっちゃってごめんね。今着替えるよ」
「ねえ、その手に持っているのは何?」
 ななながリィナに聞くと、リィナが笑って答える。
「ああこれ? 生ゴミ
 その手に持っていたのは、ボロクズのようなルーニィだった。
「相変わらず仲良しねぇ、二人とも」
 そんな二人をターラは微笑ましい目で見る。
「仲良し、って言っていいのかしら?」
「ななな、よくわかんないな」
 シンディとなななは首を傾げた。

「……うわー」
 水着に着替え、更衣室から出たなななは思わず声を漏らした。
 まず目に入ったのは50mプール。小さくはあるが、一緒に存在するウォータースライダーが目立つ――以上。
「……貸切だー」
 なななは呟く。この状況を良く評した言葉で。
「言い方変えると誰もいねー、だな……」
 ハイラルが呟いた。正確には全く誰も居ない、というわけではない。ちらほらと一般客は存在する。存在するが、片手では足りないが両手では確実に余るレベルだ。
「むむむ……想像以上ですね、これ」
 難しい表情でレリウスが唸る。ボニーから事前にスパの状況は聞いてはいたのだが、これは予想以上だ。
「これは何とかしないと……ん?」
 そう呟いた時だった。
「うわっ!? な、何!?」
 何かの気配を感じ、なななが飛び退く。元居た地に、水が飛んできた。
「はっはっはっはっは! 遅いぞ!」
 なななが飛んできた方角を向くと、そこに居たのは二丁の拳銃を構えた健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)であった。
「え? 何? それ何なにしてんの?」
「何って、遊んでるんだ。ここで水鉄砲借りれたからな」
 ハイラルに聞かれた勇刃が持っている拳銃のトリガーを軽く引く。すると、銃口からは水がチョロっと出た。
「ああ、さっきそれで撃って来たんだね」
「そうそう……む?」
 勇刃が何かに気づき、顔を横に向ける。彼の視線の先には、
「こぉらー! 待ちなさい勇刃ぁー!」
サブマシンガン型の銃(恐らく水鉄砲だろう)を構え、勇刃に向かってくる熱海 緋葉(あたみ・あけば)がいた。
「おっと、待てといわれて待つ奴がいるわけなかろうが! ふははははははぁー!」
 そう言って勇刃は駆け出す。
「おのれぇー逃がすかぁー!」
 その後を、緋葉が追いかける。
「二人とも元気ですね」
「そうだねー」
「何年寄りみたいなこと言ってんだ……ほれ、レリウス。俺たちもやろうぜ」
 そう言ってハイラルがレリウスに銃の形をした水鉄砲を強引に握らせた。
「何ですか、これ?」
「見ればわかるだろ、水鉄砲だよ。向こうで借りてきた。ああ、なななちゃんの分まで借りれなかった。悪いな」
「……私は銃は……」
 レリウスが、手にある銃を見て、表情を曇らせた。
「ああ、そうそう。言い忘れてたんだがな……銃を握ったらもう始まってるんだぜ!?」
 ハイラルはそう言うと、至近距離でレリウスの顔面を撃ち抜く。
「うわっ!? ごふっ! げふっ!」
「ははははは! 油断しすぎだぜレリウス!」
 気管に水が入ったせいか、咽るレリウスを見てハイラルが指を指して笑う。
「……いいでしょう、そっちがその気ならこっちも付き合ってやりますよ!」
 そう言うと、レリウスが銃を向ける。
「おっとそうこなくちゃな!」
 それを愉快そうに笑いながら、ハイラルが言った。
 お互い水を浴びながらも、それを避けようともせず撃ち合う。
 その光景は、見ていて二人とも楽しそうであった。
「いいなぁ……ん?」
 そんな二人を見ているなななの肩を、何者かが叩く。振り返ると、そこにはパステルカラーのチューブビキニを見に纏ったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が笑顔で立っていた。
「はい、贈呈ー」
 そして、拳銃型水鉄砲を差し出してくる。
「え? 何これ?」
「強制参加ー……ってなわけで、食らえぇッ!」
「うわぁッ!?」
 戸惑うなななの顔面に、セレンフィリティが至近距離で水鉄砲を撃つ。
「ははははは、ヒットヒット!」
 突然の事に状況を飲み込めないなななを尻目に、セレンフィリティが走り出した。
「……ごめんなさいね、大丈夫?」
 唖然とするなななに、黒い三角ビキニを纏ったセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が声をかける。
「う、うん。大丈夫だよ」
「全くセレンったらはしゃぎすぎよ」
 呆れたようにセレアナが溜息を吐いた。その手にはしっかりと、なななと同じ拳銃型水鉄砲が握られている。何となく事情が読み込めた。
「大変だね」
「ええ、私はのんびりと読書でも、って思っていたのに……ひゃあッ!?」
「うわっ!?」
 セレアナとなななが、突然水を浴びせられ驚き声を上げる。
「ほらほらー、隙だらけだよー?」
 何時の間にやら戻ってきたセレンフィリティが、ニヤリと笑みを浮かべた。
「……セレン、あまり調子に乗らないほうがいいんじゃない!?」
 そう言って水鉄砲を構えるなり、セレンフィリティに向けてセレアナが引き金を引く。銃口から勢い良く水が発射される。
「甘いッ!」
 だが、放たれた水をセレンフィリティは上体を捩り、避けた。
「水如きで私を撃ち抜けると思わないことね!」
「それはどうかしらね……ッ!」
 セレアナが駆け出し、銃を構える。
「そうこなくっちゃ!」
 そう言って、セレンフィリティも銃を構えた。
 二人は放たれる水を飛び跳ねたりしてかわしつつ、相手に水を放つ。
「……はー」
 そんな光景を、なななは呆けながら見ていた。
「皆さん、楽しそうですわ」
 いつの間にか、なななの傍に居たセレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)がのんびりとした口調で言う。
「ええ、本当」
 同じく、いつの間にか傍に居た枸橘 茨(からたち・いばら)が呟いた。
「……うぅ〜」
 そして、半べそをかきながら緋葉が戻ってきた。ずぶぬれになって。
「あら、すっかり濡れ鼠ね緋葉さん」
「勇刃の奴、見つからないのよ……ずるいわよ……」
「あらあら」
 そんな緋葉の様子を見て、セレアが笑った瞬間だった。
「ははははは! 油断大敵ぃッ!」
「「「きゃあッ!」」」
 突如現れた勇刃が水を放ち、セレアと茨が水を浴びる。ついでになななも。
「あ、あんた待ちなさいよぉッ!」
「お断りだ! ははははは!」
 緋葉が銃を構えるも、勇刃は笑い声を残し駆け出す。
「うわっ!? ど、何処からですか!?」
「わ、わからん! オレは後ろからやられた!」
「ひゃあッ!? う、撃たれた!?」
「きゃあっ!?」
 撃ち合っていたレリウス達やセレンフィリティ達からも悲鳴が聞こえた。どうやら勇刃が撃ったらしい。
「あら健闘様、お早いですわ」
 撃たれたセレアは、微笑みながら勇刃を見送る。
「……ちょっと悔しいわ」
 茨が呟く。
「……さっきからぬれてばかりだよ」
 なななも呟いた。
「うぅ〜、絶対見つけだして……ん?」
 緋葉が、何かに気づいたのか首を傾げた。
「どうしたの?」
「あいつの笑い声が……そうだ!」
 緋葉が、何かを思いついたように手を叩いた。

「くっくっく……意外と効果あるもんだな」
 物陰に姿を隠しつつ、勇刃がほくそ笑む。【迷彩塗装】を利用し、彼は死角を突いて皆を狙っていたのであった。
「さて、そろそろ出て行くか……」
 そう呟いた時であった。
『――見つけたぁッ!』
緋葉の声が、勇刃に聞こえた。すぐ近くからだ。
「何っ!? 何時の間に!」
 勇刃が驚き、立ち上がる。だが、辺りを見回しても姿は見えない。
「そこかぁッ!」
 立ち上がったことにより、姿を見せた勇刃に向かって緋葉が駆け出す。声は近くから聞こえたはずだが、実際には距離はかなり離れていた。
「しまった!」
「あ、待て!」
 勇刃が駆け出し、緋葉が後を追う。
「待つかよ! てか、どうしてお前の声があんな近くから聞こえたんだ!?」
「【精神感応】で語りかけたのよ! 上手い具合に引っかかってくれたわね!?」
「な、汚いぞ!」
「あんたが言うか!」
「だがまだ負けちゃいない!」
 居場所はばれたものの、距離はまだあるため有利なのは勇刃だ。このまま隠れてしまえば勇刃のものである。
「よし、このまま逃げ切って……お?」
 プールサイドの横を通った瞬間、勇刃の身体に違和感が生じた。身体全体が重く、動きづらい。
「はい、勇刃君捕獲ー」
 プールの中から、茨が浮かび上がってくる。
「な……何をした!?」
「ちょっと【奈落の鉄鎖】をね」
「くっ……ひ、卑怯な!」
「何とでも言ってもいいけど、周囲を気にしたほうがいいと思うわよ?」
「え?」
 茨に言われ、勇刃は周囲に目をやる。
「こういう時はどうしたらいいんですかね、ハイラル?」
「ああ、そりゃ『やられたらやり返す』ってのが相場だろ」
「その意見賛成ね。撃たれたら撃たれっぱなしってのは性に合わないのよねぇ」
「ええ、私もそう思うわ」
「同じく」
 勇刃の周りを、レリウスが、ハイラルが、セレンフィリティが、セレアナが、なななが、取り囲む。
「もう逃がさないわよ……」
 そして更に緋葉が固める。
「覚悟、決めた?」
 プールサイドへと上がった茨が、水鉄砲を構える。
「……は、はい」
 その状況で、勇刃はただ、頷くことしか出来なかった。
「よろしい……撃てぇーッ!」
 茨の合図で、全員が一斉に引き金を引いた。
「ぐああああああ!! ちょ、ちょっとまっ! お、おぼ、おぼれ……がふっ!」
 一撃は大したこと無いが、一斉に撃たれた水により呼吸が出来ず勇刃が悶える。
「け、健闘様!?」
「あら、セレアさんはやらないの?」
「そ、それより健闘様が!」
「いいのよ。ほら、皆楽しそうでしょ?」
 茨が示すとおり、皆楽しそうではあった。勇刃を除いて。
「み、みなさん程々にしてあげてください!」
 セレアが皆に言うが、聞くわけが無い。 

――数分後、そこにはセレアに看病されるぐったりとした勇刃と、何かをやり遂げたような満足げな表情を浮かべる皆がいた。

「……ふぅ、そろそろ温泉に行こうかな」
 ジュースを飲み、一息ついたなななが呟く。
「温泉?」
 ハイラルがなななに聞く。
「うん、折角来たんだから行ってみようかなって」
「そうか。オレらはもうちょっとここにいるかな。レリウス泳いでいるし」
「そっか。じゃあなななだけで行くよ」
「はいよ……ってはえぇ!?」
 プールに目を向けたハイラルが声を上げる。そこには、全力を使い物凄い速さで泳ぐレリウスが居た。