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ラムネとアイスクリーム

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ラムネとアイスクリーム

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第一章 それぞれの準備

 蒼空学園の掲示板では、火村 加夜(ひむら・かや)が駄菓子屋のことを書かれたものを見ていた。
「これが涼司くんの言ってたことですね」
 すぐそばにはミント・ノアール(みんと・のあーる)蓮花・ウォーティア(れんか・うぉーてぃあ)もいる。
「当然、手伝いに行くのよね。涼司くんのお願いだもんねー」
 加夜の背後から、蓮花が抱きついた。加夜の顔がすぐに赤くなる。
「別に涼司くんだからってことじゃあ……。いつもお世話になってるので、そのお返しができればいいなぁって」
「はいはい、私も手伝うよ。人手が多い方が、加夜のイメージアップにもなるよね」
「もう……」
「はーい、僕も行きまーす!」
 ミントが元気良く手を挙げた。
「なので、頑張ったら、何かご褒美欲しいなぁ」
 上目遣いに加夜を見る。
「私も欲しいな。お金じゃないよ。加夜がキスしてくれるとか……ね」
 あわてて加夜が首を振る。
「そんなご褒美はダメですよ」
「ふーん、涼司くんは良いのに、私はダメなの?」
 蓮花がちょっとすねる。もちろん‘ふり’であって、加夜に見えないところで小さく舌を出した。
「涼司くんは……特別なんですから、良いんですっ!」
 言い切った後で、ミントと蓮花がマジマジと自分を見つめる目に加夜はハッとする。同じように掲示板を見ていた学生も、加夜に驚きの視線を向けた。蒼空学園の生徒であれば、“涼司”と聞いて思い浮かべる者は1人くらいだ。
 掲示板の前から加夜は2人の手を引いて離れる。
「えーっと、頑張ったら夕ご飯に蓮花さんとミントの好きなもの作りますから、それで我慢してくださいね」
 ミントは「ワーイ!」と大喜びする。蓮花も「まぁ、良いか」とうなずいた。


 イルミンスール魔法学校では、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が掲示板に見入っていた。
「ノルンちゃん、どうしたのぉ?」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)に問われて、「駄菓子屋に行きたいです」と答えた。
 明日香も掲示板を見て「ふーん」と納得する。
「ラムネとアイスクリームねぇ……」
「べ、別にアイスが食べたいからではないです。でも村木のお婆ちゃんが困ってるようなので助けたいんです。だからお小遣いください」と開いた右手を出した。
 明日香は『単にアイスクリームが食べたいはず』との確信があったが、こみ上げる笑いと共に押し込んだ。
「そうね。なら明日か明後日にでも行ってみましょうかぁ」
「今日じゃあ、ないんですか?」
「この掲示板を見た人が押しかけるかもー。あんまり混雑してはかえって迷惑になるでしょうからねぇ」
「でも……売り切れちゃうかも」
「売り切れたら、お手伝いしなくても大丈夫ですよぅ」
 押し黙るノルニルに、明日香が笑顔で続ける。
「たくさんあるそうなので、早々に売り切れことはありませんよー。明日、行くとして、今日はおやつを少なめにしておきましょうねぇ」
 そんな2人のすぐそばで考え事をしているのが和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)
 ── ラムネはおいしいけど、それだけで何本も飲むと飽きがきそうです。と言って、味を変化させるのは誰でも思いつきますよね ──
 考え事を続けながら、掲示板の前を離れた。
 ── 子供達もたくさん来るんですし、健康面に気を使ったラムネを作れば良いのかも ──
 それまでしていた難しい顔がパッと明るくなると、絵梨奈はその足で購買部に向かう。野菜ジュースや果汁100%のフルーツジュースを買い込んだ。
 ── 美味しそうな健康ドリンクが作れれば、子供からも大人からも喜んでもらえますよね ──
「掲示板に人だかりがしてるな」
 非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)が向かおうと思ったが、ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)に無邪気に引き止められる。
「空京に遊びに行くんでしょ。早く行きましょうよ」
「ああ、でも……」
「ほら、イグナちゃんやアルティアちゃんも待ってますわ」
「そうか……」
 心残りだったが、近遠は従った。


 百合園女学院の七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、蒼空学園のあるツァンダ近郊の観光施設をピックアップしていた。
「駄菓子屋さんに並べておいても、十分売れそうな気もするんだけどなぁ。でももっと人が集まるところに持っていった方が売れるよね」
 人、特に子供だけでなく大人も集まりそうな場所を探す。
「そうだ! 野球をやっているところなら、大人もたくさん来ますよね!」
 球場の上で人差し指が止まる。
「そうと決まれば、ちゃんと許可を貰いに行かなくちゃ!」
 七瀬歩は球場に着くと、受け付けでラムネやアイスクリームを販売したい旨を伝える。
「ふぅん、あなたもなの?」
「あたしも……ですか?」
 受け付けの女性に「あなたも」と言われた七瀬は首を傾げる。
「少し前に同じような申請をしに来たた人がいて、今、販売の責任者と話しているところなの、ちょっと待ってね」
 女性は内線電話で何がしかを話した後に、七瀬歩に責任者の部屋に行くよう言った。
 部屋にいたのは蒼空学園のレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)とパートナーのミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)
「あちきと同じこと考えたってのは、あんただってねぇ。よかったらぁ、一緒にどう?」
 レティシアは七瀬歩に握手を求めて右手を差し出した。
「はい、ぜひ!」
 責任者が駄菓子屋を知っていたこともあり、交渉はスムーズに進んだ。
「ただ宮廷翼で飛びながらってのは許可できません。万が一、ラムネを落としたりして観客が怪我でもしたら大変でしょう」
 渋るレティシアをよそに、しっかりもののミスティが「わかりました」と返事をする。
「レティ、売らせてもらえるだけでも十分ですよ」
 ミスティの言葉にレティシアも納得する。
 球場の売店の一角でミスティが店頭販売と在庫管理。レティシアと七瀬歩が歩きながら販売する形も決まった。
「七瀬さんにも、おそろいの衣装を作ってくるからぁ。それでいーっぱい売ろうねぇ」
「衣装……ですか? まさか水着とか?」
「あー、その方が人目を引いて売れるかもねぇ。そうしよっかぁ」 
 レティシアが七瀬の膨らみをチョンと突付くと、「キャッ!」と七瀬が胸を隠す。
「からかっちゃダメですよ、レティ!」
 ミスティが「ごめんなさい」と頭を下げる。
「野球のユニフォームを動きやすくしたようなものですので、ご心配なく。お金のことなども私に聞いてくださいね。レティはちょっと……なので」
「何よぉ! それじゃあ、あちきがすっごくいい加減に聞こえるじゃないのぉ」
「違ったら良いんですけど、もし『持ってけドロボー』なんて、只であげちゃったらダメですよ」
「はーい」
「フフッ。でも助かります。あたしもちょっと苦手かなって思ったので」

 シャンバラ教導団では、掲示板を前に滝川 洋介(たきがわ・ようすけ)源 静(みなもとの・しずか)道田 隆政(みちだ・たかまさ)とで話し合っていた。
「単に売るっても限度があるな。何かイベントでも考えるか」
「洋介、おぬしが男の娘(おとこのこ)になって、売り子に立つのはどうじゃ? 人目を引くと思うんじゃが」
「それ良いわねぇ。買ってくれた人には、だぁりんのキスをプレゼントしても良いかも。あたしいっぱい買っちゃうわ」
「なんでそうなるんだよ!」
「気に入らぬか? わしは溜まってきた衣装の使い道を提案しただけなんじゃが。鏡の前でとっかえひっかえ着ているだけではつまらんじゃろう?」
「なんで知ってるんだ!」
「あたしも知ってるわよ。だぁりんの可愛いカッコ」
 携帯電話の待ちうけを見せる。女装姿の洋介だった。
「やめろって、……そうだ! ラムネの早飲み対決でもやってみようか。俺達に勝ったら賞品で好きなお菓子って名目で。これなら多分在庫も減るし、他のものも売れて一石二鳥かな?」
「勝負事は嫌いじゃないしの。しかし持ち出しが多くなりそうじゃのう」
「むむ、何とかするさ」
 滝川洋介は懐具合を思い浮かべて、眉間にシワを寄せた。
「セレアナ、聞こえた?」
「……何?」
「ラムネだって」
 洋介達の声を耳にしたのが、通りがかったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)。あいにくセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)には聞こえなかった。刺すような日差しの中、いつもの水着にコート姿ではなく真っ白なサマーワンピース姿。それで長身の2人が並んで歩くだけでも自然と目を引く。
「ラムネねぇ。また珍しい飲み物を」
「こう暑くっちゃ、ラムネでも飲みたくならない?」
「またいきなり……まぁ、悪くはないわね。でも売ってるところ知ってるの?」
「うーん、空京の駄菓子屋に行けばあるんじゃないかな」
「ああ、あそこね」
『わざわざ! ラムネのために!』とセレアナは思ったものの、既にその気になっているセレンフィリティを押しとどめるつもりはない。むしろラムネでセレンフィリティの無茶が収まると思えば、空京に行くものやぶさかではなかった。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
 手を引っ張り駆け出すセレンフィリティに、セレアナも早足で付いていった。


「盆踊り大会か……」
 蒼空学園の校長室。薔薇の学舎の大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が山葉を訪れていた。山葉が持っているのは「盆踊り大会」の企画案。
 その他、いろいろ紛れて、葉月 可憐(はづき・かれん)アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)に関するお知らせもある。
「ようさん売らな、しゃあない。そのためにはどうしたらええ? イベントや!」
「そうだな」
「夏やし、祭りがええやろ。盆踊りならちょうどええやないか。人がようけ集まりゃあ、ラムネもアイスクリームもようけ売れるで」
「櫓を組むくらいの資材はあるな。人手も生徒を集めればなんとかなるだろう」
「さっすが山葉校長、話が早い! ならOKやな」
「ただこのマラソン盆踊りライブってのは、大丈夫なのか?」
 企画書には“夜明けまで5時間ぶっ通し”、“賞品にラムネとアイスクリーム1年分”と書かれている。
「子供やお年寄りに無茶させるようなことは無いだろうな」
「ま、そっちの参加者は若いやつら限定やな。踊れるだけ踊ってみるもの面白いんやないか」
「それと賞品は誰が用意するんだ? まさか村木のお婆ちゃんに只で出させるって訳にも行かないだろう。こっちの予算でなんとかできないこともないが……」
「そりゃあ、助かる」と大久保泰輔が言おうとしたところで、レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が進み出る。
「山葉校長、泰輔さんを見くびってもらっては困ります。普段はお金に細かい人ですが、必要があれば全財産を投げ出す覚悟を持ってる人なんです。村木のお婆さんや蒼空学園に負担をかけるようなことは一切させませんよ。ねぇ、泰輔さん」
 レイチェルが微笑みかけると、大久保泰輔が「当たり前やないか!」と胸を叩いた。
「それなら問題ないか。こっちでも有志を募ってみよう」
「おう、頼むで!」
 大久保泰輔はしっかりした足取りで校長室を後にする。もっとも頭の中では『イコンが遠のいたー』と声にならない叫びを上げていたが。
「とりあえずレイチェルと讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は、会場の設営を頼むな」
「わかりました」
「ま、よかろう」
「フランツはせっかくやから、盆踊りの新曲を作ってくれへんか?」
「僕が?」
 いきなり言われたフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が眼鏡をかけ直す。
「できるやろ?」
「盆踊り用の新曲!? 和洋折衷で新しいオンガクの試み、チャレンジをしろ、と? ……上等だ」
 ニンマリと笑みを返した。