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【空京万博】海の家ライフ

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【空京万博】海の家ライフ
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リアクション


「人工、呼吸……?」
 セルシウスの救助を見ていた歩が、ハッと目を見開く。
 溺れた自分を助けたカールハインツが何故気まずそうにしていたか、その原因は一つしか考えられない。
 先ほどまで静かだった歩の心臓が、ドキドキと激しく鼓動を打ち出す。
「(も、もしかして気を失ってる間に人工呼吸とかしてくれたりとか……。きゃー!!ど、どうしよう。で、でもカールくんイケメンだし、これってもしかして運命の出会いだったり……?)」
 歩の脳内には、眠り姫の様に眠る自分に、カールハインツが「仕方ねえだろ!」とか何か言い訳めいたものをしつつ、そっと唇を近づけてくる絵が浮かぶ。歩の口を上向きにするために、カールハインツが自分の顎をそっと持つ手……。いや、ひょっとしたら、その前に心臓マッサージをされたのかもしれない……きゃぁぁーー!!!
 海の家までDSペンギンにイカ焼きを買いに行かせていた円が、それを受け取り、アムアムと食べながら、歩をつぶさに観察していた。
「歩ちゃん……?」
「ま、円ちゃん!! あ、あたし、どうやってカールくんに助けられたのかな? 人工呼吸はされた? 心臓マッサージは?」
 興奮気味の歩を手で制した円が、
「親愛なる歩ちゃん、イケメンをゲットするには困難が伴うんだ」
「……え?」
「うん。棚からショートケーキ的な展開はそんなに存在しない、だってボクが人工呼吸したんだし
「……え、えええええぇぇぇー!?」
 沖で泳いでいた歩が荒波に溺れたのを助けたのは、泳ぎの得意な円のDSペンギンであった。
 その後、浜辺にて、歩に円が応急措置をしていた。
 心臓マッサージは、歩の胸を凹ますかの如き力で。そして、人工呼吸は、周囲にいた百合好きな人たちが「一枚イイっすか?」と写真撮影を求められるほど、濃厚に……。
 悠司とカールハインツが歩達の前に現れたのは、その撮影会の後であった。
「その時、記念に貰った写真が、コレ」
 イカ焼きを食べてる円が、青ざめていく歩にポラロイド写真を見せる。
「!!!!!」
 写真を見た歩が卒倒し、手に持っていた写真が宙を舞う。
 それを円がキャッチして、
「これが……ボクの大切な夏の思い出……なのかな?」
 やや頬を赤らめた円が、そんな歩とのキスをドアップで映された写真を、大切そうにタンクトップ型の水着の胸元に収めるのであった。


 ビーチパラソルの下、ビーチベッドに寝転ぶ茶色のロングウェーブの髪を風に揺らした水着の女が、そんな若い男女の姿を見て、「若いわねぇ」と悩ましげに溜息をつく。
 少し日焼けした肌に付いた砂を払い落としていると、傍に置いてある一本の薔薇に目をやる。
「皆、眩しい日差しでこんなに美しい女性を見逃すとは! なんて罪な!か……久しぶりに歯の浮くような台詞を聞いたわね」
 女がクスリと笑う。
「お待たせしました」
 海水パンツを履いた銀の短髪の二十歳前後の男が、器を二つ持って現れる。
「ありがとう。いくらだったかしら?」
「いえ。俺が貴女をお誘いしたんです。お金は奢らせて下さい」
「フフフ、キミ、背伸びしようとしてない? 私が年上だから?」
「年上とか年下とか関係ありませんよ。貴女だからです」
 精悍な男の顔に、人懐っこい笑顔が浮かぶ。
「もう若くないわ……今年が二十代最後の夏だもの。昔に戻れたらと思うわよ」
 女がラーメンの入った器を受け取り、溜息を漏らす。
「いいえ、貴女は今が一番美しい。だからこそ、俺がこうして誘ったのです」
 男が女の傍に腰を下ろす。
 女が割り箸でラーメンを掴み、
「あら? こういうのって麺が大抵伸びているんだけど……これは伸びてないわね?」
「アルデンテで頼む、て言いましたから」
「別に買いに行ってくれなくても、海の家で食べても良かったのよ?」
 男が首を振る。
「貴女の美しい肌にシミなんて作りたくなかったんです。俺の我侭ですよ」
 女は「なんて優しい男なのかしら」と思う。この若さでレディーファーストを徹底する男等、彼女の29年間の人生の中でもそうそう居なかったし、例えいたとしても、既にツバかコブが付いている場合だけであった。
 微笑みあった二人は、ラーメンを仲良くすする。
「うっ……!」
「むぉ……!?」

 笑顔が固まる二人。
「(伸びてるわね……)」
「(しかも不味い……)」
 心で思うも、大人の対応をする二人は、心にもない感想を優雅に述べる。
「少し、口に合わないかしら?」
「お腹があまり減ってないのかな」
と、傍に置いたぬるくなった赤ワインに口をつける。
 そこに、どこからかビーチボールが女の方へ飛んでくる。
「おっと!」
 男が女の前に手を差し出し、ビーチボールから彼女を守る。
「大丈夫? 連れが失礼をしました」
 ビーチボールを投げ返してニコリと微笑む男に、女の胸が高鳴る。
「(これは……ついに私にも、彼氏が出来るのかも!!)」
 見つめ合う二人。
 男と女のパラソルの前では、男のパートナーと思われる人物が「そうか〜、ここがただで遊べるからって貧乏人が集まる場所か〜。ぷぷーっ! プールのほうが綺麗で安全なのにっ!」等と、言いながら周りの人間に興味津々の様子を見せていた。
「あ、あそこ盗撮してるっ! にゃ、こっちは偽乳! パッド盛りすぎ! あ、あっちはシリコンが垂れてきてる!? あの人、褌から何かはみ出てる!」
 男が女に「失礼」と言い、騒いでいる人物に声をかける。
「こらこら、にゃんくま。迷惑だから静かにしなさい」
 男に呼びかけられたにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)
「だって師匠!! 海ーっ、海なんて初めて見るにゃーっ!」
「やれやれ……」
 呆れる男に女が大人の余裕を見せる。
「いいのよ、子供はアレくらい元気な方が、見ていて安心できるわ」
 そこににゃんくまがテテテと近寄ってきて、
「じーっ……」
と、とっても純真な目で女の顔を見つめます。
「どうしたんだい? あまり綺麗な人だからまた見に来たのか?」
「やだっ……綺麗なんて……」
 男の肩を女が軽く叩く。
「おばちゃん、鼻毛出てる……」
ピシィィッ!!!
 女の顔の笑みが、瞬間冷凍の勢いで固まる。
 その隙ににゃんくまは、男のラーメンをつまみ食いする。
「師匠のラーメンのチャーシューもらいっ! ……にゃ?」
「こ・の・ガ・キィーーー……」
と、にゃんくまの頬を笑顔でつねりあげる女。
「に、にゃーっ! ボク子供だから何で怒られるか分からないにゃーっ!!」
 そこに女に近寄る一人の人物の姿があった。パーカーにワンピースという姿の獅子神 ささら(ししがみ・ささら)である。
「あのぅ……? そこの貴女?」
「え? 私?」
 にゃんくまの頬をつねっていた手を話す女。
「ええ、そうです。貴女、ミス・セルシウス海水浴場コンテストてご存知ですか?」
 ささらに女が小首を傾げる。
「ミス・セルシウス海水浴場コンテスト?」
「ええ。ワタシ、そこで出場するモデルを探しているんです」
「どうして? あなたが出場すればいいじゃない?」
「とんでもない。それに、ワタシはファッションコーディネートが特技でして、そのモデルを貴女にお願いしたいんです」
 女が困った顔をする。
「どうして私なのかしら? もっと若くて可愛い子一杯いると思うんだけど?」
 ささらが女に首を振る。
「いいえ、真実の美とは、努力により得られるものだと思っています。貴女の美しさは努力がにじみ出たもの。そんな美しい貴女だからこそ、ワタシは是非とお願いに来たのです」
 ささらのスカウト理由は、本音では「結婚相手探しに貪欲に努力している」という事だったが、ソフトな言い方に直していた。
「私が……コンテストに?」
 女が困った顔で男を見る。
「俺は良いと思うよ……貴女が俺だけの女神でなくなってしまうのは少し寂しいけどね」
 男はそう言って、ワインを飲む。
「……私、出場するわ。キミのためにも」
 女が男に言い、男は静かに頷く。
「本当ですか? ありがとうございます! 絶対、優勝しましょうね!」
 女がささらとガッチリ握手をする。
 女の名は、小谷 友美(こたに・ともみ)、男の名は変熊 仮面(へんくま・かめん)と言った。