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リアクション
■ 準備にかけ回るところから、レースなんです ■
2021年9月12日(日曜日・先勝)。
レース当日となった獣人の村には、運営や施設に携わる者、レース参加者、観光客などが多く訪れていた。
獣人の村の人口は数百人。けれど、ツァンダから訪れる守護天使の商人や、労働の場を求めてやってくるシャンバラ人などを含めると、村には数千人規模の人間が定住、あるいは一時居住をしている。その上に今日は観光客まで流れ込んでいるから、いつもに増して村には人が多い。
村に来るのは初めてという観光客も多かったけれど、主要施設には関谷未憂たちが作成したリーフレットが貼り出されているため、それを見れば村にどんな施設があるのか、レースの道順はどうなっているのかは一目で分かる。
リーフレットは村人には当日までに配られていた。村人の手にあるリーフレットがややくたびれて見えるのは、レースまで何度も見直してこの日を待っていた為だろう。
獣人の村が再開発されて、これが初めての大きなイベント。万博から流れ込んだ各地の観光客にしっかりと村のことをアピールし、出来れば今後に繋げたいものだ。
村の中を行き来しているのは観光客ばかりではない。
レース参加者やその関係者たちもレース前のコース確認や設営に動き回っている。
「ここは茂った木が道路側にはみでてますね……少し右に迂回したほうがスピード落とさずに行けそうでしょうか」
ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は写真を撮り、状況をメモし、とコースチェックを行っていた。今日のレースにはロザリンド自身はエントリーしていない。代わりに、出走予定のパートナーとメリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)とワイバーンのレイズの為、コース取りを考えているのだ。
御神楽 陽太(みかぐら・ようた)もまた、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)とワイバーンのモデラートの為、コースを見上げながら歩いていた。新婚ということもあって、普段は妻と常に行動を共にしている陽太だが、優勝目指してがんばるというノーンの応援とサポートをしようと、獣人の村にやってきたのだった。
「ポイントは最初の猛ダッシュでしょうか……」
ワイバーンは比較的、スピードも小回りもすぐれている。その分戦法も色々考えられるが、どんどん小回りになるコース特性を考えれば、後半の追い上げは不利。最初に先頭集団に加わり、3、4番手につけて風の抵抗を削減しつつ最後にスパートすれば良いところにつけられるのではないかと陽太は作戦を練る。
そして立川 るる(たちかわ・るる)は、自分なりに練った作戦の材料として、ネコトラからひっぺがした仏斗羽素を、村で借りたフォレスト・ドラゴンに取り付けていた。
「これで瞬間最大風速はいただき!」
釣り竿に龍の糧食をぶらさげたものも用意して、馬の鼻面に人参をぶら下げる要領でドラゴンを急がせようとの目論見だ。
「ドラゴンレース……ドラゴンといえばティフォン先生だよね! このレンタドラゴンさんにも、ティフォン先生みたいな嵐を呼ぶドラゴンを目指して欲しいな。ミケもそう思うよねー?」
るるの言葉に、立川 ミケ(たちかわ・みけ)ははっと顔を上げた。
「なーなー、ななー……なな、なー? (このドラゴンレース……あたしはわかったわ! コースをよく見て。左回りに渦を巻くこの感じ、何かに似てると思わない?)」
「あ、ミケ、服に爪引っかけちゃダメだよー」
「なー、ななー、なーなー! (そう、台風よ! 台風……タイフーン……ティフォン! ほらね。つまりこのレースは、波のドラゴンが台風を模倣することによて強力無比のドラゴン『ティフォン』に近づくための儀式なのよ!)」
ドラゴンレースに隠された謎、それはタイフーン、嵐を呼ぶティフォン!
その真理に気づいたミケの尻尾は、興奮でぶんぶんに膨らむ。
「ミケ、頑張ろうねっ」
「ななー!」
気持ちを1つに、るるとミケは手と肉球をあわせた。
一方、エアポート野衾では湯島 茜(ゆしま・あかね)が、巨大生物の離発着用巨大トランポリンの用意をしていた。これを出しておいて欲しいとレース出場者に頼まれたのだ。
ドラゴンがこれを使って大きくジャンプする、とのことだけれど。
「これって必要ないんじゃないのかな?」
設置している茜はと言えば、その効果に半信半疑。ドラゴンはもともと飛べる生物だから、わざわざ地上に下りてからトランポリンを使って再び飛び上がる、という動作に意味があるのかどうか。
「……ま、いいか」
成功するにしろ失敗するにしろ、なんだか面白そうだからと茜は深く考えずにトランポリンを据え付けた。
「この角度でどうでしょうね」
ゴールとなる獣人文化歴史資料館前では、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)がスクリーンの角度を調整していた。
生中継で皆がレースの様子を見られるように、プロジェクターでスクリーンに映像を映し出すための機材を設置しているのだ。幾つもの資材を設置しているにもかかわらず、エメの衣装はいつもの通り、白い三つ揃いのスーツに白手袋、胸元には大輪の蒼薔薇が1輪、という出で立ちだ。
試しに操作してみると、スクリーンに空中から村を見下ろした映像が映し出された。
「映ってるにゃう?」
虹を架ける箒にリボンで身体とビデオカメラを固定したアレクス・イクス(あれくす・いくす)が、空を飛びながら聞いてくる。
「はいアル君、はっきり映ってますよ」
エメも答えて手を振った。といっても、こちらからでは音声だけしかアレクスには聞こえていないのだが。
「そちらも中継の予定ですか」
エメ同様に放送用機材を持ち込んでいる湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)が声をかけてくる。
「ええ。見物の方が見やすいようにしておけば、ゴール地点で皆が競技者を迎えて盛り上がれるのではないかと思いまして」
「僕たちも中継をしようと思ってるんです。よかったら分担しませんか?」
「それは良いですね。様々な角度から実況した方が臨場感あるものになると思います」
凶司とエメが話しているのを耳にして、八王子 裕奈(はちおうじ・ゆうな)も加わってくる。
「私も実況をやるつもりよ。といっても機材は何も用意してないんだけど。パートナーがドラゴネットになってくれるから、コースの上空からリポート出来るわ」
「ではどう分担しましょうか……」
エメはコース地図の描かれたリーフレットを開いて考えた。
「レース自体の実況はこちらに任せてもらえませんか? 彼女らなら実績も十分。パラミタチャンピオンシップ、見てたでしょ? 今回もばっちり盛り上げて見せますよ」
凶司が彼女ら、と指したのはパートナーの3人、エクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)、ディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)、セラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)だった。航空ショー用のパワードスーツを身につけて準備万端整えている。
「ああ、私もヒラニプラGPの際には参加しましたから」
そう言うエメもまた、不定期テレビ番組『プロジェクトN』のディレクターとして、様々な場所で撮影やインタビューを行ってきた実績がある。
相談した結果、短いレースが数分であることを考え、結局レースは凶司のパートナー3人が連携をとって中継することになり、ドラゴネットがいることから、レース前後の空からの映像は裕奈が、そして地上はアレクスが受け持つことになった。
この中継は獣人の村内のスクリーンだけでなく、空京のマスコミにも送られる。
村の一層の発展の為、良い中継としようとの意気込みを確認しあうと、中継を担当する者たちはそれぞれの持ち場の最終チェックに入った。
「ちょっとこの場所を貸してくださいね」
高峰 結和(たかみね・ゆうわ)はスタート位置とゴール位置に、医療班のテントを張っておいた。
「2本の空飛ぶ箒シーニュ簡単な医療器具を載せたら、簡易救急車になったりしないかなーって……いかがでしょう? 実際にこの村で生きる獣人さんたちに意見をいただけたらって思うんです」
結和に聞かれると、村人はちょっと首を傾げて考えた。
「シーニュを1本しか持ってないようですし……普通に乗せたらいいと思います」
「じゃあそうしますね。レースの間は病院にいますけれど、終わったらゴールの治療所に行きますから、何かあればそちらに知らせて下さい」
結和はレースの間は病院に万が一のことがないように、屋根にのぼって防護につとめるつもりだ。多くのドラゴンが一斉に飛ぶのだから、風圧で何が飛んでくるやら分からない。患者を危険な目には絶対にあわせられない。
「治療器具はここに置いておきますね。それからこのアイスボックスの中には、凍らせたタオルが入ってますから、熱中症の人や暑さで体調を崩した人がきたら使ってあげて下さい」
「結和、そろそろ戻らないとレース始まっちゃうよー」
「あ、はーい。今戻ります」
エリー・チューバック(えりー・ちゅーばっく)に呼ばれ、結和は急いで身を翻した。
「ん、そろそろ時間だね。じゃあ行こうか」
波羅蜜多大農場でうどんを食べていた黒崎 天音(くろさき・あまね)は時間を確認して箸を置いた。
「む? 行こうか、とはどこへだ?」
獣人の村が故郷のモヒカンゆるスターを筆頭に、ゆるスターのスピカ、ジャンガリアンゆるスターが木の実を囓るテーブル席で、ちゅるんと最後のうどんを一本啜り、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は不思議そうに天音を見る。
「ん? レースに参加するんだよ。ブルーズと僕で。言ってなかったっけ?」
「我は一言も訊いてないのだが……」
獣人の村でドラゴンレースがあるから行こう、とは確かに言われたが、エントリーするなどとは聞いていない。頭痛を堪えているように額に手を置いて尋ねれば、天音はけろっとして答える。
「そうだっけ。でも今説明したから良いよね。鬼院と賭をしてるのも言ってなかったかな」
「それも聞いていないぞ。どんな賭だ、どんな!」
「ふふ。もう行かないといけないから、その話は後でね」
「話など歩きながらでも……おい、丼ぐらい片づけていかんか」
ブルーズは机の上の物を手早く片づけると、すたすたと歩き出した天音を追っていった。
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