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■ レースの準備をはじめよう ■
獣人の村。
そう呼ばれる場所がツァンダの東にある。
かつてこの村は襲撃によって滅び、生き残った獣人たちは生きられる場所を求めて、この村を離れた。
故郷を失い、各地に身を寄せること1年。
獣人たちは疎開先で協力者や資金を集め、村へと帰ってきた。
契約者たちの力や知恵、資金は失われた村を蘇らせ、以前以上に発展した村……いや、町といっても差し支えのない場所にすることに成功した。
開発計画に基づいて作られた村は、京都や札幌のように碁盤の目状の整然とした町並みになっている。
開発が急速に行われた為に、契約者の作った建造物を中心とした近代的な部分と、そうでない部分が混然と存在しているが、それもまた徐々に近代化の方向に進んでゆくのだろうと思われる。
それが今の『獣人の村』、契約者たちが作り上げた村なのだった。
今年は空京万博が開かれ、各地から人々が空京へとやって来ている。
空京から獣人の村までは距離があるが、それでもエアポートや地上路を利用して観光にやってくる客の姿は絶えない。一度は失われた村がどう復活したのかと興味を持つ者、獣人を見にやってくる地球人等々、村を訪れる客が増えれば増えるほど、村の財政も豊かになってゆく。
そこでチエル・イシュ(ちえる・いしゅ)は、来てくれた観光客に喜んでもらう為、そしてもっと多くの人々の目に獣人の村が留まるようにと、ドラゴンレースを企画したのだった。
「けど、レースって一口に言っても運営するとなるとやる事いっぱいだよね。そっちの準備は大丈夫なのかなっ?」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)に言われ、チエルはきょとんと目を見張る。
「コースは村長様と相談して決めましたから、後やるのはスタートの合図とゴール位置で順位を確かめるとか、そういうことくらいですよね?」
「はわわ、それだけだと、きっと大混乱が起きるのですよ」
土方 伊織(ひじかた・いおり)に言われても、チエルはまだ分からないような顔でいる。
「たとえば、スタートするにしても並びの順番とかを決めておかないと、喧嘩になったりするよね? くじにするならくじを作っておかないといけないし、その為にはレースの受付して人数確認しておかないとね。あ、レンタル希望者に貸し出すドラゴンの数もチェックしておかないと。レースだって、ショートカットする人とか不正をする人を見張ってないと、カオスな状態になっちゃうかも知れないし。あとは……」
ルカルカの言葉にダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が続ける。
「怪我人が出た時の手はずを整えることも必要だ。それに折角やるなら、マスコミや各学校にレースや施設でのイベントを知らせておく等して宣伝効果を上げることも出来るだろう」
「ああ、そうですね……」
「交通整理とか安全の確保とかもしなくっちゃです」
伊織にも言われ、チエルはますます困った顔つきになった。
「……よーいドンで走ってもらえばそれでいいかと思ってました。ほんとに色々あるんですね……」
「ふむ、いべんとごとと言うのは兎に角やっかいごとに事欠かぬ。しかし案ずるでない。我はれーすの方に興味があったのじゃが、城の主としてこの村の安全を守ってやろうぞ」
胸を張るサティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)に、伊織が慌てて訂正する。
「はわわ、城の主違うですからー。でも、交通整理とか安全を守るののお手伝いはほんとにするのですよ。良かったら、【獣人の城】を本部として提供するのです。レースのゴールにも近いですし、立地条件としては悪くないと思うのですよ」
広さも十分あるしという伊織に、チエルはじゃあよろしくお願いしますと本部の設営を任せた。
「れーすに出られぬのは断腸の思いじゃが、此度は自警団員どもにも協力を募り、村の治安維持に努めようぞ」
サティナはまだ少しレースに未練がありそうだったけれど、それよりも運営優先だと伊織を手伝うことに決めた。
「ルカたちも運営を手伝うよ。役場関係者として、イベント全体の各手配や運用関係をまとめないとねっ。みんなも協力よろしくー」
「仕方がないな。事務処理の方は引き受けよう」
「ダリル、ありがと♪ カルキにはレースのお世話を頼めるかな?」
ドラゴネットになれば併走して飛べるからとルカルカに言われ、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)もそうだなと頷く。
「村に関わった縁もある。助力させてもらおう」
「そうと決まったら大忙し。やること山ほどあるんだからねっ」
「はわ、ではまず自警団の皆さんとお話してくるのですよ」
ルカルカや伊織は、パートナーたちと一緒にさっそく動き出した。
「人手が必要でしたら、僕も裏方やりますよ。ドラゴンはもっていませんし、借りる気もありませんから」
和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)も手伝いを申し出る。
「僕は……コースの準備をしましょうか。スタートやゴールのラインを引いたりしないといけないでしょうし……ゴール用にチェッカーフラッグを用意しましょうか。あれがあると、ゴールした気分が盛り上がりますから」
「チェッカー……?」
「白と黒の市松模様の旗のことです。地球ではカーレースのときに振るんですよ」
絵梨奈が説明すると、チエルも乗り気になった。
「なんだか楽しそうですね」
「でしたら作ってみます。布と棒があれば簡単にできますから。それと、ゴールに紙テープを張れるようなところはありますか? いえ、やっぱりいいです。自分の目でゴール地点の様子を見てきます」
どんな風がいいだろうかと考えながら、絵梨奈はゴール地点へと向かった。
「ここをこう通って……」
上空を見ながらふらふらとレースコースに沿って歩いているチエルに、和泉 猛(いずみ・たける)は提案があるんだがと声をかけた。
「はい? なんでしょう?」
「ただドラゴンレースをやるだけでは掴みが弱くないか?」
「たくさんのドラゴンがレースをするのですから、結構派手だと思いますけど……もっとよくする案があれば教えて欲しいです」
みんなの意見をあわせてより良いものにしたいからとチエルに言われ、猛はレースを盛り上げる為の方法を提示した。
「レースを盛り上げる絶妙なテイスティングという名のトラブルが沢山必要だと思うんだ。たとえば、ドラゴンの動きを鈍くさせるトラップや、わざと道を巨大な岩で封鎖して破壊して進んでもらうとか」
「道を封鎖してしまったら、通る村の人や観光客の人が困ります。それに岩を運んでくるのも、破壊したあとの岩を片づけるのも大変すぎます。それと……ドラゴンの動きを鈍くさせるトラップというのは、どんなものなんでしょう?」
「それはまだ考えていない」
「じゃあ、何か思いついたら聞かせてくださいね。どんなものか分からないと、出来るかどうか分からないです」
あまり危険なものでないのなら、村長と相談して採用することもできると思うとチエルは答えた。
「あとは、フォレスト・ドラゴンやドラゴネット、ドラゴンライダーの乗るワイバーンと、竜種にも多種多様ある。有利不利が出ないようにしておかないとな。飛ぶの禁止にでもするか?」
「フォレスト・ドラゴンもドラゴネットもワイバーンも飛べますから、禁止にしなくても大丈夫です。それに、それぞれ速さと機動性に差があるからこそ、作戦が生きてきますし」
「まあ、それもそうか……」
「色々考えてくれてありがとうございます。何か思いついたことがあれば教えてくださいね」
では、と歩き出したチエルを、今度は国頭 武尊(くにがみ・たける)が呼び止めた。
「フォレスト・ドラゴンを使って公道レースを行うのは、かなり危ないんじゃないか?」
「そうですね。交通整理や安全確保をして下さるという方はいますけれど、やっぱり危険はあると思います」
けれど、他の場所でやったのでは獣人の村のアピールとしては弱くなってしまうからと、チエルは答えた。
ドラゴンを使ったレースは昔あった村でも行われていたし、地球では危険な祭りが人気があるとも聞いた、と言うチエルに、それでもと武尊は渋面になる。
「レースに出る方は承知の上だろうが、観光客や村人に被害が出るのは困るだろう。せめてカーブ部分の建物の補強と、あとは見物客が車道に出てこないように柵の設置はしておいた方が良い」
武尊は獣人の村に【村営製材所】を建てている。木材を使った建造物ならお手の物だ。
「ああ、それはいい考えですね」
「公道に設けた柵はそのまま残しておけば道路を歩道と車道に分けることができるから一石二鳥だろう。この村って規模が結構でかいわりには、信号はないし、交通整理の係員も居ないんだよな。だったら車道と歩道を分けないと危ねーんだよ」
獣人の村には舗装された広い道路が数本あり、それが車両用となっている。それ以外の多くの道はあまり整備されておらず、車両の通行はできない代わりに馬車やユーミーの移動に使われていた。歩行者はどちらの道も利用する。
車道と歩道を区切っておけば、車両やユーミーと歩行者との接触を減らす効果が期待できるだろう。
レース当日までに補強と柵を設けるとなると突貫工事だ。今は交通ルールまで決めていられないからと、武尊はさっそく製材所に行き、そこで働く獣人たちに協力を求めた。
効率よく作業を進める為、施工管理技師と算術士に強度計算や図面を頼み、それをもとにして工事は進められていった。
ドラゴンレースの運営ばかりでなく、獣人の村にある施設でもレースに向けての準備で大忙しだ。
販売をする店は商品の搬入と陳列で。
レースを観覧する為のテラス席を設ける施設はその設置に。
獣人の村全体がどこか浮かれているように感じられる。
【村の小さな鍛冶屋さん】では、櫛名田 姫神(くしなだ・ひめ)が中心となって、作業区画にある設備の強化が行われている。鍛冶のための設備だけでなく、砂鉄から和鋼を製造できるようにたたら炉の設置が勧められていた。
ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は運んできた椅子や机を、レースが見やすいのはどこかと空を見上げて考えながら【賢狼の里】においてゆく。当日はここで訪れた人に狼と触れ合ってもらおうと、その為の席を設けているのだ。
「ここは丁度コーナーになりますし、観戦場所としてはなかなか良い気がしますね」
「ああ、そうだな。それと、イベント中の警備は狼たちにも手伝ってもらおうと思ってるんだ」
緋桜 ケイ(ひおう・けい)は狼たちに危険物や不審者を見つける手伝いをしてもらおうとしていたが、チエルは心配そうな顔つきになった。
「狼を柵から出すのなら、必ず飼い主が同行して下さいね。村の人や観光客の方が怖がりますし、車にはねられたりしたら大変ですから」
獣人の村出身の人ならば共に暮らしてきた為に狼には慣れているけれど、今の獣人の村にはそうでない人の方が多い。狼が村内を歩いているのを見れば怖がったり、あるいは排除しようとしたりという反応を示されるだろうし、トラックが行き交う大通りは狼が歩くには危険だ。観光客の多い時期ならば尚更危険は増す。
「この狼たちはとても賢く心優しいのに……賢狼の里以外の場所を自由に村歩くことも出来ないのか……」
「できもっと、触れ合えば分かってもらえますよ。皆さんが狼に慣れていないなら、この機会にもっともっと多くの人に狼のことを知ってもらいましょう!」
その為にはこのレースは良い機会なのだと、ソアははりきってまた椅子を運んできた。
「そうだな。狼たちの賢さや大人しさを知ってもらえば、人の見方も変わるだろう」
その為にも、とケイはソアを手伝って、人と狼の触れあいスペース作りに励んだ。
活気づいている村を、あちらの用意を覗き、こちらの準備を手伝い、しながらチエルは嬉しそうに見て歩いた。
「皆さん、ドラゴンレースに向けて張り切ってくださって、ありがたいことですね」
「あ、チエルさんちょうど良かったわ。相談があるんだけど……」
【集合ツリーハウス『みどりの家』】の前を通りかかったチエルを、早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)が呼び止めた。こっち、とあゆみに案内されて行ったところでは、メメント モリー(めめんと・もりー)が獣人の罠師に手伝って貰って、木の枝やツタで木と木の間に大きなアーチをかけていた。
「これは?」
チエルが見上げる木から、モリーが脚立を使って下りてくる。
「このアーチをドラゴンが滑空して潜っていったら、凄く絵になると思うんだ。コースからちょっとだけ外れることになるけど、どうかな?」
「それは面白そうですね。観客の皆さんもドラゴンをぐっと間近で見られますし。コースに取り入れましょう」
「やったー! がんばって作ろうね」
罠師に呼びかけると、モリーはまた危なっかしく木に登っていった。
「チエルさんにもこれあげるー、はいっ」
「はい?」
リン・リーファ(りん・りーふぁ)が差し出したリーフレットを反射的に受け取ると、チエルはそれを開いてみた。
リーフレットには、レースの道順とそこにある施設の説明が書かれていた。施設の説明には、レース期間中にやっている催し物の他、そこで購入できるお土産等も纏められている。
「これは見やすいですね」
リーフレットはイラストと記号が多用され、文字に馴染みのない人にもわかりやすいものとなっている。リーフレットを手に取るのはパラミタ人もいれば地球人もいる。地球人の中でも日本語、英語、中国語等々、使う言語は様々だ。けれどイラストと記号ならば、そこに書かれた文字が読めなくても、なんとなくどんなものかは伝えられることだろう。
「あたしとみゆうと、プリムも一緒に作ったんだよー。みゆうは目立つの好きじゃないから、配ってるのはあたしとプリムだけど。ねー」
リンに言われ、一緒にリーフレットを配っていたプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)はこくりと頷いた。
「獣人文化歴史資料館のお手伝いをした縁で、観光客さんや住人の方にこの村のことに興味をもってもらえたらと作ってみたんです」
関谷 未憂(せきや・みゆう)が大量に刷られたリーフレットを見せると、リンはえへっと笑った。
「あたしは主催のサクラコちゃんのファンだからお手伝いをしたんだよー。かわいくてかっこいいんだもーん♪」
「そうですね。サクラコさんは良い人です。村の開発でもずいぶんお世話になりました」
チエルも嬉しそうに笑顔になった。
そこにプリムが持っていたもう一種類のリーフレットをチエルに差し出した。
「こちらもリーフレット……ですね」
「そちらは村の人たち向けです。観光に来る人たちがどこから来て、そこはどんな場所でどんな特産品があるのか、簡単にまとめてみたんです」
無言のプリムにかわって、関谷 未憂(せきや・みゆう)が説明した。こちらのリーフレットにはパラミタ各地や地球の主な国の説明が、やはりイラストや記号主体で描かれている。
「村の人にとっては観光客さんは知らない人ですよね。その人たちがどこから来たのか知るのも大事なことなんじゃないかなあと思うんです」
「それもいいことですね」
チエルは頷きながら、先にもらった方のリーフレットを見直し、裏まで眺めてから手を下ろした。
「どうかしました?」
「あ、いえ……獣人文化歴史資料館の関係だから、もしかしたら元の獣人の村のことが書かれてるかな、とか……。でもそうですよね、観光客の人にとっては今のこの村の情報が大切ですよね。レースを見物するにも施設を見て回るにも、良いリーフレットになってると思います」
あとでゆっくり読ませていただきますね、とチエルはリーフレットを畳んだ。
「……元の村のこと、懐かしいですか?」
未憂に聞かれ、チエルはちょっと迷ってから、はいと答えた。
「それはもちろん故郷ですから」
「一方的に開発することになってしまったので、村の人たちがどう感じてるかな、って……」
ちょっと気になっているという未憂に、チエルはもちろん感謝していますと答えた。
「皆さんの力が無ければ、村の再建は出来ないか、もっとずっと先のことになってしまったことでしょう。こんなに早く村の再建が出来るなんて、信じられないくらいの幸せです」
「良かった。もっとこうして欲しいっていう声が全然聞かれないから、逆に心配だったんですよ。開発ってどうしても、全員が望むようにはならないものですから」
ほっとして言う未憂に、チエルは微苦笑する。
「契約者の方は、そういうのを聞くと機嫌を損ねられますから……。ここは、元の村の住人が思っていた場所とは違います。けれど、とても便利ですし、進んだ地域になったと思います。だからこそ、獣人以外の人が多く住むようにもなったんでしょうし……」
言ってからチエルは慌てたように付け加えた。
「あの、私たち村人はみんな地球人とそのパートナーの方に感謝してます。それは本当ですから……」
身振り手振りをつけて力説するチエルの袖を、そっとプリムが掴んだ。
「しんぱい、いらない……」
「何かをすれば、良い点悪い点が出てくることは分かってます。それに獣人さんたちが感謝してくれてることも、ちゃんと私たちには伝わってますから」
未憂も安心させるようにチエルに笑いかけた。
どんな開発をしても、長所短所は出てくる。近代化をしたことで、元の獣人の村らしさは失われた。けれど元の獣人の村のように開発したならば、人口は今のようには増えなかっただろうし、暮らし向き、防衛の点からみても今よりずっと劣っていただろう。
良きも悪しきも考え方次第。
今のここが新しい『獣人の村』。
そして、今のここから新しい未来を始めてゆくのだから。
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