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学園祭に火をつけろ!

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学園祭に火をつけろ!
学園祭に火をつけろ! 学園祭に火をつけろ!

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1.――物語の幕開けは意外な程に呆気なく





  ◇ 本番前日 ◇

     ◆

 ルイ・フリード(るい・ふりーど)はこの日、日課のジョギングを終えて家へと向かっている。
「今日はいい天気ですね。ジョギングをはじめてから三日、出発前はあれほどに雲っていたのに」
 『ジョギングをはじめてから三日』――。彼はどうやら三日間走り続けていたらしい。
「それにしても、今回は新記録ですね、嬉しい限りです。前回は五日、前々回は四日と半日でしたからね…」
 達成感に道溢れている面持ちで彼は見上げていた顔を前へと向け、自らの家の方向に目をやる。
木々たちが西陽を浴びて茜色に染まっているのを見ながら、彼は既に視界に入っている建物へと足を進めた。

 「ただいま戻りましたよ! 私が帰りましたよ、アイムホームですよっ!」

 元気一杯、力一杯と言った様子でルイが扉を開けるが、そこはもぬけの殻。誰一人として彼に返事を返す者はない。
それに何を感じたのか、ルイはその大きな体を震わせ、俯く。西陽を背に受けているため、表情その他はわからない。
「うぅ……うぅぅっ……! 誰かぁ! ジョギングを終えてルイさんが戻ってきましたよぉぉ! うわぁーん!」
 ルイはとりあえず号泣し始めた。
「確かに、ジョギングにしては遅すぎですよね……」
 途端、ルイは何やら呟き始める。
「……でもね、せめて……せめてお帰りと、そう言って欲しかった……」
 項垂れる彼はしかし、体を小刻みに震わせながら立ち上がり――
「なのに……なのにっ!」
 「うおぉぉぉぉっっ!」とは言わないが、彼は静かに顔をあげた。そして机の上に置いてある紙を見付ける。
「もしや……もしやこれはっ! ドラマでお馴染み、『恐怖の「実家に帰らさせていただきます」メール(手紙)』ではっ!?」
 一歩、また一歩手紙へと距離を縮めるルイは、恐る恐る手紙を手にした。瞳を閉じ、天井へと顔を向けながら。
「セラ……そんなに此処での生活がっ……」
 覚悟を決めたルイが紙面に目を落とす。が――どうやら彼の心配は大幅に外れていたらしい。
彼のパートナーであるシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が彼にあてた手紙を見て、ルイは頷いた。
「成る程。なんだ、そう言う事でしたか。要は――」
 ルイはそこで一度言葉を区切ると、誰が聞いている訳でもないのに、無論誰が見ているでもないのに。何とも可愛らしいポーズを取る。
「『お父様、空大で行う文化祭で催し物するから手伝って☆』と、言うことですね」
 元に戻って続きを述べた彼に、恥じらいの様子はない。(先に断っておくが、彼のパートナーはこんなキャラクタではないのであしからず。)
「ならばこうしてはいられませんね。セラの為、セラと共に頑張る皆さんの為、此処は私も一肌脱がなくてはっ!」
 彼はそのままセラ、ことセラエノ断章の書き残した手紙を持って再び家を飛び出る。
「待っていて下さいよ、みなさん……っ!」
 再び手にする書き置き――


『ルイへ


    コマネチ


        よろしこ!』


を見詰め、ルイは噛み締めるように呟いた。




     ◆

 ルイが家を出発する約五時間前。場所は変わって空大のラウンジ。
普段は昼食を取ったり、講義と講義の空き時間を潰す学生で賑わっているのだが、この日は文化祭の準備日とあって、流石に人は少ない。
そのラウンジ内にいる数人の生徒の中に、レン・オズワルド(れん・おずわるど)たちの姿があった。テーブルを挟んで向かい側には、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が何やら手帳の様な物を開いて、紙面とにらめっこをしている。
「どうだメティス、準備の方は順調か?」
「現状において支障はありません」
 レンは別段変わった様子なく、対面しているメティスへと声をかけた。彼女としても、『だからどう』という様子もなく返答を返す。
「そうか。俺の方は申請を出し、承諾もそろそろ降りるだろう」
「照明、音響等の機材は演劇部、映画研究会、その他部活、サークルに声をかけて揃いそうですし」
 彼女の言葉を眉ひとつ動かさずに聞いているレンは、一度大きく息を吐き、「後は――」と切り出した。
「人手、ですね」
「ああ」
 至って簡潔な会話を交わす二人に、今まで黙ってメティスの隣に座っていたノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が割って入る。
「今日、何だか暇そうにしてた人たちがいたから誘っといたよ」
「ほう、そうか。人数はどのくらいだったんだ?」
「うーん、そんなにまじまじとは見てなかったけど――ざっと二十、三十くらいってところかな。簡単に説明しただけだから、実際に協力してくれるのは半分、ってところじゃない?」
 さらっとそう言うノア。彼女は何やら机に広げられている紙へと目を向けたまま、再び黙った。
「ならばあと最低でも十人程度は欲しい、ですね」
「そうだな。これから動いてみるとしよう。それよりノア――」
 自分たちの計画が安定して進行している事がわかったレンは、そこで一旦言葉を止めてノアの手元へ目を向ける。
「おまえは一体何をやってるんだ?」
「絵を描いてるよ」
「見ればわかる。わかるがそれは一体……」
「怪人だよ? 劇に出てくる」
 あっけらかんと答える彼女の手元には、それはそれはエキセントリックなタッチで描かれた怪人の姿があった。
同じテーブルに座る少女の絵を、何とも言えない表情で見詰める二人。

「あら? あなたたちは――」

と、突然三人に声をかけてきたのは、{SNL9998928#ティセラ・リーブラ}。
「ああ、ティセラか」
「御機嫌よう」
 レンの言葉にお辞儀を返すティセラは、何やら興味深そうに三人の元にやってきた。
「お隣、よろしいでしょうか?」
「ん? ああ、すまない」
 ティセラが手にするトレイを見やったレンが椅子を引くと、彼女はにこやかに「ありがとう」と言って席につく。
「あら? ノアさん、その素敵な人は誰ですの?」
「「っっ!?」」
 ティセラの発言に驚きの色を隠せないレンとメティスを他所に、ノアは顔を上げずに答えた。
「怪人だよ。明日の文化祭でやろうと考えてる劇に出てくる怪人」
「まぁ! それは素敵ですわね。でも怪人、と言うことは悪者ですの?」
「うん。そうだね、そうなるね」
「残念ですわ、そんな素敵な方ですのに……」
「待て、落ち着こうティセラ……」
 レンは驚きのあまりずれてしまったサングラスを指でかけ直してから彼女を制止した。
「はい、なんですの?」
「……この怪人が素敵…なのか?」
「えぇ。お二人もそう思いますわよね?」
 同意を求めるティセラに言葉に対し、硬直したままの表情でいるレンとメティス。が、何としても話題を変えようと考えたのだろう。
メティスはワザとらしく(と、言うよりはぎこちない様子で)思い出したかのように口を開いた。
「そ、そうだ。ティセラさん、無茶なご相談ですが、貴女も劇に参加してはいただけないですか?」
「お……おぉ! それは名案だ。出てくれると助かるんだ、如何せん人手が足りずに困っていたんでな」
 言い出したメティスとしても、それに乗ったレンにしても、それは話をすり替える為の手段であり、直ぐ様「No」が返ってくると踏んでいた。
踏んではいたが、当のティセラは一度、きょとんとした面持ちで二人を見やると、何かを考えるようにして天井を見上げた。
「お時間は決まっているんですの?」
「ほっ!?…ん、ああっと、申請は昼過ぎ、三時からだしているが……」
 予想外のリアクションを返されたレンは慌てながらに返事を返す。
「そうですかぁ……」
 今度は難しい顔をしながら、目の前で懸命に『怪人(らしきもの)』を書き上げているノアを見て、笑顔を浮かべる。
「わかりました。皆さんが頑張りにわたくしの力が役立つのであれば、出来る限りの助力は致しますわ」
「それは!?」
「本当なのかっ!?」
「わーい、でーきたーっ☆」
 (若干一名、関係のない発言と共に)二人は驚きのリアクションを取る。
「わたくしとしても、学部の方で展示発表があるのであまり練習等にはお付き合い出来ないかもしれませんが、精一杯やらせていただきますわ!」
「…頼もしい限りだ。おっと、因みに聞いておくと、今日の六時から三時間稽古を企画しているんだが、それには出れたりするのか?」
「ええ、一時間後にこちらの発表の最終打ち合わせをしますけれど、終わるのは恐らく四時過ぎですので、間に合うかと」
「あと、これは出来れば、でいいのですが……」
 そこでメティスがダメもとの一押し。
「ティセラさんの方でも、誰か協力してくれる人がいたら声をかけてもらいたいんですけど……」
「えぇ、良いですわよ」
 にっこりと笑って頷いたティセラは、優雅にティーカップを口元へと運んだ。