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●総合格闘技トーナメント大会(4)

 あまり間を空けず、準決勝第二試合の準備が始まった。。
 対戦カードは、レギオン・ヴァルザード対武神牙竜。奇しくも、葦原明倫館同士の対決である。
「レギオン、手当は万全だからね。これでほぼ、元通りのコンディションで戦えるはずよ」
 セコンドのカノン・エルフィリアがレギオンに話しかけている。
「ああ、助かる。今度の相手はかなり強豪だが、これで憂いはなくなった。カノンのおかげだ」
「な、なに言ってるのよ突然! あたしは、パートナーとしての義理レギオンを応援しているだけで、レギオンの体のことなんか別に心配なんてしてないんだからっ!」
「そうか……いや、それでいい」
 レギオンの反応に、なぜだかカノンは頬を膨らませていた。
「でも感謝はしてよね。頑張ったんだから」
「ありがとう。……行ってくる」
 レギオンは笑うでもなく、頷いてリングに上がった。
「なによレギオンったら、もっと感謝感激してほしいわ」
 ぷりぷり怒っているが実のところ、カノンがそう悪い気はしていないのをイゾルデ・ブロンドヘアーは知っていた。だから、
「さて、万全をつくしました。わたくしたちはレギオンさんを見守るとしましょうか」
 と言って彼女を落ち着かせるのである。
 一方、牙竜も龍ヶ崎灯からのアドバイスを受けていた。
「今度のお相手は、本気で当たらねば危ないでしょうね。いいですか、釈迦に説法かもしれませんが、防御の基礎は相手の動きを見極め、歩法で自分のリズムを取ることですよ。これができれば、戦いのペースは牙竜が優位に立てるはずです」
「そうさせてもらおう。後の先の戦い方でチャンスに全力の攻撃を出す戦術で行こうと思う」
「これに勝てば決勝、イングリットさんとの闘いですね。ですが、今はこの試合に集中を」
「そうだな。力をセーブして勝てる相手ではないだろうからな」
「ヒールなどの回復術はたくさん用意してます。後のことは気にせず戦ってください」
「わかった。では行ってくる!」
 パン、と右の拳を左の掌に打ち付け、牙竜は進み出たのである。
(「実力を抑えていては勝てない……!」)
 この試合、進み出たレギオンの身体からは仄暗い殺気が発せられていた。
 イングリットの対戦まで、殺気は抑えるつもりだった。
 しかしそれを行って、牙竜に負けていては元も子もない。全力だ。牙竜が全力であるのと同様に。
 戦いの火蓋を切ったのは牙竜の正拳だった。銅鑼が鳴るより早く仕掛けた。
 かといってレギオンも戦場仕込みの決闘者、そのようなフライングにはびくともせず、スウェーして逆に掌底を叩き込んだ。
 顔面を打たれ牙竜は、首に大きな圧迫を感じた。
 見込みは間違っていない。間違いなくレギオンは実力者だ。しかし、
(「独自流ではあるがステップワークにフェアバーン・システムの流れを組んだ実戦空手の影響を感じる……出身は傭兵か」)
 この短いやりとりで、もう牙竜流はレギオンのことを見ぬいていた。
 特撮ヒーローのスーツアクターは、作品によって様々な武術を演じるため、基礎となる技は徹底的に練習するものだ。キャリアが長いほど、彼らは格闘術の生き字引のようになっていく。
 そして若いとはいえ牙竜も、キャリアという意味では相当なものがあった。
(「実戦空手というなら、多少覚えがある」)
 これを契機に牙竜は受けに回った。最初の一撃は挨拶状だ。ここから、後の先戦術に入る。
(「防御姿勢に入ったな……なら!」)
 見せてやる、レギオンは無駄を省いた足技を次々と繰り出した。
 蹴り、蹴りからの連続技、そしてまた蹴り、合間合間に関節技に色気を見せる。
 いくらよく見ようとすべて防げるわけではない。牙竜も大半はスウェーしたものの、数発をまともに浴びてしまった。レギオンには無駄打ちという考えはないのだろう。すべてが的確打撃であり、しばしば殺すことを目的としたえげつない技も織り込まれており、なかなか後の先が取れない。
「素人ではない」
 牙竜の意図などお見通しだ、といった口調でレギオンは告げた。
「こっちも素人のつもりはない。遊びで正義のヒーローをやってきたわけじゃないんでね」
「正義? 何を根拠にそう思う?」
 レギオンは鼻白んだ。だがこれが、彼にとって隙になった。
 牙竜は左腕を伸ばした。
 レギオンは反応しようとした。
 だがこれがフェイント、牙竜は左腕も素早く戻すと同時に、腰を回転し、見えない円周に乗せるように右足を踏み込む。
 レギオンに隙がなければ、ここで退く時間があったはずだ。
 だがこのときはほんのコンマ数秒、牙竜が勝った。
「根拠は自分で考えるんだな!」
 時速200キロで10トントラックが激突したような、衝撃。
 歴戦の必殺術、牙竜の拳がレギオンの胸を捉えた。
「がっ!」
 レギオンは後方に倒れた。
 通常の格闘家ならこれで終わっただけだ。
 しかしレギオンである。彼は勢いを殺さず足を巡らせブレイクダンスのように回転して、蹴りで牙竜の腕を打ち遠ざけて立ち上がった。
「言葉の定義を巡る争いは終わってからにしよう」
 倒れた瞬間に噛みきったのだろう、口元から血をしたたらせつつレギオンは言った。
「だな」
 牙竜もほんのわずか笑みを見せ、真顔に復した。
 まるでダンス。
 今度は牙竜が動く番となった。
 レギオンを中心としてその周囲を巡る。ゆっくりと回る。
 対するレギオンは不動。視線だけ彼に向け続けた。
 灯はリング外から相手のセコンド……カノンを見た。カノンも牙竜を目で追っている。
 カノンだけではない。観客もすべてそうだ。ただ一人イゾルデだけは灯のほうを見ていた。
(「イゾルデさん……でしたっけ、彼女だけは気づいていますね。けれど、彼女はレギオンさんに話すつもりはないようです。本来のセコンドたるカノンさんに遠慮しているのでしょう」)
 ゆえに勝てる、灯は確信した。
 牙竜は無意味に動き回っているのではない。かといって幻惑する気も威嚇する気もない。
 ただ、戦闘のリズムを自分に引き寄せているのだ。正確な歩みで足音を立て、自分の得意なリズムを生み出しているのだ。相手は無論観客も引き込んで、いつしか全員を自分の支配下に置いているのだ。
「せっ!」
 完璧なタイミングでレギオンが蹴りを放った。
 だがそれはもはや牙竜の術中、最小限の動きで彼はこれをかわすと、大足払いでレギオンを浮き上げる。
「突っ!」
 そして牙竜は彼の胸に、鳳凰の拳を叩き込んだのだった。
 レギオンは片膝を付いた。咳き込んでいる。
 牙竜は追い打ちに行かなかった。行こうと思えば行けた。しかし彼はレギオンの名誉を重んじた。
「実戦なら、落ちた銃を拾って俺を撃つくらいの時間は与えてしまったな」
 レギオンは咳き込みながら言った。
「俺の負けだ」
 しばし、言葉を忘れ闘いに集中していた観客が爆発的に声を上げた。
 牙竜、レギオン、両者を称える声であった。
 準決勝は終わった。