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●総合格闘技トーナメント大会(5)

 牙竜の勝利に沸き立つ客席を縫って、一人の男がイングリットににじり寄った。
「イングリット、はじめまして。ボクはブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)。良い試合を見せてもらったよ」
「それは、ありがとうございます」
 イングリットはやや警戒しつつブルタを見た。
 見慣れぬ風体である。
 土偶のような魔鎧に包まれ、紫色のオーラが周辺に漂っている。顔もやはり土偶じみたフルフェイスのヘルメットだ。横長の目から、赤い光が洩れていた。
「いや、素晴らしかった。男女関係なく、これほどの強さがその体に秘められているとは思いもしなかった! イングリット、まさに君は最強だ! 優勝も期待しているよ!」
「本気でおっしゃっているので?」
「え……」
 ブルタは絶句した。少々、イングリットを甘く見ていたのかもしれない。
 イングリットの姿が、なんとなく大きく見えた。
「巧言令色、鮮(すく)なし仁、と、授業で倣ったことがあります。孔子の言葉です。最初からいきなり人を褒めちぎるのはあまり感心しませんわ」
「さすが……これは失礼したね」
 ブルタは襟を正して今度はじっくりと話した。恐竜騎士団の現状や、それをとりまく様々な事情について述べた後、改めて彼は言った。
「というわけで恐竜騎士団では現在、団長のバージェスが行方不明で次期団長を決定する大会が行われることになったんだよ。この大会なら思う存分、自分の力を出せると思うので参加してみてはどうかな?」
「失礼ですが」
 きっぱりとイングリットは告げた。
「わたくし、そのお話には興味がありません」
「ええっ!」
 今度は偽りなく、ブルタは本当に目を見張っていた。
「わたくしはあくまで、身体ひとつで自分がどこまでできるかを知りたいと思っているだけで、恐竜に乗るなど、副次物については関心がもてませんの。また、外部の者として政治的なことに深く関与したくないという気持ちもあります」
 イングリットは立ち上がった。
「それではごめんあそばせ。決勝戦まで少しインターバルがあります。集中するため少し、辺りを散策したいと思いますので……」
 一人残されたブルタは、仕方ない、と首を振り振り去っていくのだった。大会を盛り上げる手を別に考えなくては……。

 強さとは何か。
 なぜそれを求めるのか。
 今日の闘いでそのことを、イングリットは何度も考えさせられた。
 少なくともバリツを極めればそれで満足、ということはなくなったと思う。
 永遠にたどり着くことはできぬであろう武の高み……バリツも極論すれば、そこを目指すための手段にすぎない。
 無論、だからといってバリツを愛する気持ちに変わりはないのだが……。
 いつしかイングリットは、サブグラウンドの外れたる林に迷い込んでいた。
 まばらながら背の高い木が茂る中、東西南北がわからなくなる。どこから来たのかすら。
 戻らなくては。そういつまでもインターバルはないはずだ。
 そのとき、木々をかきわけ、豊かな金髪の少女が姿を見せた。こころなしかイングリットと似た髪型だ。
「あらあら、大した実力がないのに勘違いして暴れている新入生がいるとは聞いていましたが」
 少女は高笑いした。
「貴方でしたのね。躾がなっていませんこと。私、レロシャン・(略)が上級生としてお仕置きせねばなりませんわね」
「あの……『カッコ略』ってどういう意味ですの? それから、わたくし、暴れておりませんけれども?」
「ええーい! そういうところは融通してほしいものですわっ! 改めて名乗りますと私はレロシャン・カプティアティ! ようく覚えておきなさいっ!!」
 と、ロレンシャ・カプティアティ(ろれんしゃ・かぷてぃあてぃ)は言った。(※左記の名前に注目)
「そして、現時点暴れていようが暴れていまいが、あなた、新入生のくせに生意気ですわ! お仕置きは決定事項ですわよ!」
 ところがロレンシャはお仕置きするどころか、茂みに飛び込んで姿を消したのである。
「三分間待ってあげますから、その間に負けた時の言い訳でも考えておくがいいですわ。おほ、おほほ〜」
「ちょっと待って下さい。わたくし、戻らなくては……」
 大会の時間が、と、来た道を探して戻るイングリットの前に、
「え!? ロレンシャさん何する……」
 ずさーっ、と音を立て、今度こそ本当のレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)が、茂みから転がり出てきた。
「あ、あなたはイングリットさん、でしたっけ……」
 レロシャンとしてはまったくもって意味のわからない話だ。文化交流会を楽しんでいた矢先、双子の姉妹(対外的にはそうなっているが本当は不明)のロレンシャが「しばしお待ちを」などと言って姿を消し、彼女は待たされることになった。ようやく戻ったロレンシャは「こっちにいらっしゃい」とレロシャンを茂みに引っ張り込み、いくらか進んだところで突き飛ばしたのだ。どん、と押されて卵みたいに転がって起きれば、そこにいたのは同じ百合園生のイングリットだったというわけだ。
 ともかく、レロシャンはイングリットに頭を下げた。
「驚かせてすみません。私レロシャンと言います、よろしくです」
「よろしくもなにも、先ほど名乗ったのではありませんこと?」
「そうでしたっけ? あはは」
 悩まないのがレロシャンの信条、手違いで名乗ったのにそのこと事態を忘れていたのかと考え直した。
「ことろでレロシャンさん、わたくし、サブグラウンドに戻りたいのですけれども、どちらに進めばよろしいでしょう?」
「ああ、それならこっちです」
 ごそごそと出てきた茂みに戻ろうとしたレロシャンは、頬を秋のシマリスのように膨らませたロレンシャと鉢合わせした。
「あ、ロレン……」
 皆まで聞かず、ごち、とレロシャンの額に自分の額をくっつけてロレンシャは言った。
「ダメです姉さま! 格闘家が道を聞かれたときは、『行けばわかるさ』と答えるのがルール……じゃなくて! 格闘家が道を聞かれたとしても、決して教えてはならない鉄の掟が世の中にはあるのですわよ! 格闘家がなすべき返事はこうです!」
 ロレンシャはレロシャンに手早くメモを渡した。
「え、そうなの……?」
 不承不承、レロシャンは茂みから出てきてイングリットに向かってメモを読み上げた。
「『うははー、戻る道が知りたかったらまずオイラを倒すんだな! そのバリツとやらでー!』 ……って、なにこれ??」
 仕方ありませんわね、とイングリットはバリツの構えを取った。
「よくわかりませんがそういうことなら仕方ありません。ただし、手早くお願いさせてくださいましね? 時間がありませんので」
「グ……グムー、これは、ロレンシャさんにはめられた気がするけど……こうなったら……」
 両腕をぐわ、と拡げ、威嚇姿勢をレロシャンは取った。
「やられる前に、やるしかない!」
 その際、レロシャンの頭のアホ毛がピンピンと跳ねた。
 なかなか闘いにならなかったがなんとかなった。ロレンシャはふうと溜息して座り込んでいた。
「バリツだか知らないけどこっちはプロレスです! プロレスだー、ウオーウオー」
 レロシャンはもう駆け出している。プロレス愛好者として、闘いとあれば血が騒ぐ。理由はない。ただ、強い者を目の前にすれば闘いあるのみだ。
 枯れ木を踏み折りつつ、レロシャンは頭から跳んだ。
「ずは、アホ毛ヘッドバット!」
 イングリットがガード姿勢を取る。槍のように尖らせたレロシャンのアホ毛は、それだけで狂気もとい凶器だ。
 だがこれはブラフ、ガードを取らせることが狙いだった。
「と見せかけたローリングソバット!」
 レロシャンは物理法則をねじ曲げて空中で速度を増し、回転蹴りの姿勢へと転じた。
 ところが、伸ばしたレロシャンの右足首はイングリットに掴まれていた。
 瞬間的にイングリットはレロシャンを地面に落とすと、両膝でレロシャンの右脚を固定、手首の骨をアキレス腱に垂直に当てるようにしてがっちりと関節技に持っていった。自分も地面に寝転ぶと、まさにこれは、
「ア……アキレス腱固め!」
 激痛に身悶えしながらレロシャンは叫んだ。
「これ柔道の技じゃないですよね!? なんで!? バリツって柔道の一種では……!」
「柔道ではなく、その源流となった『柔術』の一派ですわ。より戦闘的なバリツには、今や柔道では禁じ手となった『足挫(あしひしぎ)』が生きておりますの」
 ギブアップは避けたい、と必死で耐えながら、いつしかレロシャンの意識はどこかへ飛んでいた。
 なにか、なにか思い出せそうな気がしてきたのだ。
「うう……体が痛い。前にもこんなことあったような……。あの時はどうしたっけ……。むー、私とロレンシャと、あの人は誰だったかなあ……」
(「お姉さま、思い出せそうですわね。ああ、もう少しですのに……!」)
 ロレンシャは精神感応でアドバイスを送るのだが、
「もうだめ」
 思わずレロシャンはタップしてギブアップを表明した。
 レロシャンが思い出しかけた第三の人物とは誰だったのか。
 そしてレロシャンの過去とは一体!?
 続報を待て!
 なお、このシナリオで真相があきらかになることはない。……すいません。