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わたしの中の秘密の鍵

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わたしの中の秘密の鍵

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【六 古代の幻影】

 夜を迎えたバンホーン調査団本隊では、キャンピングカーを中心としての野営が敷かれようとしていた。
 しかし夕食の場に於いても、魔物達の正体に関する議論は止むことが無い。キャンプ用の簡易テーブルを食卓とし、数名の調査団員たるコントラクター達がバンホーン博士を囲んで、これまで得られたデータから、現時点で可能な推論を戦わせている。
「これまで得られた情報を統合すると、矢張り最近出現している魔物は、メガディエーターと同じく、古代に製造された巨大サイボーグ生物、と考えるのが筋ではないかな?」
 パスタを巻きつけたフォークの先を軽く振り回しながら、四条 輪廻(しじょう・りんね)がしたり顔でいう。
 エースから寄せられた、スキュルテイン男爵からの回答文書内の情報と照らし合わせても、そう考えるのが妥当だ、と輪廻は持論を展開した。
 輪廻の隣では、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が籠手型HCにこれまで得られた全ての情報をデータ化して入力しつつ、しかしどうにも困った様子で、僅かに首を傾げていた。
「どうかしたのかね? 魔物共の巨大サイボーグ生物説に対する穴でも見つけたのか?」
 輪廻が眉をしかめて問いかけたが、メシエはまるで異なる見解を口にした。
「いや……少し方向性が異なるのですがね、どうも連中がオブジェクティブではないか、という推論が外れたようで、困っておるのですよ」
「成る程。そのアイデアは無かったな。しかしザカコ君からの連絡にもあった通り、奴らは紛れも無く、実体を持つ生物だ。となれば尚更、サイボーグ説が現実味を帯びてくると思うのだが、如何であろう?」
 輪廻のこの巨大サイボーグ生物説を更に裏付けるが如く、半年前に出現したメガディエーターに関するレポートを持参した村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)アール・エンディミオン(あーる・えんでぃみおん)が、椅子を寄せてバンホーン博士達の座るテーブルに加わってきた。
「私達もね、やっぱりメガディエーターと同類っていう考えに賛成かな」
 実際に空京で、あの巨大な空飛ぶ鮫と遭遇した経験のある蛇々の言葉だけに、他の者達とは違って、随分と説得力がある。
 メシエが籠手型HCのコンソール画面を蛇々とアールに向けながら、渋い表情で訊いた。
「ザカコ殿からの映像です。これがデーモンワスプという奴らしいのですが、如何ですか? 雰囲気的に、メガディエーターに通じるものはありますか?」
 訊かれた蛇々は、アールと顔を見合わせて、しばらく黙り込んでしまった。
 メガディエーターは本当にただ巨大な鮫という外観であり、そして今、新たに見せられたデーモンワスプは、これまた単なる巨大スズメバチである。自然界に存する種をそのまま大きくしただけ、という意味では同じであるといえなくもないが、しかしそれだと、アイアンワームズやオクトケラトプスの、あまりにも独創的な姿形がこの理論から外れてしまう。
 更にいえば、未だ姿を現しておらず、単に名称だけが知られている他の三体――フォートスティンガーテラハウンド、そしてメギドヴァーンはどうなるのか、という話にもなる。
「単純に杓子定規的な解釈では、どうにも議論に困る相手だな」
 アールが心底頭を悩ませている風に溜息を漏らしていると、不意にバンホーン博士が、蛇々から受け取ったレポートの末尾近くを指差しながら、低い唸り声を上げた。
「この人物は……どういう御仁なのかね?」
 バンホーン博士が指先で示したその箇所には、ブラド・ファンダステンなる人物名が記されている。応えたのは蛇々ではなく、アールだった。
「あぁ、これは和泉研究員に教えてもらったんだがね。どうもメガディエーターを造った人物の名前らしいんだよ。本人に訊いてみよう」
 かくして、バンホーン調査団に参加している和泉 猛(いずみ・たける)が、ふたつ隣の簡易テーブルから引っ張り込まれる格好となって、姿を現した。
 猛も蛇々同様、メガディエーター絡みで今回の調査団結成に首を突っ込んできた口であったが、彼の場合は、イコンとの関連性も踏まえた上での調査を試みようとしていた為、他の調査員達とは若干、距離が出来てしまっていた。
 そんな彼が、急にバンホーン博士の前に引っ張り出されたものだから、驚きを禁じ得ない様子だった。

「ブラド・ファンダステンというのは、どういう人物なんだい?」
 輪廻の問いかけに、猛は分厚い資料の束を慌てて繰りながら、低い声音で応えた。
「確か……古代シャンバラ王国時代の技術者、って話だな。イコンは古代にも開発が進められていたそうだが、このファンダステンは開発中のイコンの性能評価対象となる模擬戦闘用のサイボーグ生物を造った人物だ」
 そのサイボーグ生物のひとつがメガディエーターだ、と猛は付け加える。
 一同は、しんと静まり返った。猛の次の言葉を待っているのである。妙な注目を浴びた格好になってしまった猛は、いささか話し辛そうにしながらも、自身が論文にて発表した内容を、この場でも披露した。
「このサイボーグ生物達は、開発途上にあるイコンの性能評価を目的として、模擬戦闘の対戦相手となるべく、何種類も製造されたらしいな。しかも単純に開発中イコンとの模擬戦闘に使われるだけでなく、イコンの投入数が少ない戦線に於いては、補充戦力として実戦にも投入されたそうだ」
 つまり、戦場での使用に耐え得る性能を誇り、しかも相当な数が製造された、ということになる。
 だが猛の研究結果は、まだここでは終わらない。彼の口にするストーリーには、この後に続く更なるシナリオが待っていた。
「しかし……これらサイボーグ生物達は、対イコン戦闘を目的として製造された為、イコンに対する敵愾心と殲滅本能が強烈に刷り込まれていた。その為、扱いが非常に難しく、場合によっては戦場で味方のイコンをすら襲うという事故も多発したらしい。で、余りにも危険であり、運用と保守に多額の予算と手間を要するということもあって、結局多くの個体が封印、もしくは破棄されることとなったそうだ」
 猛による説明は、以上である。ところが、彼が説明を終えて尚、他の面々は声を発することが出来ない。
 当然であろう。
 もしも、今回目撃情報が相次いでいる魔物達が、メガディエーターと同じく古代のサイボーグ生物であるというのであれば、彼らはイコンに匹敵する戦闘力を誇るだけでなく、その凶暴性やイコンに対する敵愾心から鑑みても、極めて危険な存在であると結論付けることが出来るのである。
 ランタンが風に吹かれ、簡易テーブルを照らす範囲が左右に揺れた。然程に冷たい風、という訳でもなかったのだが、一同は妙に背筋が寒く感じる思いを抱いた。
 しばしの沈黙。破ったのは、蛇々の緊張を含んだ声音であった。
「そういえば和泉さん、あのメガディエーターはプロトオーダーだ、っていってなかった? プロトオーダーって、そもそも一体何なの?」
 蛇々の問いかけに、猛は困ったような表情を浮かべ、頭を掻いた。
「いや……過去の文献を調べてみたところ、あの二体がそういう種に分類される事実までは分かったんだが、プロトオーダーという名称が何を意味するのかは、正直なところ、よく分からん」
 その時、輪廻が一瞬妙な顔つきになり、しばらく考え込む様子を見せた。その輪廻を、メシエが怪訝な表情で眺める。
「何か……気になることでも?」
「あぁ、いや……ただ、何となくなんだが……プロトオーダーとフレームリオーダーっていう名称が、どうにもこう……対を成す響きに思えて、ならないんだよ」
 輪廻のこの疑問に対しては、誰ひとりとして答えることが出来ない。
 単純に思考が追いついていない、というのもあったのだが、それ以上に、自分達が何かとてつもなく恐ろしいものに迫ろうとしているという恐怖心のようなものが、それぞれの心の中に、ふつふつと湧き出そうとしていたからでもあった。
 簡易テーブル上の料理は、今やすっかり冷めてしまっている。しかしながら、誰も手をつけようとしない。

 野営を張っているバンホーン調査団の、キャンプ周辺に停車してあるキャンピングカーのうちの一台。
 そのキャビン内では、月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)ひっつきむし おなもみ(ひっつきむし・おなもみ)が、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)を交えて夕食のテーブルを囲んでいた。
 こちらは車内ということもあって、料理を冷ます無粋な野風が吹き込んでくることもなく、温かな料理を楽しむことが出来た。
 魔物の謎を解明したい、という一心から今回の調査団に参加したあゆみとおなもみだが、今のところ彼女達による新たな情報の発見は為されておらず、ただ一緒についてきているだけ、というマスコット的な立ち位置に落ち着いてしまっている。
 これではいかん、と妙な焦りを覚え始めているあゆみではあったのだが、だからといって、一発逆転となるような有効な情報は今のところ、得られていない。
 そんなあゆみの焦燥感を察したのか、エオリアは優しげな微笑を湛えて、パスタと必死に格闘しているあゆみをじっと見遣った。
「ん? あゆみの顔、何か付いてる?」
 エオリアの視線に気づいたあゆみが、ハンカチで自身の頬を慌てて拭き取りながら、繕う様に姿勢を正す。一方のおなもみは、サラダをつつきながらスケッチブックに落書きをするという行儀の悪さであった。
「いえ、お気になさらずに……」
「ふぅん……あ、ところでさ。さっきエースさんから何か連絡来てなかった?」
 何となくいたたまれない空気になってきたのを敏感に察知して、あゆみは話題を変えた。実際、エースから連絡が入っていたのは事実であった。
 エオリアはエオリアで、エースをひとりでドロマエオガーデンに向かわせたことに、後悔に近い念を抱いている。ローザマリアと菊が一緒だとはいえ、噂に聞く彼の地は極めて危険であり、コントラクターといえども生きて帰れる保証が無いという程の地獄であるらしい。
 しかしながら、ラーミラのコントラクター化問題調査に向かったダリルとの連絡拠点としての役割を担当している以上、エオリアは本隊を離れる訳にはいかなかった。
 仕方が無いといえばそれまでなのだが、矢張りどうにも、心の内に引っかかるものを感じてならなかった。
 だがそれはともかくとして、エースから連絡が入ったということは、少なくとも現時点では無事であるという証明にもなる。エオリアは食事の手を一旦止めて、籠手型HCを、コンソールが三人から見える位置に据えて起動した。
 どうやらエース達は、オクトケラトプスとの遭遇は果たせなかったものの、別の収穫を得ていたらしい。
「へぇ……ファンダステン研究所、なんてものがあったんだね」
 あゆみが感心した様子で、送られてきた連絡内容を読み上げる。
 どうやら、ドロマエオガーデンとの境界線を形成する環状山岳地帯の一角で、外部から入ることの出来る施設への入り口が見つかったらしい。
 エース、ローザマリア、菊の三人で手分けして調べたところ、どうやらその施設は、ブラド・ファンダステンなる古代シャンバラ人が何かの措置を実施する為に、山肌をくり抜いて建造したものである、ということであった。
 更に連絡内容を詳細に見てゆくと、その施設内には魔導暗号鍵除去装置なるものが設置されており、少し手を加えれば稼働させることも可能であろう、というところまで判明しているらしい。
 あゆみとエオリアが感心した様子で何度も繰り返し頷いている傍ら、おなもみは相変わらず、落書きに精を出している。
 余りにも熱心に没頭している為、あゆみとエオリアはつい何気無く、スケッチブックを覗き込んだ。
 だが、そこに描かれている落書きを見て、覗き込んだ両名は思わず顔を見合わせた。
「ねぇおなもみ……これ、一体何?」
「あー、これはねぇ、鮫人間」
 流石に、おなもみは漫画家である。見事な造形ではあるのだが、果たしてこの鮫人間なる絵が、どういった発想から湧いてきたのかが、よく分からない。
 その疑問をエオリアがぶつけてみると、おなもみはバンホーン博士から貰った絵図のコピーを指差して、ころころと笑った。
 それは例の、バンホーン博士が新たに発見したという古代文献に掲載されていた、イコンと思しき金属の巨人と、魔物の面影を残した謎の巨人とが相対して激闘を展開しているという、あの絵図であった。
「この魔物っぽい巨人なんだけどね、一度五体をばらばらにして組みなおしたら、スズメバチになるんじゃないかなぁって思って。んでね、おなもみ思ったの。鮫もこんな風に一回分解して組み直したら、こんな鮫人間が出来上がるんじゃないかなぁって」
 確かに、いわれてみれば――あゆみとエオリアは、おなもみの発想力に感心して、笑みを零した。
 だが、おなもみがふたりに披露したこの絵図こそが、実は今回の問題の真髄を的確に捉えているいうことを、後で嫌という程に思い知らされることとなる。