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リアクション
◇
物語は往々にして破綻していなくてはならぬ。
物語は必ずしも矛盾していなくてはならぬ。
しかして物語は破綻しきってはならぬ。物語は崩壊してはならぬ。
須らく物語は矛盾しきってはならぬ。物語が矛盾で出来ていてはならぬ。
適度に矛盾し、適度に破綻し、適度に語らねばならぬ。
なに、人の人生と言う物語は、殊更それが必要なだけの話だ。
◆
桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)は、心配そうな顔で後ろについてきている筈のエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)の姿を見ていた。
「本当に大丈夫なのかよエヴァっちー。やっぱそれ、ちょっと俺が持ってやるってー」
「う、うるっ………………うるっさいわ! なんだってこのあたしがおまえなんかに心配されなくちゃならんのさ! 第一だぜ、何を根拠にんな事言うんだよ!?」
エヴァが僅かに頬を赤らめながらに声を荒げているのに対し、煉は特になんと言うこともなく反応を返す。
「いや、だってほら。なぁ……なんてーか、その。言いづらいけど、エヴァっち小柄だし………」
見れば、小柄なエヴァは両の手で懸命に紙袋を抱き抱えていた。更にその紙袋の口からは、既に内包している品物が溢れ出んばかりに顔を覗かせている。この状態である以上、煉でなくとも心配するのは明白なのではあるが――あるがしかし。
「うっせーよ! あたしだって別に小さくなりたくてなった訳じゃあねぇんだよ! くっそー、見てくれだけで判断しやがって…………ぜってー手伝わせてなんかやんねーし! ふざけんなっ!」
この有り様である。
「はいはい、わかったよ。頑張れ頑張れエヴァっちー。俺は応援してるよー、いやマジで」
半ば呆れ顔で踵を返した彼は、再び歩みを進め始めた。当然ながら、背後には常に意識を集中させて。
「(素直じゃねーんだよなー………こんくらいの事、無理なら無理って言や良いのに)」
等と考えている彼の後ろ、エヴァは懸命に、慎重に一歩を踏み出している。一歩、また一歩と手にする荷物と相談しながら前進しているため、その速度は極めて遅い。更に言うならば、彼女はほぼ前景が見えていない。即ち、視界が遮られているのだ。抱えている荷物によって。
何が悔しいのか、彼女はなおもなにか文句の様なものを呟きながら、しかししっかりと集中して歩みを進めている。
「くそっ! バカにしやがってっ! くそっ!こんくらいなんだってんだ! 持てたら偉いのかっつーの! あー、くそっ!」
本人は聞こえていないと思っているらしいが、煉はそのすべてが聞こえてきている。如何せん彼女、このときは声が大きかった。と――。
「ひゃっ!?」
「ん? ………………エヴァっち?」
バランスを崩したのか、はたまた何かにぶつかったのか。なんとも愛らしい声の短い悲鳴が聞こえ、その後に彼女が地面にしりもちをつく音が響く。何事かと思い振り向いた煉は、豪快にしりもちをついているエヴァの姿。そして、一人の男の姿があった。
「い、痛ってーな! てめーどこ見て歩いてんだよ!」
慌てて怒りの感情を表面に出した彼女に対し、彼女を見下ろす男は穏やかな笑顔を浮かべている。
「おいエヴァっち! 幾らなんでもそんな言い方」
「おっとごめんよ、お嬢さん」
エヴァの言葉を諌めようとした煉の言葉は、男の声によって掻き消される。
「うっせーよ! 何が『おっとごめんよ』だ。どこに目ぇ着けてんだよ! けっ!ライオンみたいな髪型しやがって、そんなんでライオンにでもなったつもりかよ、だっせーな」
「はっはっはっは。まぁしゃーねわな、俺ぁ一応ライオンの獣人だからよ。ライオンぽいったってライオンなんだ、しかたねーよ」
エヴァの悪態をものともせず、豪胆に笑う男。彼はエヴァが転んだ勢いで溢したものを拾い上げ、それを彼女のもとに持ってくる。
「おぉ、よかったな。買ったもんは無事みたいだぜ。いやはや、壊れてたら弁償しようと思ったんだが、ならどうして詫びをするべきかな」
「いいよ、詫びなんて。それよりあんたは怪我は?」
これ以上エヴァが悪態をついては悪いと思ったのか、慌てて煉が男に駆け寄る。
「おう、平気さ。しかしほんと、すまねぇ事したな」
「だからいいって」
「おい煉! お前なぁ!」
「さて、すまんな、これでも俺ぁちぃと急いで行かなきゃならねぇ場所があるんだよ。詫びはいずれ入れっからよ。ほんと、すまなかった。じゃあな。お嬢さんも、本当にごめんよ。んじゃ、パートナー、大事にしろよ」
男がエヴァに手を差し出すと、彼女はそれを叩き退けた。
「うっせーっつってんだよ! あたしに…………………………………!?」
言いかけて、エヴァの言葉が止まる。僅かばかり、叩いた手が震えていた。
「エヴァっち?」
「参ったねこりゃ、相当嫌われちまったみたいだ。ま、じゃあな」
何がなんだかわからない、といった表情の煉は、後ろ手でひらひらと掌を宙に游がせる男の後ろ姿を見送る。そして気づくのだ。エヴァの異変に。
「…………エヴァっち?」
「くそっ! 何だよ…………! なんだって、手が震えんだよっ!?」
男の差し出した手を払った彼女の手は、未だに震えが収まらないでいたのだ。反対の手で強引にそれを押さえ込みながら、エヴァは下唇を噛み締めた。
「エヴァっち……………………」
「おっと」
と、見送った筈の男の声が聞こえる。二人が目をやればいつしか男は踵を返し、二人を正面に捉えて笑っていた。
「そうだそうだ、詫びと言ったらあれだけどな、お二人さんよ」
「…………………………………………………」
二人の返事はない。
「邪魔立てだけは、すんじゃあねぇよ? ま、それが詫びにならねぇ詫びってやつだ。受けとる、受け取らねぇはそっちの自由だ。んじゃ、今度は本当に、さよならだ」
何がおかしいのか、肩を揺らせて声なく笑うその男は、不気味で仕方のないものだった。
「邪魔立て………?」
「気色わりーな。あいつ、、なんなんだよ」
自分の手で体を起こしたエヴァは、数回服を叩いて埃を払う動作をした。
「エヴァっち」
「あ? なんだよ」
「あのおっさん、追うぜ」
「はっ!?」
何かに気づいたのか、煉は真剣な眼差しでそうとだけ呟くと、近くにあった店に荷物を預け、男が向かっていった方向へと歩いていく。
「あ、ちょっと、おい! 待てよ!」
何がなんだかわからない、とでも言いたげに、エヴァもそれにならって煉の後を追った。
男の不気味な影を、理解出来ないままに。
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