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リアクション
◆
ヴァルの提案に行動を移している面々が臨戦態勢を取ったのは、突然の爆発があったからであり、そしてその爆発の原因が何であるかがわかっているからである。
「ちっ! もう次か……っ! 全く、面倒ばかりを作るな」
「母上!」
柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)の言葉に真田 大助(さなだ・たいすけ)が反応し、二人はすぐさま構えを取った。
「相手の数は? ……ん? あれは……ランドロック?」
氷藍、大助の元に駆け付けた氷室 カイ(ひむろ・かい)がその目を疑いつつも構えを取ると、背後から薫たちがやってくる。
「あれはラナロックさんの姉妹さんたちなのだっ! ラナロックさんじゃないのだ! 本当は……本当は倒したくないけど……」
簡潔にカイへと説明をする薫の後ろから熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)と天禰 ピカ(あまね・ぴか)を頭に乗せた後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)がやってきて武器を構える。
「そんな事も言ってられん状況なのよ。ま、そこら辺は察してやって」
又兵衛の言葉に乗せて、ピカが「ぴきゅう」と声を上げた。
「奴らは既に正気の沙汰じゃない。此処で倒してやらないと、ラナロックが悲しむだけだ。だから俺たちはあいつらを倒す」
何処か決意めいたものを呟きながらに足を進め、自分たちの前に現れたラナロックの姉妹機たちの内の一体に聞きかかる孝高。迷いはなく、その刃は確実に対象を一撃で沈める箇所を狙っていた。が、それは手にする鉈らしき刃物でその刃を受け止め、振り払う。今までいた場所に押し退けられた彼は、体勢を立て直して一度、敵を見据える。
「孝高っ!?」
「問題ないさ、大丈夫」
「熊、格好つけたって倒せなけりゃあ仕方がないぞ。ま、言わんでもわかるだろうがね」
「ふん、知ってるよ」
簡単に言葉を交わす三人。と、押し戻された孝高の前に飛び出てきた大助と氷藍が腰を屈める。
「母上、来ます!」
「わかってるさ。しっかりやれよ!」
「はいっ!」
孝高が攻撃を仕掛けた内の一体が彼等に向けて距離を縮め、手にする凶器を振り上げていた。それは一瞬にも近い速度で彼等、彼女等との距離を詰め、自らの攻撃、手の届く距離で持って無表情のままに武器を振り抜く。その攻撃を大助が手にする金盞花で受け止めた。と、同時に、隣で弦を退いていた氷藍がその手を離すと、放たれた弓が機晶姫の額を穿つ。
「ちっ! 普通はこれで堕ちるだろっ!」
「二人とも、そこを開けてくれ」
尚も手を、勢いを緩めない敵を恨めしそうに見つめていた氷藍と、尚も剣撃を受け止めていた大助はその声に従って両端に避ける。と、助走をつけてやってきたカイが思い切り機晶姫の腹を蹴り飛ばした。
「……どうにも気分が悪いな、知り合いの顔をしていると」
彼等の僅か先の壁、尚も出てくる数体のラナロックの元に、今カイが蹴り飛ばした一体が勢いよく衝突すると爆発で開いた壁の穴に再びそれは押し込まれ、姿を消した。
「どうせまた沸いて出る。殺してないからな。俺たちは先に行かなきゃならんのだろう?」
臨戦態勢を取っていた彼等もそれには賛同したらしく、構えを解いて足を進めた。その様子を見ていた月詠 司(つくよみ・つかさ)、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)、イブ・アムネシア(いぶ・あむねしあ)の三人は、あんぐりと口を開いたままに慌てて彼等の後を追う。
「凄いですねぇ……あの方たち」
「いや、いやいや! 本来はワタシたちも戦わなきゃいけないんでしょうに!」
「ボク怖いですよぅ……あんなの見たら……」
「いや、確かに怖いですけどね? でも、言ったらなんですけどイブくん、君の不幸体質の方が私はよっぽど怖いですが」
「そうね。だってこっちにめちゃくちゃ被害出るし。ま、面白いから良いんだけど」
「そんなぁー……」
平然と言ってのける司とシオンの言葉に、イブは涙を一杯に溜めながらに言う。
「……と。 ところで。何故私たちは彼等と一緒に?」
ふとそんな事に気付いた司は、隣を走るシオンに尋ねた。彼女は自分たちの後ろを走るイブに一瞬目をやってから司に答える。
「元はイブが此処にくるって言いだしたんだしさ、やっぱり最後まであの子が決めるべきかなって、そう思っただけ」
「そう……ですか。まぁ私はどちらでも良いんですがね?」
「じゃあなんで聞くのよ」
「気になりましたので」
「あ、そう」
「にしても……」
天井を見上げながら、何やら感慨深げに言葉を探す司。
「シオンくん、君が人の意見を尊重するなんて随分珍しい事もあったもんですね。私はビックリしてますよ」
「……何を失礼な事をさらっといってるのかしら? ワタシは常に人の意見を尊重する、心の清ーい存在よ。何を今更」
「そうですかねぇ、その言い、その表情、何やら企んでるとしか思えませんけどねぇ」
「やだ! 失礼しちゃうわ! そんな事言うならもう知れらないわよ? 折角ワタシもイブを守るの手伝おうと思ったけど、やーめた」
「え」
「そんな失礼な事言っちゃうアンタの事なんか、助けてあげなーい」
「そんなぁ……」
「嘘ウソ。その代わり、もうそんな失礼な事言わないでよねー」
「……思うのは……?」
「駄目」
「はい」
二人の会話に、背後のイブが入ってきたのはそのタイミングだった。
「あの、お二人とも……。ボク、ちょっと気付いた事があるんですけど」
「ん? 何よ」
「あの、ドゥングって人……何を焦っていたんでしょうね」
「へ?」
思ってもみなかった言葉に対し、二人は同時に声を上げた。
「だって、そうですよね? 目的の人、一人あそこにいたですよねぇ? なのに諦めて先に遠い方に行っちゃいましたもん。って事はそれって、時間がないから後回しって事、ですよね」
確かに、と二人は気付く。
「そうですよね。目的が二人いて、近くに一人いるのであれば……迷わずそちらを殺せば良い。でも彼は、すぐに諦めてこの場から去った……」
「それに彼自身、確かに時間がないって言ってたわね。でも、焦ってる、かぁ……そうかもね」
どうやら合点が言ったのか、シオンと司は一度、そこで頷いた。
「じゃあ、頑張ってね。イブ」
「えぇ!? やっぱりボクですかぁ!?」
「大丈夫、ツカサと二人でサポートするからさ」
何やら不敵な笑みを浮かべるシオンを見て、背筋に寒気を覚える司とイブ。三人は、どんどんと先へと進む彼等の後を追った。
◆
先に進んでいる面々のやや前方。随分と開けた空間の中、彼等は四方を囲まれていた。
「ぬぅ……っ! さっそく囲まれたか」
ヴァルは辺りを見回して呟き、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべている。
「大丈夫だよっ! なんとかなる! 何とかするんだ!」
「美羽さん、来ますよ……っ! 右!」
ヴァルのやや前方、同じ顔が並ぶ目前を見渡し、美羽が構えを取っていると、その半歩後ろで構えていたベアトリーチェが声を上げる。
美羽の右手側から彼等、彼女等を包囲している機晶姫の一体が鉈を振りかざし、美羽目掛けて走ってきたのだ。虚ろな瞳に、だらしなく開いた口。その体たるや、生気が籠っている筈もなく、美羽は敵の振りかざした腕をひしと掴んで動きを止めた。
「ごめんね、みんな……ラナさんの姉妹なのに、本当はこんな事、したくないけど、許してねっ!」
数度、踵を鳴らした彼女は身軽にその体を宙へと浮かせた。掴んだ腕を基点にし、彼女は宙へと舞ったのだ。無論、敵とて彼女を見逃すはずもなく、何とか視野の中に入れようとしている。上を見上げ彼女の姿を捉えたそれは、しかし次の瞬間に体勢を崩して地面に崩れる。 大きな剣の慣性を利用し、ベアトリーチェがそれを肩口に担ぎあげた。
「ごめんなさい。本当に……」
両足、膝から下を失った敵は、懸命に手だけで体を起こそうとする。と、空を舞っていた美羽がその上に踵を落とし、強引に地面へ押し込みながら着地した。鈍い鈍い、音が聞こえる。
「あらぁ……案外容赦がないんですねぇ」
笑顔を浮かべているが、彼女の瞳にも余裕はない。その行為そのものが、本来ならば躊躇うべき行為そのものである。良心の呵責は、即ちつきもの。気分が良い存在などは、この世にはいないのだ。
「……レティ」
「あぁ、へーきへーき、大丈夫。何、ちょっと気分が悪いってだけの話ですから」
「無理は、駄目よ?」
心配そうに彼女の顔を見るミスティに笑顔を浮かべたレティシアは、対面する彼女の腕を思い切り引っ張った。突然の事に思わず慌てるミスティが体勢を崩して地面に倒れ込み、今まで自分が立っていた場所に目をやると、そこにはあの――機晶姫が一体。手にする鉈はレティシアの頬を掠め、僅かに鮮血を吸っている。
「レティ…っ!」
「驚く事はないでしょう? 何せ此処は敵陣のまん真ん中。こうなる事はなんとなくでも予感してましたしねぇ」
手にするヴァジュラを機晶機の腹へと穿ち、更にそれをゆっくり押し込めながらに表情を殺していくレティシア。
「レティ……」
「大丈夫、大丈夫ですよ。あちきたちは無事に出れますからねぇ。だからそんなに心配しないで、大丈夫」
人の心は真剣の様な物だ、と、誰かが言った。一度抜けば、良くも悪くも鞘に収まる事はない。多くの犠牲の上、刃を毀し、刀身を真紅に染め、最後にはその身を歪め、鞘を嫌う。
恐らく彼女の心は、その類に彩られかけているのだろう。瞳に光はなく、顔は虚ろ。決して目前の物事に目を向けず、虚空を見つめる。
「レティ、やめて。もう駄目だから……それ以上はもう、戻れなくなる……」
「大丈夫、あちきが守りますから。何もかも、全て、全部……」
たどたどしい足取りで自分たちを包囲するラナロックと同型の機晶姫へと近付く彼女。手にするヴァジュラを一振りすると、叫び声共々に突如として走り始めた。
「レティ!」
「当てられたか?」
数体の機晶姫へと切り込みに駆けるレティシアの前、突然に未散が現れると、彼女の振り払った一撃を手にする苦無で受け止め、彼女の顔を見つめる。
「退いて下さいよぉ……あちきが、あちきが止めないと……此処であちきが、敵を――」
「だよな、こんな状況じゃあ、当てられない方がおかしいってな」
辺りに漂うは地獄の色に死の匂い。レティシアの身を案じた未散は苦無で彼女を押し戻すと、その足で彼女の胸座を掴んで一度謝った。
「悪ぃな、これもあんたの為だ。だから恨みっこなし、妬みっこなしだ!」
異変に気付いたヴァル達も二人の方へと目を向けると、未散は瞬時に辺りを見渡し、ベアトリーチェの方を見てレティシアを思い切り放り投げる。
「剣の腹を向けてくれ!」
「は、はい!」
肩口に構えていた大剣を構え、未散の言葉通りに剣の腹を二人に向けた。放り投げられたレティシアが強かにベアトリーチェの構える剣に衝突し、小さな悲鳴を上げた。
「レティシアさん! 大丈夫ですか!?」
慌ててグレーターヒールを彼女に掛け、剣を地面に穿って駆け寄るベアトリーチェ。しりもちをついていたミスティと、その様子を見ていた美羽、ヴァルも駆け寄り声を掛ける。
「うぅ……っ? あれ……あちきは……」
「こんな場所にこんだけいればおかしくもなる。しかもあんた、随分と気負ってたみたいだったしな」
「……未散君?」
慌てて駆け寄ってきたハルが未散に声をかける。
「大丈夫だからよ、あんただけじゃあねぇよ。皆が皆、此処から早く出てこの茶番を終わらせたいと思ってる」
「勿論、皆さん無事に――」
未散の言葉に被せる形で衿栖がやってきた。彼女の後ろでは朱里が数体の機晶姫相手に戦っている。決して圧倒的、と言う訳ではないが、しかし数体を同時に一人で相手をしている辺り、彼女らしいと言えばらしいのだが。
「それよりエリリン、どうするの? このままじゃあジリ貧んなっちゃうよ。朱里もそろそろ疲れて来たし、後から来てる『先に脱出する組』が追いついてきたよ」
「そうか……」
朱里が一振りの元、敵を振り払うと肩で息をしながら呼吸を整え、剣を地面に突き刺してその場にしゃがみ込む。
「ねぇ! ちょっと! 考えがあるんだけど、誰か手を貸して!」
彼女たちから離れた一角、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が大声をあげながらに敵を蹴り飛ばしていた。
「手を貸して、とか言ってる割にはやりたい放題やってる様に見えるけどね、私たち」
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はやや自嘲気味に笑い、モノケロムで敵の腕を突き落とす。
「退いてな」
丁度そのタイミングで、ラナロックの車椅子を押していた彼等がやってくる。アキュートは慌てて駆け出そうとしている彼等を制止すると、そう言ってラナロックの前に立った。
「なんだか知んねーが、要はあの奇抜な格好の姉ちゃん二人に加勢すりゃあいいんだろ? おいラナ」
「………?」
「お前さんの姉妹、倒しても問題はねぇのか」
背後に背負うラナロックの方を向かずに尋ねる彼は、しかし何かを感じたのか一度鼻で笑うと、両の手に武器を握る。無言で頷き、しかしそれを見ていない筈のアキュートはにやりと笑って、「案外薄情なんだな」と呟くと、それを思い切り投擲した。刃先を真っ直ぐ前へと向けて。
セレンフィリティの顔、僅か数センチ横を通り抜けるそれが機晶機の額を穿ち、それはすぐ後ろにある壁に衝突した。
「セレアナ、後ろね」
やや驚きの表情を持ったままに、しかし状況を読んでいたのだろう。セレンフィリティはセレアナの方に銃口を向けるや、バルバロスの引き金を弾く。何の躊躇いもなしに。彼女の放ったそれは明確に敵の首元を穿ち、それに気づいたセレアナがアキュートに倣ってモノケロムを腹にめり込ませると、そのまま壁へと突き刺した。二体は隣り合い、僅かに痙攣しながらその機能を完全に停止させ、一同はため息を着いた。
「まだ数体残ってはいるが、どうするんだい?」
「今からそれを考えるとこだよ、おじさん」
「お、おじっ……!?」
「アキュートよ、気を落とすな。何故ならそなたは本当におじ――魚っ!?」
言いかけたウーマが地面に落ちた。どうやらアキュートの裏拳が綺麗に決まり、ウーマは気絶したらしい。
「五月蠅ぇ!」
美羽がケラケラと肩を揺らしながらアキュートに言うと、セレンフィリティとセレアナの元へと向かう。
「で、良い考えって何?」
「うん」
一応、と自分の体を見渡し、怪我がないかを確認しながら一行に近付いて来たセレンフィリティが徐に口を開く。
「さっきから見ていると、彼女たち、攻撃に移ってからは早く動くけどそこまでの反応が遅いのよ。だから、それを利用すれば……」
「先手を打って先に倒す? いや、恐らくそれは無理は事だろう。こちらと向こうでは数そのものが違う。先手を打つのは流石に――」
ヴァルの言葉にセレアナが人差し指を立てて彼の口元にそれを立てる。
「話は最後まで聞いて頂戴。話はまだ終わってないわ」
「お、おう……」
気圧された、と言うよりは何処か困り果てた様子で言葉を呑んだ彼。セレンフィリティは何やら含みを持って一度笑ったが、すぐさま真剣な表情に戻って提案を続ける。
「倒す、と言う観点で見ればそれは無理があるわ。でも、あたしたちの一番の目的は何? それは此処からの脱出。『全員で一緒に』ではないのだから……」
「数人が隙を見計らって脱出する、って事は出来そうだよね」
ハル・ガードナー(はる・がーどなー)がそう切り出すと、セレンフィリティは「ご名答」と親指を立ててハルに微笑みかける。
「折角分かれていますし、一先ずはドゥングと言う男を追おうとしている方々を先に脱出させた方がよろしいですね」
ラムズの言いに全員が頷いた時だった。
「よしっ! 着いたぞ、とりあえず開けた場所は敵がいないらしい」
聞こえた声は大吾の物。彼とセイルが一同のいた空間に駆け込んでくるや、その後ろからコアと馬超、氷藍、薫、司、カイたちの姿があり更にその後ろ、高円寺 海(こうえんじ・かい)と杜守 柚(ともり・ゆず)、杜守 三月(ともり・みつき)がやってきていた。
「みんなすまないな……先に道を確保してもらって」
神妙な面持ちの海に対し、ハルがのんびりと彼等に近寄りながら言う。
「気にする事ないよ。僕たちで何とか此処を足止めするから、ちゃんとあのドゥングって人に追いついてね」
「あぁ、ありがとう」
二人がそう言葉を交わしていると、合流した一行の元に声がした。
「先に脱出する皆さーん、出口はこっちです。まだ敵が結構いますけど、一気に抜ければ大丈夫だと思いますよ」
やや離れたところ。丁度今合流してきた面々の反対側の穴からやってきた北都、和輝、鳳鳴が一同に次の道へを伝える。
「多分この先で間違えないと思うよ。向こうから微かに風が吹いてたし。皆、先にお願いね」
「俺たちが全面でバックアップする。振り向かずに出入り口まで突っ切れよ」
「リオン。僕たちも行こうか」
鳳明と和輝、北都が武器を取り出し、一同を誘導した。急いで彼等の元に全員で移動し、意を決する。
「残る者はひたすら奴らの気を引け。良いな、先に出るだろう彼等には一人たりとも近づけるなよ」
ヴァルの言葉に全員が返事を返し、そして彼等は行動に出た。
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