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リアクション
◆
レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、神妙な面持ちのまま一同からやや離れた位置に立っている。
それは思考であり、それは暫しの停滞であって、それは滑走たる行為だった。彼の横には可変型機晶バイクが彼を急かす様に重低音を奏でている。
「まだ終演ではないらしい。役者が漸く揃っただけ、か。ふん、笑えない冗談だ」
彼は一言、そう呟いた。彼はそう言い、暫し考える。辺りを見渡し、天井を仰いで機晶バイクを見やる。
「そうか。ならば幕を引こうじゃないか。全員で。俺たちで。しかし、ならば役者はまだ足りないな。演者がいなければ幕は閉じない、終わらない。そうか、そういう事だったか。なぁ、ウォウル。お前は一体、どこまで見えているんだ?」
その問いの答えは、現状彼のいる場所にはない。その問いの回答は、此処で求めるべきではない。その問いの返事は、未だに時が満ちてはいない。
だからこそ、彼は徐にバイクに跨がった。数度、右手を捻る。重低音が更に増し、小刻みに揺れる彼の体が、更に大きな揺れになった。
「時は流れる。それこそ、こちらの望む、望まぬに関わらず。ならば俺は、俺たちは、この時、この瞬間をいきるとしよう。いつか、笑い話に出来る様に」
スタンドを畳み、彼は一層右手を捻った。中指と薬指で金具を手繰れば、動力はシャフトを伝わり車輪に巡る。全てが繋がれば無論、それは動き出すのだ。彼は目一杯前輪のブレーキを握り、後輪を横へと振った。自らが進むべき道へと向くために。
方向転換をした彼は、かけていたブレーキを解き放ち、バイク共々前進する。おそろしい程の速度を持ってして、人々の脇をすり抜けヴァルの座る椅子の前へと進む。はじめと同じ方法でブレーキをかけ、彼の目前でバイクを止めたレンは、ヴァルの顔を見て言う。
「すまないが、俺は先に行かせてもらうぞ。お前たちを信用し、お前たちを理解し、俺は先に行かせて貰うぞ」
「ふん、この帝王。そうまで言われて『待ってくれ』とでも言うと? おまえの言葉などもう知っている。おまえの本意は周知なのだろう。行くと良い。そしてあの男に――ドゥングに伝えるといい。『貴様は何もなせずに終わる』と。『この帝王、その憐れな道を笑ってやろう』とな」
レンは口もとだけを緩めてから、彼に背を向けその場を去って行った。
「油断するなよ。その言葉、しかと伝えたぞ」
あっと言う間の出来事だった。レンと言う男が動きをみせ、そしてその場を去っていくまで。
レンを見送ったヴァルは座っていた椅子から立ち上がると、再び声をあげた。聞くの者の魂を揺さぶる声。
「俺たちも動くとしよう! 好き勝手やらせてなるか、我が物顔で闊歩されてなるものか! 俺たちで止めるぞ!」
清泉 北都(いずみ・ほくと)は隣を歩くリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)を、そして佐野 和輝(さの・かずき)の顔を見ながら口を開いていた。
「実際の話、さ。何でこんな事になっちゃったんだろうね」
「さぁ。私たちは資料を取りに来たわけで、その全容もわかりませんからねぇ」
「違うよ、あのドゥングっ人。さっき物騒な事を言ってたじゃない。
ウォウルさんとラナさんを殺す、だっけ?」
「私怨じゃないのか? ランドロックは知らんが、クラウンはなかなかどうして憎まれる性格してるだろうしな。あいつを面白くない、と思うやつも少なくはなかろうさ」
「でもさぁ、あの人。前にウォウルさんが企画した悪戯、って言っても悪戯じゃあ済まなかったんだけど…………………とにかく、その時は快く引き受けてくれてたみたいだし、ウォウルさんと仲が悪そうじゃなかったんだよね」
「ラナさんとは仲、悪そうでしたけどね」
「それはラナさんが一方的に、でしょ」
「ほう。ならば案外、恨みがあるのはランドロックの方、かもな」
「どうだろうね。でも、そんな感じはしなかったけど。まぁ、どっちにしたところで、真実を知るのはラナさんとドゥングって人、くらいかな」
「だろうな」
北都がそう話を締めくくると、隣にいた和輝が表情を浮かべぬままに相槌を打つ。が、リオンはその数歩後ろで薄らと笑みを浮かべている。何やら思っているのか薄らと笑い、そして一言呟いた。
「或いはウォウルさんなら――知っていそうですけどね」
「そうなのか? クラウンが……」
「あぁ……確かにね。彼、何だかんだで色々把握してるから。まるで父親みたいに皆を見て、自分は見ているだけ。そんな節、あるからね」
「それが迷惑なんだろうがな」と、初めてそこで、和輝は苦笑と言う表情を浮かべている。
思考しながら歩く彼らの後ろ、琳 鳳明(りん・ほうめい)は手にしていたビデオを再生しながら先程から撮っていた映像を確認していた。
「うーん」
映像を見ながら唸る彼女の横、藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)は彼女の顔を覗き込むと、口を開かぬままに言葉を放つ。鳳明にしか聞こえない声、音声として発生しない声を使って。
『どうかした? 何か気になること、あったの?』
「うん。さっきラナさんが見せてくれた映像さ。確かに決定的な物なんだろうけど、これってラナさんがああなっちゃった直接の原因じゃない気がするんだよね。何て言うのかな、作り方? 何て言い方、あんまりいい気分はしないけど、それはわかったよ。でも、じゃあ何で彼女は今になって暴走したのかな? って。あとね、もう一つ引っ掛かることがあるんだ」
『引っ掛かるところ?』
首を傾げる彼。
「うん。ラナさん、どうやって、何処の誰に封印されたのかなって。だってそうでしょ? 暴走した感じからすれば、とても普通の人じゃなかったら封じられない筈だよね」
『まぁね。僕たちもあれだけの人数でなんとか倒した、って感じだし』
「でしょ? だったらどうやって封印されたの? 誰が封印出来たの? って……なるじゃない」
鳳明の言葉に頷く天樹。”そう言うもの”として考えなかった盲点。そこに彼女は躓いた。引っ掛かりを見つけ、着目した。
「仮にそれがドゥングさんか、そうじゃなければドゥングさんを操ってる人だったら。そう思えば、行動に合点は行くよね」
『自分が封じたはずの存在を起こしたから、って事?』
鳳明は頷く。頷いた彼女はビデオの電源を落とし、腰のポーチにそれをしまった。
「ま、そういうのは私じゃなくても考えるだろうし、今はそんな事よりも此処を一刻も早く出ることが先決だもんね」
『そうだね、それに――恐らくラナに聞けば分かるだろうしね』
「それはちょっと……………気が引けるなぁ」
言いながら、後ろにいるラナロック・ランドロック(らなろっく・らんどろっく)へと目を向ける鳳明。彼女に倣って天樹もラナロックに目をやった。
「幾ら私たちが気にしなくったって、ラナさんは本人だもん。やっぱり気になると思うし、嫌な事だと思う。目が黒いときの人格の時のラナさんなら、平然と答えそうだけどね」
彼女はそう呟きながら、再び進行方向に顔を向けた。天樹もそれに倣って前を向き、以降二人は何を言わないまま、辺りを警戒したままに足を進めた。
北都、和輝等の後ろを進むラナロックの周り。彼等は別段何を思うでもなく、しかしならばどうして彼女に声を掛けて良いやらわからぬままに足を進めていた。
ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)、シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)も例に漏れなく、何も言わないままに足を進め、ただただラナロックの座る車椅子を見やっている。
「のぅ、シュリュズベリィよ」
「何です?」
「人が生に執着するのは何故か」
「……知りませんよ。死にたくないから、でしょう?」
「そうよの、決して死にたくないから、じゃろうな。ならば他者が――自己ではない誰かが死する事を嫌うのは何故か」
「………それは」
「ご名答。答えはエゴイズムに過ぎぬ。我は膨大なる主の記憶を管理し、保管し、傍観している。そしてこの結論を見出し、繙いたのは他ならぬ主、自身」
「……面白くは、ないですね」
「所詮主は、この会話さえも記憶から消えてなくなるであろう。この罪無き咎人、ランドロックと言う小娘の存在と共々に」
無表情。それは絶望でも虚無感でもない。日常であり平時と捉えているが故の顔。『手記』は語る。
「しかし、人はその叡智を持って全ての事象を受け入れる時がある。例えばそれは『諦め』と言う叡智であり、例えばそれは『育み』と言う叡智であり、例えばそれは――」
「忘却、と言う叡智である」
「左様。そしてその叡智は数多あり、人はそのエゴに一つの区切りをつけた」
「人生最大のテーゼ。そして人間の原点たるテーゼ………死の否定」
「それは生への肯定とも取れる。双対は常に同居し、一体となって人間に内包される。この意味が主にはわかるか」
「さぁね。私は哀れな存在ですから。私は凡才の存在ですから、そこに到達する気はありませんよ」
「ふん、哀れである事、凡才である事は罪じゃろうて。そしてそれは、主の求める一種の答え。テーゼに対する主の答え。自分では決して成し得る事のない憧れ。シュリュズベリィよ、主の憧れは叶わぬよ。普通であり、平凡である事は主には叶わぬ。何故なら主は――その叡智を知ってしまったから。アダムとイブが林檎の味を知ってしまった様に、主は人の叡智を知ってしまった。それは決して手放す事の出来ないもの。それは決して離れぬもの。人はそれを手放す事を本質的に出来ずにいる。我らが置かれているこの状況、このもの自体と同じ事」
ラムズはそれから、口を紡いだ。隣にいる『手記』を、そして目の前で車椅子に座るラナロックを見つめて。
「人は叡智を知り、エゴイズムを持ち、そしてそのエゴを叶えるだけの知恵を有した。その先――エゴの先に生み出された存在が何を思い、何を考え、何をするのか。主は忘れても我は覚えて居る。この真意を体現する事象があるとするなら……そして人類が到達した答えの一つを現実として見れるのであれば、この我がしかと見届けてやろう」
対して『手記』は笑っている。ラナロックを、そして彼女を造った誰かを軽蔑する様に。尊敬する様に。冷ややかであって微かに光るその瞳は、何処か食欲にも似た光を放っている。
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