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【第一章】2

「ふぁ〜……凄いのねぇ!!」
 生活必需品や食べ物を買うだけの色気のない買い物なら経験した事があるが、ジゼルにとって今日が実質初めてのお買いものデビューである。
 これ程大きな街にくるのも多くの人が集まる場所も初めての彼女にとっては、大きなビルも、華やかな内装も、何もかもが目新しい。
 これでもかと言う程に右に左にと目と首を動かしているジゼルに雅羅は「迷子になりはしないか」と気が気でない。
 そんな雅羅の心配を余所に、ジゼルは何かを見つけたのか急に走り出してしまった。
「ちょっ、ジゼル待ちなさい!!」
 ――私がもし人の親になったらこんな風なのかしらね。
 雅羅がぼやんと想像して複雑な気分になりながら追いかけて行くと、ジゼルはミニスーパーの入り口で立ち止まり、誰かと話しているようだ。
 次百 姫星(つぐもも・きらら)
 様々なモンスターを組み合わせて作られた合成魔法少女の彼女は姿こそ特異だが、中身はというと以前ジゼルによって事件に巻き込まれて尚、ジゼルを助けようと悪に戦いに挑んだ心優しき純情少女だ。
「おや、雅羅さん達も居たんですね。それにしても奇遇ですね。皆さんでお買いもの中ですか?」
「そうよ、これから例の下着売り場に行くの」
「ああそういえば、ジゼルさんは”履いてない”んでしたね」
 苦笑する姫星にジゼルは頬を膨らませている。
「むぅ……今は雅羅に貰ったのがあるもん。それより姫星はどうしたの?」
「私はここのミニスーパーに買い物にきたんですよ。
 出来たばかりだから宣伝の為なんですかね――、破格のセールが多くて意外に穴場なんです。
 今日はキャベツと鶏肉が安い!!」
 キリッと決める様な表情の姫星の顔に、近頃本当の意味での一人暮らしを始めたジゼルは心底関心したような、尊敬の眼差しを向けていた。
「……とはいえちょっと早くきすぎてしまいまして、ちょっと時間でも潰そうかと思っていたところです」
「宜しければご一緒にどうですか?」
「あー……気持ちは嬉しいですが……」
 泉美緒の申し出に、姫星は少し困った顔をして断ってからそっと自分の臀部を見やった。
 年齢よりも華奢な体形の姫星の少女らしい慎ましやかなそこからは、酷く不似合いな大蛇の如き尾が生えていたのだ。
 この身体では普通の下着は身に付けられないだろう。
 一緒に買い物に行けば皆に気を使わせてしまう事になる。
 しかし姫星がその場から動こうかと思った時、火村加夜が隣へくると姫星にだけ聞こえるような小さな声で話しだした。
「姫星さん、ここのお店は買ったものに無償で”アレンジ”を加えてくれるそうですよ」
 反射的にぱっと輝いた瞳でこちらを見てきた姫星に、加夜は続けた。
「この間それを聞いて、私も長い時間超感覚を使う時の為に一枚用意しておこうかと思っていたんです」
 笑顔を向けながらも少し恥ずかしそうに言う加夜の言葉は、姫星の乙女心をきらきらと照らしだした。
「あの……さっきはああ言ったけど良かったら私もい」
 姫星が言いきる前に、水ノ瀬ナギが彼女の手を引いていた。 
「行こう行こう! えっと確か三階だよね!」
 グループの先頭をずんずんと歩き出したナギだが、エスカレーターを上がろうとした所でぴたっと足を止める。
「どうしたのなす兄、早く行こうよ」
 ”なす兄”こと高峰雫澄は困った顔で、グループから少し離れた所で足を止めていた。
 ナギの隣を歩いていたジゼルはそちらへ引き返していくと心配そうな顔で雫澄の顔を見上げる。
「お腹でも痛いの?」
「……あのねぇジゼルさん、僕も一応男なので三階には上がれないんだよ」
「なんで男の人は入れないの?」
 頭にはてなマークを浮かべたジゼルがくるりと皆を振り返った。
「それはそなた……人には羞恥心というものが」
「恥ずかしいって事? でも男の人だって下着はつけるでしょ?」
 アリサ・ダリンの正論は、正論を持って返される。
「男性が女性の下着を見たり、女性が男性に下着を選ぶところを見られるのは問題があるというか」
「男の人が女の人の下着を見ちゃいけないの? でも私男の人のパンツを見たって別に恥ずかしくなったりしないわよ」
「…………そうか」

 おかーさんしたぎってなーに?
 洋服の下に着るお洋服よ
 なんでしたにきるのー?
 お胸やお尻を隠すためなのよ
 なんでかくすのー?
 そ、それは……その……
 ねーなんでー? なんでー?

 まるで幼児の止めどない疑問に答えているかのようだ。
 返す言葉が見つからずにいるアリサだけでなく同じく困り果てている一同に、雫澄は後ろ頭に少し触れて曖昧な笑顔を顔に貼りつける。
「兎に角行っておいでよ。僕は下で待ってるから」
「う、うん。 分かったわ?」
 雫澄が導きだしたのは些か強引な幕引きの台詞ではあったが、取り敢えずジゼルを女性だけの空間に連れて行く事は出来るようだ。
 こうして少女達は一階にグループ唯一の男性を残し、エスカレーターを昇って行った。



「ジゼルちゃん!」
「柚!」
 一行が二階のエレベーターホールでばったりと出くわしたのは杜守 柚(ともり・ゆず)だ。
 ジゼルと柚はお互いどちらからという訳でもなく両手を手にとって繋ぎ、左右に揺らしている。
 ティーンエイジャーの娘がしばしばやっている意味のないスキンシップの一つだ。
「買い物?」
「はい、三月ちゃんと一緒に」  
 柚の少し後から、荷物を抱えた杜守 三月(ともり・みつき)が片手の指先だけでひらひらと手を振っている。
「ジゼルちゃん達は? 上に行くんですか?」
「うん! 柚達は行かないの?」
 このショッピングモールのランジェリーフロアは学生――取り分け少女達の間で結構な話題になっていたから柚も勿論興味が無い訳では無かったが、
そこへ行けば自動的に三月を待たせる事になる。
 行ってくるから待っててね! 荷物も持っててね!! と言ってしまえるような性格ではなかった。
 手を揺らしたままジゼルと見つめ合っている柚の様子を見て、三月がこちらへ近づいてくる。
「行ってきなよ」
「え? でも」
「流石に下着売り場に一緒には行けないから、そこの階段で待っておくよ」
 言いながら柚の持っていた買い物袋をさっと受け取る。誰にでも好感を持たれやすい、三月らしい行動だった。 
「ありがとう三月ちゃん」
「三月はとっても優しいのね」
 二つの屈託のない笑顔を向けられて、三月の耳はピンク色に染まっていた。