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亡き城主のための叙事詩 前編

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亡き城主のための叙事詩 前編

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 一章 来訪者 前編

 上空を漂う濃厚な霧により太陽の明かりは遮られ、ぼんやりと明るい薄暗い光が孤島を支配する。
 昼も夜も存在しないこの島の中心に古びたお城がある。その城の名は――『刻命城』。

 空に月が昇る前に訪れる茜色の空。地上の物がほのかな赤色に染められる時刻、タシガン空峡に浮かぶとある孤島に二人の来訪者が訪れていた。
 いつもよりいっそう柔らかな赤い光に照らされ歩く来訪者は樹月 刀真(きづき・とうま)。刀真の隣を歩く美しい黒髪の持ち主は漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だ。

「刀真、もしかしたら刻命城の人達に手を貸すの?」

 歩幅を刀真に合わせながら、月夜が尋ねる。
 刀真はいつもの無表情のまま、月夜の問いに答えた。

「正直、まだ分かりません。だから、今は武装を全部置いてフローラと話をしに行きましょうか」
「……ふーん、そっか。まぁ、刀真が行くのなら私はついて行くよ」

 一言二言、言葉を交わし二人は島の中心に佇む刻命城に向けて歩を進める。
 外苑の荒れている花畑を越え、黒く大きな門へと辿り着いたとき。

「止まれ、地球人」

 と、有無を言わせず物言いで止められた。

「刻命城に何の用だ?」

 重厚な門にもたれかかり腕組みをしている切れ長な目が特徴的な男性――レインは続けて言葉を投げかける。
 腰につけている二丁のホルスターから拳銃を抜かないところを見ると、刀真たちに敵意がないことに気づいているらしい。

「武装はしていませんよ? 刻命城を取り仕切っている人と話がしたいので取り次いで下さい」
「今は無理だ。あいにく、忙しくてな」
「……『愚者』から貴方達の話を聞きました、そして話をしたくなりました」

 愚者、というキーワードを耳にしてレインの目が少し見開いた。
 代わりに、反対側で眠たそうに目を擦っていたクセ毛混じりの金髪の青年――グレンが顔を引き締め刀真に拳を向ける。

「なら、なおさら通すわけにはいかなくなりました。帰りなさい」
「……丸腰で来た人間の話も聞かず門前払いですか。大した領主ですよ、程度が知れる」

 刀真がそう口にした途端、門番の二人の姿が消えた。
 そして、グレンは刀真の顔の前に拳をレインはこめかみに拳銃を当て、冷たい声色で言い放った。

「口を慎め、地球人」
「今の発言は許し難い。死にたくなければ黙っていなさい」

 刀真は至近距離で自分を睨む二人に怯えもせず、無表情を崩さない。
 そのまま数刻経った頃――静寂に包まれた空間にギイギイと門が開く音がした。

「止めないか、二人とも。手を下ろすんだ」

 城内から現れたのは大きな鎌を背負った中性的な顔立ちをした少年。
 その少年の言葉に二人の門番は手を下ろし、無言で踵を返して門の傍へと歩いていった。

「まったく。お客人、うちの門番の失礼をお詫びするよ」
「いいえ、結構です。……貴方は?」
「死神、と呼ばれている従士さ。さて、フローラから仰せつかったんだけどね。良ければ僕が君達をフローラのところまで案内するよ」

 死神の従士の言葉に刀真と月夜は頷き、彼について行き城内へと入っていった。

 ――――――――――

 刻命城、フローラの部屋。
 窓から差し込む柔らかな赤い光よりも、赤々しい髪をしているのはフローラだ。
 もとより大きな瞳を見開き、驚いた表情をしていた。

「その情報は、本当なの?」

 フローラの問いに、対峙しているセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)はゆっくりと頷く。

「ああ、信じるか信じないかはそちら次第だがな」
「いえ……信じるわ。あなたの情報が真実なら私達は、」

 フローラはそこで口をつぐみ、言葉を遮った。

「……いえ、やめましょう。憶測で物事を語るのはよくないわね。
 節制。セリスさんがお帰りになるから、出口まで送って差し上げて」
「あいよ、了解した」

 フローラの呼びかけに、扉で待機していた大きな槌を持った巨乳の女性――節制の従士は手をあげて答える。
 節制の従士は扉を開けると、セリスを通してから自分もあとからついて行く。途中でセリスを追い越し、自分が先導するかたちにしてから、節制の従士は声をかけた。

「ところで、お綺麗な姉さんは、」
「……男だ」
「こりゃ、失敬。お綺麗な兄さんは、あんたが侵入した屋根の上から帰るかい? それとも、刻命城の正面から出る?」
「今度は門から出させてもらおう。あちらから帰るのは、少しばかり骨が折れる」

 節制の従士は頷き、セリスが侵入してきた窓を一瞥すると、重厚な門を開けた。
 回廊、礼拝堂、作戦室、大広間と順に横切り、煌びやかなシャンデリアに照らされるエントランスに差し掛かったときのこと。

「ん? どうしたんだい、塔と月がこんなところにいるなんて」

 節制の従士は黒く大きな門を立ち塞ぐ、二人の男女に声をかけた。

「いえ……少しだけ気になることがありましてね」

 穏やかな声でにっこりと笑い、そう言うのは何枚ものカードを手に持つ渋い男性――月の従士だ。

「……そう……来訪者……あなた、不気味」

 ぼそぼそとした声で言い放つのは、月の従士の隣でローブに身を包む身長の低い少女――塔の従士だ。
 塔の従士の言葉を聞き、節制の従士は不思議そうに首を傾げる。

「単刀直入に聞きましょう。貴方は何を考えているのですか?」

 月の従士のよく響く低音の声が、エントランスに反響する。
 セリスは何も言うでもなく、二人の脇を横切り、刻命城の門を開こうと手をかけたが。

「待ちなさい」

 月の従士が手元のカードをセリスの背中目掛けて投擲した。
 と同時に、火花が咲く。カンと妙に甲高い音を城内に響かせてカードが弾かれる。
 今まで姿を消していたヴェルザ・リ(べるざ・り)が身を割り込み、クレイモアでカードを弾いたのだった。
 セリスが背中越しに月の従士と塔の従士に向けて言葉を投げかける。

「……これが刻命城の送別か? だとしたら物騒だな」

 月の従士と塔の従士からの返事はない。が、代わりに月の従士が数枚のカードを両手で構え、塔の従士は小弓を引き絞りセリスとヴェルザに狙いを定めている。
 一触即発の空気――その静寂を破ったのは節制の従士だった。

「ちょ、ちょっと待ちなよ。あんたら! この兄さんはあたしらに有益な情報を教えてくれたんだよ?」
「だからこそ……わからないの。……魔都タシガンに攻め込もうと……している私達に……情報提供なんて」
「それは……それはそうかもしれないけどさ。でも、この兄さんは帰るっていってんだからさ。
 今ここで帰れば、あたし達には何も関係ないだろう? どうせ、明日の夜にはあたし達は魔都タシガンに攻め込むんだからさ!」
「……それは……そうかもしれないけど……」

 節制の従士が必死に塔の従士と月の従士を諫めている間、ヴェルザはセリスにだけ聞こえるよう耳打ちをした。

「……当初の予定通り、ここは引き上げるぞ……」

 セリスは小さく頷き、門をゆっくりと開け外へ出た。
 途中、背後から攻撃を受けなかったことを考えると、節制の従士はあの二人を説得できたようだ。

「……ふぅ、どうやら上手くいったか」

 セリスは安堵の表情でため息を吐き、孤島の端―自分が飛空艇を止めた場所―に向けて歩き出した。