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リアクション
【紅菫の園で】 〜 泉 椿(いずみ・つばき)&御上 真之介(みかみ・しんのすけ) 〜
「うわー!すっげーなーこれ!」
「これは……、スゴイな……」
泉 椿(いずみ・つばき)と御上 真之介(みかみ・しんのすけ)は、視界の果てまで続く花畑に、揃って歓声を上げた。
「ハイキング行こうぜ、御上センセ♪」
「……泉君か?なんだい、藪から棒に」
しばらくぶりに御上に会いたくなった椿が御上に電話をかけたのが、『四州開発調査団』の仕事で東野藩(とうやはん)に行く、ちょうど前日のコト。
『それなら四州島(ししゅうとう)観光も兼ねて、東野でハイキングしよう』というコトになったのである。
椿は御上以外にも、円華やキルティスも誘ったのだが、皆調査が忙しく、二人だけのハイキングとなった。
今二人がいるのは、どこまでも続く紅菫(ベニスミレ)の園。それは、東野藩の首府広城の郊外に広がる、田んぼを見下ろす小高い丘の頂上に広がっていた。
東野固有の花の赤いスミレであり、地球で見られる多くのスミレと同様、日当たりの良い場所に好んで生えるが、色が紅く、さらに高さ15〜20センチ、花の直径が5センチと大振りな点が異なる。
「仕事の都合であんまり遠くまで行けないから、正直『どうかな』と思ってたんだけど――」
「そんな!距離なんてカンケーないって!こんなキレーなトコ、そうそう無いぜ!」
椿は「大満足!」というカンジで花畑を眺めている。
「あ!これピンク色だー!ホラホラ、先生見てくれよコレ!」
椿がキラキラした目で、足元のスミレを指差す。
「ベニスミレは結構色の幅が広いらしくて、本当にパラみたいに真っ赤なモノから、桜ぐらいに薄い色のモノまであるらしいよ。中には、同じ花でも花びらによって色が違うモノもあるっていう話だ」
椿の隣に座り込み、同じスミレを覗き込みながら、調査団からの報告で知ったベニスミレの特徴を披露する御上。
椿は、興味深げにスミレを見つめる御上の横顔を、半ば頬を染めながら、眩しそうに見つめる。
今日の御上は、いつもの瓶底メガネをかけていない。
そのため、そのギリシャ彫刻もかくやという横顔が、椿の前にさらけ出されていた。
「そ、そうなんだ……。それじゃ、少し探してみようかな」
椿は頭を振って、一瞬陶然としかけた意識を引き戻すと、慌てて御上から離れた。
(や、ヤバイヤバイ!つい見とれちゃうんだよな……。あんまりじっと見てると先生に悪いし……)
「な、なぁ先生。でもどうして今日は、メガネかけてないんだ?」
まずは顔の火照りを鎮めようと、御上に声をかける。
「あ、あぁ。いつものコレかい」
そう言ってポケットから瓶底メガネを取り出す御上。
「元々、運動をする時にはメガネじゃなくてコンタクトにするんだけどね」
御上はそう話しながら、メガネをもて遊ぶ。
「それに泉君は僕の顔も見慣れてるから、メガネで顔を隠さなくても大丈夫だしね」
「そ、そうだな……」
内心(そんなコトないんだけどな……)と思いつつ、取り敢えず笑ってごまかす椿。
「それにね、泉君。実はそろそろ、このメガネを卒業しようと思ってるんだ」
「え!卒業!?」
御上の意外な告白に、驚きの声をあげる椿。
「うん。最近円華さんのお供で色々な人に会う機会が増えてるだろう?そういう場所で、顔を隠すようなメガネをかけるのはちょっとっていう話もあってね」
「そっか……。最近、先生の仕事してない時の方が多いもんな、御上先生」
御上の言葉に、少し寂しげに呟く椿。
別に御上が何処かに行ってしまう訳ではないが、円華にくっついて方々飛び回るようになれば、こうして会うのも段々と難しくなるような気がする。
「それに、いくらメガネをかけていても、気づく人は気づいてしまう。それなら、いつまでもメガネなんかに頼ってないで、自力でなんとか出来るようにしないと思ってね」
「でも先生。それなら、メガネがあろうがなかろうが、あんまりカンケーないと思うぜ」
「え?」
「メガネかけてたって、御上先生のコト好きになる人はいっぱいいるってコト」
「そうかな?」
「そうさ。確かにあたしも、最初は先生のキレイな顔に釣られた時期もあったよ。でも、あたしが先生のコト好きなのは、先生の心が、先生の顔と同じくらい――いやそれよりももっと、キレイだからさ。見た目がイイからだけじゃないんだぜ」
「泉君……」
「――って、何言っちゃってんだ、あたし!先生ナシ、今のナシ!忘れていいから!」
驚いたように椿を見る御上に、自分がうっかり「好き」などと口走ってしまったことに気づく椿。
両手をブンブンと振って、全力で否定する。
「……有難う、泉君」
御上は何かが吹っ切れたような、朗らかな笑顔を浮かべ、言った。
「僕はずっと、僕のコトを外見だけで判断されるのが嫌で、このメガネをかけてたんだ。だから君にそう言ってもらえると、とても嬉しい」
「せ、先生……」
少しはにかんだような御上の笑顔に、椿の胸が、ドキン!と高鳴る。
「さ、さぁ先生、もっと上に行こうぜ!やっぱ、弁当は一番上で食べないとだぜ!」
照れ隠しに、後ろも見ずにズンズンと丘を登っていく椿。
自分でも思ってもいなかった展開に、椿の顔は真っ赤になっている。
御上は、そんな椿の姿に思わずクスリとすると、早足でそのあとを追った。