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盛夏のフラワーショー

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第6章 あなたの花はどんな花?


 『四季の庭』──夏。
 その一角に、白百合が揺れている場所がある。
 テッポウユリとマドンナリリーの、白く清楚な姿と緑の葉は爽やかでとても夏らしく、同時に清らかだ。
 優美な白百合が隙間もないと思われるほど風に揺れれば、観客が感嘆のため息を漏らす。この庭を手掛けたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、天空の雲の上に居るかのような気分を味わってもらえるようにと務めた賜物だった。
 彼は百合だけではなく他の植物に対しても愛情を注いでいたけれど、百合は特別なものだという。
「白百合は聖母受胎の時に天使から祝福と共に贈られた無垢な生命の象徴。結婚式では花嫁の純潔を現し、また葬儀の際でも死者への弔意をとかつての姿を悼み、魂の安寧を願う心を示すものとして死者へ奉げられる。生命の流転を現わす、とても素敵な花だと思っているんだ」
 それが天空の雲というコンセプトで現されたのだろうか。
「何より、シンプルでも凛とした美しさがどんな場面でもこの花がささげられる理由のひとつになっているんじゃないかな」
 そんな気持ちを込めて、祈りを込めて育てている花達の美しさを沢山の人に見てもらいたいために。そしてよく見てもらえるように。
 エースは庭の一角にテーブルと椅子を用意して、オープンカフェ風に設えていた。庭を訪れた人には彼自身がハーブティーを振舞ってもいる。
 ヴァイシャリー産の高級ティーセットから、カップへと注がれるハーブティー。優雅なひと時だ。勿論邪魔をしないように、エースは役目が終わったらすぐに離れるのだが……。
 今、椅子に座っているのは、彼らのパートナーたちだった。
 頭に白百合を飾った──いや、咲かせた、白百合の花妖精リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は、ついさっきまでマドンナリリーに顔を寄せていたが、
「より美しく咲き誇りますように」
(──私の眷属達、美しく咲き誇ってね。訪れる人達に驚嘆を与るほどに)
 お茶が入ったために、席に戻った。
「いいの、メシエ? エースと一緒にいなくて」
 もう一人のパートナー、こちらは吸血鬼のメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が、穏やかに首を振る。
「エスコートするよ。女性を一人で歩かせるなんてとんでもない。それとも花たちとお喋りしている方がお好みかな」
「あら、これは私達の大切な情報交換よ。どの子達が花の種類を増やして来てるとか、どの地方では去年よりも花が綺麗に咲いてるとか……人の世界からは見えない事も色々と判るのよ」
 と、どこまでが本当なのか冗談なのか分からないが、笑うリリアに、メシエは見とれてしまう。
「誰よりも君が一番綺麗だよ」
「……ありがとう」
 余裕のある微笑を見せるリリア。けれど、態度には直接出さないけれど、彼女はメシエと一緒にいられることの方が嬉しかった。
「そんなに綺麗なんだから、ミス・コンテストに出ればよかったんじゃないか?」
「いいのよ。私ひとりが評価されるより、白百合が美しいって認めてもらう方が嬉しいもの。種全体に栄誉が来る方が、より白百合の美しさが広まると思うのよね」
(エースは皆に優しいけれど、メシエは私にだけ優しいもの)
「……ねぇ、他の花も見たいわ」
 二人はゆっくりと庭を離れ庭を見て回っていく。


 コンテストの一般部門に出品したのは彼だけではない。
 エースの造った一角のすぐ隣、咲いているオレンジ色の姫百合がある。
「なるほど……確かにあんな顔はしているが、あれでもアリスに仕えるメイド。園芸にも通じていたわけか」
 その花を見たレン・オズワルド(れん・おずわるど)は、感想を独り言のように呟いたが、出品者にはしっかり聞こえていたようだ。
「巷では顔が怖いだの、人殺しのような目だなど散々な事を言われちゃいるが、主人の為に尽くすという気持ちは誰にも負けちゃあいない!」
 パートナーのリンダ・リンダ(りんだ・りんだ)だ。緊張のせいか普段より語気が強い。
「ん? 顔のことは余計だって? 悪い悪い、少しばかり意外だったものでな。つい軽口を叩いてしまった。申し訳ない。
 どんなものでも真摯に向き合えば、それはちゃんと応えてくれる。土も花もリンダの努力を決して裏切らない」
 それにしたってリンダのことを少し知っている人間なら、守銭奴の彼女優勝したところで大したものが貰えるわけでもないこのフラワーショーに出品したのはどういう風の吹き回しか、と思わないでもない。が、この百合がそのために育てられたのではなくて、普段から手入れされているものをたまたま出品したと考えれば合点がいくだろう。
「そんな難しいことは判らんよ。ちょっと技量を試してみたくなっただけだ」
 リンダの視線はもうレンを見ていない。見ているのは、主人である美少女にして夜を生きる吸血鬼アリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)だ。
(ただアリス様に喜んでもらいたい。そう思って庭の手入れをし、この花も育ててきたんだ。あの永遠を生きる人のほんの少しの慰めになれば良いってな)
 リンダは、悪魔。アリスは、吸血鬼。
(だから頼むぜ相棒! 私と一緒に一花咲かせようぜ!!)
 リンダはそれから決意を込めて、大切に育てた姫百合を見つめている。
(…… 自分の技量を確かめる為と言っていたが、本当は私を満足させられる花を自分が育てられているか……それを確かめたいのだろう。中々に可愛いところがある。後でちゃんと褒めてやらねば)
 アリスはそんな百合とリンダをどこか遠い目線で見ながら、彼女の気持ちを推し量っていた。
(レンの話では地球には花言葉というものがあるという。その花言葉は「強いから美しい」という……なるほど、言い得て妙とはこのことだ)
 この太陽の日差しを受けて見事に花開いたオレンジの花。
 それは、アリスのような夜の住人にとっては憧れとも言える太陽の光を思い出させる。強く、そして美しい。
(他の花もさぞや綺麗であろうが、私はこの花が一番好きだな)
 レンもまた、別の感慨にふけっていた。
(しかし園芸か。しばらくやっていないが、久しぶりに土いじりをするのも悪くないかもしれないな。俺たち契約者は地球からパラミタにやってきた。不慣れな土地でどう生きるか。
 最初は戸惑いも多かった。しかしこの土地で生きると決めて来た以上はしっかりとこの土地に根を張って生きよう。そう思ってパラミタに来て直ぐに土いじりを始めた。簡単な家庭内菜園だがな。俺にとっては懐かしい思い出だ)
「ああ、今回のコンテスト、結果はどうなるかは判らないが俺もアリスも応援している。頑張って来いよ」
 きっと結果が発表されたら、拍手と労いを送ろう。リンダへのご褒美に、荷物──重い園芸用具一式を持ってやろう。
 レンは、そんな約束を自分にするのだった。


 一方で、庭の反対側、冬の庭ではシンプルな柄の白い磁器の二つの鉢に、薄桃色と白い花が咲いていた。丸みを帯びた放射状の花弁を持つ、可愛らしい花だ。
 名はプリムラ──マラコイデスという種類の花で、サクラソウの仲間だ。日本では乙女桜や化粧桜とも呼ばれている。小さな花を房のように付けた様は、桜と似通っているからだからか。
 その鉢の前に座り込んでいるのは出品者のリュナ・ヴェクター(りゅな・う゛ぇくたー)、アリスの少女。
 首を右に傾けて眺めれば右に、左に傾ければ左に、金色のツインテールがさらりと揺れる。
「目標はでっかく、優勝賞品と称号目指して奮闘するのよ、リュナ!」
 パートナーの村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)は、出品者本人よりも気合が入っているようだ。リュナの方はと言えば振り向いて、花の咲き具合に満足そうににこりと笑っている。
「えへ、小さな花が沢山咲いて可愛いでしょー」
「そうね。他に比べてちょっと地味な感じがするんだけど……どうしてこれにしたの?」
 蛇々が頷きながらも疑問を呈すると、リュナは立ち上がって、蛇々の背後にいた長身の青年を指差した。
「このお花を紹介してくれたのは実はエスフロスおにいちゃんなのよ」
 突然振られたエスフロス・カロ(えすふろす・かろ)は長い青い髪をかきながら、
「いや、俺だって大したことはしてないんだよな」
「……それで出品者が三人名義になってるの?」
 プリムラの下に立っている小さな立札には、プリムラ・マラコイデスの名と一緒に、リュナ、エスフロス、蛇々の三人の名前が記されている。
 ここに来るまで当然リュナ一人の出品だと思っていた蛇々には寝耳に水の話だ。
「確かにエスフロスも何か話してたみたいだけど、手を出してた記憶はないんだけど」
「お花の面倒を見たのは主にわたしだけど、その都度育て方のアドバイスをくれたのもおにいちゃんなんだよ」
「アドバイス……?」
 訝しげな視線に、エスフロスは今度は首を振る。
「草花の知識を知っているのはアレだ、農村の生まれだからな。近所のご老人達が色々と教えてくれていたせいもある」
 エスフロスは、まさかこんなところで役に立つなどと……と彼はうなる。
「それじゃあ私は?」
「蛇々おねえちゃんもお花育ててくれたから。ほら、蛇々おねえちゃんも草引きのお手伝いしてくれたでしょ?」
「私、何にもしてないわよ。殆どリュナがしたんだから、あなたの名前で出して問題ないでしょ」
 それで蛇々は、リュナの気持ちが理解できた。とはいえ、素直に自分が手伝いましたって言えるわけでもないなぁ、とも思う。リュナが何かと気にかけてくれる素直ないい子だからだ。
(私、暇なときに雑草抜いただけなんだけど……。べ、べ、別にアブラムシが気持ち悪かった訳じゃ……)
「だからこれはわたしだけじゃなくて皆で育てたお花なの。決して優雅でない草花だけど、ありのままの素直で素敵な姿を見てほしいな」
 にっこり笑うリュナの笑顔に蛇々は何故か照れて、ぷいと横を向くと強引に話題を変更した。
「──そうそう、手入れが終わったら皆で色んな花を見て回りましょ。投票もしなきゃ! ね、エスフロスもそのつもりで来たんでしょ?」
「……俺か? 俺はあれだ、ちび共が会場で迷子にならんように保護者の立場で同行しているのだ。……リュナが育てた花……結果が気になるとかではないぞ?」
 あと荷物持ちもしないとな、と言う。アリスの小さな体に、鉢や土、肥料、スコップなんかは重すぎる。
「ともかく……出展するからには優勝を狙うのだぞ? そうそう、投票は勿論リュナの出展物以外のものに入れるぞ。競技は如何なるものでもフェアでなくてはいかん! ちび達もいいな!?」
「うん、お兄ちゃん!」
 リュナはどうにも素直じゃない、けれど暖かい二人の応援を嬉しく思いながら、力強く頷くのだった。


 再び、夏の庭。白薔薇の咲く庭園には、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)がいた。
 クリフトファーと白薔薇の縁は深い。彼はかつてイエニチェリだった。そしてイエニチェリとなった時に貰った温室で、主に白薔薇を育てていた──その直前に白薔薇の騎士と称されたからだ。
 白だけではない。白を魅せるには調和が必要だとの考えから、黄色やピンクのバラも育てていた。それはイエニチェリ解散後の今も、規模を縮小して手元で育てていることで、続いている。
 今回出品したのは、幾つかの薔薇の鉢だったが、中でもメインとなるは彼の自慢のアルバ・セミプレナというオールドローズの白い薔薇だった。特徴は黄色の花芯に、平らに広がった丸い花弁。そしてその他に、樹高2.5mほどまで育つ、蔓性の薔薇であることがあげられる。なお、薔薇戦争の白い薔薇──ヨーク家の紋章はこのアルバと呼ばれる系列だという。
 この蔓は普通に狭いところで育てるには向かないが、
「綺麗ね……」
 花妖精の少女たちが見上げているように、鉄製のアーチに纏わせれば長所になる。白い花と灰色が買った色合いの小さな丸い葉はこの薔薇独特のシックな風合いがあった。
「アーチの脇に立って薔薇を愛でるのもよし、アーチの日陰側に椅子を置いてくつろぎながら木漏れ日を楽しむのもよし、アーチをくぐる時に薔薇の匂いを堪能するのもよし、といった感じかな」
 咲き誇る薔薇と甘い芳香を自分も楽しんで、庭に満足しているクリスティーだったが、そのパートナークリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は、全く別のことを考えていた。
(何か、どこかで【姫小百合…の王子】と呼ばれた事があるような気がする……そんな記憶は無いんだけど姫小百合には何か因縁を感じる……)
 彼が気になっているのは、その姫小百合の別名たる乙女百合についてだった。
 百合園女学院からその鉢が盗まれたと聞いた彼は、対応した方がいいだろうと考えていた。理由はない。何となくそんな気がするだけだ。
 それに、花泥棒がもし自分たちの出品した鉢を盗みでもしようものなら納得がいかない。
 こうして彼は、花盗人を捕えるため、ちょっと協力することにしたのだった。
(クリスティーの薔薇は大きすぎて盗むのには向かないんだよね、囮に使えそうなのは……)
 クリストファーは庭を見渡して、一つの小さな鉢を見付けた。
「運びやすいようにと運びやすいようにこじんまりと剪定したやつ、これだ……って、ロザ・ガリカ・オフィシナリス……?」
 それは、薔薇戦争の赤いバラ、ランカスター家の紋章と言われている。
(まさか薔薇戦争の説明をするつもりなのか……)
 ならばいっしょになければ意味がないような気もしないでもなかったけれど。さすがにパラミタまで来てそんなことはしないだろうと、クリストファーは自分を納得させた。
 それからクリスティーが薔薇に見とれている間に、アルバ・セミプレナの脇にさりげなく休憩用のテーブルを移動させ、その側の地面に座った時に眺める高さに、ガリカ・オフィシナリスを配置した。
 こちらは白薔薇に比べて樹高1メートルほどだが、半八重の明るい赤い──ビビッドなピンクにも見える花弁が良く目立つ。
 鉢の底の方に砂を詰めて細工をすると、早速地元民に溶け込んでも目立たない服装に着替えて庭から少し離れたところからちらちらと監視をしていた。
 クリスティーはそんなこととは知らないで(勝手に囮にしたのだから、もし知ったら怒っていただろう)、ちょっとお手洗いに行ってくるねと席を外した。
 やがて、一人の少年が現れ、庭を訪れた。クリストファーは不審な動きをする少年に目を凝らす。
(あの鉢を移動させると、砂の跡が残る。……こぼれた砂を追って行けば……)
 少年は誰にも見つからないよう鉢に近づいたが、だが──。
 ──ぽきっ。
 鉢に手をかけ、それが重いと見た少年は、白薔薇と赤薔薇を双方手折って持って行ったのだ。
 追いかけようとするクリストファーだったが、パートナーをそのまま置いていくわけにはいかない。
 悩んだ末に彼を追いかければ、海上を走って出ていく少年と、それを追う百合園の生徒会長の姿が見える。
「……戻ろう」
 クリストファーは後ろ髪惹かれつつ庭に戻ったのだが、待っていたのは手折られた薔薇を目撃して、口の端をひきつらているパートナーの姿だった。
「……見ていてっていったよね?」
 とんだとばっちりだ。