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第4章 ハーブティーと会話


 会場が開く少し前、幹の側に設けられたオープンカフェにて。
 円テーブルの中央にはそれぞれメニューと、可愛らしい小さなガラスのフラワーベースに野の花が活けられていた。
 その隣にヴァイシャリーのグラスを飾る指先。こちらにも慎重に花を飾り、リン・リーファ(りん・りーふぁ)はよっし、と頷いた。
 別のテーブルにはオルゴール。小さな花瓶。どれもヴァイシャリーのものだ。ちょっとしたことだけれど、こうやってヴァイシャリーについて興味を持ってもらえるといいな、と思う。お客さんの目には、この都市の人にはどんなふうに映るんだろう? 色々聞いてみたい気もするけれど、黒と白のメイド服、そしてヘッドドレスに身を包み、今日はカフェのお手伝いの“メイドさん”だ。
「みゆう、こっちの席もオッケーだよー」
 リンは、大樹の中にあるキッチンから、備品を運んできたパートナーに駆け寄る。
「ありがとう、あと三分で開店よ」
 こちらもメイド服に、胸元に桜のペンダントを配した関谷 未憂(せきや・みゆう)は笑顔で返して、銀のトレイを手渡した。
「オッケー。ね、街もひとも色とりどり、華やかだねー」
「そうね」
「ね、『樹の声が聞こえた』かー。まごころをこめてお世話したからお礼の気持ちを伝えたくなったのかな。そういうのってなんかいいね」
 笑うリンに、未憂もにっこり笑う。
「リンだって今日はお返しのつもりでしょう?」
「うん、そうだよ」
 この前、イルミンスールの名物熊(ゆる族)モップス・ベアー(もっぷす・べあー)を探すのを手伝ってもらったからだ。勿論その理由は彼女たちの純粋な好意によるものだったが。
「百合園女学院の皆さんはお忙しいそうなので、あとで落ち着いてからゆっくりお茶を飲めるように準備しておきますね」
 未憂は、同じようにカフェを手伝っている村上 琴理(むらかみ・ことり)に声を掛けた。
 彼女は硝子のお皿に水を薄く入れ、花を浮かべて、もう一枚のグラスで蓋をして。そうして器を作っていたが、
「ありがとうございます」
 未憂とリンに頭を下げる。
「これで準備は万端ですね。後は花泥棒が捕まるのを待つだけですね」
「日本には『花泥棒は罪にはならない』とか『花盗人は風流のうち』なんて言葉もありますけど……。毎日大切に世話して、育ててきた人がいるから、その花は美しく咲くのかもしれない、ですよね」
 未憂の笑顔が潜んで、困ったような顔になる。
「花を盗んでいく人にはそのひとなりの事情があるのかもしれませんけれど……、何であっても、誰かにとっての大事なものをその人から奪ってしまうのはよくないことです。
 それに盗んだ花をもらっても……私だったら嬉しくないと思います」
「私もそう思いますよ。ただ子供だということですから、気づいていないか、自分の気持ちを優先させてしまったのかもしれませんね。
 ……心配ですか? 会長や探しに行った皆さんなら、大丈夫だと思いますよ。捕まえて突きだして、真実を告げて花を奪って──それで終わりにしたりしないと思います」
 そんなことを話していると、クーラーバッグと山ほどのスイーツを抱えてプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が戻って来た。
 プリムの用意したお菓子は、乙女百合の捜索隊のためにわざわざ持ちこんだものだった。妖精スイーツにドーナツ。動物ビスケット。暑いからアイスも沢山。シャンバラ山羊のミルクアイスに氷菓子、ジェラート。
 冷たくておいしそうだなと思えば、ちりんちりん。幹から伸びる小枝に吊るした風鈴の音が耳に涼しくて、夏の風情がある。
 プリムはお菓子をワゴンの上に置くと、未憂の真っ白なエプロンをくいくいと引っ張ると、飾られた絵画に目くばせする。引っ込み思案だから言葉こそ口にしないが、彼女なりに興味津々だった。
「あれはね、お花の色水で描いた絵みたいね。──あ、もう開店よ、準備は出来てる?」
 プリムはこくんと頷くと、眠りの竪琴をつま弾きはじめた。穏やかな曲が流れ始めて、その場所の雰囲気をがらりと変える。
 開店と同時に、未憂とリンは元気よく声掛けをする。
「いらっしゃいませー」
 店が開いて十秒ほど後、初めてのお客さんは知った顔だった。
「どうぞー、こちらメニューです」


 樹月 刀真(きづき・とうま)は差し出されたメニューを眺めた。幾つかのフリードリンクからタンポポコーヒーを選ぶと、リンがハーブ入りのクッキーと一緒に運んできてくれた。
 クッキーを摘まみながら、彼の腰はちょっと落ち着かない。
(財布がないんじゃ、あちこち歩き回る訳にもいかないよな。月夜たちが持って行ったのか?)
 四季折々の花を一斉に見られる機会とせっかく訪れたのだが、財布がなくなったのに気付いたのは、自由行動でパートナーたちと別れた後だった。というより、パートナー達が持って行ったに違いない。
 しかし、友人の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)ともどもやたら楽しそうだったな、などと思い浮かべ、自分の状況と思い合わせ、帰ってきたらでも軽い文句の一つでも言ってやろうと、麦茶のような味のコーヒーをしばし、のんびりとすすり──。
「おまたせー」
 手を振ったパートナー達の姿に。
「……っ」
 刀真は驚いて珈琲をこぼしそうになって、カップをソーサーに置くと、手に付いた飛沫を慌てて拭った。
「ねぇどうかな?」
 嬉しそうに笑いかける漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、白とグリーンのレイヤードが綺麗な衣装だった。
 くるりと回ると、綺麗な黒髪が揺れ、ポニーテールの根本を止めていた花の髪飾りが目に入る。本物そっくり……というより、本物の花をドライフラワーにして、樹脂で固めたものだ。チューリップの花を伏せたようなスカートが花開く。軽やかなグラディエーター風のサンダルも緑で花妖精になったようだ。
 恥ずかしそうに俯きながら、頬を染める封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は、ほんのり薄いピンクの百合の花を胸元に飾ったシンプルなノースリーブのドレスで、腰には花をあしらったベルトをゆるりと締めた、長いすとんとしたエンパイアラインの衣装だった。クリーム色のパンプスから薄いリボンが細い足首を彩っている。
(確かに素敵だけど、結構お値段がしそうなんですけど?)
「……どうしたの刀真? あ、お財布借りたよありがとう」
 視線をそらす刀真にきょとんとした月夜は、彼の手に財布を戻す。それが記憶に比べてやたら軽くなっているので、慌てて開ければ……。
「その服や身を飾っている花は月夜が勝手に持っていった俺の財布で買ったんだよね? 中身がスッカラカンなんだけど? ……二人とも綺麗で可愛いから良いけどさ」
「ふふ、照れてるのね。コーディネートは私よ」
 がっくり肩を落とす刀真にちょっと意地悪そうな声をかけたのは崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)だった。花びらを重ねあわせたようなヘッドドレスに、薔薇に似た深い紫の、ベルベットのような風合いのティアードドレスを着ている。
 マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)は控えめに普段通りに近い恰好だったが、それでも赤ずきんが着ているような、薔薇のような頭巾とエプロンドレスの姿だった。亜璃珠が現代的な薔薇の妖精なら、こちらは村の道端に咲く蔓薔薇だろうか。
「ん? 亜璃珠も可愛らしくて綺麗だけど、それって俺の言葉でもいいのか? と言うかそれも月夜が俺の金で買ったんだよね!?」
「これ? 月夜に服のアドバイスのお礼だってもらったのよ」
「……あのさ百花、これどう思う、酷すぎない……?」
 助けを求めるような刀真の視線に百花はもじもじと、
「月夜さんには確認したんですけど、許してくれるかなって……」
「いつも傍で手助けをしている私達へ感謝の気持ちを示して欲しいな〜」
 手を合わせて可愛らしく言う月夜に、刀真は困った顔をしたが、覚悟を決めたように長い長い息を吐いた後、
「何よ、嬉しくないの?」
「いや、これだけ綺麗な華達に囲まれてるんだから凄い嬉しい筈なんだけど、懐が寂しすぎて素直に喜べないんだよ。
 ──まあ、月夜達に付き合ってくれてありがとう。流石は百合園のお嬢様、見事な見立てです」
「当然ね」
 亜璃珠はくすりと満足げに笑う。良かった、と顔を見合わせて笑う月夜と百花。
 刀真はその笑顔を見て自身を納得させつつ、薄くなった財布を仕舞って気を取り直しながら、友人に問いかける。
「そういうえば何か出品したんだっけ? 後で見に行かないか?」
「ええ、マリカがね」
 亜璃珠が頷けば、一歩下がった位置にいたマリカはあくまで控えめに。
「ザナドゥ産の青紫の花とナラカ産の奈落彼岸花を、それぞれ出品しました。どちらも土地特有のもので、育てるのは難しいのですけれど、ここでは綺麗に花をつけて良かったです。
 イメージは決していいものではないとは思いますが……どんな場所でも花の美しさは変わらない、その事を確かめたくて」
「それならますます見に行かないといけませんね」
 その花を愛でている人の表情をきっと見たいでしょう、と思って百花が言えば、皆さんが見てくださるのも嬉しいですと、
「ご存知かと思いますが、お手を触れないように気を付けてくださいね。囲ってはありますけれど、奈落彼岸花には毒がありますから」
「マリカは庭いじりが趣味なのよ。……あら、……あれは小夜子だわ。誘ってくるわね」
 庭を眺めていた亜璃珠が席を立って、“妹”に声を掛けに行く。
 それから皆で、未憂に注文してハーブティーをゆっくり飲みながら、最近の話題に花を咲かせる。それは自然に花泥棒の話になって、亜璃珠は聞いてみた。
「そういえば……、オトメユリの花言葉って知ってる?」
「私の心の姿、というようですよ。他に飾らぬ美、純潔……百合自体は純潔や無垢、ピンクの百合は……ええと、思わせぶりとか虚栄心という意味もあるみたいです」
 メイドの未憂が記憶を辿って、質問に答える。
「ロマンチックね」
 泥棒のことでも女の子らしい話題になるんだな、と刀真は嬉しそうに女の子モードでお喋りするパートナー達を見て、色々な顔があるんだなと改めて思う。
(そうだった……花畑に佇む白い守護天使の美しさと、月の下で何も纏わず静かに佇んでいた剣の花嫁の儚さから、俺は二人に『白花』と『月夜』という名を贈ったんだよな)
 刀真は何となく、そんなことを思い出していた。