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魔術師と子供たち

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魔術師と子供たち

リアクション

   10

 刹那は自分より大きなエディの体を担ぎ、路地裏を走っていた。すれ違う人々は目を丸くしたが、大抵は刹那の素早さにそれ驚くだけだった。だが、
「ちょっと待ってね、お嬢ちゃん」
 刹那の行く手を塞いだのは、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。目を細め、エディを見つめる。
「やっぱり、その荷物は人間ね……」
 刹那はゆっくりとエディを下ろした。まだ【しびれ粉】が効いているようで意識がない。普通の子供には強すぎたかもしれなかった。
「そのまま、その子から離れなさい」
 背後から、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の声がかかる。刹那は中腰のまま、微動だにしない。
「そう、余計なことはしないでね。手も上げて。両手よ」
 刹那はゆっくり立ち上がりながら、腕を上げた。長い、ゆったりとした袖がするりと落ち、手首に隠されていたナイフが露わになった。
「セレン!」
 セレアナの声より早く、刹那は体を回転させ、腕を下ろした。その勢いで手の中に落としたナイフを、セレンフィリティ目掛けて投げつける。
「!?」
 刹那は息を飲んだ。確かにセレンフィリティはそこにいたはずだった。一瞬だが、目の端で捉えた。だがナイフは、誰もいない空を切り、壁に当たってカランと落ちた。
【実践的錯覚】だ、とすぐ気づいた。セレンフィリティはほんの少し、間合いを外し、刹那のすぐ目の前まで迫っていた。
 柳葉刀を抜き、構える。セレンフィリティはバッとコートを脱いだ。
「来い!!」
 コートの下はメタリックブルーのトライアングルビキニだ。さすがの刹那も、瞬間、迷った。セレンフィリティの行動が理解できない。だがその間に、背後からセレアナが「幻槍モノケロス」を突いてくる。刹那は咄嗟に躱すと、【アルティマ・トゥーレ】を放った。
「くっ!」
【インビンシブル】を使っているが、ダメージがないわけではない。傷口からじわじわ凍っていくのが分かる。だが、役目は果たした。セレアナが身を伏せると同時に、セレンフィリティが銃を抜き放ち、引き金を絞った。
 刹那は両手で顔を庇い、後ろへと飛んだ。とん、とととん。弾が刹那の手や足を掠っていく。セレンフィリティが、刹那を殺す気がないのは確かだった。だが、無理をすれば、致命傷を受けるだろう。
 刹那はちらりとエディに目をやり、やむなしと判断した。【毒虫の群れ】が刹那の周囲に現れ、セレンフィリティの視界を塞ぐ。
「危ない!」
 セレアナの放った【氷術】が、毒虫たちを凍らせ、ばらばらと地面に落ちた。そして刹那は姿を消した。
「逃がしたか……」
「大丈夫、坊や?」
 セレアナはエディの体を起こした。エディは目を薄っすら開け、手の平で瞼や顔全体を擦ると、次に指先で目頭を弄り、大きな欠伸を二〜三度した。
「……誰?」
「通りがかりの者よ。あなた今、誘拐されそうになっていたのよ」
「ホント!? おれ、誘拐されかかったの!? すげー!」
「喜ばないの」
 コツン、とセレンフィリティはエディの頭を小突いた。
「いてー。……姉ちゃんたちは、服盗られたのか?」
「何で?」
「だって、服着てないじゃないか」
 セレアナの顔が真っ赤になった。何も着ていないわけではない。コートの下に、それぞれ水着を着用している。だが十歳の子には、同じことなのかもしれなかった。
「あ、いや、これは……」
 しどろもどろになるセレアナの代わりに、セレンフィリティが言った。
「これは非常に薄く、非常に有効で防御力の高い服なのよ。これだけ着ておけば、どんな攻撃も防げるの」
 とたんにエディの顔が輝き始めた。
「すげー! それ、おれも欲しいっ!」
「男物はまだないのよ」
 何を適当なことを、とセレアナは嘆息し、さてこの子をどうしようかと考えた。


 ちゅどーん!

 部屋の中央に置いてあった機械が小さな爆発をお越し、部屋が揺れた。
「おーっと、またやっちまったぜ。まぁ失敗は成功の母だ、さて今回の失敗の原因は、と」
 三船 甲斐(みふね・かい)は全く気にする風でもなく、調べ始める。
「電力不足かな、これは」
 と、電話が鳴り、目を機械に向けたまま、甲斐は手を伸ばした。
「こちら湖上商店街「ツギハギ横丁」地下ラボラトリィ。おー、オチラギのダンナじゃねぇか、どうした? ほうほう、もるも――いや、おっけおっけ、準備して待ってるぜ」
 受話器を置いて、甲斐はにやりとした。
「どうかしたか? またなんか爆発したみたいだけど」
 隣の部屋から猿渡 剛利(さわたり・たけとし)が顔を出す。どう見ても可愛らしい少女だが、名前に相応しく、中身は結構な熱血漢である。
「オチラギのダンナが、更生したい連中を連れてくるそうだ」
 ちなみに柊 恭也のことである。
「迎えに行ってくれるか?」
「ああ、いいよ。しかし、あの人は何やってるんだ?」
 首を傾げながら剛利が出かけると、甲斐はいそいそと壊れた機械を片付け、更生プログラム装置を引っ張り出した。
「ふふふふ……」
 湖上商店街「ツギハギ横丁」地下ラボラトリィは、アイールの景観を損ねないようツギハギ横丁の地下に作られた研究施設だ。日常の便利グッズから対イレイザー兵器などなど幅広い発明実験が日々行われている。
 ――はずなのだが、その実、しょっちゅう爆発が起きてツギハギ横丁限定の地震が起きたり、たまーに悪人を連れてきては、モルモットとして実験につき合わせているらしい。
 噂が真実かどうかは、戻ってきた人間が口を噤んでいるため分からない。
「ちょっと調子が悪いな、調整が必要かな」
 ちなみに剛利の連れてきた男たち二人は、甲斐が更生プログラム装置を調整しながら呟く内容を聞き続けた結果、「直った! さあやろうか」という段になって全てを白状した。
 ハーパーに雇われた、ということを。証人とするため、ただちに身柄はアイール水路警備局に引き渡され、甲斐は舌打ちした。
 エディ誘拐事件発生から二時間後のことである。