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リアクション
5
アルティアがエディを連れて子供部屋に行くと、スワファル・ラーメ(すわふぁる・らーめ)がキーチとミホの玩具になっていた。
「あ、たいちょうだ。たいちょう、みて! くもさんだよ!」
スワファルは、深紅と漆黒の色をした蜘蛛型のギフトだ。普通の子供なら泣き出しそうな形であるが、さすが開拓者の子だけあって、二人とも上に乗りながら「ハイヨー! シルバー!」などと西部劇ごっこをしていた。
頼もしいと言うべきか(キーチとミホが)、気の毒と言うべきか(スワファルが)、アルティアには今一つ分からない。
「おれは大人だから、そーゆーのは興味ないんだ」
と言いつつ、エディの組んだ腕と脚はうずうずしている。
スワファルとルルゥ・メルクリウス(るるぅ・めるくりうす)は、パートナーの夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)、草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)と共に、アイールへと警備の仕事に来ていた。しかし、ジョーイたちの話を聞いて同情したルルゥが、スワファルのみを連れて、この家に押しかけたのだった。
羽純からは、学校に行くよう勧めてみたらどうじゃ、と助言を貰っていた。その通りに伝えてみたのだが、案の定、「金がない」と断られた。
「一人二人の学費の援助ぐらいなら妾たちでも出来んことは無いし、カンパなどを募ってみても良い」
と、これも羽純からの伝言だが、ジョーイは口をきいてくれなくなった。ステラ曰く、ジョーイは他人に頼るのが大嫌いらしく、「援助」と「カンパ」の単語は、彼のプライドをいたく傷つけたものらしい。
――はあ、とルルゥはため息をついた。
おまけに、だ。
錬金術を記した魔道書であるルルゥにとって、レアメタルの存在は、好奇心を刺激した。そこでちょっとだけ地質を調べてみることにしたのである。それで、どれだけのことが分かるかは不明だし、当然、結果はジョーイに報告するつもりでいた。
だがそれを見つけたジョーイは、激昂した。
「やっぱりスパイか!!」
銃を抜き、ルルゥに向けて撃鉄を起こした。ステラが間に入ってくれなければ、確実に引き金を引いていたろう。
スワファルが下の二人に懐かれていたため、辛うじて追い出されずにすんだが、
「絶ーーっ対、子供部屋から出るな! 出たら撃つからな! 二人の前でも撃つからな!!」
と、釘を刺されてしまった。
「……はあ」
ルルゥは何度目かのため息をついた。
ルルゥと似たようなことを考えたのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。
彼女は、中継基地でシャンバラ・セキュリティ・システム――通称SSS――という民間警備会社を起こしていた。レアメタルが発掘できればニルヴァーナにとっても、アイールにとっても役に立つし、もっと個人的なことを言えば、会社の装備に使えるかもしれないと考えていた。ついでに儲けられれば御の字だ。
「ハーパーとは全然関係ないわよ」
菓子折り持参で、ルカルカはそう説明した。
「調べるのは、あなたたちの土地以外の場所。掘るのも別の場所。騒音までは保証できないけど、極力、ここには迷惑かけないようにする」
どう? と訊かれ、ジョーイは唇を噛んだ。
「うち以外の場所なら、仕方ない……文句言う筋合いじゃないし……」
だが正直言えば、その調査が土地にどの程度影響するのか、ジョーイはそれが心配だった。保証されたとしても、何かあるかもしれない、たとえば水が汚染されるかもしれない。そしてそれを証明する術は、ジョーイにはないのだ。仮に証明できたとして――元に戻すことは出来るのだろうか?
「町の景観も損ねたくないし、可能な限り、町のずっと外を利用する。どの道、調べてみないと、今すぐどうするとは約束できないけど……」
「だから、俺にそれを止める権利はないから。しょうがないよ、いいよとしか言えないです。でも、一人でもうちの土地に入ったら、それが地下だとしても、それが分かったときに、タダじゃおかないからね」
ジョーイの恨みがましい目を受け止め、ルカルカはしっかりと頷いた。
「約束する。この土地には指一本触れない」
ルカルカが帰っても、しばらくジョーイはソファから動かなかった。
「何でこんなことになっちゃったんだろうなあ……。レアメタルなんかなければ……ハーパーの奴が、そんなの見つけなければ……」
うんざりしたようにかぶりを振る。
「そんなこと言っても、仕方がないでしょ。見つかっちゃったものは見つかっちゃったんだし」
「だけどさ、もしなかったら、俺たち、うまくやってたんだぞ?」
「貧乏だけどね」
「食えてはいけただろ、畑も順調だったし」
ステラの返事に、ジョーイは口を尖らせて反論した。彼女だけに見せる、ジョーイの子供らしい一面だった。
そのステラが、コート――母親の形見らしい――を着ているのに、ジョーイは気づいた。
「出かけるのか?」
「足りない物があるから、ちょっと町まで買いに行ってくるわ」
「一人じゃ危ないぞ」
「大丈夫よ、“名無し”さんがいるから」
「――あいつか」
ジョーイは忌々しげに舌打ちした。
「よく信じるよな、どこの馬の骨とも分からない奴なのに」
「悪い人じゃないわ」
「いい奴かは分からないだろ」
「エディを助けてくれた。――ジョーイ、この土地で、保護者もいない私たちにとって、命を助けてくれる、その一点だけで私は彼を信じていいと思うの」
「甘いよ、ステラ。もし、ハーパーの回し者だったら……」
「その時は、三人には内緒で、私たちで何とかしましょう」
ジョーイは両目をぱちくりと瞬かせた。
「エディたちは彼のことを好きなようだから。あの子たちの保護者は私たちなんだから、守ってあげないと。大人って、そういうものでしょう?」
ステラが出て行った後のドアを見つめながら、ジョーイは呟いた。
「大人、か……」
大人は信用できない。だが、いつか、そう遠からず自分も大人になる。その時、ステラのような「大人の定義」を自分は持っているだろうか?
壁にかかった写真に目を移すと、両親が笑っていた。いや、父は厳めしい表情だった。ジョーイにとっての大人は、この父だ。がむしゃらに家族を守る……。ジョーイは、そんな大人になりたかった。
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