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魔術師と子供たち

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魔術師と子供たち

リアクション

   2

 天城 一輝(あまぎ・いっき)コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)は、他の仲間と共に、町の東にある子供たちの家を訪れていた。
 家の主人はジョーイ・ラッシング。僅か十四歳の少年である。四か月前に両親がモンスターに殺されてしまった。
 コレットはアリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)と協力し、彼の家と、“名無し”と名乗る男を綺麗にしようと張り切っていた。
 が、家の掃除に関してはジョーイに断固拒否された。
「余計な真似をするな!!」
 その怒り方が尋常でなかったため、これについては諦める他なかった。
 次に“名無し”だが、風呂には入ってくれた。髪も髭も洗ってくれたし、真新しいローブに着替えることも承知してくれた。だが髪を縛り、髭を剃ることは拒否された。無理強いしようとしたら、吹き飛ばされそうになったので、こちらも諦めざるを得なかった。
「せっかく用意したのに……」
 コレットは高級スーツを撫でながら、ため息をついた。ちらりと見た“名無し”の顔は、造形としてはそう悪い方ではなかった。少なくとも見たところ、人間ではあるようだ。
「ぶつかり合う必要はないと思うんですがね」
 子供扱いしないよう、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は慎重に言葉を選び、丁寧に話しかけた。
「ハーパーと君は二人で牧場をやる。地下資源に関しては、真上からぶち抜かなくてもどうにかなるでしょう。方法はあるはずですしね」
「百パーセント、絶対ですか?」
 手作りの椅子に座ったジョーイは、反対側の客用ソファ――これも手作りのようだった――の唯斗を睨め上げた。その目には他人に対する不信感が宿っている。
「あなたは、その資源とやらがどの程度あるのか知っていますか?」
「いや。調べてみないことには」
「それがどんな種類で、どうやって掘るのか、どれぐらい深いところにあって、掘ってここにどんな影響があるのか、分かりますか?」
「調べてみないと……」
「影響が出たら、責任取れますか? 戻せますか、元に?」
 唯斗は口を噤んだ。ジョーイは返事を求めていない。何をどう言おうと、彼は拒否するだろう。そしてどんなに調べたところで、ジョーイの望む百パーセントの保障など、この世に存在するはずもない。
「どうしても、『ここ』じゃなければいけないのですカ?」
 ロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)が尋ねた。
「他の土地でハ?」
「……『ここ』は、俺の両親が残した土地です。借金もまだ残っています。この椅子もソファもテーブルも家も、父さんたちが作ったんです。形見なんです。あなたは、それを捨てろと?」
 む、とロレンツォも黙り込んだ。
 ジョーイの言葉は、感情論だった。唯斗が考えたように、彼は、どんな提案をされても断るだろう。親の形見という理由一つで。それを屈服させるのは難しい。
 だが、子の親に対する気持ちだからこそ、見る者の心を打つはずだった。
 一輝はハーパーに腹を立てていた。ハーパーが「牧場を広げる」という名目でコントラクターを雇っていると思ったからだ。だがそれは、ねじ曲がった噂だった。ハーパーは地下鉱脈が目的であると訂正した上で、依頼を出している。
 それでも釈然としないのは、ハーパーが子供たちの住処を力ずくで奪おうとしているからだろう。それにコントラクターが巻き込まれるのは、いい気はしなかった。
 一輝はアイール発着場の管制塔にある民間周波数に介入することが出来る。これを利用し、この家に臨時に立てたアンテナから映像を町全体に流すことにしたのだ。
 ハーパーとジョーイたちだけでなく、町全体の問題にしようとしたわけだ。
「ねえ内蔵助」
 アリアンナは横に立つ“名無し”に呼びかけた。名前がないと不便なため、ロレンツォが名付けたのだ。何となくメジャーでしかもありふれていない――ロレンツォはいたく気に入ったようだったが、当然、“名無し”本人も周囲の人間も認めたわけではない。第一、どう見ても「内蔵助」という風貌ではなかった。
 それでもアリアンナだけは、「内蔵助」と呼んだ。
「教えて頂戴な、なぜあなたには攻撃は効かないのか、どうしてこの場所に来たのか」
「それが分かれば、艱難辛苦はない」
「……今何て?」
“名無し”を挟んで反対側に立つコレットに、アリアンナは尋ねた。
「……多分、苦労はないとかそういう意味じゃないかな」
 コレットは自信なさげに答えた。
 あれ? とアリアンナは眉を寄せた。大仰な言葉を使う魔術師――どこかで聞いたことがあるような気がした。


「なっ……!」
 一瞬の絶句の後、アダム・ハーパーはテーブルに拳を叩きつけながら怒鳴った。
「何だこれはっ!?」
 その振動で、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)の前に置かれたカップから、コーヒーが飛び散る。
「わしはちゃんと買い取ろうとしたぞ! それをいきなり銃を向けてきたのは、あっちじゃないか!」
「でも、相場より低かったんでしょう?」
 小次郎は零れたコーヒーを拭きながら尋ねた。
「だがあいつ一人ぐらいなら、しばらく遊んで暮らせる金だぞ!」
「それに、牧場を広げると嘘をついた」
「他の連中に知られたら、先を越されるかもしれんじゃないか! これは命がけの勝負なんだぞ!」
「しかしですね、非合法の手段で土地を手に入れた場合、それをネタに強請られる可能性はいつまでもなくならないでしょう。最悪自分たちよりも強い勢力に同じ手段で取られる可能性もある。今後を考えても合法的に土地を手に入れ、発掘を行うのが一番良いはずです」
「だがそれは、断られた」
「そこは交渉次第です。もう少し、金額を上げられませんか?」
「む……」
 ハーパーは腕を組んで、どっかと座り込んだ。
「向こうは別の人間が説得します。……でもあまり、時間はありませんよ」
 ハーパーの眉間に皺が寄り、口元が歪んだのを見て小次郎は付け加えた。
「……いくら出せば、ジョーイは承知すると思う?」
「さあ、それは」
 交渉次第である。先程の放映を見る限りでは、断固として拒否しそうだったが、現実問題、子供たちだけで牧場を経営できるとは思えない。
「ジョーイが承知するなら、こちらも考えないでもない。だが、こっちだって出せる金額には限度がある。まずは向こうの返事を持ってこい。こっちとしちゃ、どんな手でも手に入れられればいいんだからな」
 ハーパーはふんぞり返って答えた。どうやら、この男にとって金を出すことは、非合法な手段より難しい選択のようだった。