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されど略奪者は罪を重ねる

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されど略奪者は罪を重ねる

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 第九章

 機晶都市ヒラニプラ。市街地。
 ウィルコと煉の戦いは一進一退の攻防を繰り広げていた。

「ちっ……!」

 ウィルコは腕を切り裂かれ、舌打ちをしながら後退した。
 その動きは明らかに精彩に欠いていた。それは、迷いを完全に吹っ切れていないせいか。
 煉は魔鎧として装着するリーゼロッテ・リュストゥング(りーぜろって・りゅすとぅんぐ)の力を借り、純白の魔法陣を展開した。

「終わりにさせてもらうぞ」

 言葉の終わりと同時に、辺り一面に猛吹雪が吹き荒れる。
 ウィルコの方向感覚が麻痺し、吹雪の乱反射により煉の姿を見失った。
 辺りを見回す。
 吹雪を掻き分け、正面から刃が迫っていた。
 すんでのところで飛び退く。靴を擦りながら後退すると、背後から声が聞こえた。

「かかったな」

 煉の声。ウィルコは驚き、前を見る。
 そこでは先ほど刃を振るったらしき、魔鎧の状態を解いたリーゼロッテが笑っていた。

(囮か、ちくしょうッ!)

 ウィルコは背後の煉に攻撃しようとするが、それよりも早く背中を斬りつけられる。
 生まれた大きな傷。火傷したように熱くなる背中。
 激痛に顔を歪め、ウィルコの体が前のめりに倒れそうになる。足を前に出し、どうにか耐えた。
 それは一瞬だ。
 しかし、この戦闘においては――致命的な隙だった。

「リーゼロッテ!」

 言われるまでもなくリーゼロッテはすでに走り出していた。

「残念だったわね、これでゲームはお終いよ」

 リーゼロッテが大剣を奔らせ、なおかつ煉がリーゼロッテの斬撃にタイミングを合わせた。
 二人はアイコンタクト。短く息を吐き、交差するようにウィルコを斬りつけた。
 クロス・スラッシュ。
 技名の通りX字に切り裂かれたウィルコの体が、夥しい量の血液を撒き散らす。
 薄く積もった雪が赤色に染まった。
 ウィルコは喀血し、膝が崩れそうになるのを耐える。
 首を巡らせ、煉を見た。
 再びリーゼロッテを魔鎧にして装着した煉は、冷めた瞳でこちらを見据えていた。

「お前の、負けだ」

 煉の構えは、防御を顧みない攻撃特化の型――滅殺の構え。
 出血多量によりおぼろげになっていく視界の中、ウィルコはぼんやりと迫り来る煉を見つめていた。

(……ごめん、姉さん)

 自分まであと三メートル。
 煉は魔力と念力で自身の身体能力を増幅した。
 出血と疲労により、頭の奥が激しく痛む。ウィルコの意識が、急速にぼやけていく。

(俺は、もう、姉さんの好きなホットミルクを作れそうにないよ……)

 自分まであと二メートル。
 煉は自身が持つ最高の剣技、零之太刀の構えをとった。
 ウィルコの意識が不透明になっていく。
 だがそれでも薄れることのない一つの思いが、ウィルコの意識を瞬く間に覚醒させた。

(――姉さんだけは絶対助ける)

 どくん、と心臓が大きく跳ねた。
 呼応するかの如く、足が地面を蹴った。

「まだ、やるのかっ」

 煉が目を見開けた時――ウィルコはすでに間合いに入っていた。
 振るわれた短剣の一振りはまさに閃光。
 闇の中にいつまでも軌跡が残るような、白銀の一振りだった。

「零之太刀!」

 二つの神速の太刀が衝突。
 凄まじい衝撃波が二人の全身を貫く。
 短剣は砕けながらも押し勝つと、煉をのぞけらせた。
 ウィルコの足が凄まじい速度で跳ね上がる。耳を聾するほどの破壊音と共に煉の体がくの字に折れた。
 最後の短剣を抜き取り、逆手に持って飛び掛る。

「眠ってろッ!」

 束の間、すべての物事がゆっくりと流れた。
 ウィルコと煉の視線が絡み合う。
 短剣の刃が四方八方に奔り、縦、横、斜め、と無数の斬撃を発生させた。
 ヒュオッという風の音が耳から抜けていき、時間の流れが戻る。
 ウィルコが煉の背後で着地した瞬間、幾つもの閃光が煌く。思い出したように、あちこち切られた煉の全身から血が噴出した。
 煉が膝を崩す。
 その音を耳にしたウィルコは、背中越しに声をかけた。

「致命傷は避けてある。無理に動かなければ、死ぬことはねぇよ」

 そして、足を引きずりながら去ろうとした。
 だが、すぐさま気配を感じて足を止める。
 振り返る。
 視線の先では、黒焔刀を支えにして、血塗れの煉が立っていた。

「おい、止めてくれよ……死ぬ気か?」

 問いには答えず、煉はウィルコを睨みつけた。
 額の傷跡から流れ落ちる血の隙間にある目には、強い意志が宿っている。
 悪は悪と断じる煉は、その身と命を賭けてでも、自分自身を通そうとしていた。

「ちっ、この馬鹿が!」

 ウィルコはそれを理解し、逆手に持った短剣を前にかざした。
 煉も黒焔刀を構え直す。
 そうして、二人が同じタイミングで踏み込んだ時――。

「動くなよ、お二人さん」

 突然、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が二人の間に現れ、両手を互いの顔の前で広げた。
 ウィルコは素早く飛び退く。
 意識を失ったのか煉は前のめりに倒れる。慌てて、テノーリオがその体を支えた。

「……ったく、不殺ってのは難しいなぁ」

 テノーリオはそうぼやくと、顔だけ振り返り、ウィルコを見た。
 ウィルコは戦闘態勢をくずさず、問いかける。

「新手か……」
「そうだけど、違うよ。俺は戦う気なんてない」
「なら、なんでここに来た」
「伝えるためにだよ」

 テノーリオの言葉の意図が分からず、ウィルコは首をかしげた。
 と、ウィルコの視界の端に信じられない人物が映った。
 金元ななな。殺すべき、ターゲット。
 ウィルコは意識をテノーリオからなななに移し、前かがみに構えた。

(そちらから出向いてくるなんていい度胸だ)

 自分の限界は近い。けれど、ここまで近くならまだ大丈夫だ。
 ウィルコは走り出そうとするが――その肩を、誰かに掴まえられた。
 振り返る。
 そこには、今まで一緒に戦っていた皐月が立っていた。
 皐月が語る。

「終わりだよ、ウィルコ。もう全部終わったんだ」
「……どういうことだ?」
「色々考えてたけど……これが、最善だったんだ。悪いな」

 的を射ない皐月の言葉に、さらにウィルコは首をかしげた。
 そんなウィルコことなど気にしない様に、前方のなななが大声で言った。

「聞いて、ウィルコ・フィロ。今から全部話してあげるわ」

 そして、なななは子敬が廃ビルの契約者たちとやっと連絡を取れ、得た情報を全て話し出した。