波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

されど略奪者は罪を重ねる

リアクション公開中!

されど略奪者は罪を重ねる

リアクション

 ウィルコは自分の耳を疑った。
 いままでの記憶と情報が絡み合い、耳にした真実を受け入れることが出来ない。

(……なんだよ、それ?)

 それが、最初に思い浮かんだ台詞だった。

「じゃあ、姉さんは……俺のせいで……今の病気にかかったってのかよ」

 言葉にした瞬間、その事実をウィルコは受け入れてしまった。
 体からすーっと力が抜け、その場にへたり込んだ。

「…………っっ!」

 ウィルコの中で、あらゆる感情が一気に込み上げる。
 拳を地面に打ちつける。力を入れすぎたために、皮膚が裂けてしまった。

(全部、全部、俺のせいだったのかよ。
 姉さんを幸せにするどころか、不幸にしていたなんて……ッ)

 ウィルコは懇願するように、なななを見上げた。

「殺してくれ、金元ななな。俺は、お前のかけがえのない人を奪ってしまった」

 なななが首を左右に振った。

「あの人は死んでない。なななが信頼するお医者さんが助ける、って言った。だから、死ぬはずがない」

 ウィルコを真っ直ぐ見つめ、なななは言い放つ。

「なななはこの事件を本当の意味で解決する。そして、そのために必要なものは全部揃ったの」

 いつの間にかなななの傍に寄ったトマスが時計を確認し、口にした。

「――時間だ」
「え……?」
「君は求めた。誰も傷つけない方法を。そして、シエロを救う方法……いや、言葉を」
「なにを、言っている……?」
「残念ながら、その言葉を言うのは――僕でも、なななでも、ない」

「――ウィルコ」

 聞きなれた声。
 間違えるはずがない。
 ウィルコは振り返る。

「姉、さん……?」

 視線の先では、エドワードに押される形でシエロが車椅子に座っていた。

「なんで、だよ。なんで、姉さんが、ここに……!」

 手から短剣がこぼれ落ちる。
 エドワードはそれを見て、シエロに耳打ちして車椅子から手を離した。

「く、来るな……!
 姉さんを不幸にしたのは、俺のせいなんだから……!」

 シエロは自分の力で車椅子を動かして、ウィルコにだんだんと近寄っていく。

「そうだよ。俺のせいだ。全部、俺が悪いんだ……!」

 ゆっくり、ゆっくりと。
 目と鼻の先まで来たシエロに、ウィルコは泣きそうな子供のように呟いた。

「やめろ、やめてくれ……!
 それ以上近づいたら、俺は確実に――!」

 言葉を遮るように、シエロは彼の体を抱きしめる。

「離せ、離せよ!
 姉さんっ! 一体、何を……!」

 シエロの心臓の音が、ウィルコにまで届く。
 とくんとくんと鳴る鼓動が、彼の心に響き渡った。

「私は、自分のことを不幸だなんて思ったことはないよ」

 予想に反したその言葉に、ウィルコが口をつぐんだ。

「私の病気は治る見込みはないかもしれない。私は周りから見れば不幸な人間なのかもしれない。
 けどね、私は自分のことをむしろ幸せな人間だと思ってる。
 だってこんなにも、自分のことを想ってくれる弟に出会えているんだもん。病気ぐらいじゃお釣りがくるわ」

 シエロは、笑った。
 強がるでもなく、自嘲するでもなく。
 それは、どこまでも明るくて、誇らしい笑顔だった。

「だからね、ありがとう。私をこんなに幸せにしてくれて」

 ウィルコの目に、その笑顔はひどくまぶしいものに映った。

「なん、だよ、それ……。
 そんなの、俺は……俺はぁ……!」

 涙腺が、熱を帯びた。
 あふれ出す感情は涙となって、目尻に浮かぶ。

「チクショウッ! 姉さんは、ほんとに、馬鹿だ……!
 う、うぅ、ばか、だ……! うぁああ…………っ!」

 とうの昔に錆びていたはずの涙腺から、透明の錆びがこぼれ落ちた。