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リアクション
エピローグ
あの事件から一ヵ月後。
シエロたっての希望で医療施設から抜け、ハデスが用意した『アジト予定の一室』で二人は余生を過ごしていた。
ウィルコの処罰は一ヶ月にも及ぶ何度も何度もの懇願により、どうにか死刑は免れ、無期懲役にまで酌量できた。
シエロの五感もだんだんと正常を取り戻すことは出来たが……それでも、だんだんと弱まっていく心臓だけは治せなかった。
「ごめんなさい、ウィルコさん」
毎日義務付けられた教導団への訪問を終わらせ、帰ろうとしていたウィルコにローズが頭を下げた。
「私たちにもっと力があれば、シエロさんを……」
「いいんだよ」
ウィルコはどこか吹っ切れたように笑う。
「お前らのお陰で、俺と姉さんは人生で一番楽しい一ヶ月を送れた。ありがとう」
逆に感謝を告げると、ウィルコは玄関へと歩いていく。
玄関では、彼を待ち構えていた小暮となななが立っていた。
「……今日が最後の日だ。明日、待ってるよ」
「ああ、分かってる。そうしなければ、俺は死ぬしな」
ウィルコは自分の胸に指を指した。
教導団が彼が外で生活することを許す条件に、毎日の本校への訪問と融解性のカプセルに入った致死毒を飲むというものがあった。
カプセルは飲んでから二十四時間経つと、完全に融解されてしまう。そうなれば、ウィルコは毒によって死んでしまう。
そのためにも毎日教導団を訪れて解毒剤を飲み、そして同じカプセルを飲むことの繰り返し。
酷い制約だ、とウィルコはいつも思うが、シエロと暮らせるなら別にどうでも良かった。
「それで、金元ななな」
ウィルコはなななに視線を移す。
なななは悲しげに目を伏せ、何かを言おうとするが、それよりも先にウィルコは口にした。
「すまなかったな。ありがとう」
ウィルコはすれ違い様に彼女の肩を軽く叩き、教導団の本校を後にした。
――――――――――
教導団から出ると、そこではアスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)が待っていた。
「今日はよく知り合いに会う日だな。お前も、俺になにか用か?」
「ウィルコちゃんに伝えたいことがあってね」
「ちゃん付けは止めてくれよ……」
ウィルコは苦笑いを浮かべた。
アスカは目を閉じて、語り出す。
「私は人間よりずっと長生きの魔女だから、周りの人間のお友達を数え切れないくらい見送ってきたの。
何度経験しても先立つ人とお別れするのはとっても悲しくて辛いことだよ。エリスちゃんだっていつかきっと、私を置いて逝っちゃうんだよね……」
これから姉の死を見届けるウィルコへの言葉なのだろう。
ウィルコはその意図を汲み取り、静かに耳を傾ける。
「でもね。昔あるお友達が言ってた。
限りある命だから人間はその短い一生に精一杯光り輝くんだ。
残された者がその光を次代へ受け継いでいくから、人間はいつも力強く輝いて成長していけるんだ。
だから、自分の代でその光を穢すような生き方をしちゃいけないんだ、って」
アスカは目を開けて、ウィルコを見つめた。
美しいラインを描く唇を開き、優しい声で言い放つ。
「お姉さんの光は貴方が受け継ぐんだから。
悲しませるような生き方をしちゃ、お姉さんが可哀想だよ」
ウィルコは小さく肩を竦めると、アスカに言った。
「それはつまり、姉さんの後を追って死ぬんじゃないよ、ってことか?」
「……まぁね」
ウィルコはアスカの横を通り、市街地へと歩いていく。
片手を上げてヒラヒラさせながら、背中越しに言い放つ。
「心配ご無用だ。そんなこと、重々承知しているよ」
「……どうだか」
アスカはその背中を見送る。
どうしても彼女には、彼が強がっているようにしか思えなかった。
――――――――――
市街地のスーパーで牛乳を買ったウィルコは、やっとマンションに着いた。
そして、その入り口で自分を待ち構えていたオリュンポスのメンバーを見て、再び苦笑いを浮かべる。
「本当に、今日はよく人に会う日だ」
十六凪が一歩前に出て頭を下げる。
「シエロさんの病気を治すことを最優先しましたが……救えませんでした」
ウィルコはゆっくりと首を横に振った。
「何言ってるんだ。お前が謝ることなんて何もない。
むしろ、感謝しても仕切れないほどだ。
こんな良い部屋を貸してくれて、しかも姉さんの面倒を見てくれたんだからな」
ウィルコは礼を言うと、マンションの敷地に入り、階段を昇っていく。
そんな彼を見て、ハデスはいつも通りの大きな声で言った。
「ウィルコ・フィロ! 貴様は我らの仲間だ! そういう約束を我らは交わした!」
ハデスの大声に、ウィルコの足が止まる。
「その約束を忘れるなよ! 我らオリュンポスは貴様と共に世界征服を果たすのだ!!」
小さな声で、ハデスに対して口にした。
「……ありがとう、ハデス」
ウィルコは再び、階段を昇り始めた。
――――――――――
部屋の扉を開けると、中ではシエロと見舞いに訪れた契約者が談笑していた。
彼女の容態は良好だ。本当に、今日死んでしまうのかと疑いたくなるほどに。
ウィルコに気づいたシエロが、にっこりと微笑みを浮かべた。
「おかえり、ウィルコ」
「ただいま、姉さん」
靴を脱ぎ、リビングへと進んでいく。
そしてウィルコはベッドの傍で花瓶に活けられた花を目にし、問いかけた。
「あれ、こんな花、買ってなかったはずだけど……」
「ソレハボクガアノジケンノヒニウエタハナダ。サイタノデモッテキタ」
見舞いに来ていた契約者の一人――優喜がカタコトで答える。
ウィルコはふっと笑い、お礼を言った。
「ありがとな」
「キニスルナ。
ビョーキノオンナノヒトニ、オミマイノハナヲワタスノハトウゼンダ」
「なら、それを持ってきた人にお礼を言うのだって当然だろ?」
「ム、ソウカ。ソウカモシレナイナ」
うんうんと頷く優喜に、ウィルコは再び小さく笑った。
ティーは大分柔らかくなった彼の雰囲気を感じ取り口元を綻ばせ、他の皆に提案する。
「そろそろ私たちはお暇しましょうか」
それは、ウィルコとシエロを二人っきりにさせるため。
他の契約者はその提案に頷き、ぞろぞろと外に出て行く。
ティーに促がされながら最後に扉を潜ったイコナは振り返り、意を決したように言った。
「し、シエロさん。提案があるんですの!」
「ちょ、ちょっとイコナちゃん……?」
ティーの静止を振り切り、イコナは言葉を続ける。
「封印呪縛で魔石の中に居れば時間はたちません。
病気の治療が出来るようになるまで待つ……という選択もなくはないですわ!」
イコナの提案を聞き、シエロとウィルコは顔を見合わせた。
そしてアイコンタクトをとると、シエロがイコナを見つめ、口を開いた。
「ごめんなさい、イコナちゃん。
その提案は嬉しいんだけど……私は姉でありたいから、ウィルコの年上で居たいの」
その言葉は遠まわしに、ウィルコと同じ時間を過ごしたい、という意味が含まれていた。
イコナはその意味を理解し、反論する代わりにしゅんと顔を俯かせる。
シエロは微笑み言った。
「ありがとうね」
イコナは顔をあげる。
大きな瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
イコナは嗚咽を我慢しつつ、シエロに最後の言葉を言った。
「さよならですの、シエロさん」
「うん、さようなら。イコナちゃん」
イコナは最後まで涙を零さないようにして、扉を閉めた。