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リアクション
タイミングの悪い雨――。
帰宅中に降りだせばいいのに。
そうすれば帰った後、ずぶ濡れになった私に陣が「そんな格好じゃ風邪引くぞ」って言いながら、私の前で服を脱ぎ始めるの。
その時、突然消える電気。雷のせいで停電してしまったの。怖がる私に陣の手が……!
駄目よ、陣!
恥かしがるな、どうせ見えないだろ。なんて……きゃーっ!」
いつも通りの一人劇場を上演しているユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)を、ティエン・シア(てぃえん・しあ)は暖かいのか生温いのか分からない笑顔で見てトレーの上にシュークリームをのせた。
「ココアお願いします。お姉ちゃんは? ケーキセットって飲み物ついてるよね」
飲み物を頼むユピリアのトレーを覗き込んで、ティエンは首を傾げた。
これからケーキセットを食べるのに、チョコレートパフェものっている。重くて甘いデザートを、二種類も食べるつもりなのだ。
ユピリアはどちらかといえば細っそりとしたスレンダーな体形だから、身体を動かすのが好きな方らしく、消費のスピードも早いのかもしれない。
「おやつ食べて、宿題やってたらお兄ちゃん来てくれるかな?」
「連絡はしたわ。あとは待つだけよ」
ユピリアの言う通り、ティエンのお兄ちゃんこと高柳 陣(たかやなぎ・じん)には先程電話をかけている。
『なんで俺が迎えに行く必要がある!? お前らだけで帰って来いよ』
『あら、陣はずぶ濡れになって帰るの?』
『えー、お兄ちゃん風邪引いちゃうよ。みんなでご飯食べて帰ろ?』
『……仕方ねぇなぁ』
確かそんなやり取りだった。
自分は少し素っ気ないような言い方をしながらも、そわそわしながら端末を弄っては陣を待つユピリアが姉貴分だというのに何だか微笑ましかった。
「叩き付ける雨に濡れながら、走って来る陣。
ユピリア、会いたかった。この嵐の中で、薔薇の花びらより軽いお前が攫われてしまわないかと心配で――
はっ!
いけないわ。あんまり妄想してると、どっかの誰かみたいに人格矯正プログラムを受けなくちゃいけなくなるじゃない」
ぶるぶると首を振っているユピリアに、ティエンは「でも……」と声を顰めて言う。
「アレクお兄ちゃんがあんな感じになって良かったなぁって僕思うんだ」
その昔、二人の兄に蝶よ花よと箱に入れられ過ごしてティエンにとっては、何となくそう思ってしまっていたのだ。
「アレクお兄ちゃんが普段どんな風なのかは良く知らないけど」
「それよね!
あのシスコンアレクとジゼルが日常何してるのかってちょっと興味あるじゃない」
思い立ってユピリアは女性らしく矢鱈に早いスピードでメールを打った。
『ジゼル、おやつおごってあげるから、学食に来なさい』
単純だが効果的な誘いだ。ジゼルのねーちゃんと他称されるだけはあって、ユピリアはジゼルの操縦の仕方を分かっていたのだ。
『甘いお菓子』『おごり』『押しの強い言葉』以上、ジゼルを操る三か条だ。
数十秒もしないうちに返信が帰って来る。
『すぐに行きたいけど、放送室にいかなきゃだから、あとちょっとまってて!
ほんとにいくから! ぜったいにまっててね! じぜる』
署名は要らない。あと母ちゃん並に平仮名だらけだった。
「今のメール、ジゼルお姉ちゃん?」
「あとで来るって。
で――」
前のテーブルに座る少女に、ユピリアは手招きする。
「キアラ? だっけ。
あなたもこっち来て、恋愛話しましょうよ」
ユピリアの提案に、キアラはやつれた顔でこう答えた。
「男(の話し)はもう勘弁っス」
* * *
「お嬢さん方、良かったら俺達も混ぜて頂けますか?」
花を差し出す貴公子――エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の登場に、キアラは年頃の娘には考えられないつれない反応をした。つまり『おえっ』と、そういう顔でそう答えたのだ。
「――どうかして?」
エースの後ろから現れたリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)に、こちらには気を許すつもりなのかキアラは隣の椅子を示す。
「一瞬国に帰ったのかと錯覚したんスよ。
貴方どうせ『イタリアならこーいうのはむしろ普通だ。というか女性を見かけたら声をかけるのは義務だ』
とか思ってるんでしょうが、私はそんなに軽く無いので!」
エースがそう考えて居たのは事実だし、イタリアの男性が女性に声を掛けるのを礼儀にしているのは事実? だが、キアラとしては認めたくない事実だ。
幼い頃から数える程しか顔を合わせた事の無い多忙な父も、クソ可愛く無い弟も、無神経な隊長も――キアラが嫌いだったり苦手だったりするのは皆、男だ。
「キアラさん、もしかして男性が苦手なの?」
リリアの指摘に、キアラは口をへの字に曲げながら話し出した。
「子供の頃いじわるな男の子たちにこの赤毛をからかわれて、それが嫌で嫌で仕方なくって……だから女子校に入学したんス。
やーっと男とは係わり合いにならないで済む! って思ったのに男臭い軍隊に入ることになっちゃうし、最近は変な男と良く会うし……ホントついてない」
「でもそこのところエースは大丈夫よ。彼ホントに下心とか無いから。
無さ過ぎてむしろ自信無くしかねなわいよ、こっちが。
女性としての魅力に乏しいのかしらと。ちょっとムカつくわよねー」
からかっているような非難の視線を向けられても、エースの涼しい笑顔は崩れない。
「そんなこと無いよ。リリアもとっても魅力的だよ」
「息を吐く様に口説くんですね。益々もって――
まあ良いっス。少しなら。ええとユピリアちゃんとティエンちゃんは?」
「私たちは構わないわよ」
やっとのことで承諾の言葉を貰って、エースはもう一度キアラに微笑んだ。
「美味しいお茶を淹れてあげるよ。
それともコーヒーの方が良いかな?」
「たいちょーみたいに苦いのはイヤ。
キアラはあまーいカフェ・ラッテが好き」
くるみのように丸いライトグリーンが、ぷっくりと熟れた唇が屈託なくにっこりと笑う。
男の子達が彼女をからかった本当の理由を分かった気がして、エースはレディ達に気づかれない様にこっそり苦笑した。
*
ケーキスタンドに乗せられた魅力的なお菓子たちに、キアラは自分の二の腕を抓って首をふるふる振っていた。
ダイエットだろうか。エースはその単語を出さずに彼女に皿を差し出した。
「ちゃんとカロリー控えめにしてあるから大丈夫。
それに摂取カロリーより消費カロリーを多くすれば問題無いからね。
何よりキアラさんには必要無いよ、
可愛いし」
爽やかな微笑みをぷいっと躱(かわ)して、それでもキアラは沸き上がる欲望に抗えないようだ。
「ふ、ふん!
でも……じゃあ……いっこだけ……」
「さて。どれをお取りしましょうか、お嬢さん」
本来ならば順番があるのだが、この際それは放っておこう。
この感じだと恐らく、長い事おかしを我慢していたようだから、好きなものを食べさせてあげたい。
「やっぱりサンドイッチよりスコーンが食べたいっスね」
「勿論、クロテッドクリームは一杯で?」
「乙女心が良く分かってるんスね」
口に入れた瞬間、甘いお菓子に蕩けた顔が隠せない。派手な見た目に反してもの凄く素直で単純な子のようだ。
エースとリリアは顔を密かに見合わせ微笑んだ。
「キアラさんは、普段ジゼルと居る事も多いんだよね」エースの質問にキアラはナイフとフォークを置いた。
「多いというか……隊長にくっついて来てて。
ジゼルちゃん歳も近いし、プラヴダは女の子殆ど居ないから自然と」
「くっついて? アレクが連れ来ているのでは無くてかい?」
「そうっスね。ジゼルちゃんが自主的について来るんス。
隊長は軍にはそんなに関わらせたく無いみたいっスよ。
ジゼルちゃんを護衛する命令も、実は作ったのは私だし」
「何よそれ」ユピリアが聞く。
「士気向上目的っていうか? 華の無い生活にも潤いは必要っスから。
か弱い女の子を護る正義のヒーローみたいな?
その可愛い女の子が『頑張って』って言うだけで、単純な男共は燃え上がるものなんス」
恐らく経験は無くとも、そして嫌いであろうとも、個人の感情は抜きにして分析は出来るらしいキアラに男性代表として困った顔で微笑みつつも、エースは考えた、
「ジゼルの本心的にはどんな感じなのかな」
「キアラに言わせてみればぁ、べったりなのはジゼルちゃんの方」
「ってことはジゼルにとって、実はあのお兄ちゃん、最近の大人しい感じよりも、某国だと通報対象になりかねない『お兄ちゃん』像の方が良いのかしらね」
「通報されそうな事なら今もしてるみたいっスよ」
リリアの話しの途中、キアラが指差したのは、アレクが諒を蹴っ飛ばしたまさに瞬間だった。エースは「やっぱりね」と頷いている。
「大人しいのは『フリ』か。
まあ、あの性格も――お兄ちゃん熱も醒める訳ないし。(あれは真性だよね)。
ジゼルはあんなに気が気じゃない様子なのに、アレクは何時も元気一杯だね」
「でも……、やきもきするジゼルもちょっと見てみたいわね」
リリアは自分の想像でニヨニヨと口を歪めている。
「笑い事じゃないよリリア。
ジゼルは最近アレクが心配で夜も眠れないって……」
「昼寝てたけどね」ユピリアが付け足す。
「だって可愛い感じじゃない。
恋に恋する乙女っぽくて、初々しいわー」
「何言ってるんスか、相手はあのインモラル軍人っスよ!? そんなの恋に恋するじゃ済まないっス!」
椅子から立ち上がらんばかりの勢いで言うキアラに、ティエンは「あのね」と口を開いた。
「僕は好きな人はいないし――幸せになって貰いたい大切な人はいるけどね……
その、恋愛のお話しは良く分からないけど」そう前置きして続ける。
「んと、アレクお兄ちゃんが一歩引いてるのは、ジゼルお姉ちゃんを大切にしてるからじゃない?
お人形じゃなくて、一人の女の子で、大切な妹って見てくれてるからだと思うんだ」
「血も繋がっていないから『恋人』にも問題無い。
ジゼルが本気なら応援出来るけど――」
どうなんだろうか。とエースは視線をキアラに向ける。
しかし本人の居ない場所での噂話しは不毛だとばかりに、キアラはそこで漸く話しを切った。
「さあ、他人の本心なんて所詮その人にしか分からないものっスから。
私達は話しを聞いて、友達の為に出来る事っつーか、してあげたいこと?
してあげるだけっスよね。
ただキアラ的には、もしジゼルちゃんがあの阿呆男を好きなら――もしもの話しっスよ?
そう呼んだら妹ポジになっちゃうのに『お兄ちゃん』って呼んでる理由がさっぱ分かんない」