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リアクション
屋上。
突然に崩れ落ちたハイコドの身体が、ガクガクと動き出した。
「何だ、一体――!?」
一定距離を保ったままの涼介、託、薫、ジーナ達がそれを見ている。
次の瞬間。倒れていたハイコドの身体から『何か』が分離した。
そのホースのような長い何かが絡み合った繭状の『何か』は、逃げ出す様にその場から消えてしまう。
あれこそがケンファ――触手生物の正体だったのだろう。
「今のは――ハイコドさんをのっとっていたもの?
何で今、抜けたのだ……?」
薫の疑問は、ハイコドの身体を見た瞬間に解けた。
義手は四つの指の内、親指を残して他はもげてしまっている。
黒く長かった後ろ髪は肩口辺りでざんばらに切れ酷い状態だ。
度重なる戦闘で、ハイコドの身体はもう極限を超え、ボロ雑巾のようになってしまっていた。
そして絶対に勝てない相手を前にし、触手生物は遂にハイコドの身体を見限ったのだろう。
これは後で分かった事なのだが、後々ハイコドのハンドコンピュータのデータを整理していた所、ケンファからの不誠実な口調で誠実なメッセージが入っていたのだ。
『折角ここまで生きれたのに殺されるのは勘弁して欲しいから返すわー、大事な身体に寄生して悪かったなー』
誰もそれを知らない今だったが、託は答えを導き出していた。
「限界を悟ったのかな。
今のうちに彼を保健室へ――」
皆が頷いた時だった。
ハイコドが、風に揺れる柳の木のように、ゆらりと立ち上がったのだ。
「ここは……蒼空学園……か?」
ぼそぼそと、蚊のように小さな声だった。
「また……嫌な所に出してくれる……」
声を掻き消した扉を蹴破る音に、皆が扉を振り返る。
ハイコドの妻、ソランが息を切らせて屋上へ現れた。
「ハコ!」
安堵に目元を震わせた彼女に、ハイコドは微笑んでいた。
そして唇は、思いもしない言葉を紡いだのだった。
「ああ、ソラ。
今度の君は、どうやって死ぬんだい?」
*
「殺したりしないで」というソランの視線が飛んで来る。
力を込めれば血が噴き出し、踏み込めば開いた傷口が痛々しくこちらに剥き出しになる。
そんな既に瀕死の相手を殺さない様に戦うのは難しいことだったが、涼介は彼女の口に出さずとも抑え難い気持ちに応えようと、吹雪を生み出してハイコドと仲間たちの間に白い壁を作った。
今彼らは、ハイコドと戦っている。
そう、目の間に居るのはあの触手生物ではない、ハイコド自身だ。
ただ彼の目は鈍い色を称え、獣のように向かって来る様は凡そ人間の思考能力があるように思えなかった。
「正気を失ってる……のかなぁ?」託は首をひねった。
「ああ。薫の友達、様子がおかしいね」考明は息を漏らす。
「余り良い状態とは言えないね」
託は煌めく軌跡を描いて、自ら囮になるように動き出した。
ハイコドはそれを追って来る。「ソラ! 今度こそ……今度こそ助けてあげるね!!」そう叫びながら。
彼はまだ、夢の中にいるのだ。
長い悪夢の中に。
妻が繰り返し、繰り返し殺される悪夢の中に。
「(ソランさんを覚えている事は評価しようか)」
自分達を認識出来なくなっているところは減点だけれど、託はハイコドに向かってチャクラム型の光条兵器を投げつけた。
真っ直ぐに向かってくれるから、狙いをつけるまでもない。
「余り情けない姿を見せないでくれよ、ハイコドさん!」
刃はハイコドの身体に残る触手をあっさりと切断した。
「暫く見ないうちに、そんなに弱くなったのかい?」
――心も、身体も。
今のハイコドは彼の友人と呼べた頃とはかけ離れている。
「今の君じゃあ、アレクさんどころかこんな弱い僕にすら及ばないよ」
吐き捨てながら思った。
――いっそまっ二つにしてやろうかなぁ、とか。
そんな事を考えながらも、実際やるのだとしたら光条兵器で『斬らない』選択をするのが託なのだが。
「負けは認識出来ないかな――」
託の呟きに続く様に涼介が吼える。
「たかだか一回の敗北で護るべきものを放り出して逃げるな!
人は敗北を知る事で強くなる事が出来る。
強くなりたいなら真実から目を背けるな。
護るべきもののために目を覚ませ、ハイコド!」
涼介の召還獣が、ハイコドの進路を塞ぐ。
「こんな強さじゃあソランさんを護りきれないだろうねぇ」
託の挑発に、ハイコドは叫んだ。
「ソラ! ソラ! 護るよ! 今度こそ助けるから!」泣きながら叫んだ。
正気は失っている。だが今の彼は、愛する妻を護ろうとしている。ただそれだけなのだ。
それだけの為に炎の中を駆け抜けるハイコドに、託は「やるねぇ」と素直な感嘆を漏らした。
もう武器になるようなものは無い。
ハイコドの踏み込んだ勢いの肘を、又兵衛は縦に構えた槍の柄で受け止める。
これをプレゼントしてくれたのはハイコドなのだが、そんなことすら今の彼は忘れてしまっているのだろう。
「ハイコド、あんたいつまで腑抜けたような、取憑かれたような顔をしているんだい。
未来ある若者が、自分から幸せの芽を摘み取るんじゃねえよ、
じいちゃん怒るぜ!」
垂直の柄で肘を払いつつ、がら空きの心臓に向かって槍を突き出した!
刃は直前で止まり、その間に考明が後ろから羽交い締めにする。
すると遠くから声が飛んで来た。
「ねえ、ハイコドさん。
自分を見失ってしまったら、守りたいものを守れなくなるのだ。
何かに支配されても、ソランさんの事だけは大切に思っていたみたいだけど……、
我だったら、何かに支配されたり、屈するのは嫌。
それが原因で大切な人を傷つけてしまうのが……怖いのだ
我も挫ける時はあるよ、でも、何かに屈して自分を見失いたくない!」
ソランの肩を支える、薫の声は届いただろうか。
「ハコ、大丈夫だよ。
皆助けに来てくれたんだよ。
帰ろう?
あの子達も待ってるよ?」
彼の護ろうとする、そして彼を護ろうと決めたソランの声は届いただろうか。
「ハイコド君。
君を思ってくれる人はもっと沢山いると言う事を忘れてはいけないよ」
考明の千切れんばかりの拘束から逃げ出したハイコドを待っていたのは、ジーナのハリセン乱舞だった。
「ふん縛ってでも連れて帰りますですよ!」
連撃を避けていると、突然ジーナが後ろへ跳び、彼女との間に白い煙が噴射された。
両腕を振り回し、無様に暴れるハイコドに向かって姿の見えない衛の激が飛んでくる。
「こらクソガキ、犬っコロ。
テメーの好きな奴の前で醜態晒してんじゃねえよ!
野郎は腹減ってもすかんぴんでも格好付けなきゃならない生き物なんだよ。
それが出来ネェなら――」
瞬間、ハイコドの視界を、何かが覆った。
「冒険すんな!」
鈍い音がして、ハイコドの顔面に鈍器――空っぽの消化器が当たった。
遂に昏倒したハイコドに駆け寄る面々から離れた場所で、託は衛に振り向いた。
「何だい今のは」
「――アレクサンダル式ぶちかまし術。
まさかそんなもんで倒れると思わなかったけど、流石のあれっくさん直伝だ」
「ああ、例のやつ……」と頷いて、託は思うのだ。
先程自分はハイコドに「今の君ではアレクさんどころか僕にすら及ばない」と言い切ってしまったが、アレクが戯れで衛に仕込んだ投擲方で昏倒してしまうのだから本当にその通りなのだ。
「大切な人を護るためには、そんなものに負けてる場合じゃない。って事だろうねぇ――
ましてや放って置くなんて駄目にも程があるよ」
額に叩き付ける水を無駄だと分かりつつ拭って、託は雨のカーテンの向こうでハイコドを抱きしめるソランを見つめている。
周囲を顧みずに強さだけを追い求めたハイコドは、本物の強さに到達出来ずに闇にのまれ、愛する妻に再びスタートラインへ連れ戻されたのだ。
託の口に微笑が浮かんでいる。
「うん、ハイコドさん。まずは心から鍛え直そうか」
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