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リアクション
五章 佳境の戦
この戦いの真の目的は敵に勝つことでは無く、新型イコンと提案された兵器たちの性能実験にある。
それだけに戦いは長引いていくが、そんな戦も終わりに向かいつつあった。
泉軍の露出度の高い鎧を着た女兵士たちの中にセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がいた。
「セレン、一つ訊いていいかしら?」
「うん?」
「なんで、私たちの兵士まで周りと合わせたの?」
セレアナは周囲を見渡せば、セレンが連れている兵士達も同じように露出度の高い女兵士だった。
「女の身体に、無粋な布切れは無用なのよ」
「そう……」
「それに、周りに合わせないと浮いちゃうじゃない」
セレンはそう言って自身が着ている天御柱新型機候補の機動型はまるでビキニアーマーのように際どいもので、確かに誰か一人でも格好が違うと完全に浮いてしまう状況だろう。
セレアナもクェイルを装備しているがセレンと似たような格好をしている。
「それじゃあ、あたしは行くから。美緒の護衛。よろしくね?」
「うん、任せておいて」
セレアナが答えると、セレンは敵陣へと突っ込んでいく。
目の前に広がるのは古代ローマの重装歩兵軍団。
それを指揮する対泉軍の総司令官クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)はユリウス・カエサルを名乗り中団に位置すると周囲の仲間に号令を発する。
「全軍、魚鱗の陣を展開! 敵を殲滅しろ!」
ユリウスの指揮によりティトゥス・ラビエヌスを名乗る三田 麗子(みた・れいこ)はユリウスの軍勢を借り、魚鱗の陣を展開させる。
ガイウス・スクリボニウス・クリオを名乗る島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)はイコンLSSAHを身にまとってセレンと激突し、援護するように先鋒を任されていたマルクス・アントニウスことケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)、ダス・ライヒを装備したクレオパトラこと八上 麻衣(やがみ・まい)がセレンの女兵士達を相手にした。
ティトゥスとクレオパトラが指揮する兵士達とセレンの兵士が激突する。ローマの重装歩兵を思わせる屈強な兵士達の一振りは軽装の女兵士を切り捨て、女兵士達も軽装の身軽さを用いて三人で一人を沈める戦法で敵を崩していく。
「余力は残せ! 我々は援護を最優先し、迅速に動ける足は残しておけ!」
ティトゥスが指示を出し、兵士の半数はユリウスの近くから動かず待機する。
「こっちも敵将と一戦交えたかったのですが……兵士の相手をするのが精一杯のようですわね」
「それならば、その役目。わたくしが務めますわ! 誰か援護を!」
ガイウスの声に呼応してマルクスがガイウスの横に並び立つ。
「ならば露払いは我が務めよう」
そう言うとマルクスは一瞬、目を瞑る。
「出来れば……この技は使いたくなかったが致し方あるまい。クレオパトラ! あれをやるぞ!」
「はい!」
マルクスが叫ぶと、クレオパトラが指揮を止めてマルクスの傍へと駆け寄り、二人は無双モードを発動する。
「準備完了です!」
「うむ……では、いくぞ!」
マルクスはクレオパトラと手を合わせて敵に向け、
「らぶらぶハート光線ッ!」
全力で叫ぶと、二人の手からハート型の破壊光線が飛び出しセレンの女兵士をなぎ倒していく。
「マルクス……」
「言うな! 何も言うな! 訊ねるな! 早く行け!」
ガイウスが声をかけると、マルクスはガイウスから視線を外して叫ぶ。ガイウスもそれ以上は何も聞かずに開けた道を進みセレンの元へと駆けていく。
「わたくしはガイウス・スクリボニウス・クリオ! これ以上の侵攻は許しません!」
「だったら、止めてみなさい!」
セレンは【シュヴァルツ】【ヴァイス】を構えてガイウスに向けて発砲すると、ガイウスを囲み、円を描くように滑り始める。
「機動型の特性を活かした良い戦法ですが、その程度のことでわたくしは打ち破ることはできませんわ!」
ガイウスはセレンの弾丸を回避しながら円を抜け出し、後ろに滑りながらウィッチクラフトライフルを構えセレンの足下を狙い撃った。
「きゃっ!?」
地面が爆ぜてセレンの動きが止まると、ガイウスは照準をセレンに向けて引き金を引く。
魔法弾がセレンを貫く瞬間──セレンの姿が消え、魔法弾は空を切った。
「なっ!?」
ガイウスは消えたセレンの姿を捕捉しようと周囲を見回し、セレンの声だけが聞こえてくる。
「まさら、こんなに早く無双モードを出すとは思わなかったわ……ついでだから桜花乱舞斬、くらっちゃって!」
セレンは機晶エネルギーの光が翼のような形になり、高機動性能を活かして縦横無尽に戦場を乱舞して敵を滅多斬りにした。
ローマ兵はデタラメに切り裂かれ、ガイウスの周囲は赤色に染まっていき自身もイコンの外装が剥がれていく。
「むぅ……早すぎて目標を斬れないのが難点だったかな。まあ、敵兵は崩れたからいいか」
「いくら兵士を削っても、将が倒れなければ結果は同じですよ」
「確かにそうね。なら、第二ラウンド、付き合ってもらうわ!」
セレンは再びガイウスと切り結んだ。
激戦の間を縫って天貴 彩羽(あまむち・あやは)、スベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)が泉軍の援軍として現れ、ローマ兵を見つめる。
マスティマを装備する彩羽にスベシアは新装備の説明を始める。
「背中に生えた8本腕は自立型慣性制御による機動加速ユニット。名前はマウイセ、本体の機動にあわせて腕を動かして慣性モーメントによって機動を加速させるでござる。対光条装甲は追加装甲、ソナービットは広範囲に渡って戦況を把握できるレーダー。サイキック・ショッカーはBMIで受信した精神波を増幅して打ち出して、相手の精神にショックを与えて一時的に意識を混濁させる近接兵器でござる」
「うん、私のアイデア通りの兵装ね。それじゃあ、行ってくるわ!」
彩羽はステルス機能を使って姿を眩ませると、マウイセを使って加速しローマ兵へと接近するとサイキック・ショッカーを放つ。
「っ!?」
重厚な鎧は精神の攻撃には意味を成さず、外傷を受けないままその場に倒れ込んでしまう。
続いて彩羽はソナービットを使い、戦況を把握する。
「この装備なら、どれだけ大将クラスに遭遇しないかをテストした方がいいかもしれないわね。……なら、このまま数を気づかれないように兵士を減らした方が良いかも」
彩羽は独りごちて方針を決めると、再びステルスを使って周囲から消えてしまう。
前線が激しくぶつかり合い、その隙に右翼を担当していたマルクス・ブルータスことマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)、ガイウス・カシウス・ロンギヌスの黒岩 飛鳥(くろいわ・あすか)が突撃を仕掛ける。
「側面に回り込んで積極的に切り崩してください! できるだけ相手を動揺させるんです!」
ブルータスの号令でローマ兵たちは一糸乱れぬ動きで泉軍の女兵士を切り崩しながら迫っていく。その姿はまるで生きた壁が徐々に狭まっていくようにも見える。
「とにかく敵を削っていかないとね!」
カシウスはトーテンコップを身にまとって、ミサイルポッドを放つ。孤を描くように放たれたミサイルは地面に突き刺さり爆風で女兵士が吹き飛ばされていく。
「自分の前に足を運べる場所があればそこまで動いて陣地の制圧につとめてください! 場所さえ狭めれば数の不利はいくらでもカバーできます!」
ブルータスの指示通りに兵士は動く。その命令は発するとおり、敵味方の距離は密着するほど近くなり、女兵士たちは素早い動きを封じられ、数の理を活かせなくなってしまう。
が、敵と味方に押されている前線の女兵士はローマ兵の鎧にぴったりと密着してしまい、鎧に胸が強調され、ローマ兵の動きが鈍くなる。
「もう! みんな揃ってデレデレしないでよ!」
ガイウスが兵士に檄を飛ばしていると、グネウス・ポンペイウス・ストラボンこと藤原 時平(ふじわらの・ときひら)が援護に入る。
ヴィーキングを装備したグネウスはスナイパーライフルで奥で身動きが取れなくなっている女兵士を狙撃し、奥に空間を作っていく。
「ほほほ、これで前線はもっと押し込めるだろう。ささ、押して押して押し込むのだ!」
グネウスがブルータスに声をかける。
「感謝します! さあ! 奥の敵が崩れてだけ敵を押し込め!」
ブルータスは無双モードを発動し、何処からともなく飛来した短剣が、女兵士たちの急所を刺し貫いた。
「これが暗殺って……自分でこう言うのもなんだが、ひねりも何もない必殺技だな」
「そんなこといいから号令かけようよ!」
ガイウスに急かされてブルータスは咳払いをして、再度号令を発する。
「敵は崩れた! 堅実な攻めで敵を追い詰めるぞ!」
「「おおおおおおおおおお!」」
ローマ兵は盾で敵を押しだし、距離を離して切り捨てすぐさま距離を詰めて敵の攻撃を防いでいく。単純な動作の繰り返しではあるが、単純なリズムだけあり迷いがなく崩すに至れず右翼で固まっていた女兵士達が左翼へと流れていく。
左翼を担当しているマルクス・エミリウス・レピドゥスハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)、デキムス・ユニウス・ブルータス鶴 陽子(つる・ようこ)を迎撃に入った。
「あっちは無理だからこっちらから攻める、なんてやり方でオレたちを崩せると思うなよ!」
エミリウスは無双モードを発動し、巨大な教科書を発現させた。
「てめーら、第二回三頭政治のメンバーを全員言ってみろッ! 三人ともちゃんと言えたら許してやる!」
突然の言葉に女兵士達は互いに顔を見合わせて困惑の表情を浮かべる。
「時間切れ! お仕置きだ!」
エミリウスは巨大な教科書で女兵士を薙ぎ払う。
圧倒的な質量が横一閃に通過し、巨大な衝撃と突風で右翼から流れてきた兵士達は一気に押し戻されていく。
「デキムス! あいつらを適当に攪乱してくれ! その後、俺達は防戦に回る。敵の進路に蓋するぞ!」
「了解!」
ホーエンシュタウフェンを装備するデキムスはローマ兵たちの間をすり抜けて戦闘に立つと、剣を抜きはなって敵兵に斬りかかった。
吹き飛ばされて体勢が崩れた女兵士達がデキムスの一太刀によって血の華を咲かせ、次々と倒れていく。
「さあ、このデキムス・ユニウス・ブルータスが相手よ! 死にたい人から前に出なさい!」
デキムスが挑発するとやられぱなしの女兵士達は目に殺気を宿してデキムスに向かってくる。デキムスは敵に背を向けると再びローマ兵の間をくぐり抜けてエミリウスの元へと逃げ帰ってきた。
「よし、このまま向かってくる敵に攻撃は加えないで防戦に徹しろ! こっちに背を向けてれば右翼が背中から攻めるはずだ!」
左翼の兵士達は盾を持ち正面を隙間無く埋め、女兵士達の斬撃を受け止めた。
「ついでですから、買収もしてしまいましょうか」
マルクス・リキニウス・クラッススことサオリ・ナガオ(さおり・ながお)が援護に入り、無双モードを発動し、大量の金をばらまいた。
金色の雨が空から降り、女兵士達は剣を振り下ろすのをやめて空を見上げる。
「皆さーん! それが欲しかったらわたくしたちの仲間になってください〜!」
それを聞き、一部の女兵士達がローマ兵に背を向けると仲間を突然斬りつけた。
自体は大混乱へと陥り、リキニウスはニッコリと微笑んだ。
「これで、ここの守りはしばらく大丈夫そうですね」
「ああ、ありがとよ」
エミリウスも応えるように笑顔を見せる。
まだまだ数としては泉軍が優位ではあるものの、そもそも戦などに向いている性格ではない泉 美緒(いずみ・みお)では兵の数をいたずらに減らすばかりだった。
「ああ、どうしましょう……このままでは」
美緒が頭を抱えている間にセレアナとネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が傍に近づいた。
「大丈夫だよ美緒さん、元気出して!」
「うう……ありがとうございます。……ネージュ様、可愛い鎧を着ていますね」
「ホント!? これ、ホワイトスノゥ・オーキッドの外装をカスタマイズしてみたんだ」
「素敵ですね、よく似合ってますよ」
「二人とも、世間話をしてる暇はないみたいよ」
セレアナが二人に声をかけ、視線を向けた先には高崎 朋美(たかさき・ともみ)、高崎 トメ(たかさき・とめ)、高崎 シメ(たかさき・しめ)、ウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)だった。
「あそこで戦ってる人たちと別の人?」
「ええ、あそこで集中しているからどさくさに紛れてみたの」
機動型を装備する朋美が微笑むと、セレアナが美緒の前に立った。
「あなたも、随分と大胆な格好をしているのね」
「恋人の趣味よ。放っておいてくれないかしら」
「そうはいかないわ。美緒さんにだけ言っておこうと思ったけど……一人増えたみたいね」
朋美がアーミーショットガンを構えると、美緒とネージュもセレアナと共に並び立った。
「美緒は後ろにさがっていた方がいいんじゃない?」
「いいえ、ここまで来て何もしないわけにはいきません。わたくしも戦います」
「あたしも戦う!」
三人が戦闘の意思を見せると、朋美は美緒に接近し、至近距離でショットガンをぶっ放した。
「きゃっ!?」
咄嗟に身を翻して美緒は弾丸を避けるが朋美の追撃が終わらない。
「美緒!」
「あなたの相手はあたしが務めますわ」
セレアナが美緒を見ている隙に重火力型を装備したトメが機晶ブレード搭載型ライフル二式で攻撃を仕掛ける。
「くっ!」
セレアナはソーラーフレアでトメの攻撃を相殺するがトメの勢いは止まらない。
「ぼっ、きゅっ、ぼん?
そんなもん、若いうちだけやわいな! そらあたしだって、そういうのをウリに、売ってた過去もある。シメをごらん! くやしいけど、あんなんやったんよ! けど歳月の前には……ほっほっほ。むごいものよな」
「ちょっと! 勝手に人を引き合いに出さないでよ!」
シメは朋美と共に美緒を攻撃しながらこちらに噛みついてきた。
「私には恋人もいるし、あなたたちみたいになる気もないわ。あなたたちがそうなったからって、人までそうなると決めつけるのは早計じゃないかしら?」
「若いうちはみなそう言うもんさね。その減らず口、いつまで続けられるか見物やねぇ!」
「いつまでも続けてみせるわ!」
二人は互いに銃を撃ち合い、相殺する状況が続く。
それを尻目にシメと朋美が美緒を追い詰める。
「女の色気? ふふっ、ふっ、甘くてよ! 羊羹のはちみつがけ、ホイップクリーム添えくらい甘いわ!! そんなものが武器になるのは若い間の、ほんの一瞬だって…うちのおばあちゃんが実証してくれてるんだから!」
「わ、わたくしは別に武器になるなんて思っては……」
「そんな格好しておいてどの口が言うの!」
「ひっ、ご、ごめんなさい!」
謝りながら美緒は鞭を振るうが、機動型を装備しているシメはそれを回避すると背後に回り込み美緒の髪を引っ掴んだ。
「戦うときは長い髪を編み込まないと駄目よ。美緒はん……ふふふ、子育ての苦労は当然、結婚の生活苦も知らないような可愛い方やこと」
「い、痛いです……! 離してください……!」
「生活に追われたらねぇ、こんな長い髪、髪結い代も馬鹿にならないから諦めるのが女の覚悟と諦めよ♪ 朋美! 押さえてるから、目ぇ狙いなさい、目ぇ!」
「い、嫌です! 離して……!」
美緒が後ろに手を伸ばしてシメを振り払おうとすると、シメは伸びた白い腕に噛みついた。
「あうぅ……!」
痛さと得体のしれない迫力に美緒は涙目になる。
それを見ていたウルスラーディも何故か涙目になる。
こっちは女の怖さと連携に恐怖しているだけだが、女というものに抱いていた甘い期待は文字通り打ち砕かれていた。
「ちきしょおおおおおおぉぉぉおう! 女なんて、女なんて〜〜〜!!!」
重火力型の機晶ブレード搭載型ライフル二式をぶっ放しまくり、ネージュがそれに魔法銃で応戦する。
「大丈夫だよ、女の人みんながそうなるわけじゃないよ」
「うるせえええええええええええええええ!」
ウルスラーディは聞く耳持たずにネージュに向けて銃を乱射し、ネージュは押し巻けてしまう。
「うう……このままじゃ……!」
「ネージュさん! セレアナさん!」
美緒が苦戦している二人の名前を叫ぶと、朋美が無双モードを発動しビーム状の鉤爪を手甲から発現させて美緒の身体に振り下ろす。
「きゃあああああああああああ!」
「狙った獲物は外さない、お正月の福袋セールで鍛えたこの腕! 見せてあげるよ!」
叫びながら振り下ろされる鉤爪は鎧を引っ掻き、美緒の外装が徐々にボロボロになり白い肌が露わになり、胸がはだけそうになる。
「美緒!」
「美緒さん!」
セレアナ達も猛攻を凌ぎながら美緒に声をかけるが、三人は確実に窮地へと追い詰められていた。
「このままじゃ……セレアナ様と、ネージュ様が……わたくしは負けてもいい。けど、二人だけは何としても助けないと!」
美緒はキッと朋美を睨みつけると同時に無双モードを発現させ、シメの手を振りほどくと朋美の顔に平手打ちをかまして、一発鞭を振るった。空気が裂けると音と共に朋美から悲鳴が上がる。
美緒はうざったそうに髪をかき上げた。
「まったく……小バエがブンブンと耳元で喚かないで欲しいわ。さっさと叩き落としてあげる!」
言うなり美緒は鞭を大きく振るい、トメとシメを鞭で吹き飛ばしウルスラーディは直接近づいて頬を叩いた。
「わたくしに触れてもらえるなんて、光栄に思いなさい」
美緒は舌なめずりをすると、倒れ込むウルスラーディの頭を踏みつけた。
「ううう……女って怖い……」
色々と見たくも物を見たせいか、ウルスラーディは自己防衛機能を発動させて、気を失ってしまう。
「貴方たち! いつまで押し負けているつもり!? さっさと敵を押し返しなさい! 敵将はわたくしが刈り取ってあげるわ!」
美緒は鞭を振るうと女兵士達の目の色が変わり、途端にローマ兵を押し返し狭まっていた戦線が押し返されていく。
美緒は地面を蹴ると、ユリウスの元まで駆けていく。
美緒が飛び出すのと入れ違いになるように佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)が姿を現した。
「この疲弊して傷だらけのイコンたち、テストには最適ね」
牡丹はストークを元にしたオリジナルイコン【ナイチンゲール】を装備しながら笑みをを浮かべる。
傷を負ってボロボロの契約者達が怪訝そうな顔をしていると、牡丹が説明に入る。
「まあ、そんなに怪しまないで。ただのテストですから。今から直接治療と散布治療を試しますのでしばらくそのままでお願いしますね」
牡丹はネージュに近づくとボロボロにされたイコンの外装に銃型の道具を向けて液体を吹き付けると、イコンの外装がみるみるうちに修復していった。
ネージュが目を丸くするのを見て、牡丹は満足そうな顔をした。
「うん、こっちは問題なさそうですね。では、次は散布型のテストを」
牡丹は朋美達に目をやると、装甲からオーロラのような光を出すと四人に向けてその光を飛ばすとこちらも同じようにイコンの傷が治っていった。
「応急処置なので完璧に名乗ってはいないですが、無茶をしなければ戦闘続行が可能な暗いには修復出来たみたいですね。……後は、あの子がこのデータをどうするかですね」
牡丹はモニターで見ているであろうレナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)に向けて手を振った。
一方で美緒はユリウスたちの軍を駆け抜け背後からの挟撃を試みようとしていた。
「オクタヴィウス! 背後の敵を迎撃せよ!」
ユリウスが号令を発するとガイウス・オクタヴィウス・トゥリヌスことゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)はビクッと身体を震わせる。
「え、ええ!? そんな……急に言われても」
オクタヴィウスがおろおろしている間にも美緒はローマ兵を切り裂き接近してくる。
「ああもう! 頼りないわね! 私が出るわ!」
そう言ったのはマルクス・ヴィプサニウス・アグリッパを名乗る鶴 レナ(つる・れな)だった。
ユーゲントを装備すると、MVブレードを手に取るとオクタヴィウスの代わりに兵士を指揮し、美緒の迎撃に入る。が、ローマ兵たちはまるでトルネードにでも巻き込まれたように吹き飛ばされ、美緒は鞭をヴィプサニウスに向けて振るう。
鋭く伸びる鞭の連撃にヴィプサニウスは懐に入ることが出来ず苦戦を強いられる。
それを見て一番に動揺したのはオクタヴィウスだった。
「た、大変だ……早くなんとかしないと……」
「無双モードがあるでしょ!」
ヴィプサニウスは煮え切らない態度のオクタヴィウスに声をかける。
「ええ! でも……あれ、あんまり使いたくな」
「早く!」
美緒の連撃を回避して斬りかかりながらヴィプサニウスが叫び、オクタヴィウスは身体を震わせる。
「わ、分かったよ……」
オクタヴィウスは無双モードに入ると──突然、目に涙を溜めて泣き始めた。
「うえ〜ん、こっちに来ないでよ〜!」
一介の将とは思えない泣きわめきっぷりに反応したのか、単に時間が切れたのか美緒の無双モードが解除され先ほどまでの勢い嘘のように無くなってしまう。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
美緒は慌ててオクタヴィウスの元へ駆け寄るが、泣き止む様子は無かった。その姿を見て、美緒はオクタヴィウスを抱きしめた。
「大丈夫ですよ、もう……わたくしは降伏しますから、泣かないでください」
美緒は声をかけるとオクタヴィウスから離れて大声で宣言する。
「わたくしの負けです! これ以上の戦闘をわたくしは望みません! 降伏致します!」
その声を聞き、女兵士達は一斉に武器を下ろし、ローマ兵から歓喜の声が上がる。
「ほら……もう怖いものなんてありませんよ」
「うん……ありがとう」
オクタヴィウスは泣き腫らした目で笑顔を見せると、ヴィプサニウスは複雑そうな顔をした。
「う〜ん……こんな幕切れでよかったのかなぁ……」
泣く将軍を優しくなぐさめる敵大将の姿を見つめながら、ヴィプサニウスの複雑な表情はしばらく元に戻らなかった。
泉軍が総崩れになるのを見て、辻永軍に加勢していたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は歯がみした。
「くそ……もう、ちまちまやってる場合じゃねえ! サビク、行くぞ!」
シリウスは歩兵を指揮しながらサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)も天御柱新型機候補の機動型で前に出る。
「そうだね、行こうか」
「そういえば、普段サブシートのオレは何をすれば……」
「無双モードでの援護かな」
そんな会話をして二人は目の前の敵に突撃を仕掛ける。
それを見つめて、十七夜 リオ(かなき・りお)も動き始める。
「せっかくのシミュレータだ。現実じゃコスト馬鹿高で作れない装備や機体を試してみようか」
「それで、このごつい外装ですか?」
フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)が訊ねる。
フェルクレールトが装備しているのは元々{ICN0005243#ヴァーミリオン}だったようだが、周囲をこれでもかと大型キャノンやミサイル、エネルギーフィールド発生器が埋め込まれているのだ。当然通常より二回りほど見た目がデカくなる。
リオは自信ありげな表情で鼻を鳴らした。
「大型追加武装ユニット『玄武』だ。機動性は落ちるけど、装甲と火力は格段に向上してるはずだ」
「そうですか。では、この装備のテストを行いデータを残します」
「もっと、大きなリアクションをとってもバチは当たらないと思うけどな……」
リオの不服そうな声を無視するようにフェルクレールトは長距離武器を使わずにシリウスたちを追いかけ横に並ぶと、目の前の敵兵目がけて跳躍した。
「叫ぶのがお約束……バァァドッストライクッ!」
ヴァーミリオンの戦技モーション「飛び蹴り」で奇襲を仕掛け、敵兵が動揺するのを見てフェルクレールトは後退し、自身の周囲を兵士で固め、ミサイルポッドやレーザーマシンガンで敵兵を撃ちまくる。
前方の敵がフェルクレールトの弾幕で吹き飛ばされる中、爆発をかいくぐってサビクが新式ビームサーベルで斬りかかる。
「さぁて、それじゃ新作のほどを見てみましょうか」
爆風をかいくぐりながら敵兵の間をすり抜けるように斬りつけ、前へ前へと進んでいく。薄い装甲に必要最低限の装備から生み出される速度はシミュレーターから生み出された兵士の反応速度を超え、敵兵は何に斬られたのかも分からぬまま倒れていく。
疾風怒濤の勢いで進撃するサビクとフェルクレールとの攻撃を受けたグレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)は大声で自身の兵に檄を飛ばす。
プラヴァー(デフォルト)を装備するグレゴワールが率いるはテンプル騎士団下馬騎士。盾と戦棍、剣で武装した騎士。死すらも恐れぬ狂信者の群れだ。
「テンプル騎士がメイスを愛用する理由、血を流さない聖職者のための武器だからなどでは断じてない。鎧ごと邪教徒を叩き潰すために決まっているではないか。防御を重ねようが何を使用が無意味だ。その守りごと潰してくれようぞ!」
グレゴワールが叫ぶと騎士達は一斉に声を上げる。
「総員、決死戦用意! 目標、前方の邪教徒の群れ。ただ一直線に突き進み、蹂躙し、叩き潰せ! 神はそれを望んでおられる!」
「お〜、頑張れ〜」
シャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)はハンバーガーとコーラを持って観戦気分で応援してくる。
グレゴワールは咳払いをして、剣の切っ先を敵陣、シリウスとフェルクレールトに向ける。
「行くぞおおおおお! 総員突撃いいぃぃぃいい!」
「「おおおおおお!」」
決死の特攻でテンプル騎士が攻め上がる。一糸乱れぬ大統率はサビクはおろかネズミ一匹すり抜ける隙間もない。
「これは……ちょっとまずいかな」
サビクが反転して持ち前の機動力で後退するとフェルクレールトが高出力エネルギーキャノンを構えた。
「敵の士気の高さは異常なまでに高い。これを挫くには強力な一撃が必要と判断しました」
淡々とした口調で言うと、フェルクレールトは玄武とヴァーミリオンの2つのツインリアクターシステムの出力を最大まで高めた。
「敵軍の行動予測。未来位置にメテオブレイカー、ファイエルン」
フェルクレールトは真っ直ぐに向かってくるテンプル騎士の進行速度と撃ち出される弾速を計算し、照準を定めると引き金を引いた。
耳をつんざき、鼓膜を破りそうなほどの爆音が轟き、強力な光の軌跡が真っ直ぐに伸びサビクの真横を通り過ぎると、テンプル騎士団の鎧を貫き、陣列の最深部まで光が貫いた。
「あ、危な……」
真横で強い光を見たサビクは少しだけ顔を引きつらせ、背後を向けていたテンプル騎士団を見つめる。
騎士団は縦一列に兵士を失っていることなど全く意に介さずに突撃していた。
グレゴワールが声を張り上げる。
「臆するな! あれだけの攻撃は連射が出来ん! 次の発射までの間に敵の奥深くまで踏み込むのだ!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
攻撃を食らって、テンプル騎士団の士気はさらに上がっているように見えた。
「これは想定外だね、あれだけの被害が出て士気を上げるなんて……。ども、ボクたちだって簡単に負けるわけにはいかないよ!」
サビクが気合いを入れ直すと、辻永軍にシフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)とアイオーンを装備するミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)の援軍が到着した。
「楔形陣形で敵陣を横手あたりからつこうか、そのまま抜けてから陣形立て直してまた突撃ーっ、の繰り返しかな?」
「「おう!」」
ミネシアが言うと兵士達が怒号のように返事をする。
「さて、じっとしていても始まりませんし行きましょうか」
シフが前線を駆けると兵士達も後に続き、テンプル騎士団と激突した。
真っ直ぐに仕掛けてくるテンプル騎士団に対するミネシアの兵団。
硬く堅固な陣を敷くテンプル騎士団は真っ直ぐにミネシア軍を切り裂くが、ミネシア軍はそれぞれバラバラに動くように陣を崩すと再び再編成するという、まるで一つの生き物のように兵士を使っていた。
二人の兵に対する軍略はまさに対極。剛と柔の対決と言えた。
決して崩れぬテンプル騎士団がミネシアの兵を切り伏せ、一度陣が崩れたようにバラバラになった兵士達がテンプル騎士団を切り捨てて、再び陣を立て直す。
一進一退の攻防の中、シフはBMIシンクロ率を上限まで高め、グレゴワールと切り結んだ。
「トリニティシステム搭載機にBMIを載せたヤタガラスの実力。その身で味わってください!」
「よかろう。かかってくるがいい!」
グレゴワールが切り払うと、シフは後ろに飛びショックウェーブを放つ。グレゴワールは身を固くし衝撃に耐えると構わずシフに食らいつくように剣を振るう。
シフはアブソリュート・ゼロで氷の壁で防御し、グレゴワールの剣が壁を切り裂き、二人は仕切り直すように間合いを取り合う。
この状況に一番焦っていたのは──シリウスだった。
「や、やばい……状況見たら出遅れた……とりあえず、無双モードで加勢するぜ!」
シリウスは無双モードを発動し超国家神モードに突入した。
神々しい光と出で立ちでシリウスは天に昇り、全員が武器を止めて空を見上げる。
「一気にケリをつけてやるぜ!」
シリウスは地平の先まで聞こえそうなほどの大音声で叫ぶと、光の柱を地面に突き刺す。凄まじい衝撃と共に地表が波のようにめくれ上がり兵士飲み込まれる。
そうしてシミュレーターの戦地は神の奇跡により滅亡──とまではいかなかったが、敵味方共に吹き飛ばされ大損害を被った。
こうして辻永軍との前哨戦は幕を閉じた。
辻永軍の味方が前線に貼り付いている間に別働隊として動いていた桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)、エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)が辻永軍の本丸へと向かっていた。
「煉! 新型機にはセラフィートの実働データをコンバートしてあるから、かなり動きやすくなってるはずだよ! あと、ドルゥガーの畢我一如とバーデュナミスの量子コンピュータ技術を応用して機体稼働のみに制限した武術者向けのBMIを実装してるの。操縦者の負担も減ってると思う」
「ああ、かなり良い感じだ。鎧を着てる感じがしない」
新型機の機動型を装備している煉がそう言うと、エリスは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「それじゃあ、さっそく性能の実験に行っちゃって!」
「了解だ!」
煉は機動型の速度を上げ、エリスからあっという間に離れ、エリスも追いかけるのを止めて煉を後ろから見送り、大きく遅れて歩兵達が続いていった。
単身で突っ込んでいく煉を見て、辻永軍に荷担している辻永 理知(つじなが・りち)は自軍の兵士に号令を発する。
「敵が来てるよ! みんな、言われたとおりに動いてね?」
重火力型を着込んでいる理知が後ろに下がると、入れ替わるように五千の槍兵が前に出て、一列目が膝を着いて槍を構え二列目が隙間無く並び立ち槍を構えると巨大な槍衾が姿を現した。
「勝てるといいな。この戦い」
理知が兵を指揮していると西洋風の鎧を着込んだ辻永 翔(つじなが・しょう)が声をかけてきた。
「ううん。勝ち負けよりもデータが取れたら満足っ! それに、次はどんなイコンになるのかな? って考えると凄く楽しみなんだ」
「そっか。それならしっかりとデータを取らないとな」
「うん!」
理知が笑顔を見せると、急速接近していた煉が──飛んだ。
正確には高い跳躍をしただけだが、太陽を背にするその姿は日輪の翼を得た天の遣いのようだった。
まぶしさに兵士達が目を眩ませるのを見て、煉が不敵な笑みを作る。
「まずは十七夜リオ考案の戦技モーションをテストだな。……究極! サロゲート・エイコーン! キィィック!!」
叫び、煉は落下の速度を加速させ槍兵に向けて蹴りを向ける。目を眇めていた兵士の槍に煉の足が直撃すると、槍はその身をたわませると不吉な音を立ててへし折れ、兵士の鎧に煉の蹴りがめり込む。
勢いを殺せず兵士が野を転げ、槍衾に穴が開く。だが、それだけで煉の勢いは止まらない。新式ビームサーベルを抜き放ち、行動予測を駆使しながら槍兵の懐に潜り込んで切り捨てながら前進する。
「剣歩兵さん! 迎撃して!」
理知は叫び、剣歩兵が抜刀して煉に斬りかかる。理知は機晶ブレード搭載型ライフル二式をチャージして煉を狙い撃つ。
斬撃と射撃をかいくぐりながら、煉は真っ直ぐに翔の前に立つ。
「翔くん!」
「来ちゃ駄目だ! こいつは俺がやる!」
翔は剣を構え煉と対峙すると、無双モードを発動し煉の頭上に矢の雨を降らせる。
「行っちゃだめなら、遠くから援護するよ!」
理知も続くように無双モードを発動し、煉に向けて銃を乱射し弾丸が周囲を飛び交う。
「ちっ!」
予想外の攻撃に煉も無双モードを発動し、滅殺の構えから最大出力をオーバーした巨大デュランダルを振り下ろし、衝撃で矢と弾丸が衝撃で吹き飛び、
「きゃあああああ!」
衝撃の余波が襲い、理知の身体も吹っ飛んだ。
「理知!」
「人の心配してる場合じゃないだろ!」
「くっ……」
煉と翔は同時に大地を蹴り出し、剣を振り下ろすと火花を散らして切り結んだ。
切り、払い、突き、崩し、いなし、踏み込み、誘う。剣術における動作を全て使うような二人の立ち会いに兵士達は踏み込むことが出来ず、二人の斬撃が止むまで誰も手出しすることが出来なかった。