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白雪姫へ林檎の毒を

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白雪姫へ林檎の毒を

リアクション

 ザンスカールの某所にドクター・ハデス(どくたー・はです)の笑い声が響いていた。
フハハハ! 我が名は白の教団の大幹部、
 天才科学者あらため白衣の魔法使いドクターハデス!

 何時しろ魔法使いに転職したのか、というか何時幹部になったのか、そんな事は誰も突っ込んでくれない。
 ミリツァの洗脳を受けた契約者達――この『白の教団』において、本当に幹部的立場であろうトーヴァは「相変わらずこの白衣眼鏡は面白いなあ」とハデスを見ながらニヤニヤしているだけだ。
 妹の高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)や妙に暑苦しいハデスブラザーズが傍に控える中、ハデスは高らかに演説を始めた。
「我ら白の教団の目的は『ミリツァ様と兄君アレクの幸せな生活を築く』事!
 だが、あの悪しき水妖――ジゼル・パルテノペーとプラウダが、アレクに手を出そうという情報が入った!
 そこで我々は俺の指揮のもと本日1300より空京にて、ミリツァ様に捧げる特別作戦を開始する。
 作戦名は『ガラスの靴作戦』!!」
 どこかで聞いたかもしれない台詞を、ハデスは白衣に包まれた腕をバッ! バッ! と決めポーズするように動かしながら続けている。因にハデスの纏うシルクの白衣――風の服――は、二回翻すのと味方を鼓舞する特殊な力が織り込まれてあるようなのだが、貰い物の効果に頓着しなかったハデスはそれを知らず、まだ一回しか翻していなかった。惜しい!
 さてネーミングはロマンチックなハデスが立てたその作戦は、ミリツァを着飾らせてアレクを籠絡する――要はキアラの立てた『林檎の毒作戦』に対するカウンター作戦だった。
 『相手が白雪姫を持ち出してくるならこちらはシンデレラだ!』という安易な発想のもと、この作戦は実行に移されようとしている。
「――以上が本作戦の概要である。
 我らが白荊の乙女の兄君を籠絡しようなどという卑怯な敵の作戦を阻止し、無事ミリツァ様の元に取り戻すのだ!
 アレクに相応しい真の妹はミリツァ様だと思い知らせてやれっ!」
 言ってる事は相変わらず頓珍漢な気もするが、それでもハデスが優れた指揮官である事は変えようのない事実だ。
 彼の演説は白の教団のメンバーを熱狂の渦へ包んでいくのだった。



 ハデスの演説が終わる頃、先に集会場を後にした咲耶はペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)を探して扉を叩く。
 承諾の返事がきてドアノブを捻ると、そこにはペルセポネに手伝われながらドレスを脱いでいるミリツァが居た。
 黒檀の髪とコントラストを描く雪のように真白い肌、まるで紅を引いたように赤い血潮の唇。誰の目にも美しく映る少女の姿に咲耶は同性ながら見蕩れてしまう。
 アレクの事は良く知らないが、この美しさを見れば彼女こそアレクに相応しいに違いないと、咲耶は思った。何より、ミリツァはアレクの実の妹なのだ。
「あなたの気持ち、痛いほどわかります、ミリツァさんっ!
 私も作戦に全面的に協力しますっ!」
 叫ぶ様に言った咲耶は、実はミリツァの洗脳を受けていない。だからミリツァもその言葉にぽかんと口を開いてしまう。しかしペルセポネには、咲耶の言う言葉の裏が何となく理解出来た。
 かつて咲耶は、交通事故に遭い強化人間になったのだという。だから咲耶はきっと、空爆に襲われ、強化人間となったミリツァと自分を重ねているのだろう。
 決して本人が望む形でなく人間ならざる種族に作り替えられた彼女たちに、ペルセポネが密かに心を寄せていた時、咲耶は言った。
「お兄さんへの気持ち、ほんと良く分かりますよ!
 私も兄さんのことが……」
「そっちかーい!」と突っ込みたいところだったが、ごにょごにょと淀む咲耶を盗み見つつ、ペルセポネは黙ってミリツァの脱いだドレスを受け取っている。何故ならミリツァが咲耶に両手を伸ばしたからだ。
 お兄ちゃん大好き。
 端的に言えばブラコン。その言葉が今、彼女達を固く結びつけようとしていた。
「というわけでミリツァちゃん」
 ちゃんづけになっていたが、ミリツァも怒りはしなかった。
「『ガラスの靴作戦』です! アレクさんを取り戻しちゃいましょう!
 義妹なんかに負けちゃだめですっ! これからの時代は実妹なのです!
「そうね! これからは実妹! 兄妹は血が繋がっているからこそ価値があるのだわ!
 両手を取り合い上下にぶんぶん振っている二人を半ば無視しているのか分からないが、真面目なペルセポネは一人仕事を続ける。そして衣装ケースを開き、ハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)のドレスを取り出した。
「さあ、ミリツァ様。
 ハデス先生がご用意した、こちらのドレスにお着替え下さい」
[命令ヲ確認シマシタ。ドウゾ装着シテクダサイ]
 渡された時は真白いだけのドレスは、ミリツァが身に纏うと同時に彼女の故郷の民族衣装をどこか思わせるようなデザインの可憐なものへと変わって行く。
 Artificial Intelligenceというシステムを搭載したこのパーソナルサポートデバイスは、変化のドレスと呼ばれる特殊な素材で作られたドレスを元に作られたもので、装着者の体温を襟首や袖口に仕込まれた装置で感知し、それによって周囲の状況を分析する事でどーたらこーたらそういう部分はどうでも良かった。
 重要なのはペルセポネが告げたこの言葉だけだ。
「なお、午前0時になるとバッテリーが切れて動かなくなりますので、その前に帰ってきて下さいね」
 因に、幾らなんでも午前0時まで出かけはしないので、これはフラグではありません。



実にッ、いい気分だ! 歌の一つでも唄いたいような!
「…………ちょっと」
最高にハイってヤツだ!!
「…………ちょっとあなた」
拳は剣より強し……
 ンッンー名言だなぁ

「あーーーっもう! うるさいッ! うるさいのよ!!」
 ペルセポネに手伝われドレスの紐を締めながらミリツァは黒檀の髪を振り乱し叫ぶ。彼女の前では九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が大声で謎の台詞を叫びながら刀を振り回している。
 先日ミリツァの『友達』として目覚めた筈のローズだったが、何故か戦闘しか頭に無い性格になってしまったのだ。しかし本来ミリツァの洗脳支配を受けたものは、『ミリツァの意志のまま彼女の手足のように動く傀儡となる』筈――。
 つまり今彼等『友達』がとる行動は、『白の教団に所属し、ミリツァの意志の元ジゼルがアレクの傍にいるのを邪魔をする』事であり、戦闘狂に目覚めてしまうなど有り得ない事なのだ。
「全く。一体どういう事なのかしらねこの茶番は」
 ミリツァは雪のように白い額に手を当て息を吐く。直後、彼女の金の双眸のうち左の眼が赤紫に発光した。
 それはミリツァの空間を把握する能力『反響』が発動した事を示していた。ミリツァは使える『友達』を探していたのだ。
「トーヴァ、ここへきて頂戴」
 ミリツァの指示に従って、扉の向こうから現れたのはトーヴァだった。
「う……来たなトーヴァああああ!!」
 獣のようにローズが吼えるのは、ローズが闘いに破れた宿敵が目の前に居るからだからだろうか。
 咆哮をあげながらトーヴァに挑もうとした走り出したローズ。しかし後ろ頭をこっそり背後へ近付いていた神崎 輝(かんざき・ひかる)が盾で思いきり殴りつけた。
 ゴンッ。といういい音を立てて倒れたローズを、トーヴァと輝が二人して簀巻きにグルグルと巻いているのを見下ろしてミリツァは嘆息する。
「元から変な女だったって事かしら……。
 頭が冷える様に水にでも浸けておきなさいな」
 シッシッと手を払うミリツァに頭を下げ、輝が簀巻きをゴロゴロ転がして部屋を出て行く。行く先は多分ヴァイシャリーだ。運が良ければゴンドラの舳先の鉄かゴンドリエーレの櫂にでも引っかかるだろう。
 それとすれ違いで、国頭 武尊(くにがみ・たける)がこちらへやってきた。
「ミリツァ様、お話がございます」
 恭しく一礼し、ミリツァの承諾を得ると、武尊は口を開いた。そこからは割と何時もの口調だ。強い洗脳を施されたトーヴァと違い、他の契約者やプラヴダの隊士にしたミリツァの施した洗脳は割と歪つらしく、ミリツァに対する妄信を生み出す事が出来るものの、その人とナリを変える程の影響力は無いようだ。まあ妄信から多少過激な行動に出る事は有るだろうが、全てはミリツァの意志の範囲内だ。大体。
「現在のプラヴダ――その要になっているのはキアラ・アルジェントの存在かと」
「ああ、トーヴァから聞いているわ。
 扱い辛いようだしわざわざ此方に引入れる必要も無いと思っていたのだけれど、ちょっと厄介な事になったわね。失敗したわ」
 悪びれずに言うミリツァに、武尊は口の端を引き上げる。何か考えが有るのね。と、ミリツァもまた期待に無邪気に微笑んだ。
「作戦行動に入れば、キアラ嬢は空京から移動するんじゃないだろうか」
「そうね、キアラちゃんはそこまでバカじゃない。
 こちらが真っ先にキャンプ(駐屯地)を攻める事は分かっている筈」
「そうすると彼女の所在を掴む事は難しい。直接出向いてぱんつを奪って攻める、という行動は不可能だ」
「何故そこでぱんつ!?」
「そこで俺は、キアラ嬢にテレパシーを試み、精神的に追いつめる方法を思いついた」
「成る程。向こうはアレクとジゼルの動向を探りたいのだから、その近くには必然的にキアラちゃんがいる。
 アレクの付近を離れなければテレパシーは可能――!」
 眉をつり上げたミリツァの疑問はスルーして、武尊とトーヴァは話を続けていた。
「でも武尊君、ただテレパシーをするだけでどうやってやろうっての?」
「ミリツァ様、トーヴァさん。これをご覧下さい」
 武尊がそう言ってテーブルの上に散撒いたのは、彼が予め空京の駅ビルで購入していた数冊の本だった。
 一体何なのかと手にとりパラパラとページを捲ったミリツァは、一月前に初めて見た日本語を読むのに少々手間取りつつも、理解した瞬間飲み下し中のコーヒーを吹きかけて盛大に咳き込む。
「っ……これ……、官能小説じゃない!!」
「こっちは挿絵が漫画チックだけどやっぱりエロ小説ね。ぱんつとおっぱいが乱舞してるわ」
 エロエロビッチ姉ちゃんトーヴァの方はニヤニヤしながら内容を確認している。
「然るべき場所へ配置完了後、俺はこの本を黙読する。
 すると俺の頭に思い浮かべた本の内容……言葉はそのまま思念となってキアラ嬢に伝わる訳よ。
 これは男嫌いのキアラ嬢が、自ら直接エロ小説を読むのと同じ事だ」
「なんですって!! ……なんて恐ろしい。……官能小説を他人の頭に叩き込むこの力、これが契約者……!!」
 目覚めたばかりのミリツァは、ちょっと世間知らずな18歳だった。
「ふんふん。聞きたく無いのに無理矢理小説の内容が頭に入ってくるのか。
 あ。この『あっこってりがきちゃうのぉぉっらめらめぇっ!!』というシーンなんて割と深刻に大ダメージだと思うわ」
「そう、オレだってBL的な小説で、同じ事されたら耐えられないだろう」
「いいわよ武尊君。あなたの提案を許可しましょう。やっちゃえやっちゃえ」
 三人真顔のまま割とシュールなやり取りを終えるが、深々と頭を下げた武尊はまだ部屋を去らなかった。
「何かあって?」
「……この作戦が成功した暁には、褒美を頂けませんでしょうか」
 武尊は頭を下げたままだ。ミリツァは少しの間をおいて「言ってご覧為さい」と促す。
「ミリツァ様のパンツを――そしてトーヴァさんのパンツが欲しい!!」
「あなた……!!」
 ミリツァの平手打ちが飛ぶ。
 部屋の中のペルセポネら――誰もがそれを予想し息を呑むが、乾いた音はどれだけ経っても鳴らなかった。変わりに部屋に響いたのはミリツァの優雅な笑い声だ。
「あなたのその潔さと信念、ミリツァは気に入ってよ!」
「では――!?」
「私を悦ばせなさい武尊。たっぷり面白いものが見れたら、このミリツァ・ミロシェヴィッチがその働きに相応しい栄誉を与えましょう」
 肘掛けに撓垂れるミリツァの姿は、溜め息が出る程美しい。ところで武尊から目を離すと、ミリツァは自分の隣でごそごそやっている女に振り向いた。
「トーヴァ、今脱がないで。後にしなさい後に」



 一通りの茶番を眺めて、仮面の男は嘆息する。
「全く……くだらん事をやっているな
 俺はどちらにどう転ぼうと構わん。……作戦にも、協力する気はない」
 ホロウというこの男は洗脳された訳では無く自ら此方側に転がってきたようなのだが、その割り「俺向きでない」と言って動こうとしない。
(マスクの下は意外に、格好付けたいお年頃なのかもしれないわね。確か……日本人はそれを病気として診断していた筈。
 なんと言ったかしら……チュウイチ……違うわね……チュウニ……? そうよそんな感じの病名だったわ!)
 ぶつぶつ呟く男を、ミリツァはソファに座ったまま一瞥した。あの仮面をスポッと脱がしてみたい欲求に駆られたが、ちょっと面倒な事になりそうだしやめておこう。
「……しかし、上手く操るものだな。
 ミリツァ・ミロシェヴィッチ、お前の『お友達』とやらを。
 ……お前が何者であろうと、その目的が何であろうと、俺は邪魔をする気はない。……俺の目的の妨げにならん限りはな。
 寧ろ、雫澄に障害を与えられるのであれば、協力する事も吝かではない」
「そう、あなたの目的はそれなのね。何の為に契約した相手を追いつめたいのか知らないけれど、このミリツァは民を守る一族――ミロシェヴィッチである事に誇りを持っているの。
 つまり私に楯突かない人間にまで、無闇に危害を加える気はないわ。
 いいこと、ホロウ・イデアル。あなたの望みがどうであれ、全てはその雫澄という男次第。精々その彼の行動に期待して待っていらっしゃいな」
「……今は、静観させてもらうとしよう……」