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白雪姫へ林檎の毒を

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白雪姫へ林檎の毒を

リアクション

 これはジゼルが駐屯地を出発するより何時間か前の事だ。
「私が提案するのは、ハートフル☆デートです!」
 ボードを前にプレゼンテーションをするスタイルで、歌菜はそう言った。「はーとふる、でーと???」
 皆が一緒に口に出し、一緒に首を傾げると、歌菜は満を持してという風にニッコリ微笑む。
「ハートフル、つまりアレクさんを癒やしながら、ジゼルちゃんの可愛さあーんどスタイルの良さで悩殺☆し、
 二人の距離がぐっと縮まる……そんなプランです! まずはお手元の資料をご覧下さい♪」
 歌菜の声を合図に、皆の手元の端末と歌菜の背中にあるボードに表示されたそれは、水着で戯れる男女モデルの映像だ。
「デートの場所はずばり、リゾートスパ施設パラミアン。
 空京で疲れている契約者カップルにじわじわ人気の、水着で入れる混浴『温泉テーマパーク』♪
 …………以前、ちょっとした事件があったけど、今はそんな事もなくのんびり過ごせる筈」
 夫の月崎 羽純(つきざき・はすみ)やアレクと一緒にパラミアンからぱんつが絶対の皇国へ飛ばされたのは、今となっては良い……思い出でもないが、この作戦には関係無い筈だ。多分。
 笑顔でその辺を誤摩化している歌菜の意見に、羽純は「ふむ」と頷いた。
「確かに温泉で癒され、サービスされたら悪い気はしないだろうな」
「私もおススメしたいです」
 歌菜に賛同するのは加夜だ。
「ジゼルちゃん、プールの特訓で泳げるようになりましたもんね」
 両手を合わせて微笑んで、ふと横目に入ったジゼルの姿に加夜は思い出す。
「あれ? バタフライのみでしたっけ……?」
 青の瞳の視線が重なり合った直後、ジゼルがそそくさと目を反らす。
 科学者ゲーリングの誘拐の際、ジゼルは肉体を急激に成長させられたのだが、あれらは元々相乗効果のようなものだった。本来ゲーリングがしようとしていたのは未完成のジゼルを完全な兵器とする為の投薬という科学とオカルトまがいの改造であったが、多くの種族と人間が交流を持った現代の技術も相まってゲーリングの改造は著しい結果を産み、ジゼルはセイレーン体と人間体の『行き来』に対し以前より耐性を得ているのだ。つまり……足で泳ぐ必要も無くなってきた為、彼女は苦手な泳法を覚える事を早々に諦めていた。
 一時期は嫌悪感すら覚えていた尾の生えた姿すらアレクに可愛いと褒められた時にはもうこれでいいじゃん!これでピチピチしてればいいじゃん!と思ったが、今こうして加夜の清廉な瞳と向き合っていると、つくづく自分はバカだったと思い知らされる。学生の本分は勉強。授業は真面目に受けなければならなかった。
「……まあスパ施設っつーかデートでガンガン泳ごうって人は居ないっスよ」
「そうだな、バタフライでバッチャンバッチャンやるより、浅いところでパチャパチャやってる方が遥かに可愛い」
 キアラと羽純の助けで、話は先へ進んだ。
「スタイルがいいので学園の水着も似合ってましたし、いつもと違った姿を見せるのもいいですね。
 とりあえず――アレクさんの好みの水着は調べておいた方がいいかも……」
「それは加夜ちゃんの言う通りっスけど、隊長今居ないし、メールで突然『どういう水着が好きですか!?』なんて聞くのもおかしいっスよね。お姉様なら知ってそうだけど……。
 うーん…………あ。羽純君はどういうのが好きっスか?」
 気軽な調子で振り向かれて、羽純は自らを指差しながら「俺!?」と叫ぶ。
「そりゃだって女の子の意見より男の方が隊長の好みに近いっしょ」
「……まあ、そうだな……」
 考え始めた羽純の頬を少々乱暴に両手で挟んで、キアラは中央に立っていた歌菜へと向けさせる。
「ほら、歌菜ちゃんに着て欲しいのはどんな形っスか? 色は? さあ既婚男性の痛々しい願望を披露するっスよ!!」
「……俺が歌菜に……着て欲しいのは――!」
「あ。有りました、男性人気のカラーは『白』『黒』『優しめのピンク』」
 言いかけた羽純の声に被せる様に、ジゼルと一緒に端末の検索画面を見ていた加夜が画面を皆に見せる。
「はあ、実際はどれも難易度高めっスよね、ホント男の妄想って痛々しい」
「聞いといて無視かよ!」
「まーでもジゼルちゃんならありかー……。
 どうっスか? この三色ならどれが隊長の好みっぽい?」
 キアラに聞かれて、ジゼルは唇の下で人差し指を曲げながら「んー……」とハミングのような声を漏らした。
「この間貰った下着は白だったわ」
「下着を……、貰った!?」
 加夜もキアラも端末を落とすような勢いで驚愕するが、羽純はジゼルの勝負ぱんつが例の皇国でアレクに一方的に『使われた』事を知っているので突っ込まない。
「い、色はゆっくり考えていきましょうか。……形は圧倒的にビキニみたいですね」
「そこは重要です! 勿論ビキニですよ!
 ビキニの露出度でジゼルちゃんの素晴らしいスタイルが強調されて、アレクさんの視線が釘付けになりますからね!」
 エッヘンと踏ん反りかえりつつ、歌菜は映像を切り替える。先程の映像で手を繋いでいたカップルのモデルの距離が縮まり、ぴったり肌を密着させているそれを見て、ジゼルの目がポーンと飛んでいく。
「そしてそしてー、アレクさんを癒やすべく、ジャグジー付きのカップル向けの小さいお風呂へ。
 ジゼルちゃんも二人で同じお風呂に入り、ジャグジーで癒されてください。
 アレクさんをマッサージしてあげたら完璧!」
 歌菜の提案にジゼルは飛んでいった目を拾うのに時間が掛かってしまっている。夕方を過ぎると毎日アレクの口から出てくる「お兄ちゃんと一緒にフロに入ろうZE★」なる提案を「ムリなんだZE★」と笑顔で蹴飛ばしてきたのに、まさかここで同じ試練にぶち当たるとは思わなかったのだ。
(さ、さすがに……結婚してる人の言うことはすごい。すごいけど、それで旦那さんの心を射止めたんだもの、こうかはばつぐんな筈だわ……。おにいちゃんのハートをサブマシンガンでガガガガガガッて撃抜くなら、そのくらいしなくちゃダメなのかも……!)
 ジゼルの思考はアレクの悪影響を確実に受けていた。
「ジゼルちゃん、大丈夫……?」
「出来るっスか? あんまり無理しなくても――」
 心配そうに加夜とキアラが見つめてくれる視線は下を向いていてもヒシヒシと感じる。
 カップル風呂とかマッサージとか言われると難易度がとても高い気もするが、裸じゃない。水着だ。水着なのだ。と自分に念じてジゼルは覚悟を決めた。
「やるわ! 私やってみせるッッ!!」
 ガッツポーズで立ち上がり宣言するジゼルの勇気に、皆は拍手をおくっている。
 輪の中で微笑みながら、加夜は一抹の不安と少々の不満のようなものを覚えていた。
(本音としては私はジゼルちゃんがアレクさんの妹じゃなく恋人になって欲しいと思ってるんですけど……。
 ジゼルちゃんの心が壊れてしまわないか、少し心配です……)

* * *

 休日と言う事も有り活気が騒がしいくらいのパラミアンの館内。
 到着して早々複雑な表情をしていたのはこの場所に妙な思い出を持つアレクただ一人で、一部の人間は作戦すら忘れてはしゃぎはじめている。
 特に恋人が隣に居るとなればそれはもう、仕方の無い事なのかもしれない。
「わあ……広いですねぇ……」
 熱気に圧倒されている彼女に気がついて、海は小さな指先へ手を伸ばす。
「迷子になるから」
 と、ぶっきらぼうに言いながらも手を繋いでくれる海の不器用な優しさに、柚は頬を染めている。
 付き合い始めの初々しい二人。しかし今迄と違い柚と海は『恋人同士』なのだ。柚の行動も以前と比べ、幾らか遠慮が無くなっている。
 繋いだ掌と掌がくっついているが、これじゃ物足りない。
「海くん、恋人繋ぎしてみますか?」
 悪戯っぽく海を見上げて、彼が戸惑う間に指先を絡めた。
[ジゼルちゃんもしてみてくださいね]
 そんな風に後ろの友人にエールを送ろうとテレパシーする柚。
「ジゼルちゃんの役に立てるといいんですけど……」
 何時だってこうやって話している柚に、海は「ああ」と頷くだけだ。
 けれど歩幅を合わせてくれる、そのさり気ない気遣いが柚の胸をきゅんとさせる。
 今彼女の目には、海しか映っていなかった。

* * *

「うわーかっこいー!」
「すげえ、ハンドメイドのイコプラだ!」
 パラミアンの一角で、子供達が感動に目を輝かせているのはロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)が予め設置していた監視目的のプラモデルだ。
(子供が集まってしまったか、困ったな……)
 人が群がってしまった為そちらの方は上手くいっていないが、彼が駆使した情報撹乱によって白の教団は上手い事動けていないらしい。
 パラミアンという閉じた空間にやってきたのに、舞花たちのチェックによるとミリツァを護衛する目的で始めからついている数名しか白の教団のもの達は見当たらないようだった。
 この様子だと彼等もその内保護されるだろう。

 そしてロアと同じ様に白の教団を監視している者がもう一人。
 黒子の衣装を身につけた蔵部 食人(くらべ・はみと)だ。
「うわー変な人だー!」
「すげえ、見てみろよ変態がいるぜ!」
 観光地に黒子が居たらそうなるのは当たり前だった。子供にツンツンつっつかれている食人は、ロアのイコプラと同じで目的とは違い悪目立ちしていた。だが食人は挫けずに監視を続ける。持てるスキルを余す事無く使いこなし、そして双眼鏡を使って――。
 彼が今手にしていたのは、『NOZOKI』という不名誉な名称を持っている機種だった。だがNOZOKIという名前だからと言って、食人の行動は覗きを目的をしている訳では無い。勿論監視が目的だ。
(こうして教団の連中を見張っておけばジゼルさんは安全だ!)
 そんな風に食人は真面目に仕事をこなしていたのである。
 パラミアンに行く。
 という作戦の内容を聞いた時は女体耐性の無い彼の心臓が跳ねたが、蓋を開けてみれば何の事は無く、ジゼルたちは浴衣などの館内着で足湯コーナーなどを遊び回っているだけだ。
 きゃっきゃと戯れる姿は大変微笑ましく、たまに無防備過ぎるジゼルの白い足が太腿近くまで露になるのでアレクと一緒に超反応しそうになるが、その部分を覗けば基本的に問題は起こっていなかった。
(これなら(俺も)安全だな!)
 そう思っていた時である。食人の覗くレンズに、驚きの光景が映った。
 ミリツァがアレクの手を不自然な態度で離して、何かを言いながらそこから去って行ったのだ。
(彼女が自らアレクさんの傍を離れるなんて、戦いの途中で白旗を振るようなものじゃないか。どう言う事だ?)
 食人のレンズがミリツァをズームする。そこへキアラからの通信が入った。
[ジゼ……名誉隊長たちはこれから水着ゾーンを回るっス、3分後に各員予定の配置に――]
(水着ゾーンに?
 ってことは皆水着に着替える訳で、彼女も可愛らしさをアピールするチャンスじゃないか。なんでそんな時に居なくなるんだ?)
 眉を顰めてズームを最大にした食人は、ある場所を捉えた。
(こっ、これは!!)
 ミリツァの浴衣の襟から覗く、水玉の布に包まれた、大変慎ましい……谷間と言えない部分を。
 故意ではない。余りにスカスカで、上から見えてしまったのだ。
 恐らくドレスの時はかなり『盛っていた』のだろう。
 豊かな胸を持つジゼルの前でそれを晒す事は、即ちミリツァの敗北を意味していた。
(だから撤退を……そうか、そういうことだったのか!!)
 鼻から一筋伝う血を拭い、食人は監視を続ける。が、その時だ。
 人形の首が回る様にこちらをもの凄い勢いで見たミリツァ、そして彼女の片方の目が赤紫色に光るのを、食人のレンズが捉える。
 そして赤い血潮の唇はこう言った。
『ミ・タ・ワ・ネ』
 お姫様的な外見に似合わないスピードで殺気を纏わせたミリツァがこちらへぐんぐん迫ってくる。その光景が、NOZOKIのレンズに映った最後の絵だった。
 バーストダッシュで逃げ切ろうとした食人。だがその時には既に彼の腕は、雪のように真白い手に掴まれていたのである。

* * *

[ロア君の情報撹乱で敵は混乱してるっスよ。
 奴等が館内のジゼルちゃんに近付く前にやっつけちゃって!]
 キアラからの通信に、パラミアンの入り口の土産ものコーナーで、サマードレスの美しい女性は形の良い唇をつり上げた。
 桜月 舞香(さくらづき・まいか)である。
「ジゼルさん、早く行こう!」
 玲亜やアリスに急かされて、ひらひら手を振る壮太とアレクに「また後でね」と言いながら更衣室へ引っ張られて行くジゼル。
 照明に透けて翻る髪、そして理沙たちが見立てた服で愛らしく着飾った彼女はかなり目立つらしく、教団の一人がジゼルを見つけるのにそう時間は掛からなかった。
 ミリツァの居ない状態でジゼルに優勢になられては困ると、実力行使に出ようとしているのだろう。殺気のようなものを纏わせているそれを察知して、舞香は携帯を打つ『振り』をしたまま進行方向へ割って入る。
 そして「あら、ごめんなさい」と柔らかに微笑んで、ふいに延髄へ思いきり一発食らわせた。
 それは刹那の事だったので、客の誰もが気がつかない。
 腕を組む様に歩いて、目立たない場所に放置すると、舞香は打ち捨てた彼を見下ろしてさようならの挨拶をする。
「女の子のデートを邪魔するような無粋な人には、愛の天罰よ☆」