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白雪姫へ林檎の毒を

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白雪姫へ林檎の毒を

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 ザンスカール。
 イルミンスール魔法学校の寮が並ぶ一角に、とある建物があった。
 酷く寂れたアパートだ。
 何度もペンキを塗り直されたらしい外観の化粧は見るからにくたびれ、土壁は風化してぼろぼろと崩れ落ちている。今にも抜け落ちてしまいそうな軋む階段を登ると、ミリツァは錆びたドアノブを捻り、薄闇の奥へ銃口を向けた。
「見つけたわ。最初の『友達』――オスヴァルト・ゲーリング」
 振り向いた男は、このアパートに相応しい姿をしていた。
 カーテンを閉め切った暗い部屋でも金の髪は油でテラテラと光っているし、あちこちから無精髭が生えた頬は贅肉にだらしなく落ちている。そして一瞬目を合わせただけでも嫌悪感に眉を顰めてしまう程、目の色が濁っていた。
「あらら、まだ生きてたの――」
 黄色い歯を剥き出しに笑う顔は醜い獣のようだし、何より部屋に隙間無く貼りつけられた写真から漂う狂気が恐ろしく、ミリツァは銃身を掴む手に力を込める。
「やっぱりそういう事だったのね」
 合点がいき喋り出した内容は全てを知ったミリツァが考え、暴き出したゲーリングの計画だ。
「私に与えられた役は王子様の隣国の姫君、そして人魚姫に与えるナイフ、そういうことでしょう」
 暗闇にいたミリツァに話し掛けてきた最初の『友達』。
 強化人間の研究者を名乗ったゲーリングは、ミリツァにある話をした。ミリツァの大切な兄を籠絡しようとする水妖の話だ。都合良くねじ曲げられた情報にミリツァが極度の不快感を覚えていると、ゲーリングはミリツァに言ったのだ。
『私が今研究している石を使い、あなたに友人を与えよう。それを使ってあなたは、愛するお兄様を取り戻すんだよ』、と。
 頭の中で直接言葉を交わす。
 その危険性を契約者でも――元々パラミタの種族でも無かったミリツァは知らなかった。
 ミリツァが自分を蔑ろにしてでも守ろうとした『兄』、そして心の底で本当は求めていた『友人』。
 二つの言葉で巧みに誘惑され、ミリツァは兄の周りの人間を洗脳し、都合良く扱うという凶行に走ったのだ。
 しかし実際のところ、ゲーリングの目的はミリツァに話したものとは違っていた。
 あの一月の間、ジゼルにはもう充分に『教育』を施してある。ジゼルが少女ジゼル・パルテノペーである事をやめ、兵器として目覚める為に足りないのは明確な『殺意』だ。だからゲーリングはミリツァを使い、それを引き出してやる事を考えた。
 それによってミリツァが殺されようが、アレクがどうなろうが、ジゼルと彼女の友人達の心が壊れてしまおうが関係無い。ゲーリングが欲しいのは相変わらずセイレーンだけなのだ。
 むしろジゼルの友人達とアレク、そしてジゼル本人にプライドを踏みにじられたゲーリングは、彼らを自分の狂気の中に飲み込んでしまいたかった。
「……ご覧の通り、こんな場所で適当に作った杜撰(ずさん)な計画だ。上手くいかなかったね……」
 写真の中に居る何人ものジゼルを見ながら、ゲーリングは酒臭い息を吐く。
「それで、その銃をどうするつもり?」
 トリガーに掛けられたミリツァの指は震えている。
『どうせ人を殺した事など無いくせに』そう嘲笑うゲーリングの顔を、ミリツァは金の瞳で睨み返した。
「計画が破綻しても、あなたはジゼルをまた狙うのでしょう。だからそれを終わりにするの」
 ミリツァの覚悟を受けてゲーリングの目元がぐにゃりと歪む。
「私は間違った。
 ひとりぼっちのお兄ちゃんを助けようとしてもっと孤独に落とした。守ろうとして傷つけていた。
 でももうお兄ちゃんは一人じゃない。ジゼルが傍に居る。あの子はお兄ちゃんにとって幸福そのものよ。
 だから決めたの。私は今度こそ、本当の意味で、お兄ちゃんを――お兄ちゃんの幸せを守るって」
「王子様を守る為にお姫様を魔女から守るのか。勇ましいねえ……まるで騎士だ」
 ゲーリングの言葉に、ミリツァは赤い唇の端を上げて笑う。
「そうよ。
 私は、お姫様をやめたの」

 銃声が鳴り響いた。


担当マスターより

▼担当マスター

東安曇

▼マスターコメント

 東です。本シナリオにご参加頂き有り難うございました。
 次回でシリーズ終了です。もうバトルしかありません。ご安心下さい。是非またお会いしましょう。