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第一章 双子と大騒ぎ
宿、廊下。
「夕食前にルカは探検に出かけるよ。ダリルは露天風呂にでも行っといで」
妖怪に出会いたいルカルカ・ルー(るかるか・るー)は近くの風呂を指さしながらダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に言った。
「そうだな」
特別する事も無いダリルは温泉へと向かった。
ダリルが行った後。
「……あ、混浴だって言うの忘れた。ま、いっか」
ルカルカはしまったという顔で伝え忘れた事を思い出すが、わざわざ教えに行くような事はせず、散策に出掛けた。
混浴。
「……静かだな」
町で買い物をしている最中にチラシを受け取った朝霧 垂(あさぎり・しづり)は温泉宿でゆっくり休暇を過ごすのも有りだと思い訪れた。実はもう一つ、混浴の効果に惹かれたというのもあるのだが。
そして、今は
「この湯に怪我や病の癒しの効果があるのか」
湯の効果を確かめていた。
「まぁ、失ったものが復活する訳ではないが、なかなかいいな」
垂は酒片手に失った左腕に目を向けながらのんびりと言った。その声音には、後ろめたさや後悔は一切無かった。混浴を選んだのは気分的なもの。
「誰か来たな」
垂は湯が跳ねる音が耳に入り、左腕から視線を上げた。
入って来たのは一人の見知らぬ少年。
「……よし」
湯煙で垂の存在に気付いていない少年は隠し持っていた小瓶を取り出すなりふたを開け、湯に混入しようとする。
その時、
「おまえ、何している?」
垂が少年を咎めた。少年を知らぬ垂は毒物を混入しているように見えたのだ。
「うぉっ!!」
垂に気付いた少年は驚き、慌てて小瓶にふたをして後ろ手にある桶に隠した。
「いや、何も」
誤魔化すがもう遅い。垂はきっちり見ている。
「何か薬のような物を入れようとしてただろ」
垂はさらに問い詰めた。
「……え……と……」
目を泳がせ、どもる少年。
「また悪さをしようとしたのか。今度は何だ?」
少年の横からダリルが現れ、魔法薬を取り上げた。
「あーー、返せよ!! 今日のために用意したのに」
必死に取り返そうとするが、
「……公共の場で何してるんだ。当然、没収だ」
ダリルは一切応じない。
「ダリル、そいつの知り合いか?」
垂の声が割り込んだ。
「あぁ、毎度人騒がせな迷惑妖怪ロズフェルの双子の片割れだ」
ダリルは垂に双子について散々な紹介をするのだった。
「ちょっ、妖怪って何だよ!!」
頭に来た悪戯小僧はダリルに食ってかかるも
「言葉通りだ。お前らが悪さをしなければ俺も何もしない。腕輪はしてないんだな」
慣れているダリルは上手くあしらうも腕に一卵性双生児の双子を区別する銀腕輪が無い事に気付いた。
「おう。温泉だからな。どっちか分からねぇだろ?」
悪戯小僧は少し勝ち誇った顔をする。
『薬学』を持つダリルは没収した魔法薬の匂いを嗅いだり観察したかと思ったら
「……ヒスミだな。この魔法薬、一部の成分が多過ぎる。やり過ぎるのはいつもお前だからな」
答えを出した。
「……ったく、何だよ。混浴であんまり人が寄りつかないと思ったのに二人もいるなんて」
ヒスミ・ロズフェル(ひすみ・ろずふぇる)はうなだれ、ダリルと垂をにらんだ。一人女性が混じっているのに気にしている様子は無かった。というよりそこまで気が回っていなかった。
「垂、こいつがいる間は目を離すなよ」
ダリルは垂にも声をかけて監視を増やす。
「あぁ。おい、湯が少しぬるくなった気がしないか?」
垂はうなずきつつ、湯が少しぬるくなった事に気付いた。
「……確かに。妖怪でもいるかもしれんな」
ダリルも気付いた時、
「ごめんなさいね。私の妖力のせいだわ。一応抑えてはいるのだけど」
岩陰から白皙の女性、雪女が現れた。
「いや、気兼ねは要らない。俺も人間ではないからな」
ダリルは恐縮する雪女のために黙って『光条兵器』左手から生やした。
「あら、剣のツクモガミなのね」
雪女はダリルを妖怪だと上手く思い込んだ。そもそもダリルの種族がら似たような物で間違ってはいなかったり。
「湯なんかに入って大丈夫なのか?」
「これでも結構強い方だから大丈夫だし、溶解を防ぐオイルを塗っているから」
ヒスミの問いかけに雪女はあっさり答えた。
「ここはサービスがいいんだな。良ければ、一献、どうだ?」
垂は折角だとばかりに雪女に持参した酒の一つ妙酒『霧霞』を勧めた。
「いいわね、温泉でお酒なんて素敵ね」
雪女は垂に注いで貰った酒を楽しんだ。
「あぁ、この宿に人の嗜好に合わなくても良いから、食事に合う妖怪の間で人気のお酒はあったりするか?」
垂は後ほど女将に聞こうと思った事を訊ねた。
「流行っているかどうかは分からないけど、私が知っているのは、しょうじょうの酒助さんとネネコ河童の女々姐さんの酒ぐらいかしら。両方ここに卸すとか言っていたわ」
雪女は酒を楽しみながら垂にとって有用な情報を教えた。
「そうか。それは是非、飲んでみたいな」
俄然、興味を持つ垂。食事には酒は欠かせないので。
「それならこのお礼にお酒を御馳走するわ」
雪女は口元に笑みを浮かべ、垂にとって思いがけない事を言った。
「それは嬉しいな」
垂はまさか妖怪の奢りを受けるとは思っていなかったため嬉しかったり。
「えぇ、女将に頼んでおくわ」
雪女は酒を楽しみながら言った。
この間、ダリルがヒスミを連れて出て行った。
垂と雪女はもうしばらく温泉での酒を楽しんでいた。
「秋の月夜を見ながらというのもいいわね」
雪女はいつの間にか浮かんだ月を見上げた。
「あぁ、疲れが一気に吹っ飛ぶ」
垂も空を見上げ、酒を一口。
雪女と飲み交わしているうちに月が空に姿を現したのだ。
少しして垂は温泉から出て部屋に戻った。
部屋。
「妖怪の酒と聞いてどんな物かと思ったが、さっぱりして飲みやすいな」
垂は鍋を楽しみながら雪女に奢って貰った二本の酒の内一本ネネコ河童の酒をまず楽しんだ。
次はしょうじょうの酒を口にする。
「……ネネコ河童と違って刺激があって口の中で体内が焼け付くが、癖になって悪くないな」
垂はこちらも楽しんでいた。もちろん、鍋も食した。
垂はゆったりと流れる時間を過ごした。
帰宅の際には、
「良い宿だな。また来るから、その時もよろしく頼むな!」
と夫婦に礼を言って帰った。
山道。
「どんな妖怪に出会えるか楽しみだなぁ」
ルカルカはワクワクしながら夕食前の探検を楽しんでいた。そこには妖怪を恐れる様子は無かった。なぜなら日本の山間部で育ったため妖怪を友と考えるからだ。のっぺらぼう夫妻にも驚かず挨拶をしたほどだ。
「あれは、キスミだ。何してるんだろ」
ふと前方に見知った人物を発見し、ルカルカは駆けだした。
「何か妖怪とかいねぇのかな」
キスミ・ロズフェル(きすみ・ろずふぇる)は、ルカルカと同じように妖怪に出会える事を期待しながら探検をしていた。
「キスミ! 何してるの?」
背後から聞き知った声が降りかかり、
「来てたんだな。妖怪を捜してるんだよ。ちなみヒスミは温泉に行ってる」
振り返ったキスミは相手を確かめた後、答えた。
「ルカと同じだね。ちなみにダリルも温泉だよ。もしかしたら鉢合わせしてたりして」
ルカルカは双子にとって笑えない冗談を口走った。
「うわ〜、最悪だぁ」
キスミは大仰に反応した。まさにその最悪な事が現在起きていたり。
「せっかくだから、ルカと一緒に幻の家、迷い家を探そうよ」
「幻の家、か。面白そうだな」
面白い匂いを嗅ぎ取ったキスミはルカルカの誘いに乗り、訪問者に富をもたらすという迷い家を探して歩き出した。
迷い家捜索開始してしばらく。
「なかなか見つからないね」
「本当にあるのか」
未だ発見出来ずのルカルカとキスミ。
その時、前方から
「あ〜、そこの人間のお姉ちゃんとお兄ちゃん、静奈お姉ちゃんを助けてあげて」
座敷童の少女が息を切らしてやって来た。
「どうしたの?」
「何かあったのか?」
ルカルカとキスミは同時に座敷童に事情を訊ねた。
「あのね、静奈お姉ちゃん、怪我をしてこの先をずっと行った所にある迷い家で休んでるんだ。九尾の長と宿でお鍋を食べる約束しているに、でもあたし何も出来なくて」
座敷童は泣きそうな顔で事情を話した。
「分かった。ルカに任せて! 必ず助けるから」
ルカルカはどんと胸を叩いて引き受けた。
「分かった。案内するね」
座敷童はうなずき、案内を買って出た。
ルカルカはもしもの事を考えてダリルを呼び寄せた。
すぐにやって来たダリルの隣には温泉で実験を阻止されたヒスミもいた。
皆が揃ったところで座敷童の案内で迷い家に向かい、無事に到着した。
大きな黒い門を持つ家。
門を抜けた後。
「ここが迷い家か」
ダリルはじっと家や駿馬がいる厩舎、歩き回る鶏を見回しながら家の存在を確認した。
「そうだよ。早く手当をしてあげなきゃ」
ルカルカは家の方に向かった。
「すげぇな」
「これが迷い家か」
双子はきょろきょろしていた。
「こっちだよ」
座敷童は家の方へと四人を導いた。
迷い家、お膳やお椀が置かれ、金屏風が輝く座敷。
「……どうしよう……華ちゃん戻って来ない……約束もあるのに……」
山姫の静奈は怪我をした左足を見つめながら今にも泣きそうな声でつぶやいていた。
「……」
玄関の方からたくさんの足音が聞こえ、静奈は体を強ばらせ怯える。
しかし、その必要は無かった。
「静奈お姉ちゃん、人を呼んで来たよ」
静奈の待ち人華が元気な声を上げながら現れた。
後ろには、
「大丈夫?」
「怪我をしたと聞いたが」
ルカルカとダリル。
「大丈夫か?」
「手当てしに来たぞ」
双子がいた。
「……この人達は」
人見知りの静奈は見知らぬ人に気付くなり警戒の色を顔に浮かべた。
「怖がらなくてもいい。俺達は助けに来ただけで危害を与えるつもりはない」
ダリルは何とか静奈を落ち着かせようと話しかける。
「そうだよ。すぐにルカが怪我を治してあげるからね」
ルカルカは『ホーリーブレス』で静奈の怪我を治療した。
「……ありがとうございます」
静奈は小さな声で礼を言った。
「どういたしまして。ここが迷い家なんだね」
静奈に笑顔で応えた後、ルカルカは室内を見回し、改めて目的の場所にいる事を確認していた。
「……その……見て回ってもいいですよ……何か持ち帰ってもいいですし」
静奈はぼそぼそと皆に話しかけた。この家にある物を持ち帰ると富めるのだ。
「ありがとう」
代表してルカルカが礼を述べた。
ルカルカは、棚にある風呂敷を頂戴し、持参したパンダまんを感謝の印に椀に入れてから出て華の案内で外を見て回ってからここを出て行った。帰り道、少し迷うもルカルカが『空飛ぶ魔法↑↑』で空を飛び、天狗に道を聞いて無事に宿に戻る事が出来た。ちなみに華と静奈はもう少し休んでから宿に行くという事であった。
夜。
「あ、あれはがんばり入道」
トイレから出ようとしたルカルカは窓の外にがんばり入道を発見した。
「だったら……」
『博識』を有するルカルカは驚かず“がんばり入道時鳥”と三度唱えた。
すると
「おわっ!」
首がごろりと落下し、さすがのルカルカも驚いた。
「風呂敷で包んで」
ルカルカは迷い家で入手した風呂敷で手早く包んでから皆の元に急いだ。
戻るなり
「……という事があったんだよ」
ルカルカはトイレで起きた一部始終をダリルと宴会場での食事を終えた双子に話して聞かせた。
「……全く」
ダリルは度胸の据わった娘だと半ば呆れていた。
「本当に首は入っていないよな」
「小判とかになってるのか」
双子はこわごわと風呂敷をにらんだ。
「大丈夫だって。開けるよ!」
ルカルカはためらいもなく風呂敷を広げた。
その中にあるのは
「すげぇ」
「小判だ」
双子は感動の声を上げた。ルカルカの言葉通り小判が入っていた。
「それでこの小判はどうするんだ?」
ダリルは小判を一枚手に取り、確認した後訊ねた。
「半分はこの宿に渡して残りをルカ達で頭割りしよう♪」
ルカルカは最高の提案で答えた。
「賛成!!」
双子は嬉しそうに賛成の声を上げた。
きっちり、小判は分配した。
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