リアクション
海京にて 「まあ、たまには、何もしない一日というのもいいかなあって」 海の見渡せる海峡の公園で、湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)がゆったりとベンチに座りながら言った。隣には、高嶋 梓(たかしま・あずさ)がちょこんと座っている。 天気のいい、のどかな日だ。 遠く沖合を見れば、閃光と共に大爆発が起きる。 「ええ、普通の一日ですね」 「ああ、普通の一日だ」 本来、事件とも呼べるその状況にも、湊川亮一と高嶋梓は微塵も動揺しなかった。 「今日も、模擬戦が行われているようだな」 「ええ」 海京の沖での戦闘訓練はここでは日常の光景だ。湊川亮一も、同様の場所で戦闘訓練を行ったことは多々ある。 「荷電粒子砲の改良案も進んだし、いずれはテストだな」 「それは、今日ではありませんよね」 「まあな」 その湊川亮一の言葉を聞いて、高嶋梓がそっと彼の肩に頭をあずけた。 ★ ★ ★ 「……というわけで、無茶できないようにはなっているのですよ」 アン・ディ・ナッツ(あん・でぃなっつ)が、前にコリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)に聞いたことを、自分流にかいつまんで説明してみせた。まあ、自分に分かる範囲で翻訳しているので、ちょっと今ひとつ要領を得ない。 「つまりはリミッターということじゃな。BMIには、プログラム的な物なのかハード的な物なのかは分からぬが、限界値が設けられておるわけじゃ」 「そういうことなのです」 アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)に補足してもらって、アン・ディ・ナッツがうんうんとうなずいた。 「ただ、機体のリミットは歴然としたものだが、同様にパイロット能力のリミットという物も存在しておるようじゃ。これについては、どちらのリミットが限界値が高いのかは分からぬが、万が一にも、パイロットが死亡したり廃人になったりしないように設定されているらしい」 つまりは、機体の限界値までパイロットの限界値を上げる必要があるということだ。 「分かりました。要は、考えるな、感じろ! ということですね」 メイ・ディ・コスプレ(めい・でぃこすぷれ)が、ダスティシンデレラver.2の中から、アレーティア・クレイスに答えた。 「メイちゃん、それたぶん違う」 「そういうことではないと思うのですよ?」 間髪入れず、マイ・ディ・コスプレ(まい・でぃこすぷれ)とアン・ディ・ナッツがツッコミを入れた。 メイ・ディ・コスプレの考えないということは、文字通りの意味であって、要は考えなしだ。無心とはほど遠い。 「単にいいこと言おうとしただけなのに……」 どうして決めつけられるのかなあと、メイ・ディ・コスプレが、自分のことを顧みずに言った。 いずれにしろ、パイロットの技量が自動計算されて、BMIのシンクロ率や稼働時間に影響しているのだろう。 「つまりは、精神修行しろということ?」 思わず、ダスティシンデレラで座禅でも組みそうな勢いでメイ・ディ・コスプレが言った。もちろん、イコンで座禅を組んでも精神修行になるかははなはだ疑問なのだが、そんな複雑なポーズを組めるほどに機体を動かせるのであれば、それはそれでシンクロしているということになるのかもしれない。 「たぶん、シンクロ率100%なんて、幻みたいなものなんだよ。でも、火事場の馬鹿力みたいに、偶然発動することもあるかもしれないから、それに備えて訓練するのは大事だね」 マイ・ディ・コスプレがアドバイスする。 「うーん、太く短くか、細く長くかあ……」 やっぱり、どこかずれているメイ・ディ・コスプレであった。 一方の訓練相手である柊 真司(ひいらぎ・しんじ)の方は、また違ったアプローチを持っていた。 実際、BMI1.0しか搭載していないゴスホークでは、BMI2.0のような安定したシンクロ率100%を保つのは難しい。だが、不可能でないことは、この間の訓練で掴んだ……ような気がする。 「あの、拾い物をしたときの感覚を、完全に自分の物にできればな……」 あれを、偶然でなく、必然にできれば、活路も見いだせるというものだ。 「初動は80%から行くぞ。サポートを頼む」 柊真司が、パートナーのヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)に言った。通常パイロットのの限界値である。 「了解しました。私にも、きっちりと半分の負荷を負担させてください。いえ、負担します!」 ヴェルリア・アルカトルが、きっぱりと柊真司に言った。 BMIの接続は、パイロットとサブパイロットの両方を接続することができる。それであるならば、二人で負荷を分散して受け持てば、単純に負担は半分に、つまりシンクロ率や稼働時間は二倍になるはずだ。いわゆる並列分散処理である。 「BMI、シンクロ率80%に!」 ヴェルリア・アルカトルが、BMIの出力を上げた。普段は、ほとんど柊真司のみでシンクロしているのを、今回は二人で均等にシンクロさせる。 とたん、ゴスホークがバランスを崩して海中に墜落した。 「どうした!?」 コントロールが効かず、柊真司がヴェルリア・アルカトルに問い質す。 「BMIのハーモニクスが……」 ヴェルリア・アルカトルが、あわててBMIを切った。 後で分かることだが、直接脳からの運動命令をイコンに伝えるシステムで、二人のパイロットがいるということは、命令も二つ同時にでるということなのであった。イメージ的には分散であるが、現実は合成でしかない。わずかでも、パイロットの命令がずれれば、エラーを起こしてしまうのである。つまり、イコンとの前に、パイロット同士のシンクロが不可欠なのであった。 「精神感応で、タイミングを計るぞ」 「分かりました」 だったら、常に二人の意識を交感状態にすればいいと柊真司が思いつく。はたして、それはかなりの効果はあった。まだぎこちないが、ゴスホークがなんとか動けるようにはなる。ただ、戦闘時の反射的な行動をとるときにもはたして有効であるかは、訓練するしかないと言うしかない。 「ゆっくりとやろう。シンクロ率を81へ」 「シンクロ率、81へ移行」 そのとたん、またゴスホークが墜落した。 弾かれるようにして、ヴェルリア・アルカトルの接続が切れる。 だが、BMIの特性を考えれば、あたりまえのことでもあった。 人の脳とイコンの駆動システムを同期させるBMIは、基本一般人でも起動はする。起動はするが、シンクロ率は微々たるものだ。それは、元々BMIが超能力者を対象にしたもの、もっと正確に言えば、サクシードを対象にした物であるからだ。 すなわち、サクシードであれば高いシンクロ率を実現できるが、そうでなければ大したことはないことになる。事実、メイ・ディ・コスプレはサクシードではあるが、まだ低レベルのために、本来であれば柊真司ほどのシンクロ率や稼働時間を弾き出すことはできない。現在のシンクロ状況は、BMI2.0のおかげである。 現実問題として、ヴェルリア・アルカトルがBMIのノイズとなってしまっていることは、否定しようがなかった。BMIのモニタはできるが、サクシードでない以上、サクシードと同等の同期はとれないのである。 「飛び込みの練習?」 それでもなんとか並列分散処理を試みようとして、飛翔と墜落を繰り返すゴスホークを見て、メイ・ディ・コスプレが不思議そうに小首をかしげた。 |
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