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ヒラニプラの自由な一日



「うんうん、順調にできあがっているようだ」
 ヒラニプラ郊外に建設途中である建物を見て、ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)が満足そうに言った。
 作られつつあるのは、真新しい孤児院だ。
 パラミタでの歴史は、戦いの歴史でもある。その最前線に立ってきた教導団に籍をおく者としては、身をもってそれを知っている。
 当然、戦いで無傷ではいられない。戦いに巻き込まれる者もいるし、命を落とす者もいる。その中には、家族を亡くして孤児となってしまった者も大勢いた。
 そんな子供たちのために、力を尽くす者たちがいる。王 大鋸(わん・だーじゅ)などが有名だ。真っ先に、孤児院を作り、子供たちを保護している。
 ルース・マキャフリーも、同じように孤児院を作ることを夢見ていた。それが徐々に形を成し、そして、今、目の前にはっきりとした物となって姿を現そうとしている。
 ルース・マキャフリーとしては、最後の戦いが終わったら、軍を退役してこの孤児院で子供たちと暮らしていくつもりであった。もちろん、その時は、最愛の妻も一緒である。
 死亡フラグと言うならば言え。それは、現在のルース・マキャフリーの意志であるからだ。
「すいません、ここの所なんですが……」
 現場監督が、ルース・マキャフリーを見つけて図面片手に質問に来た。
「ああ、そこの所は……」
 よりよい居場所を確保するため、ルース・マキャフリーは今日を生きていた。

    ★    ★    ★

「これが、新造戦艦の完成形か?」
「はっ。イーダフェルト防衛戦で使用された星辰戦艦・金獅子を元に制作された戦艦となります。従来型の機動要塞をベースとした戦艦と比べて、戦闘力耐久力は大幅に増加しています」
 金 鋭峰(じん・るいふぉん)に問われて、小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)が資料を片手に答えた。
 今日は、鋼鉄の獅子部隊の旗艦が完成したと言うので、視察に来ているのだ。
「まあ、実績は出してはいますがね……」
 同行した長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)が、ちょっと奥歯に物の挟まったような言い方をする。
 三人の背後には、警備を担当するメルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)李 梅琳(り・めいりん)エレーネ・クーペリア(えれーね・くーぺりあ)たちが、周囲に油断なく目を光らせていた。
 ヒラニプラ某所にある軍用艦のためのドックであるが、機密保持のために人影は少ない。
「何か問題でも?」
 金鋭峰が訊ねた。
「まあ、はっきり言って無茶と言うか、バカと言うか……。まあ、先鋒とか、切り札なんていうのは、そのくらいじゃなきゃ、本来つとまりませんがね」
 少々困ったように長曽根広明が言った。
「必殺技……まあ、そう呼称する時点で問題ですが、ラグナロク最大火力の攻撃法に多々問題があります」
 そう言って、木暮秀幸が説明を始めた。
 現在のラグナロクの推力は、エネルギーパックからの増槽供給を受けて、ブーストジェネレータにより移動力8を実現している。これは、実に高速型イコンなみの戦艦としては驚異的な速度だ。
 ラグナロクの実質的な作戦指揮官であるルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、この速度を利用した衝角戦を好むのである。敵要塞などにそのまま艦首から突き刺さり、その状態で艦首ラグナロク砲を発射し、その大火力を持って敵を内部から完全破壊する戦法だ。
 まさに必殺の戦法ではあるが、普通に考えて自滅の戦法でもある。
 問題は、相手が何かによって極端に状況が違ってくることだ。端的に言って、ラグナロクの装甲よりも柔らかい物であれば問題は無いが、拮抗した硬度や装甲厚を持っていた場合、潰れるのはラグナロクの方である。たとえば、垂直に落下して大地に突き刺さることを想定してみればいい。突き刺さるか、潰れるかは、大地の岩盤による。たとえブリッジが無事でも、艦首砲が潰れてしまってはそこまでだ。
 それを少しでも軽減するために、完成した今回のラグナロクには、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がジャマーカウンターバリアーを発展改造したアクティブバリアーを搭載している。ジャマーカウンターバリアーの指向性をより強固にし、艦首にのみ通常の数倍の強度を誇るバリアーを展開しようというのである。これによって、バリアーに触れた敵の装甲を対崩壊させつつ突き刺さるので、艦首へのダメージを軽減することができる。
 そこまではいいのだが、問題は強化したスピードだ。
 これによって、衝撃時のGは軽く100Gを突破するだろう。ヘタをすれば、ブリッジの巨大全面モニターパネルに、乗組員全員のの肉塊がこびりついて終わりということになる。たとえ船体が耐えられたとしても、乗組員は生身の人間である。マッハを超える速度で装甲板に突っ込むパイロットが無事でいられるはずがないのだ。いくら契約者の身体が頑丈であると言っても、この衝撃に耐えられる者はほとんどいない。まあ、絶対にいないと言い切れないところが、契約者の恐ろしいところではあるが。
 この衝撃を防ぐには、即応できる慣性制御装置がなければ不可能だ。だが、イコンのフローターに代表される力場の発生装置によってかなりのコントロールができるとはいえ、瞬間的な実行は不可能に近い。たとえば、フィールドカタパルトを利用したマスドライバーは、それなりの巨大な施設を必要とする。だが、それだけでは不十分だ。到着する側にも、同様の規模のマスキャッチャーという舷側のための施設が必要となる。
 実際、突進時には中の人間も船体と一緒に加速しているので、人間だけを逆加速して減速することはできない。そんなことをしたら、船体から飛び出していってしまうか、後方の壁にぶつかってミンチだ。だが、衝突の瞬間、船体の加速度はほぼ一瞬で0に近づく。船体自体は、それに耐えるように作られている。だが、中の人間は、加速が続き、結局ブリッジの内壁に衝突して加速度0となり、その衝撃をまともにくらってしまうのである。正確に言えば、艦内のすべての機構が同じだけの衝撃を受ける。それに耐えるためには、エンジンから弾薬庫内の実弾、椅子やレバーなどの備品すべてが、外部装甲板なみの強度を持っていなければならない。
 そのため、実際には、この攻撃方法は柔らかい敵にしか実行できないのである。
 前回成功したのは、突っ込んだ先が敵遺跡であり、外壁が装甲とも呼べない程度の物であったこと、多数の部屋を有した中空構造が緩衝材となったこと、契約者が耐えられる程度の速度で突っ込んだことの結果に相違ない。
 まだ問題はある。突き刺さることができる程度の強度の敵であった場合、ラグナロク砲の威力から考えると通常は敵を貫通するため、脱出のための反動を移動力として得られない。仮に貫通しなかったとすると、突き刺さったまま、敵が誘爆を起こした場合、運命を共にするしかないわけだ。
 これだけのリスクがあるため、前回成功したのは奇跡と言ってもいいだろう。
 再び試すには、あまりにもリスクの多い戦法だ。
「まあ、そんな戦い方をさせぬように指揮すればいいだけのことだがな」
「来ました。ラグナロクです」
 そうつぶやく金鋭峰に、長曽根広明が告げた。
 ドックから出てきた漆黒の大型戦艦が、ゆっくりと湖を進行して、その舷側を金鋭峰たちの方にむける。
 甲板には、ルカルカ・ルーとダリル・ガイザックが並んで敬礼をしていた。それに応えて、金鋭峰たちも敬礼を返す。

「また、前みたいに暴れられるんだよね。活躍する姿を今度も団長に見てもらうんだ」
 ニコニコしながらルカルカ・ルーが、隣にいるダリル・ガイザックに言った。
「活躍はするが、あれは最後の手段だぞ」
 そう、ダリル・ガイザックが釘を刺す。
 問題点は、ダリル・ガイザックも把握してはいた。
 元々が無謀なのである。だが、その無謀を実現するために、ラグナロクは作られている。本来の乗組員がダリル・ガイザック一人であるのもそのためだ。衝角戦などを行えば、乗組員はただではすまない。だとすれば、乗組員がいなくても操艦できるようにすればいいのだ。同時に、あいた居住ブロックを、すべてエネルギー貯蔵庫に換装できる。ラグナロクは、あくまでも戦うためだけの船なのである。
 ダリル・ガイザック一人であれば、コントロールコアユニットのみを、完全なショックキャンセラーによって衝撃から守ればいい。おそらくは、ラグナロクの全長に近い、ラグナロク砲のような大型の機構になってしまうだろう。しかも、戦闘中であれば、それも使えて一度がいいところだ。
 その対応もすると同時に、全速で敵に突っ込むようなことはせずに、直前で艦首大型荷電粒子砲で敵に穴を穿ち、そこへ適正な速度に減速しつつ突っ込めばいいのである。通常はそんな高速計算と細かな操船は不可能だろうが、ダリル・ガイザックによってそれが実現できるように、このラグナロクは最初から作られているのだ。
 後の問題は、いかにルカルカ・ルーを衝撃から保護するかということである。これはもう、ダリル・ガイザックのすぐそばにいさせるしか方法がない。ラグナロクのブリッジそのものをイコンのコックピットなみに小さくし、ブリッジ自体を巨大なアブソーバーの中に設置するだけである。それも可能なのが、ラグナロクなのではあるが。いずれにしろ、決戦までに考えておかねばならないだろう。
 幸いにして、敵は光る人型だ。装甲の強度は分からないが、金属の塊に突っ込んでいくよりはずいぶんとましだろう。速度の加減速が完璧であれば、衝撃は最小限にすることができる。後は、すべてダリル・ガイザックのコントロール次第であった。