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リアクション
第2章 眠りし女王 2
列車事故が起こった事故現場の周囲に広がる薄暗がりの中で、一人の女が突如姿を現した。暗がりの影の中から、当然のように現れたのだ。
豊満な胸がシャツの上からでも分かる、見事なプロポーションをした女だった。鮮やかな金髪に端整の取れた目鼻立ちのくっきりした顔――ハンガリー系アメリカ人の女であるローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、わずかに歩を進め、カツン、と靴底の音を鳴らして立ち止まる。
クアアアァァ――!
周囲に散らばるようにして包囲網を作っていたのは、小型ゴブリンとオーガで形成される魔物たちだった。
「……準備はOK?」
「いつでも」
「任せてください」
ローザマリアに呼びかけらると、背後で控えていた二人の女が同時にうなずいた。グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)と上杉 菊(うえすぎ・きく)という、英霊の二人組だ。
バッと身を翻すようにして後退したローザマリアは、黒影爪を一閃する。天井の配水管を斬りつけると、そこから水が噴き出して、辺りに水たまりを作った。
その一方で、彼女は狙撃銃型の光条兵器を形成する。
銃弾が魔物たちを貫き、数体がなだれるように倒れた。それを待っていたグロリアーナが、瞬時に魔物たちに斬り込む。
「はあああぁぁっ――!」
気合いの一閃。次々と魔物たちは斬り伏せられていく。
そのほとんどは一撃必殺だ。一刀両断の太刀筋に、“絶零斬”と呼ばれる冷気の力を与えているのである。
数体の魔物を斬り伏せたあとは、グロリアーナはタイミングを見計らって後退した。
「菊っ!」
「はい……!」
二人が後退したのを見て取った菊が、機晶爆弾を矢にくくりつけた簡易爆弾矢を敵に向かって射った。爆弾はサイコキネシスによって遠隔操作され、敵の懐で爆発を起こす。
これで魔物たちは完全に足止めされた。
ローザマリアが作戦通りと言わんばかりににやりと笑みを浮かべる。水たまりと放電装置が繋がっているのを確認して、彼女は放電を開始した。
一斉に電気が水を走り、魔物たちを焼き尽くした。
だが――彼女たちの役目はそれで終わりではなかった。まだまだやるべき事が残っている。
「御方様、どうやら救助の入用な方が居られる様子にて」
「ええ、急ぎましょう」
報告してくれた菊の言葉に、ローザマリアたちは急いで横転した列車へと向かった。
「いつつ……いったい、何が……」
頭上に乗った照明灯のガラスを振り払いながら、御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は痛む身体を気遣いつつ起き上がった。
「お、おねえちゃん……」
その身体の下には、幼い少女がいる。彼女はすっかり怯えきった震える声で彼女を呼んだ。ちょうど、彼女を押し倒すような格好になっている千代は、相対している彼女の顔を見つめる。
「無事だった? よかった……あんたに何かあったら、どうしようかと……」
心の底からほっとしたような顔になる千代は、怯える彼女を安心させようとほほ笑みかけた。
少女は、千代にとってかけがえのない家族の一人だ。義兄の娘で、いわば千代にとっては姪に当たる存在なのである。たまにしか会わないものの、千代はこの姪っ子に大変懐かれていた。
そんな姪っ子が今日は東京見物にやってくるということで、その案内役に白羽の矢を受けたのが千代だった。駅まで出迎えに行って、これからさあどこに行こうか? と期待に胸を躍らせていたのだが――
その矢先の、この事故だった。
「黎ちゃん、起き上がれる?」
「う、うん、大丈夫……だよ……」
照明灯のほとんどが割れ、内部の電源もストップしてしまったせいで暗い。そんな中、二人はなんとか身を起こす。
乗客たちは口々に『何が起こったんだ』とざわめいていた。それも仕方ない。なにせ彼らにとっては、まったく正体不明の事故なのだ。加えて、なんとかトンネル内部の電灯を頼りに、薄暗がりの中を手探りでドアまで行き着いた者は、窓も扉も開かないことに愕然としている。それもまた、理由がまったく分からないからだった。
だというのに、外からは甲高い金切り声のような奇声や、戦闘の余波を思わせる音、車体を打つ衝撃波が起こっているのである。これから自分たちがどうなるのか……目に見えない恐怖に、乗客は我が身を抱きしめる思いだった。
そんな中――千代は違った。
彼女は窓の外を見て思う――また、こいつら!?
彼女には魔物の姿が見えているのだ。そして、その一部のゴブリンが窓の外から棍棒を振りかぶるのも、彼女にはハッキリと見えた。
「あぶないっ!」
千代はとっさに姪っ子を庇ってその場を離れた。
すると、次の瞬間に窓ガラスがけたたましい音をあげて粉砕される。ゴブリンが棍棒を叩きつけたのだ。乗客にとっては何が起こってるか分からない状況で、ゴブリンがぬっと車内に潜り込んできた。
「お、おねえちゃん……っ!」
「ったく――私はどうなってもいいけどね。姪っ子だけは傷つけるわけにはいかないのよ。さっさとご退場願えますかっ!」
先日と同じだ。奴らは他の連中には見えないが、自分には見えているのだ。
車内の支柱になっていたパイプがひしゃげて落ちているのを拾って、千代は姪っ子を庇うようにして前に出た。姪っ子も何が起こっているのか分からないが――千代が、目に見えない何かから自分を守ろうとしてくれているのは、本能的に理解しているようだった。
振りかぶったパイプをゴブリンに叩きつける。
が――その力の差は歴然だ。あっけなく棍棒で弾き返されると、千代は圧倒的なパワーで吹き飛ばされた。
「がっ……」
床にたたきつけられて、口から苦しげな空気が漏れる。
黎ちゃんだけは……黎ちゃんだけは……なんとしても助けないと……!
「!?」
車内の扉が力任せに吹き飛んだのは、その時だった。
「――タイミングバッチリ! レディ、ゴー!」
にやりと笑った金髪の娘が、千代を見下ろしていたゴブリンに飛びかかった。さらにその後ろから二人の女性が追随する。
「ご無事ですか?」
「え、ええ……」
そのうちの一人――上杉菊は千代のもとに駆け寄って彼女を介抱した。和を感じさせる長衣を身に纏った娘で、およそこの場には似つかわしくない。しかしながら、優しげな彼女の雰囲気はそんなことを些細に思わせるほどの包容力があった。
(それにしても……)
なんだ、このアメリカンな娘たちは?
ドゥッ――
千代が思った矢先に、そのアメリカンな娘と英国騎士を思わせる仰々しい雰囲気の女性の二人組は、ゴブリンを斬り伏せたところだった。
「ふぅ……大丈夫? って千ぃ姉……?」
振り返ったアメリカン娘――ローザマリア・クライツァールは、未来での自分の知り合いを目の前にして、呆気にとられたような顔になった。彼女にとって千代は母親代わりにも近い存在なのだが、今はまったくお互いを知らない関係にある。
「千代殿か。相も変わらず勇敢な事よ。だが――それでこそ千代殿だ」
英国騎士の娘――グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーも、千代を見ながら懐かしそうに目を細めている。
だが当然、千代は何を言ってるんだとばかりの眉のひそめようだった。
「今と変わらないのね。いつまでも若くて、綺麗で、美人な千ぃ姉だわ」
千代が姪っ子を守っているのを見て、ローザマリアは嬉しそうに笑った。
「See you again――また、十年後にね。千ぃ姉」
「なんかよく分からないけど……ありがとう」
千代に含みある笑みを残して、ローザマリアたちはその場を立ち去った。
乗客の避難誘導はまた別の仲間の仕事である。いまは、それぞれの働きに従事できるように、周りの魔物たちをとにかく殲滅することが彼女たちの役目だった。
10年後、とか言ったか?
また出会うときが来るのだろうかと、千代は少し期待を寄せてワクワクしている自分を感じていた。