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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~
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リアクション


第1章 13日の魔物 13

 夜――新宿の繁華街。
 闇が息づき、時には血が踊り舞うこともある世界で、ヤクザ者とガーゴイルたちの抗争が勃発していた。彼らは正式な対魔物チームではない。単なるヤクザ者であるが、偶然にもガーゴイルを見ることの出来る素質があったのだった。
 そんな中――ガーゴイルとヤクザ者の戦いに割って入る者があった。
 両手に握った銃でガーゴイルの頭を撃ち抜いたその影は、驚くヤクザ者たちの前に姿を現した。
「あららぁ……東洋のマフィアって意外に甘ちゃんなのねぇ」
 月夜が彼女を照らしている。
 雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)――露出過多な服に身を包んだ蠱惑的な女性である。桃色の髪を左右で結んだ彼女は、その下にある妖艶な顔でヤクザ者たちを見回した。
「ふふ、今ここで何もせずに死にたい? それとも、この勝利の女神の腕の中で、化け物の返り血を浴びながら笑いたい?」
 ヤクザ者たちは脂汗を浮かべながら女を見つめた。
 言いようのないほどの凄みと、官能的な響きがある。彼女についていけば、全てが万事上手くいくような――魅惑の世界に連れていってもらえるような、そんな、幻想にも似た誘惑である。
 びしゃりと、ヤクザ者の一人が足下に転がっていたガーゴイルの肉を踏みつけてしまった。
 ぞくりと、悪寒を走るものがあった。ここで彼女の言うことを聞いていなければ、次は自分がこうなってしまうかもしれない。そんな予感があった。
 ゆっくりと――全員がうなずいた。
「そっ……それじゃあ、さっさと勝利の美酒を味わいにいきましょうか」
 リナリエッタについていくヤクザ者たちの、即席チームが出来上がる。
 ここら一帯を好きに荒らし回るガーゴイルたちを殲滅しに、彼女たちは移動し始めた。
 と――ふとリナリエッタは、自分の隣にいたヤクザ者の首に手を回しながら、尋ねる。
「ねえ……石原肥満って知らない? ふふ、彼ね、とっても有名人になるのよ」
 当然、その問いかけに答えない男などいなかった。
 彼女たちは夜の街を跋扈する。気まぐれで、そして極めて彼女たちは自由だった。

 新宿の地下道で、玖純 飛都(くすみ・ひさと)は魔物退治に従事していた。
 魔物事件が相次いだことで人通りは少なくなっているが、それでもやはり魔物が発生することは決して皆無ではないのである。
 ぼさぼさの黒髪を掻きながら、飛都は半ばやる気なさそうにも見える動きで地下道を見回っていた。すると、一人の男がガーゴイルに襲われているのを発見したのは、その時だった。
「チッ……」
 舌打ちを飛ばして、飛都は男のもとに駆けつけた。
 そのまま彼はハンドキャノンを手にガーゴイルと交戦に入る。幸いにも一匹だ。それほど苦労することはあるまい。一発、二発ほどの攻撃は受けたが、それも受け止めることに成功し、飛都はハンドキャノンの一撃でガーゴイルを撃ち抜くことに成功した。
 それから男のもとを去ろうとするが――
「ちょ、ちょっと待ってくれ、君っ!」
 引き留められたのは予想外だった。
 しかも男はなにやら飛都に詰め寄ると、さっきのが一体何だったのかなど色々聞いてくるではないか。
 よく見ると、男と飛都の顔は少し似ているような気がしないではない。それが、男に親近感を湧かせる結果になったのだろう。彼は親しげに飛都に話しかけてきた。
 だが――これほど迷惑な人間もいない。初対面だというのに、やたらと質問を浴びせかけてくるのだ。それは、今回の事件のことを独自に調べた話ばかりだった。異常な事件が相次いでいるだの、情報規制が敷かれているだの……よくもまあ、そこまで調べたものだ。
 しかし、飛都には良い迷惑だった。
「都市伝説ごっこで人に迷惑をかけるな」
 だからそう言ってやった。
 しかし、男はひるまなかった。
「君は知らないからだ! いま、この世界じゃおかしなことがたくさん起こってるんだぞ!」
 それから男は、まくしたてるように自分の理論を語り出した。
 いわく、何かの陰謀説。いわく、宇宙人説。いわく、政府の謎のプロジェクト――
 いい加減に飽き飽きしてきて、飛都は素っ気なく別れを告げると、男のもとを去ろうとする。しかしその前に、男は飛都にある物を押し付けていった。
「とにかく、君は何か知ってるみたいだから……気が向いたら連絡してくれよ! それじゃあ!」
 それは名刺だった。
 別れた男の背中を見つめながら、飛都は肩を落としてため息をついた。

 夜の薄暗い路地裏で――きらめいたのは一筋の光だった。
 いや、それは光ではない。一閃した何か、だ。
 それから静寂が訪れる。まるでそれまでの一瞬の緊張が嘘であったかのように。
 ドサリ。
 次いで起こったのは、何かが倒れる音。
 薄暗い路地から姿を現したのは、ティグリスの鱗と呼ばれる鋭利な刃物を隠したアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)だった。
「……血が付いちまったか」
 シャツに付いた血を軽くぬぐい去って、彼は歩きだした。
 ガーゴイルを一匹倒しておいたが、あれは自然消滅するのだろうか? などと、余計な心配をしながら、夜の渋谷を縫うように歩く。まあ、いずれにしても対魔物チームには連絡を入れておいたし、回収か何かに訪れるだろう。
 そうこうしているうちに、彼はある一見の店の前にたどり着いた。
 そこはラブホテルやクラブが軒を連ねる怪しげな夜の街の一部だった。久しぶりに酒でも呑みたくなってきて、そのクラブの中に入る。
 別段――踊る気があったわけではない。ただ久方ぶりのクラブの雰囲気を味わってみたかっただけだ。
 カウンターに座ったアキュートはバーボンを頼むと、それを味わいながら今後の事を考えていた。
 すると――横にどかっと誰かが座った。
「あんた、さっき魔物と戦ってただろ?」
 寝癖をそのままにしたようなボサボサ頭の男だった。皮肉げな顔つきをしている。あまり信用には値しないかもしれないと、そんなことを思った。
 彼は自分の名を名乗った。大迫俊二――それが男の名前らしい。『日新新聞』という新聞社の記者という話だった。なんでもアキュートに魔物事件について聞きたいのだそうだ。
 彼はこれまで、対魔物チームや警察の動向を調べていたらしい。警察や政府さえも動かす、もっと大きな何かがこの裏では動いている。そう勘づいているのだ。
 だが――
「夢でも見てたんじゃないか?」
 アキュートは記者の問いにはぐらかすような答えしか返さなかった。諦めるか激昂するか、アキュートは記者を盗み見る。記者はそのどちらでもなく、にやりとした笑みを返してみせた。
「こいつも夢ってわけかい?」
 記者が摘み上げたのは、緑髪の人形のような娘だった。
「アキュ〜ト〜」
 驚きに目を見開いたアキュートは思わず腰のポーチを開く。当然、そこにはペト・ペト(ぺと・ぺと)の姿はなかった。
「てめっ、いつの間に……」
「ごめんなさいです〜、アキュート〜」
「悪いな。こっちも引けないもんでよ」
 摘み上げたペトをぷらんぷらんと揺らしながら、記者は悪人面でアキュートを見た。
 これはいわば脅しだった。もしペトが人形だとでも言い張れば、大迫はペトを持ち去ろうとするだろうし、力ずくで奪おうとすれば傷害事件にもなりかねない。なにせ、アキュートからペトをスリ取れるほどには腕が立つのだから。そして、警察を呼ばれるのはこの時代の人間じゃないアキュートにとって厄介だった。
 さんざん悩む時間をとって、アキュートはついに諦めのため息をこぼした。
「分かったよ。話してやる」
「そうか。じゃ、こいつは返しておくよ。悪いな、お嬢ちゃん」
「ふえ〜、こんなの二度とゴメンなのですよ〜」
 大迫はアキュートが話すよりも先にペトを解放した。ペトはちょこちょこっと駆け寄って、すぐアキュートのポーチの中に入る。
 話すよりも先に解放したところを見ると、そこまで悪い奴じゃないのかもしれない。そこまでヘマをするほど、バカには見えないしな。
「実は――」
 それからアキュートが話したのは、かいつまんだ事件の概要だった。
 終始、真剣に話を聞いていた大迫は、徐々に話が核心に迫るに連れて興奮していく。そして最後には、その興奮は最高潮に達していた。
 元神父は、記者の男に絶対に他に洩らすなと釘を刺した。
「言っても誰も信じねえよ」
 とは――記者の自嘲的な言葉である。
 それでも彼が真実を知りたがったのは、自分の記者としてのプライドと、本当のことを知らないで事件が終わるのを傍観しておきたくないという、究極の自己満足からだった。
 アキュートはグラスが空になったのを見計らって、席を立った。
「こいつは手土産だ。まあ、興味があったら行ってみな」
 大迫のひたむきとも取れる姿勢に、気まぐれでも起こしたのだろうか。アキュートはカウンターにメモを一つ残してからその場を立ち去った。
 メモに書かれていたのは――『15日、東京湾にて』の文字。
「…………」
 大迫はそれを天井にかざすようにして見つめながら、くいっと自分のグラスをあおった。