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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~
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リアクション


第1章 13日の魔物 8

 お台場で起こった魔物事件の最中――熊猫 福(くまねこ・はっぴー)はとある少女を見つけた。いや、それは少女というよりはまだ幼女というべきか。わずか三、四歳程度の幼子であった。
「パンダしゃん……」
 少女はぎゅっと福の身体を掴む。
 その目はうるうると涙の粒を浮かべていて、今にも泣き出しそうだった。
「大丈夫だよ、トト」
 福はそう言って、少女の身体をぎゅっと抱きしめた。
 そう――彼女は大岡 永谷(おおおか・とと)なのである。と言っても、2009年当時の彼女というべきか。福としては偶然と出会いだったが、どうやら彼女はこの6月13日、両親とともにお台場観光に来ていたらしい。
 それが、魔物事件でパニックになったことで両親とはぐれたのだ。
 福はなんとか永谷を保護して、安全なところに避難しようと思っているのだが――それにしても魔物が多い。車の影に隠れていて、今のところは敵に見つかっていないものの、なかなかこの包囲網を抜け出すのは厄介そうだった。
(それにしても……)
 福はふるふると震えながら自分に抱きついている少女を見やった。
 幼女のトトがこんなにも可愛かったなんて、知らなかった。この娘がいまの永谷になるのだと思うと、人の成長ってすごいなぁ――と、福は思うところだった。
「ねーねー,パンダしゃん」
 空想に耽っていた福のお腹を、トトがつんつんと突いた。
「ん? どしたの、トト?」
「あれ、おっきなロボット、でしょ? あれで戦ってよ……」
「…………えーと」
 それはお台場に建てられた、とあるイベントの等身大ロボットだった。全高20メートルはあるだろうか。確かに大きいのだが……無論、操作系機能はまったく装備されていない。いわばハリボテである。
 だが、いまのトトにはそんなことは分からないようだ。彼女にとっては、あれは間違いなく巨大ロボットなのだ。ロボットを見上げて、つぶらな瞳をキラキラと輝かせている。
「……出来ないの? パンダしゃんもしかして、あんまり強くない?」
「つ、強くないことないよっ! アタイ、これでも立派なゆる族なんだからね!」
 ゆる族が強いとは限らないのだが――福は自慢げにどんっと胸を叩いた。
 そして、ついにトトを連れてその場を離脱する。言葉に恥じず、福は魔物の動きを的確に読んで、それをかいくぐった。
 攻撃を受けることもあったが、トトには当たらないように我が身を投じてそれを防ぐ。体当たりでガーゴイルを吹き飛ばし、さらに路地を駆け抜けた。
 そうしてやがて、対魔物チームと合流することに成功する。
 そこには――すでに保護されていたトトの両親もいた。
「トトっ!?」
「おかあさーんっ!」
 ひしっと抱き合う親子の姿。
 それを見つつ、福はうんうんと頷きながら、ほろりと涙を流した。


 ブン――風を切って、振るわれた刀がガーゴイルの首を分かつ。
 更に返す刀でその身体を切り落とし、青年は次なる標的に動いた。
 その手に握られるのは、黒い刀身をした不思議な刀であった。刀身に刻まれた銘は“藍理”。それは、彼の血の記憶に刻まれたものであり、同時にこの刀に悪しき魂を封じた者の名前である。
 まるでその魂が震えるような絶叫をあげているかのように、刀は次々とガーゴイルを殲滅していった。
「久我内さん、ほんとうに……ここに過去のあなたが?」
 青年――久我内 椋(くがうち・りょう)にかかった声は、穏やかな少年のような声だった。
 椋の隣で、同じようにガーゴイルと戦っている少女のものである。年は椋と同じ十八、十九歳といったところか。
 沢渡 真言(さわたり・まこと)。それが娘の名であった。
「本当だ。記憶が正しければ、だが」
 普段は丁寧な言葉遣いである椋だが、彼女に対しては多少くだけた口調になっていた。
 彼女とは、パートナー同士の確執がなければ良好的な関係を築けるのである。なかなかその機会が少ないため、今回は数少ない共闘と言えた。
 実はこの新宿のあるホテルで、幼い自分が魔物に殺されてしまうかもしれないのだ。椋はそれを食い止めるため、真言と一緒にホテルに向かっている最中なのだった。
 その途中にいる魔物は、邪魔するものは排除していく。
「見つけました、あれですね!」
「ああ……」
 そのうち、ホテルが目の前に見えてきた。
 急いでその中に入ると、一目散に椋は二階へと上がる。
「私は、一階を見てきます!」
 真言はその後ろ姿に別れを告げて、彼とは別行動で一階に向かった。
 量は廊下を駆け抜ける。そしてついに二階の扉を開けると、そこに――
「いたっ!」
 幼い少年が震えながらうずくまっているのが見えた。
 それに駆け寄ろうとする椋。しかし、その前に魔物が現れた。
「くそっ……邪魔を……」
 刀を抜こうした、その時である。
 窓ガラスが割れて、そこから金色の光が飛び込んで来た。
「!?」
 いや、違う。それは光ではない。金髪だ。
 陽光にきらめく鮮やかな金髪を靡かせて、人影が部屋に躍り出てきたのだ。そいつは、にやりと笑うと圧倒的な速さで魔物に迫り、握っていた剣を一閃して、魔物を斬り捨てた。
 そして、剣についた体液を振るい払って、椋たちへと向き直る。
「遅いな。俺がいなければ……貴様はとっくに死んでいた」
 そう告げた金髪の若者は、椋がこれまで散々付き合ってきたパートナーだった。
 いや――違う。わずかにその瞳は、椋が知るもの以上に鋭利な刃物の色を宿している。触れたら誰であっても斬り殺すと、そう言わんばかりの威圧感と、それを凌駕する敵を斬り捨てることへの滲み出る高揚感であった。
「モ、モード……レット……」
「ん……貴様、なぜ俺の名を知っている?」
 獲物を奪ってやった相手が、自分の名を知っていることが驚きだったのか。
 モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)はわずかに目を見開いて椋に近付こうとした。が、その前に――
「うっ……ううぅっ、えぐっ……」
「…………チッ」
 泣き崩れている少年を見やって、モードレットは舌打ちした。
 ツカツカと、少年のもとに歩み寄る。
「何を泣いてやがる。目障りだから止めろ」
 ひどい言い草であるが、目線は少年に合わせていた。膝をつき、その傍で少年を睨むように見つめている。
「ぼ、ぼく……いらないこ……だからっ……だからっ……だれも、助けて……おにいちゃんも……えぐっ……おとうさんも……」
「…………」
 金髪の暴君は、これ以上ないほどに面倒くさそうにため息をついた。
 だが、その目はどこか寂しげな色を帯びている。まるで、遠い過去を思い出すような目だった。
「黙れ」
「……えっ……?」
「黙れと言ったんだ。ピーチクパーチク、五月蠅くてかなわん」
 すごむような目に射すくめられて、少年は嗚咽を止めた。
 モードレットの腕が伸びる。その腕は、少年の襟をがっしと掴んだ。
「周囲の雑音などに気をとられている暇があるなら、それらを黙らせるほど貴様は努力すればいい。力をつけろ、煩い口を自分の手で塞げる程度にな」
「…………力……?」
「そうだ。それが出来なければ死ね。そっちのほうがはるかにマシだ。泣きながら生きるよりかは、はるかにな」
「…………」
 少年の涙はいつの間にか止まっていた。
 すると、ガッ――と音がしたと思ったら、突然その意識がなくなってくずおれる。
 モードレットが、少年の首に手刀を叩き込んだのだった。
「ちょっ……モードレット……」
「起きていると面倒だからな。こいつは俺の戦利品だ」
 服だけを握るという乱暴なやり方で少年を持ち上げると、モードレットは振り返った。
 そして、彼は呆然と立ち尽くしている椋にこう告げた。
「それで? お前は何者だ?」

「な、なにっ……!?」
 一階を見て回る真言の目に飛び込んできたのは、大きな爆発音と炎だった。
 最初は炎の魔法かと思った。だが、違う。それは強大な稲妻が巻き起こったことによって発生した火災だった。
「いったい、なにが……?」
 つぶやきながら、爆発音のした場所まで急ぐと、そこからはもくもくと黒煙が上がっている。
「!?」
 すると突如、中から飛び出してきたのは一匹のガーゴイルだった。
 とっさに構えを取って、真言は戦闘態勢に移る。が、それが間違った認識だと気づいた。ガーゴイルはすでに息絶えていて、ぴくぴくと痙攣しているのだ。
「ちっ……てめぇらみてぇな奴を見てると、むかつくんだよ」
 その時、黒煙の中から聞こえたのは不遜な物言いをする声だった。人影が煙の中に浮かび上がる。長身の男だ。ようやくその姿を現したとき、真言は思わず苦鳴にも似た声をこぼしてしまった。
「マ、マーリン……っ!?」
「あん? おまえ、なんで俺の名前を……て、お前、真言か……?」
 煙から現れたのは、真言のパートナーであるマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)だった。だが、幾分かその雰囲気は違う。普段はきまぐれだが陽気な一面のあるその顔が、厄介な奴でも見たように歪んでいた。
 彼は真言を見やりながら、怪訝そうに眉をひそめる。
「なんで、真言がここに……」
「あ、その、私は……」
「――そうか。未来の真言だな?」
 しどろもどろになった真言とは裏腹に、冷静さを欠かないマーリンはそう推測を口にした。思わず、真言はぽかんとなって彼を見つめる。
「ど、どうして、分かるんですか……」
「顔立ちは一緒だからな。頭を働かせれば大体分かる。第一、俺が“英霊”とかいう嘘みたいな存在なんだ。人間のお前が未来から来るぐらい、予想は出来るさ」
「そ、そんなもの……ですか……?」
「そんなもんだ。それよりも――」
 呆けている真言を放っておいて、マーリンは振り返った。すでに爆発の黒煙は消え始めており、そこから新たな影が姿を現していた。それは、複数体のガーゴイルたちである。口々に奇声を発し、いかにも襲いかかろうという体勢でいた。
「こいつらをどうにしないといけねえな。手伝えるか?」
「は、はい。もちろんです!」
 真言は力強くうなずいて、両手に拳銃を構えた。その威風堂々とした姿を見て、マーリンが口笛を吹く。
「まさか、あの真言がここまで威勢が良くなってるとはな。驚きだ」
「それって誉めてるんですか? けなしてるんですか?」
 眉を寄せながら真言は尋ねた。じりじりと迫るガーゴイルと一触即発の空気の中、ついに動き始めた奴らを見据えて、マーリンはにやりと笑いながら言った。
「両方だ」