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第3章 試作機と特殊機

 大荒野の要塞強襲の話は、特殊イコンのテストを行うために集められた者達の耳にも入っていた。
「起動テストの後、そのまま加勢に行くことになりそうだ」
 出発前に、引率を任されたゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)は、集まった契約者達にそう説明をした。
「これは国家機密だ。プラントへは、自分のイコン、武器防具の持ち込み、及び通信機の持ち込みも許可出来ない。その他手段で外部と連絡を取ることも勿論、禁止行為だ。プラントの場所もあらかじめ教えることは出来ない」
 集まった者達は装備品を預けてから、転送が行われる部屋へと向かう。
 自分の乗り物で向かおうと思っていた者は、同行を断念し、加勢に向かうと思われる要塞の方へ先回りすることになった。
 
 テレポートには莫大なコストがかかるため、この方法での移動は片道だけとのことだった。
 一行が到着した場所は、倉庫のような場所だった。自動車や小型の飛空艇も置かれている。
「パイロットは必要に応じて、このパイロットスーツを着用。護衛はこっちの武具を装備」
 ゼスタはテストパイロット達に、パイロットスーツ。護衛の為に訪れた者達には、警棒と麻酔銃、ボディアーマーを渡していく。
「一つ、提案があるのですけれど、いいでしょうか?」
 皆が準備をする中、関谷 未憂(せきや・みゆう)とパートナーのリン・リーファ(りん・りーふぁ)プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)がゼスタに近づいた。
「何?」
 ちらりと特殊イコンのパイロットとして選ばれた女性――ユリアナ・シャバノフを見て、未憂は話し始める。
「イルミンスールから盗まれた魔道書……あの方と契約をされているんですよね。対の魔道書はヴァイシャリーで管理されていたようですが」
 元々はイルミンスールの大図書館にあったもののはずだ。
 盗み出された魔道書は2冊だったのか。
 それとも1冊だったのか。
 どこかで複製されたのか……魔法のようなもので、2冊に分けられたとか。
 もしそうならば、誰がそのようなことを行ったのか。
「今は1冊だから制御出来ているけれども、2冊揃ってしまったらユリアナさんだけでは制御できなくなる可能性とか、暴走の可能性とか……。色々心配になってしまいます。せめて、ユリアナさんがテストの任務を終えてから、対の魔道書を渡すという事には出来ないでしょうか?」
「詳しいことは解らないが、2冊揃ったらヴェントの力は増すだろうな。ヴェントの性格が変わり、暴走なんかされたら困るが、そういう時の為に、君達に護衛を頼んでるんだし――イコンに乗ってからは他の試作機で抑えられないことはないはずだ。まあ、魔道書が揃った状態での力も含めてのテストだから、渡さなきゃ、完全な状態でテストが行えないってことになる」
「イコンのテストですよね? 魔道書の力がどう関係してくるのですか?」
「後で説明するが、ドラゴン型イコンは搭乗者の能力を十分活かせる仕様になっている」
 それが、エリュシオンの強力な魔道書と契約をしているユリアナが、パイロットに選ばれた理由……だろうか。
 未憂はちょっと考え込む。
「ゼスタせんせーっ!」
 ひょっこり、リンが未憂とゼスタの間に割り込んだ。
「今日はお仕事だから、ゼスタせんせーって呼ぶよー。よろしくー♪」
「ん、よろしく、リンチャン。あと、プリムチャンも」
 にやりとゼスタは笑みを浮かべる。
 リンは笑顔でこくりと頷き、プリムは無表情でちょっと警戒するように未憂の服を掴んだまま、こくんと頷いた。
「ところでゼスタせんせー……。その人だれ?」
 リンは笑顔を消して、不思議そうな顔でゼスタの隣にいる人物をじっと見つめる。
「こんにちは」
 ふわりとその女性は微笑んだ。
 端正な顔立ちの、美しい女性だった。
「あ、コイツ? 俺の彼女」
 ゼスタはその女性の肩に手を回すとぐいっと引き寄せて、彼女の頭に頬を寄せた。
「…………ふぅー……ん…………」
 じーっと、リンは女性を見続ける。
「こんな時に……もうっ」
 などと言いつつも、女性はゼスタにべったりくっついている。
「ぐおっほん」
 大きな咳払いが響いた。
 武具の装備を終えたルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)が近づいてくる。
「士気に影響が出ますので、そういった行いは控えていただきたいのですが」
 ルークは教導団員としてゼスタのサポートを申し出ていた。
「あー、悪い悪い。ま、彼女は最も頼りになる俺の護衛だ。それに、適度に緊張はほぐしておかねぇとな」
 そんなことを言いつつ、ゼスタは彼女の頭を撫で続けている。
 ルークはこめかみを抑えて、大きくため息をついた。
 大丈夫なのだろうか……。

「こんな立場で再会する事になるとはな。元気にしていたか?」
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、準備を済ませた後、ユリアナに近づいて声をかけた。
 彼と目が合った途端、ユリアナはごく軽く眉を揺らした。
 すぐに彼女は微笑みを浮かべる。
「久しぶり。元気そうね」
 ユリアナの微笑みに、呼雪も微笑を返して他愛もない話をする。
「身体検査、させてください」
 護衛としてついてきたユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)は、ユリアナやテストパイロット達が規定以外のものを身に着けてはいないかどうか、チェックをしていく。
 それから改めて、ユニコルノはユリアナに挨拶をして。
「テスト開始まで少しだけ時間があるようです。こちらを、見ていただけますか?」
 ユニコルノはメモリープロジェクターで記録してきた映像を、ユリアナに見せるのだった。
『もう映ってるんですか?』
 映し出されたのは、慌てている小さな男の子の姿――マユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)だった。
 彼の背後には、薔薇の咲く庭園が広がっている。
 ちょっと顔を赤らめながら、映像の中のマユは一生懸命語り始める。
『ユリアナさん、あ、あの……お久しぶりです。お元気でしたか?』
 マユは契約者達を集めて行われた合宿でユリアナの世話を手伝ったことがある。
『テストパイロット、おめでとうございますっ。ユリアナさん……すごくすごく、頑張ったんですね。ぼくは、まだ全然子供で……でも、将来はみんなを助けられるようになりたいです。えっと……今、緑がきれいな季節です』
 緊張しながら、真剣な顔でマユは言葉を続けていく。
『テストが終わってから、あの……い、一緒にピクニックにいけたら、嬉しいです。頑張って下さいね……!』
 ユリアナは、映像を黙って見ていた。
 微笑ましい光景だったけれど、見ているユリアナの表情は穏やかではなかった。
 だけれど、映写が終わって直ぐに彼女は再び微笑みを浮かべて、ユニコルノと呼雪を見た。
 そして。
「幸せそうね。……よろしくお伝えください」
 とだけ、言った。
「よぉ、ユリアナ。俺は、パラ実の姫宮和希っていうんだ。合宿の時は、声かけるチャンスなかったけど、今回はよろしくな!」
 試作機のテストパイロットに志願した姫宮 和希(ひめみや・かずき)も、笑顔でユリアナに声をかけてくる。
「ええ、よろしく」
「あの時は色々大変だったみたいだけれど、這い上がるために、ユリアナは凄く頑張ったんだろ? 特殊機のたった1人のパイロットに選ばれるってすげぇよな!」
「ありがとう」
 和希の言葉に、ユリアナは笑みを見せた。
 和希のパートナーのガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)は、黙って2人を見ていた。
 根回しで、温泉合宿での彼女のことは仲間から聞いてあった。
 彼女の生い立ちに同情しており、和希ともども、彼女の幸せを願っていた。
 彼女の存在が、帝国との関係改善につながればいい、とも。

(ユリアナ・シャバノフ……)
 和やかに会話をしているように見える、ユリアナとパイロット達を、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)イルマ・レスト(いるま・れすと)は少し離れた位置から見ていた。
「合宿で罪を糾弾したあの女性……ユリアナさんがいるとは、な」
 法を犯してまで彼女を連れ去った者達の行為も無駄じゃなかたということか。
 そう千歳は考えていく。
 彼女が今まで頑張ってきた成果なのだろうし、素直に祝福したい、と。
(李梅琳達のしたことは明らかに犯罪だったし、その行為自身を許すことは絶対にないが、罪を憎んで人を憎まずと言うしな)
 千歳は軽く息をついた。
(しかしなぜ、警護が必要なんだ? こんな場所で誰が襲って来るというのだろうか……)
 一瞬そう思いもするが、すぐに千歳は気付く。
 警護だけではなく監視も仕事なのだろう、と。
 ユリアナ……それだけではない、パイロット志願者の中。もしくは自分達の中にさえ、反逆行為に出るものがいる可能性がある。
「ユリアナが私の思っている通りの女性なら――彼女は離反するでしょう」
 イルマが小さな声で言った。
 千歳は軽く眉を寄せる。
 そう、一番はユリアナかもしれないが……。
(今のユリアナさんは私達の味方なんだし、ただ過去の間違いを根拠に疑いの眼差しを向けるのは、公正な接し方とは言えないよな)
 千歳はユリアナへの声のかけ方に迷いがあった。
(あの時も、そして今も。こんなに多くの人達の善意を受けておきながら、平然と裏切ることが出来る人間なんて、そうそういるとは思えない。……彼女は、そんな恩知らずじゃない、よな……?)
 少し離れた位置から、千歳は黙ってユリアナを監視し続けていた。
(使い慣れた武器を持ち込むことはできませんでしたけれど……相手は丸腰。取り押さえることは可能でしょう)
 イルマは静かに服を整え、武器を確かめる。
(搭乗前に馬脚を露して欲しいものですが……)
 和やかな雰囲気の中で、微笑んでいる彼女を見るとなかなか難しいようにも思える。

「ユリアナ・シャバノフ、こっちへ」
 ゼスタが着替え終えたユリアナを呼んだ。
「はい」
 彼女は一冊の魔道書を持ってゼスタへと近づく。
「よし、入っていいぞ」
 ゼスタが声をかけると、後ろのドアが開く。
 ドアの向こうには……黒髪の男性の姿があった。
 ローブを纏った20代半ばに見える、金色の目をした青年だ。
「久しぶり」
「ああ」
 ユリアナはわずかな笑みを見せる。
 青年――魔道書、ヴェントの方に表情の変化はなかった。
「もう1冊の魔道書は、彼の方に渡していいって話だが」
 そう言うゼスタの傍に、未憂、リン、プリムらが警戒して近づく。
「どっちに渡しても同じだよな」
 ゼスタは、懐から取り出した魔道書をユリアナの魔道書に重ねた。
 皆、注意して見守るが特に何の変化も起きなかった。
「ありがとうございます」
 ユリアナはほっとしたような笑みを浮かべて、頭を下げてゼスタに礼を言い、ヴェントの方に目を向けてまた微笑んだ。
 彼女は、本当に嬉しそうだった。

「くっそ……」
 そんなユリアナの様子を見て、歯ぎしりする人物がいた。
 天御柱学院卒業生のニコライ・グリンカだ。
「あなた、ユリアナさんとはライバルだったの?」
 彼に話しかけたのはザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)だ。
「腕は劣っちゃいないんだ。けど、パートナーの差で追いつけなかった。……パートナーになってやってもいいってこっちから折れてやったのに、拒否しやがって……っ」
 どうやら、ニコライはユリアナにパートナー契約を申し込んだことがあったようだ。
(逆恨み?)
 ザウザリアスは彼を面白そうな人物だと感じていた。
 パートナーがいないのに、テストパイロットとして呼ばれた人物だ。
 本当に優れた操縦技術を持っているのだろう。
「よければ、一緒に乗らない? 私は軍事知識はそこそこあるけれど、イコン操縦の腕はまだまだだから」
 パートナーのボア・フォルケンハイン(ぼあ・ふぉるけんはいん)も一応同行はしているが、イコンの操縦は得意とはいえない。
「あなたが一緒だと助かるわ」
 ザウザリアスが微笑みながらそう言うと、ニコライはじろじろとザウザリアスを見詰めて。
「まあ、なかなか好みだし。どうしてもっていうんならいいぜ?」
「ありがとう。頼りにさせてもらうわ」
 ザウザリアスは手を差し出て、ニコライと握手を交わした。
「よし、準備できたな? 格納庫に行くぞ」
 ゼスタが皆に言い、一同「はい」と返事をする
 頷いた後、ゼスタは格納庫に続く扉を開けた――。