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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 
 深更、仕事を終えて『石原拳闘倶楽部』に戻った肥満は、そこにまた一人、見知らぬ人間がいるのを見た。
 鷹山がそばに立っている。どうやら不在の間に訪ねてきたものらしかった。
「こんな遅い時間に客人とはな。今日はよくよく、お客人に縁がある日と見える」
 来客は女性である。目鼻立ちの整った美人ではあるが、どこか料峭としているというか、ただの麗人というようには見えなかった。直立する姿勢にも均整が取れている。取れすぎているほどに、だ。
 その女性に職業軍人の匂いを、石原肥満はすぐに嗅ぎ取っていた。
「進駐軍、じゃねぇなあ。あそこは不逞外国人が多くてな、あんたみたいなプロ意識のある兵隊はいないもんさ。ソビエトか……あるいは、GHQでも将校付の秘書か、さもなくば……」
 しかし肥満は、それ以上一人で話す非礼を選ばなかった。
「石原肥満だ。あんたは?」
「クラウディア・ブラウン、偽名だ」
 はっきりとクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は言ったのである。
 偽名、という言葉自体にはさして驚く様子もなく、肥満は椅子を勧めた。
「どうせなら英語風に『クローディア』にしたほうがいい。その読み方だとドイツすぎるぜ」
 機先を制された格好になったか、二の句を継げないクレアに改めて肥満は述べた。
「楽にしてくれ。それで、用件を聞こうか」
「色々と調べているところでね。いわば研究活動と言ったところだ」
「へえ」
「わかるかな、ミスター石原、こうしてあなたの所在まではつきとめた」
「無頼を気取ったって口調から物腰から、あんたがその道のプロなのは筒抜けだぜ。……勾玉の話だな」
 肥満はずばりと言った。
 いちいち腹の底を見抜かれているようでクレアは落ち着かなかったが、その様子をおくびにも出さずイエスと答える。
「買いに来たという話ではなさそうだな。金の入ったアタッシュケースもなし。護衛もねぇ」
「ご名答。では、私の次に言わんとすることを当ててみてもらいたい」
「いちいち実力を見せつけてくれなくてもいい。ブラウン、あんたが只者じゃないのは一見すりゃすぐに判るよ。宿があるなら明日から来てくれ。ないなら、三階に女用の部屋が余ってる」
 さすがのクレアも舌を巻いた。「勾玉の所有者である肥満に死なれると都合が悪い。力を貸してやる」という旨の言葉を告げる気だったのだ。
「でっかいことがある予兆はある。薄々判るんだ。黒い雲みてぇなのが、新宿のほうからじわじわと伸びてきてるのがな。近いうちに戦いになるぜ、これは。ただ、相手がどこになるのかまではわからねぇ。あんたらはそれが終わるまでいてくれるんだろう? 金はあまりないが、メシくらいなら食わせるからよろしく頼まあ」
 これだけ言うと、肥満は無造作に立ち上がって大欠伸したのである。そろそろ寝る気のようだ。
 スケールが大きいというか、あまりに無防備というか……唖然としながらクレアも立ち上がった。
「石原肥満、私を簡単に信用していいのか」
「そりゃ完全に信用してるわけじゃねぇけどよ、少なくとも味方だとは思ってるぜ。信じるに足るやつじゃなけりゃ、最初のやりとりの時点でもうお断り願ってる」
「だが私が、たとえばスパイだったとしたらどうする気だ」
「うちには隠すものなんざねぇよ」
「暗殺者だったら?」
「俺はそういう手合いをたくさん見てきた。暗殺なんてする奴はな、もっと愛想いいもんだ」
 言うなり石原肥満は可笑しそうに笑った。
 クレアもつい、口元を綻ばせてしまう。愛想が良くないと言われて喜ぶなんて、自分もどうかしていると思った。
 出ていこうとした肥満だが、くるりと振り返って言った。
「ああそうだ。今日からさっそく頼めることがあった」
 手で、牌をひろって捨てるゼスチャーをして、
「あんた麻雀できるか? 俺は博打は大きれえだけどよ、これだけは好きなんだ。鷹山もハンチャンやろうぜ。歓迎会を兼ねてセリナか理沙か、腹話術のあんちゃんでも呼ぶか」