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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 生まれは秩父の方、という言葉で、土地勘がないところを説明する。
「これだって、なけなしのを持ってきたんだ。なんとかここで生きていくためにな」
 さっと取り出した袋には、種モミが入っているのである。国頭 武尊(くにがみ・たける)はそう言ってとぼけたが、やくざ者二人はそれで引き下がるつもりはないようだった。
「ンなことを聞きてえんじゃねえよ!」
 うち一人、頬に大きな切り傷がある男が言った。
「なんで石原の野郎について嗅ぎ回ってやがった!」
 頬傷の男は破れた国民服、もう一人も小汚いなりに突撃帽という貧しげな扮装だが、それでも自分たちはヤクザだと言い張った。
「蓮田モンに逢ったのが運の尽きだこの野郎!」
 ははあ、と武尊は事情を察した……いや、この世界では『武専出身の南方帰りの兵隊崩れ、国頭武雄』だった……ともかく武雄こと武尊は判ったのである。
 聞く相手を間違えた。
 武尊が1946年に降りたのは、現地時間にして夕暮れから夜にかけての時間帯だった。
 急いで闇市を巡り、当座の活動資金として2022年から持ってきた「種モミ袋」を闇市で換金したところまでは良かった。ところが実は、渋谷と思っていたこの場所はずっと新宿よりの地点であり、しかも石原肥満の情報を集めるため、相手を選ばず聞き込みをしたのがまずかった。しかも運悪くハズレを引いてしまったようだ。すなわち、肥満とは敵対する連中と出くわしたのである。
 かくて、頬傷と突撃帽のヤクザコンビにより暗がりに引きずり込まれ、詰問を受けているというわけだ。
 そういえば現代の渋谷には蓮田組という暴力団があり、そこの組長が石原校長の古い友人でその後敵になったとかなんとか聞いたことがある。ゆえに彼らの『蓮田モン』なる言葉が気になるところだが、喜んでインタビューに応じてくれそうな連中ではなさそうなのでやめておくことにした。
 やくざ二人はまだピーピーガーガーなにか言っているが、武尊には小鳥のさえずりほどにしか感じられない。ともかく、石原について聞き込みをするなら場所を変えたほうがいい、ということだけは判った。
「なあ、この種モミならあげるから勘弁してくれないか? 本当に何も知らないんだ」
 何も知らないから聞き込みしているわけで、これはまったく正当な言い分だと武尊は思ったが、やくざにとってはそうではないらしい。ふざけるな、と激昂される結果となった。
 頬傷が振り上げた拳は、しかし後方から握られ停止した。
 てめえ、と声を上げた頬傷だったが、次の瞬間には雷鳴のような手刀を首に浴びていた。ぱんっ、と音は小さかったが、頬傷はへなへなと足の力が抜けそのまま昏倒したのである。
「…………」
 頬傷を倒したのは襤褸(ぼろ)をまとった人物だった。フードのように頭から被った布で顔は見えなかった。まず目に付くのがその背丈だ、武尊と変わらぬほど高い。この時代の日本人の平均を遙かに凌駕している。ということは、と武尊はすぐに察した。どうやら同類らしい。
 これに狼狽したのが突撃帽だ。俺にだって進駐軍のツテが云々、などと言っている。ちょっと前まではアメリカを敵視していたであろうに、いまはそのアメリカをお守りがわりにするセンスに、武尊は軽く哀れみを覚えないでもなかったが、これを無視して謎の人物に話しかける。
「そこのあんた、とりあえず助けてくれたことに感謝する」
「……どういたしまして、と一応は言おう。だた、そちらも助けが要るような人種ではなかったな」
 襤褸を着た男がそう言い終えたときには、もう武尊は、極限まで手加減した疾風突きで突撃帽を気絶させている。
 足元のやくざ者たちに息があるのを確認して、二人は連れだって歩き始めた。
 これが東京の姿だというのか。夜になるとずいぶん寂しいではないか。
 理由はすぐにわかった。電灯が少ないのだ。空襲対策の灯火管制などとうになくなっているはずだが、建設物が軒並み破壊され、今なお復興途上のこの時代だ。数十年後からすれば信じられないほどに暗いのである。
「ご同輩、1946年の居心地はどうだい?」
 武尊が、現時点の偽名武雄を含めて名乗ると、男もシャンバラ教導団の杠 桐悟(ゆずりは・とうご)だと素性を明かした。
「お互い遠くまで来たもんだな」武尊が言うと、
「よほど、俺たちと言う存在が赦せないようだな、奴らは」
 フードを下ろして桐悟も応じた。軍人らしく恬淡な口調だ。
「ああ、俺たちの時代を消し去ろうという企みは黙って見逃せない」
 実は教導団では色々あったという経歴もあり、武尊は多少、桐悟の所属に引っかかるものを感じないでもなかった。だがそれでも桐悟の、襤褸を着ていようが高潔なところは評価したかった。
 改めて武尊は言った。
「俺は、渋谷まで移動して石原肥満を探すつもりだが、あんたはどうする?」
「当時の宮下公園近くに身を潜めようと思う。新宿から渋谷に襲撃をかけるとすれば、公園の前の明治通りを通ってくる可能性が高い。その守備を担当する」
「わかった。石原と合流したら俺の仲間が宮下公園に張ってると伝えておく」
「感謝する、国頭さん」
「けど、一人で守って大丈夫か?」
 それは何とも言えないが、と桐悟は前置きしてから告げた。
「ま、何もしないよりは、打てる手を打っておく、だな」
 そう言ってすっくと立つ桐悟の立ち姿には、『侍』という表現を用いたくなる。そうすると自分はどうなるだろう――武尊は思った。さしずめ『野武士』といったところか。悪くない。
 なんともキレの悪い雨が、いつの間にやらまたしとしとと降り始めた。
 桐悟と武尊は再会を約し合って別れた。