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リアクション
梅愛でる人
梅林のそぞろ歩きなんて、自分には似合わない気がする。
そう思いながらも、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)に誘われるままに柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は梅林にやってきた。
自分は興味を持てなくとも、パートナーたちが喜んでくれるならばそれも良いかと思ってのことだ。
「やはり見頃と言われているだけあって、とても綺麗ですね……」
この梅見に一番乗り気だったヴェルリアはうっとりと梅を眺める。
梅見に来ている人々も、同じように梅に見とれている為、梅林の辺りは他よりもずっと静かだ。
曲水の宴や流し雛が行われている横を通ってきただけに、この静けさにここがホテルの中庭であることを忘れてしまいそうなくらいだ。
「ヴェルリア、梅花に見とれるのは良いが足下に気を付けるのじゃぞ」
梅にばかり意識を向けているヴェルリアを見かねて、アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が注意する。
「あ、はい……」
注意されればしばらくは足下を気にしているけれど、そのうちまたヴェルリアの目は清らかに咲く梅へと吸い寄せられてしまう。
これはそれとなく見ておく必要があるようだと、アレーティアは梅よりもヴェルリアの方が気になってならない。おかげでのんびりと梅を見ていることも出来ない。
「まだ当分、ホテルには戻れそうにないわね」
リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)の目的は花見よりもホテルが用意してくれているという料理の方なのだが、ヴェルリアの様子からして、まだしばらくはこの梅林から動きそうにない。
ただ花見だけしているのもつまらないと、リーラはこっそり持ってきた日本酒を取り出し、花見酒としゃれ込んだ。
梅の清々しい香りの中飲む酒は格別だ。
これで美味しい肴でもあれば最高なのだけれど、それにはもうしばらく待つしか無さそうだ。
「なんじゃ、酒を持ってきたのか?」
「甘酒よ甘酒。少し飲んでみる?」
リーラに渡されたのを一口飲んで、アレーティアは顔をしかめた。
「これは日本酒じゃな」
さすがに甘酒と日本酒とでは色も香りも味も全く違う。
「ばれちゃった」
悪びれずにリーラが笑った時、アレーティアはおやと周囲を見回した。
「ヴェルリアはどこじゃ?」
少し目を離しただけなのに、ヴェルリアがはぐれてしまっていた。梅に見とれているのだろうと捜してみたが、どこに行ってしまったものか姿が見えない。
真司は苦笑すると、精神感応を使ってヴェルリアに連絡を取った。
ほどなく小走りでヴェルリアがやってくる。
「すみません。あんまり梅が綺麗だったものですから」
はぐれても合流は簡単だから良いものの……。
その後も何度かヴェルリアは迷子になり、その度に真司に呼ばれて慌てて追いついてくる、というのを繰り返すこととなったのだった。
桜の花見で香りを感じることはまずないけれど、梅の花見は清浄な香りが心地よく鼻孔をくすぐる。
「梅の花はいい匂いがしますね〜」
風に混じる香りを遠野 歌菜(とおの・かな)がいっぱいに吸い込めば、同じように東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)が梅の香にうっとりと目を細めた。
今日は友だち同士で誘い合い、パートナー共々花見にやってきた。
「……なして三次元男と一緒に花見なんか」
二次元男子は平気だけれど、奈月 真尋(なつき・まひろ)は三次元で実際に動いている男性に対しての恐怖症がある。秋日子や歌菜と一緒の花見は楽しみでならないが、同行している月崎 羽純(つきざき・はすみ)と要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)の存在が気に入らない。
余計な者が、と真尋が思っているうちにも、秋日子と歌菜は梅の花がよく見える場所を探してレジャーシートを広げた。
「早速だけどお弁当食べない? 今回は頑張って作って来たんだよっ」
梅の花を楽しむのもそこそこに、秋日子は弁当を取り出した。パートナーに教えてもらったり、料理本と格闘したりしながら作った力作だ。ぱっ、と秋日子が蓋を取って見せた弁当に歌菜は、わぁ、と言いかけたがその先が続かない。
「えっと……なんていうか……お弁当だね」
秋日子の作ってきた弁当は普通の見た目だった。特に褒めるべきところも、ぎょっとするような箇所もない。
味はどうかと食べてみれば、
「うん……まあ……」
美味しくはない。けれどまずくて食べられないというほどのこともない。
「まぁ、普通だな」
羽純が歌菜の言葉の後を引き取って、的確な評価を述べる。
「歌菜ちゃんのお弁当はすごく美味しいよ。作り方教えて!」
「うちのお母さん直伝の味付けだから、口にあったのなら嬉しいな。作り方ならいつでも教えてあげるよ。えっとね、秋日子さんのお弁当は、味付けがもう少し濃かったらいいと思うんだ!」
ひと味もふた味も足りないように感じるのは、きっと味がぼけている所為だと結論づけて、歌菜は親身になってアドバイスする。
「もっと濃く? やっぱり……」
秋日子はちょっと恨めしげに要に目をやった。
「お醤油を入れてたら、要に止められちゃったんだよね。あのまま入れたら良かったんじゃないかな?」
「醤油を適量と書いてあるのに1瓶入れようとしていたら、普通は止めるでしょう」
危険な物体になるのを防いだのに、失敗の原因を自分にもってこられたらたまらない、とばかりに要は反論した。
「だって料理本って少々だとか適量だとか、曖昧な表現が多すぎるんだよ! そういうのって人によって、量の感覚って違うんだから、きちんと指定してくれればいいのに」
「それにしてもさすがに、1瓶は感覚的にずれ過ぎでしょう」
そう言いながら要が開いた手作り弁当はといえば。
「相変わらず前衛的な見た目だよね」
前衛的というか、ホラーというか、まったく食用に適するものには見えないというか。けれど試しに秋日子が食べてみると、味はちゃんと美味しい。
秋日子が食べるのを見て、これが食べ物だと認識した歌菜と羽純も警戒しながらその物体を口に入れてみた。
「……美味しい……けど……」
歌菜は口ごもった後、
「どうしてこうなっちゃったの!?」
「どうしてこうなった?」
上げた声が羽純とはもる。
「どうしてって……せっかくのお花見弁当ですから綺麗に飾り付けしたつもりなんですが……少しシンプル過ぎましたか?」
言われた要は自分の弁当の恐ろしさを全く自覚していない。何が問題あるのかと不思議そうに自分の弁当を眺める。
「そもそも三次元男子の作ったものに期待するのが間違いなんどす」
まったくもう、と真尋は自分の弁当を出した。
「これでも食べて、料理の何たるかを勉強してつかぁさい」
「真尋ちゃんもいいとこあるね。このおべんと……」
真尋の出した弁当を見て、秋日子は絶句する。
なんだろうこれは。これは口に入れても良いものなのか。
「ええっと……お弁当は見た目より味だよ、ね……?」
見た目に褒めるところを見つけられず、歌菜はほんのわずかにおかずをつまんで口に入れてみた。要と同様、見た目は悪いが味は良い、なんてことがあるかも知れないと思ったのだけれど。
箸を口にいれた歌菜の顔がみるみる青ざめる。見た目も味もまさしくポイズンだ。
「歌菜、それ以上食うな。要、後は任せた」
歌菜の前からさっと真尋の弁当を取り上げると、羽純は要の前に押しやった。もちろん自分で食べる気など全くないから、羽純が食べるのはもっぱら、一番安全な歌菜の弁当。その合間に秋日子と要の弁当をつまむ。
仲良さそうに会話している歌菜と羽純のやり取りを、秋日子は羨ましく眺めた。
(それにしても2人とも仲良いなぁ。美男美女で……まさにお似合いのカップルだよね。私もいつか要と……な、なんてね!)
いつか歌菜と羽純のように、とこっそり想像して照れながら、秋日子も弁当に手を伸ばした。
弁当の減り具合に差はあれど、お喋りしながらの花見は楽しい。自然と話も弾む。
真尋だけは、男性陣につんけんした態度をとり続けていたが、その様子を羽純は面白そうに見やった。
「真尋」
用もないのに呼んで見れば、真尋はつんと顎をあげる。
「気安く呼ばんといてもらえます?」
男性に対する態度は常にツン。けれど羽純が料理を取るふりをして顔を近づけると、真尋に動揺が走る。
「どうした? 真っ赤だぞ」
「う、うっつぁしいです! やけん三次元男は苦手なんどす!」
くくっと羽純が喉を鳴らして笑うと、真尋はむきになって怒り出した。
「あの真尋ちゃんをからかうなんて……。その上、あの真尋ちゃんを動揺させるなんて! ……羽純さん……恐ろしい人……!」
なんという光景だろうと驚愕する秋日子と裏腹に、歌菜はにこにこと2人を眺め。
「真っ赤になってる真尋ちゃん、可愛いなぁ♪ すっかり仲良しだね!」
「……歌菜ちゃんもある意味、恐ろしい人だよ……」
心から2人を仲良しだと思っている歌菜にも、秋日子は感心の目を向けた。
羽純の方は真尋をからかうだけでは飽きたらず、今度は要にターゲットを定め。
「要の酒が空になってるようだな。歌菜、酌をしてやったらどうだ?」
「うん。はい、どうぞ」
にこにこと歌菜に酌をされ、今度は要の顔が赤くなる。秋日子以外の女性との接触にはめっぽう弱いのだ。
「ろくに飲んでないのに何顔を赤くしてるんだ?」
「もう、羽純くん! 要さんは羽純くんより年上なんだから……もっとこう……呼び捨てとかじゃなくて……敬うっていうか、それなりの態度が必要だと思うの」
ここにいるメンバーの中では要が最年長なんだからと歌菜が注意するが、要の方は気にしていない。というより、自分が最年長であることもまったく意識していない。
「構いませんよ」
「要さんって心が広いんですね……! 大人っ!」
何でもないように答えた要に歌菜が感動し、感動されたことに対して要はもっと赤くなってうろたえた。
(私にはそういう顔しないくせに……)
歌菜にお酌されて赤面する要をちらりと見て、秋日子は軽く嫉妬する。
そんな秋日子の耳に、羽純は苦労してるんだなと囁きかけた後、要に説教する。
「要、もっと秋日子を大事にしてやれよ」
「はい?」
秋日子の機嫌が悪くなったのは感じているけれど、その原因が自分の行為にあるとは気づいていない要は、どうしてそういう話になるのかと怪訝顔だ。
「おとこしはやかましいやね。これでも食べて、静かにしていてほしいべさ」
羽純にいいようにからかわれた真尋の方は不機嫌ゲージが上がりまくり。まったく誰にも手をつけられていない弁当をどんと置き、さあさあ食べろと促した。
そんなものを絶対に食べたくない羽純は、それを要へと押しつける。
これ以上真尋の機嫌が悪くなるのも面倒だからと、要は渋々弁当に箸を付けた。けれど。
「変なもん食わせやがって……」
一瞬変化した口調でそう言うと、ばたりと倒れた。
「か、要さんっ?」
瀕死状態の要を歌菜は慌てて介抱した。一般人なら生命の危機にさらされかねない真尋の料理だが、さすがに契約者。一時は前後不覚に陥った要も次第に回復してくる。
もう大丈夫かと判断した歌菜は、秋日子に要を託した。
託された秋日子は急なことに戸惑いながらも、この場合は仕方がないと自分に言い聞かせ、要を介抱した。要の方も普段通りな態度でいるので、秋日子もだんだんといつもの調子を取り戻し、
「要、キミさっき口調変わってたよ♪」
と要をからかう。
「そうですか。なかなか抜けないものですね」
口調が乱暴だったのは、秋日子と出会う何年か前までのことなのに、と要は微苦笑した。もう今はすっかり丁寧な口調が身に付いたつもりだったのに、ふとした拍子にぽんと飛び出す。
そんなたわいもない会話をする秋日子と要の様子を、歌菜は心の中で、
(秋日子さん、ファイト!)
とエールを送りながら見守るのだった。
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